6.セスの正体ですか?
『今夜少し付き合え、オレの普段の仕事を見せてやる』
そう言われてもねぇ。
胡散臭いし、犯罪に巻き込まれたら嫌なのでサクッと断りました。
「興味ないし」
って言ったら妙に意地になったセスに、
「少し付き合えば代わりにこの街で一番美味しいご飯が出る店を教えてやるから!」
そう言われ、その美味しいご飯の誘惑に負けて宿に荷物を置いた後、再びセスと合流することにしました。
セスが連れて行ってくれたのは、彼のなじみの洋風大衆居酒屋のような所でした。
女の人も沢山働いていて活気があり、まぁここなら大丈夫かと席に着きます。
どのお料理が美味しいかワクワクしながらセスに聞けば、
「どれも美味いぜ」
と、彼はまるで自分の店のように嬉しそうに言って、いろいろ料理を頼むと適当に取り分けてくれました。
こんがり焼けたピリ辛ソーセージがパリッとジューシーで絶品です。
フワフワのオムレツの中にはトロトロの濃い味のチーズが入っていてほっぺが落ちるかと思いました。
バターの塩味の効いたホクホクのポテトも、ハーブの効いて臭みの全くない串焼きのお肉も、本当にどれも美味しくて冷たいビールが欲しくなっちゃいます☆
ですが、まぁ今日は我慢しておきましょう。
一瞬餌付けされましたが、まだセスが何者か分からないので一応油断禁物なのです!
そんな私の百面相を見たセスが、やれやれと肩を竦めた後ゆっくり席を立ちました。
そしてポケットから、先がまがったギターのような楽器を取り出します。
たしかこの楽器、リュートとか言ったでしょうか?
なじみのウェイトレスに案内されて、店の一角に用意された椅子にセスが座ると、にぎやかだった店がスッと静かになりました。
恐らく、セスも今いる人達もこのお店の常連さんなのでしょう。
皆が、期待の目でセスを見ているのが分かります。
彼が弦をつま弾けば、店の中に美しい音楽が響き始めました。
リュートの奏でる美しいメロディーに合わせ、セスの甘い甘い声歌声が皆を魅了します。
気づいた時、私の目からポロッと一筋涙が零れていました。
弾かれた絃の少しくぐもった優しい音色と、綺麗な綺麗な詞。
お涙頂戴の悲しみの言葉なんて一つも無いのに、それなのに……。
何故かセスの歌声は、私の中で酷く切なく響いたのでした。
慌てて零れた涙を袖でぬぐい、戻って来た彼にパチパチと拍手を送ります。
セスは切なげな雰囲気から一転、おどけた仕草で手を胸に置き丁寧なお辞儀を返してくれました。
そうでしたか、これがお仕事でしたか。
歌手とも違うし、確かに何のお仕事? って聞かれて一言で答えるのは難しいですね。
流しのリュート弾きさんとでも言えばいいのでしょうか?
周囲を見渡せば、ウエイトレスのお姉さん達がうっとりとセスを見つめています。
……サクッと重要書類を偽造出来た理由はまだ分かりませんが、まぁいいでしょう。
食事が済んだ後で
「アルトは明日からどうするつもりだ?」
セスにそう言われ、どうしようかと考え込みます。
国境の街まで乗せてくれたお馬さんとは街のすぐ近くの森でお別れしていたので、この先は徒歩での移動になります。
「なるべく歩きやすい道を通って、遠くまで行ってみたいな」
そう言えば
「だったら北の街道を進むのがいい。あの道は人通りが多く、一人旅でも目立たず安全だ」
そうセスが教えてくれました。
「もし目的地があれば送って行ってやろうか?」
心配そうな目でセスがそんな事を言ってくれます。
この人、チャラそうに見えて意外にも世話焼き心配性のオカン属性の方でした。
「ううん、大丈夫」
不法侵入した身故、国境最寄りのこの街は早く去った方がいいでしょうが、この先は特に急ぐ理由も当てもない気ままな一人旅です。
あっけらかんと断れば、少し心配そうな顔をしたセスに
「気をつけてな」
と、その大きな手で頭をワシワシ撫でられました。
翌朝―
早い時間に宿を出れば、街の出口の所に、昨晩お別れを告げた筈のセスが立っていました。
どうしたのだろうかと首を傾げると、
「古いものだが、無いよりはましだから持って行け」
そう言って少しくたびれた地図をくれました。
どうやらこれを渡す為、わざわざ朝早くに見送りに来てくれたようです。
「ママ、ありがとー」
その母性の塊のような優しさに、感極まって思わずハグしようとしましたが
「だれがママだ!」
とセスにグワシと手で頭を持って防がれてしまいました。
「それじゃあ元気でね」
そう言って改めて手を振れば、
「またどこかでな」
そう言ってセスがまたニカッと白い歯を見せて笑ってくれました。
「いいか、ぜったい森には入るな! あそこは酷く入り組んでいるうえ、最近では山賊まがいの輩も出るらしいから必ず街道を行けよ!!」
最後までママンが後ろで何かお小言を言っていますが風が強くてよく聞こえません。
でもいいのです。
いよいよ二人旅も終わりここからどこへ行くも自由な壮大な旅と物語のスタートなのです!
私は夢と希望に胸を熱く高鳴らせながら、遠くに見えるマイナスイオン満載で気持ちがよさそうな森に向かって元気よく歩き始めたのでした。