ツッコミは世界を救う
──魔王サルグレアの崩壊とともに、世界はボケ一色の呪縛から解放された。
「……空、青いなあ」
私は丘の上に寝転んで、空を見上げていた。
もう、パンケーキの山も、炭酸の海もない。
ただの、普通の世界が、そこには広がっていた。
「……なんや、ちょっとさみしいやん」
思わずつぶやいたとき──
「おーい、マナー!」
カイルが、ド派手な金ピカの全身タイツで駆け寄ってきた。
「うわあああああ!? なにそのビジュアル!! 反省しとる!? 世界救った直後やぞ!?」
「いやほら! 平和になった記念にさ、世界一目立つ格好してみたくなって!」
「平和ボケの見本市かいっ!!」
ミレイもやってくる。今日はいつもより……静か?
「ふふふ……我が詠唱ポエムが、世界に受け入れられた今──
この心に巣くう中二病も、少し大人しくなったようだ」
「いや自覚あったんかい!!」
「でも、第二詩集も作ってるわよ。笑いと混沌と紅茶のレクイエム!」
「もうカオス通り越して、精神のストレッチやわ!!」
ポチは、変わらず冷静に私の横に座る。
「……世界は、お前のツッコミで救われた。誇っていい」
「なんやそれ……言われたら照れるやん」
「ちなみに、救った直後に世界最強のボケ、カイルが爆誕したけどな」
「そこが最大のバグやねん!!」
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──サルグレアは、現在《クスクス更生学院》で、新生ツッコミとしてリハビリ中。
「私、今度こそ笑われるじゃなく、笑い合える世界を作るんだ」
彼女は笑っていた。ほんまもんの、自然な笑顔で。
「……さて、マナ。これからどうするんだ?」
ポチが尋ねる。
「ツッコミ魔法は、もう戦いに使わなくてもいい世界になった。でも、お前にはまだその力が残っている。どう生きる?」
私は立ち上がり、軽くストレッチする。
「決まってるやろ。世界中のボケにツッコミ入れて回る旅や!」
「旅って!? 何その終わらせる気ゼロの宣言!!」
「でもええやん! 今度は平和なツッコミ旅や。時には笑わせ、時には笑われ、そして、ちゃんとツッコむ……それが、うちの新しい生き方や!」
空は青く、風は優しい。
世界は今日も、どこかでボケている。
「さぁ、いこか! ツッコミは、止まったら終わりやからな!!」
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旅立ちの日。
私は、ポチ、カイル、ミレイとともに、小さな村の門を出た。
「……なんかさ、エンディングっぽい雰囲気やけど」
「オレたち、これで終わりじゃないよな?」
カイルが、不安そうに聞いてくる。
「アホか。エンディングなんかボケの幻想や。ツッコミは、続いていくもんなんやで」
「かっけぇ……! 今のセリフ、ラストページに書いてそう!」
「お前が言うと全部安っぽなるわ!!」
ミレイがふわっと笑う。
「でも、本当に平和になったのね。詠唱詩に呪の一文字を入れなくなっただけで、なんて心が軽いことか……!」
「逆にちょっと心配やわ!? 大丈夫? 詩人としてのアイデンティティ!!」
「大丈夫よ。純粋な愛とツッコミの詩を書き始めたの」
「どこのニッチジャンル狙ってんねん!!」
ポチが、ふと歩みを止めて、振り返った。
「マナ。これから、お前のツッコミは何のためにある?」
私は立ち止まり、空を見上げた。
あの日、異世界に飛ばされたあの青い空と──同じ色の、今の空。
「──誰かを笑わせるためでも、正すためでもない。その人の孤独を、見過ごさへんためにあるんやと思う」
「……ふむ。見事な結論やな。まるで最終回みたいなこと言いおって」
「実際、最終回や!!」
カイルが背負った荷物の中から、バナナを出す。
「マナ! 見て! このバナナ、カーブしすぎて自分に戻ってきてる!」
「いや、どんだけ内省型バナナやねん!あとそれ、持ってくる意味あったんか!?」
「やっぱツッコミ最高!!」
「そやろ!! ツッコミ最高やろ!!!」
──笑いがあふれる。
この旅の間に、私はたくさんのボケと出会った。
でも、それ以上に──誰かと笑い合える幸せを知った。
「よっしゃ! ほな行くで、みんな!!」
「おーっ!!」
「新たな詩の旅路へ──いざ参らん!」
「次のボケに備えて、口のウォーミングアップは済ませとけよ」
ツッコミは、世界を救った。
けれど──まだ、救いたいものがある。
この世界のどこかで、
誰にもツッコんでもらえず、独りでボケている誰かがいるなら。
私は──その人に、届けに行く。
「私の名前は、辻本マナ。異世界で、レベル1から始めた──最強のツッコミ使いや!」
──そして旅は続く。
ボケと、笑いと、ツッコミが満ちる──世界のどこかで、誰かが笑えるように。