五月三日
主人公、活躍しねぇなぁ・・・。
五月三日 PM19:00 国際ホテル 個室
「あ、目を覚ましたわね?」
目を開けると顔を覗き込んでいるリナイアスと目が合う。
「リナイアスさん、あれ、俺」
「無理しないほうがいいわ。頭を強打しているから安静にしてなさいって」
起き上がろうとしたところを押し戻し頭の上に冷やしたタオルをのせながらリナイアスは微笑む。冷えたタオルが気持ちいい。
「ミスター・ハヤマからアナタが怪我をしたと聞いたときは本当に大変だったわ」
「えっと、何があったんですか?」
相馬の記憶が正しければ彼女が行なうコンサートで着る為の衣装の試着の護衛として安倍と一緒に待機していたはずだ。アイツと話していたとき以降の記憶がない。
大変だったというのは相馬が意識不明と聞いてユーリンが慌てて看病をするといいだしてきかなかった。
「そうね。いくつかまだ話してはいけないことに触れるそうなんだけど、意識を失う直前の事は覚えている?」
「確か、安倍のヤツと話していたような」
「その後にアナタ達がいたところを合成獣が襲撃したそうよ」
「合成獣?」
聞いた事のない単語に首をかしげるとリナイアスは教えてくれた。
「バイオテロによって生み出された生き物。現れたその怪物は二つの生き物の特性を組み合わせて作り出され酷く凶暴だったそうだわ」
「そんなものがいたんですね。知らなかった・・・・」
「極秘事項。他言無用にね」
こくりと頷いた。
怪獣と遭遇したといっても誰も信じないかもしれないが。
「それと・・・・」
リナイアスは傍においてあったクリアファイルから一枚の用紙を取り出すと相馬の上に置いた。
「なんですか・・これ?」
用紙を手にとって覗いてみると理系に弱い相馬が理解できない数値が沢山並んでいる。血液型とかはわかるが記号すらわからないものもある。
「実はね。合成獣にアナタともう一人食べられていたらしいのよ」
「・・・・ぇ」
食べられた?とオウム返しに尋ねた。
「私がみたわけじゃないんだけど処理した人達の話によると合成獣の体内って未知のウィルスが潜んでいるケースが多いらしくて念入りに検査したそうよ。その結果」
ごくりと相馬は唾を飲み込む。
沈黙が辛い。心臓がドキドキと音を鳴らしている。
「問題ないですって」
「っはぁ~~~」
安堵の息を吐いた。
リナイアスはくすくすと笑う。その様子からして結果を知っていたようだ。
「問題ないなら間を置かないで下さいよ!? かなり緊張したじゃないですか」
「ごめんなさい。からかいたくなっちゃったから」
「もう・・寿命縮んじゃいましたよ・・・・カツオのたたきを食べないと」
「どうして食べ物を食べると寿命がのびるの?」
「うちの家だと寿命が縮んだ時にカツオのたたきを食べれば縮んだ分が元に戻って長生きできるとかいう話があるんですよ・・まぁ、本当かっていわれたらどうかわかりませんけれど」
「―――楽しそうに話すわね」
相馬が家族の事について話しているとリナイアスの顔に影が差す。
声のトーンが低くなった事で彼女の表情が暗くなったことに気づいた。
「すいません、なんか・・いけないこといっちゃいましたか?」
「ううん、そういうわけじゃないの。アナタは家族を大事にしているんだと思ってね」
「・・・・大事ですよ」
相馬ナイトにとって家族とはとても暖かいものだと思っている。自分の事を大事に思ってくれている家族がいるだけで犯罪が減るといわれているほどのものだ。
そして普通ではない自分にとって唯一心休める場所。
「自覚しているんだ」といってリナイアスは椅子にこしかけた「自分が周りに恵まれているという事を自覚している人は少ないわ。その人は失ってから理解してしまう。自分がどれほど大事にされてきたかを・・ね」
この時、相馬は奇妙な感覚になったが特に考えもせず、自分の思ったことを話す。
「きっと・・一つのことに一杯で考えている暇がないんでしょうね・・俺はそうなったことがないからわかりませんけど」
「そう。・・そうかもしれないわね」
「――失礼ですけど、一つ聞いていいですか?」
「何かしら?」
「どこでユーさんと知り合ったんですか」
少し気になっていた。
「そうね、少し長いけれどいいかしら」
コクリと相馬が頷いたのをみてからリナイアスは話してくれた。
リナイアスは小さな地方で優しい両親に育てられた普通の女の子。音楽関係に興味もなく家族と一緒に幸せでいらえたらそれでいいと考えていた。そんな彼女がユーリンの秘書をしているのはただの偶然だった。
ある日、リナイアスが近くの河原を歩いていると歌っている少女の姿を見つけた。その歌声がなんとなく気になって傍でずっと聞いていた。
少しして少女はこっちに気づいて振り返ると。
「どうだった?って無邪気に聞いてきたわ。この時は相手がユーリンだとわからなかったわ。その後に私は音楽家になるために必死に勉強していたの、歌手になるのが夢でね。でも」
上には上がいた。
「それがユーリン。彼女の歌声はまさに天使が舞い降りてきたかと思うほど素晴らしいもので私がどれだけ努力しても辿り着けない領域」
「・・・・・・」
「それから色々あって私は彼女の秘書となったわ。でもね、音楽の道を諦めたというわけじゃないの。これからも目指すつもりだから」
そういって彼女は「諦めるの嫌いだから」と微笑む。
相馬はなんて言葉を返したらいいのかわからずに下を向いた。
なんていえばいいのか思いつかなかった。
よくわからない空気にしてしまった事にいたたまれなくなったのか彼女は小さく呟いた。
「――仕事に戻るわ」
彼女はそういって立ち上がるとドアに向かう。
開けて外に出ようとした時に立ち止まって振り返る。
「それと、ユーリンが心配しているから後で会ってあげてくれないかしら? 最上階のレストランで待っている」
「あ、はい!」
「女を待たせちゃダメよ?」
じゃあねといって彼女は出て行く。
一人部屋に残された相馬はベッドの頭上に設置されているデジタル時計で時間を確認する。機械は20:00と表示していた。
「待たせたら悪いよな」
いそいそとベッドから体を起こしておいてある私服に着替えようと布団から出た相馬はぴたりと動きを止める。
「なん・・・・だと」
布団から這い出た相馬は自分の体を見る。
よくよく考えたら自分は合成獣とやらに食われたといっていた。
勿論、食われたときの記憶はまるっきしないからどんな状況なのかは知る事は出来ない。だが、想像するくらいはできる。合成獣といっても生き物なのだから食われたらある場所にいく。
もし、その中から助かってそのまま検査をさせられたのだとしたら相馬の纏っていた服も脱がされているという事だ。
目を覚ましていた時、上をきていないことはわかっていた。でも、ここは気づいていなかった。
結局、何が言いたいのかというと、
「・・全裸でリナイアスさんと話をしていたことになるじゃないかぁ!?」
裸で布団の中にいたということだった。
女性、しかも大人の人に裸で話をしていたということに羞恥心で一杯になった相馬はショックで頭が真っ白になりながら着替えることにしたのだった。
「これはまた・・・・豪華な」
全裸ショックから立ち直った相馬は私服に着替えて最上階にあるレストランにやってきた。
最上階には直通のエレベーターがなく、ワンフロア下で下りてそこから少しカーブの入った階段ををあがるとレストランに辿り着くようになっている。
階段はカーペットみたいなものが一段ごとに敷かれていてこつこつと足音がなりにくいようになっていた。階段を駆け下りる人もいるから音で客の迷惑にならないようにの対策をしているみたいだ。
レストランは夜景がみえるように周囲にガラスが張られてあり外が一望可能、雰囲気をだせるように部屋の明かりを少し暗くしている。
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか」
「あ、えっと」
燕尾服を着た受付の人に尋ねられて相馬は少し焦った。
ここでユーリン・ノーランの名前をだしてもいいのだろうか?周りを見ると一般のお客様の姿もある。ここで彼女の名前を出したら大騒ぎならないか。
「失礼」
そこに黒服の人がやってきて受付の人に二言、三言なにかを囁いた。途端に受付の人は「こちらです」と微笑んで相馬を案内する。
受付の人についていくとレースで覆われた場所までついた。
「ごゅっくりどうぞ」
「・・えっと」
目の前のレースは周囲を区切るように施されていて、周りのテーブルには無言で黒服の集団が鎮座している。はっきりいって照明の暗さもプラスされて御通夜の雰囲気になっていた。
その空気に引きながら相馬はこの場から逃げたいなぁと考えた。けれど神様というのは酷いものらしく。
「・・誰かいるの?」
レースの向こうから声が聞こえたことによって相馬はため息を一つ。
「俺です。相馬だよ。ユーさん」
「・・ナイト君!」
中に入ると安堵の表情を浮かべているユーリン・ノーランがいた。
「ユーさん、大丈夫だった?」
「それはこっちのセリフだよ? 護衛の人から聞いたときはすぐに駆けつけたかったんだけど検査とかあるから大人しくしていてっていわれちゃって」
しおれる彼女を見て相馬は苦笑しつつ。
「俺は大丈夫だったよ。だから元気だして」
「うん・・」
「座っていい?」
「いいよ!」
彼女の許可を貰って相馬は向かい合うように座る。
座った途端、彼女は椅子から立ち上がってどういうわけか相馬の隣に移動したしかも、かなり近い。
ユーリンは白いワンピース一枚だけしかきておらず普段はみえそうにないところまで見えそうで思春期の男子にはつらくて戸惑い始める。
「ゆ、ユーさん!?」
「なに?」
「どうしてこんなに近いのでしょう・・・・」
「だって、みんな私と話そうとすると距離をおこうとするんだもの。ナイト君とは近くでお話したいな~と思ったんだ~。ダメ?」
「いや、ダメじゃないけれど」
距離が近いですといいそうになってレースの隙間から覗いている目に気づいた。
目だけしか見えないが「余計なことをいうな!」と語っている。
「お待ちいたしました」
困っていると燕尾服を着た人がやってきて前菜のスープを運んでくる。
「ジャガイモのスープです」
説明をしてウェイターの人はレースから出て行く。置いてあるスープはクリーム色をしていてジャガイモが入っているとは思えない。
どれどれと相馬は置かれているスプーンを手にとって一口。
「・・甘くておいしい」
「そうだね~~~!」
目を輝かせてユーリンと相馬はスープを食べた。
ほどよい甘さとジャガイモの味がして空腹である自分としては食欲がそそられる味。
「そういえばこの左右に食器が沢山並んでいるのはなんでだ」
「ナイト君はこういうところにくるのははじめてみたいだね。食器が左右に置いてあるのは右手と左手で使うのをわかりやすくするためで端かあるのをオードブル、メインディッシュの時に使っていく順番みたいなものだよ」
「へぇ~~。勉強になる」
「あ、使った食器は下に向けて皿の上に置くの。知らない人はテーブルの上とかにおいちゃうけれどそういうのはお行儀が悪いと思われるから気をつけて」
「はーい、先生」
くすっとユーリンはいきなり笑い出す。
「どうしたの?」
「ううん、先生っていわれるのはやっぱりいぃなーと思って」
どういうことだ?と相馬が首をかしげているとユーリンが話してくれた。
歌手として世界を旅している時にある音楽学校に訪れた事があったらしい。
「そのときは今みたいに有名じゃなかったんだけどね。私がプロだとわかるとみんな教えて欲しいって集ってきたの。今でもあの時の事を思い出すわ」
「楽しかったんですね」
「うーん、少し違うかな」
「違う?」
相馬が首をかしげているとユーリンは苦笑しつつ。
「私が周りに必要とされたのが嬉しかったんだと思う」
「・・・・そういえば、ユーリンさんってどうして歌手やっているんですか?」
少し疑問に思っていた事を尋ねると急に彼女は黙り込んでしまう。
ヤバイ、聞いてはいけないことをきいたか?と思って話題を変えようとする。
「ナイト君は月の兎って知ってる?」
「月のウサギ? 月の表面にみえているウサギのことですか」
彼女は小さく首を横に振った。
「ううん。聞いたことが無いかな? こんなお話なんだけど」
猿、狐、兎の三匹が山の中で力尽きているみすぼらしい老人に出逢った。三匹は老人を助けようと考えて猿は木の実を集め、狐は川から魚を捕ってそれぞれ老人に食料として分け与えた。
しかし、兎だけは何も採ってくることができなくて自分の非力さを嘆いた。
兎は何とか老人を助けたいと考えた挙句に猿と狐に火をおこしてもらって自らの身を食料して捧げようとしたんだけど、その姿を見た老人は本来の姿である神様となって兎の捨て身の慈悲行為を後世まで伝える為に兎をつきへと昇らせたというお話、とまるで子どもに聴かせるみたいにゆっくりと話した。
「そんな話を・・・・聞いた気がする」
「日本のお話だよ? 聞いた話だと歴史の授業で習うって」
はい、覚えていません。
「それとユーさんが歌をはじめた理由って?」
「兎みたいに私は何も出来なかったの。なにもできなくいそんな私に出来たのは歌でお父さんとお母さんを喜ばせることだけ」
そういって彼女は真っ直ぐにこちらを見てくる。こちらを見ているけれど、その目に相馬は映っていない、まるで別の何かを見ているそんな雰囲気がでていた。
いっていることがわからない。
相馬は首をかしげる。
「それって、どういう」
「――失礼します」
言葉の意味を尋ねようとした所で新しい料理が運ばれてくる。
話のタイミングを崩されてしまって有耶無耶になる。やってきた料理は肉料理だった。
「なんか・・・・運ばれてくる料理って少ないですね」
「一つの料理でおなかいっぱいにならないように少なくしているのよ」
「へぇー」
「あ、持ち方間違えているよ」
そういって後ろから包み込むようにして手を伸ばして相馬の両手を優しくつかむ。
むにゅと柔らかいものが後ろに当たって顔が真っ赤になった。さらにユーリンが耳元で囁くようにして。
「そうそう、それでフォークを肉に突き刺してナイフでゆっくりと変な力を入れないように切っていくの」
ヤバイ、相馬の心臓は爆発寸前と思えるほどにドキドキしていた。何度か女子の接近を許したことはあったけれど、なんか今までよりも落ち着かない。それは後ろにいる彼女が大人だからか?と自問していると急にユーリンが何かを思いついたかのように体重をのせてきた。
「ゆ、ユーさん?」
「明日・・」
ユーリンは相馬の肩に顔を乗せて囁いた。
「明日のリハーサル、傍でみていてくれない?」
「いいですけど・・・・芳養麻さん達の許可をとれるかどうか」
そう、ここで相馬がオーケーしたとしても警備を担当している芳養麻達がどういう反応をするのかわからない。
試着の時も警備の邪魔になるからということで端まで追いやられてしまっていたで今回も邪魔だからって追い払われるかもしれないと思っていたのである。
「でも、なんで明日? 本番は明後日じゃ」
「――実は私の誕生日なの。・・・・明日」
「へ?」
一瞬、彼女がなにをいったのかわからなかった。
「本当なら誕生日パーティーとかやるんだけど、忙しくて・・だからナイト君」
ユーリンは顔と顔がくっつきそうな距離で相馬の瞳を覗きこむ。
彼女の息が顔に当たる。
「私の誕生日プレゼントとして傍で歌を聴いて欲しいな」
「・・・・はい」
彼女の心からのお願いに優しい相馬は断れなかった。