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フェイズ・ジョーカー  作者: ナイトレイド
つきのうさぎと魔法使い。
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五月四日

 瞳は燃え盛る炎を映していた。何もかも焼き尽くす紅蓮の炎、溶かせぬものはないというかのように炎は次々と形あったものを消滅させていく。


 小さな自分は熱い室内からなんとか抜け出そうと安全な場所を探す。けれど置いてある机や椅子など家具が全て燃えていて床にも炎が走っていて通路も限られている。


 お父さん、お母さんと小さな声で家族を呼びながら自分は炎の中を歩く。


 左右どちらをみても炎。


 空気も減ってきているようで息もしにくい。


 はぁはぁと酸欠の魚みたいに空気を求めながらお父さんとお母さんを探す。


 少しして両親を見つける。


 見つけるけれど、そこにはもう一人いた。


『――おや、キミが継承した子ですか』


 声が聞こえて顔を上げると視界を黒いものが覆いつくした。


『時がきたらキミは私の』















「っ!」


 がくんと体を起こしてユーリン・ノーランは目を覚ます。


 全身から汗が噴き出していて服がべっとりと絡みついている。


「・・・震えてる」


 ぶるぶる震えている自分の手を見て小さく呟いた。さっきまで怖い夢を見ていた気がする。けれど、それがなんなのか思い出せない。思い出せないけれどとても怖いものだったことはわかる。


 隣のベッドを見ると規則正しい寝息で眠っている相馬の姿があった。


 彼の寝顔を見ながら、彼女は昨日のことを思い返す。


 あの後は運ばれてくる食事を楽しみながら部屋に戻った。


 部屋に戻ったけれど一人で寝ているのがイヤになってまた彼の部屋に侵入した。


 部屋の合鍵を持っているのでらくらく入って隣のベッドで眠る。本当だったら一緒に寝たい・・・特に深い意味とかはない。彼女は誰かと触れ合っている時が一番安心する。その中で彼と触れ合っているのが今までで一番、落ち着いていられる。


「・・・ごめんね」


 謝罪を呟きながら彼女はごそごそと相馬の寝ているベットに入り込む。まだ朝といえるような時間じゃない。眠ろうにも一人は怖かった。














五月四日 AM10:00 天照音楽ホール



「なんか・・・大統領が音楽鑑賞するっていったらなりそうな光景だな」


 明日のリハーサルのために公演会場である天照音楽ホールに来ていた。音楽ホールの周囲はアリ一匹入り込めないほどに黒服の集団が囲んでいる。


 リハーサルでかなりの人が護衛としているが本番となったらこれの倍くるんじゃないのか?とグランドピアノみたいな形をしている建物を見上げた。


 今朝はとんでもないことばかりだった。目を覚ましたら隣のベッドで寝ているはずのユーリンが自分のベッドに侵入していたことがあったのだ。肌と肌が触れ合う距離にいた彼女の素肌と服から覗いている二つの山を見た途端、鼻血がでてしまった。紳士であると自分に言い聞かせて外に脱出を試みた。結果を述べると抜け出せず彼女が目を覚ますまで相馬は置いてあったティッシュで鼻を塞いでいた。


「相馬君、あの不良モドキの姿がみえないがどこにいったのかな?」


「あぁ、安倍ですか? 急に俺は調べる事があるんだよ!とか言い出してどっかいっちゃいました」


「全く、護衛として一応呼んでやったというのに半日足らずでボイコットとは雇う必要がなかったということか」


「そうかもしれないですね」


 同情、庇うなんて事は一切しない。相馬は安倍のせいで普段から厄介な出来事に巻き込まれているのだから今回の事もアイツが呼んだというのに勝手に姿を消したことに怒るのは芳養麻だけではない。


「リハーサル中は我々は外でしか警備できない・・彼女がキミに客席でみてもらいたいということだから何かあったら頼む」


「わかりました・・でも、なんで外?」


「彼女のリハーサルの邪魔になるとケイオス秘書にいわれてね。それとこの天照音楽ホールは建築した者の考えで中が二重の構造になっていてね。外が火事になったとしても内側の人達には火の被害がこないようになっている上に防音性が完璧に施されていてね。八つある支柱が壊されない限り観客の人には被害がないんだ」


 それは凄いと感心する。外見が変だなと思っていたがちゃんと意味があるんだなというところにだ。


 芳養麻も警備の数に余裕ができると呟いた。


「前日に会場の中に関しては確認を済ませてある。何かあったらこれで連絡をしてくれ」


「連絡をしてくれって、俺の携帯電話じゃないですか」


 差し出されたのは黒服に没収されてしまったマイ携帯電話。


「僕のアドレスを登録しておいたからなにかあったらすぐにかけてくれ、我々は外で待機している。それと館内での携帯電話使用は禁止だから非常時だけかけてくれ」


「わかりました」


 電源をつけようとした手を止めて、着ているスーツ(新しいヤツ)のポケットの中に仕舞いこむ。


 会場の外はずらりと黒服が囲んでいるというのに内側に彼らの姿はほとんどない。


 さすがに全員を外だけに配置するということはしなかったようである。


 会場は職員の人によって手入れが施されているのか汚れ一つ見つからない。壁には画家の描いたものと思える絵が掛けられている。ソファーが並んでいる場所には綺麗な花瓶が置かれている。


「あれって・・やっぱり高いんかな?」


 どうでもいい感想を抱きながら中央ホールの入口まで辿り着いた。


 ホールは防音が施されているから室内の様子が全然聞こえてこない。相馬は赤いドアを開ける。ドアにも防音がなされているようで少し重い。


 ドアを開けるとそこはホールというわけではなくもう一つドアがあった。


 面倒だなぁと思いながら相馬は最後のドアを開ける。


 途端、別世界に入ってしまった。


 何もあけたら草原が広がっていたとかそういう意味ではない。開けたら相馬の体を包むような美声が響いてその場所から動けなくなる。


 誰も観客のいない椅子だけが並んでいる会場のはずなのに青空の下にいるみたいに錯角する。


 それを一人の歌姫によって引き起こされたのだから驚きを隠せない。


 視線の先、舞台の上で一人の女性がマイクに向けて歌っている。ホールの内部は少し暗めで舞台上に設置されている明りが一斉に彼女を照らしている。


 周りには楽団の姿があって高い音や低い音を奏でたりしてより彼女の歌声を引き立てていた。


 正直言って、プロというものに対しての認識が甘かったと相馬は思い知らされた。まるで天使が人間界に舞い降りて歌っているかのような歌声。


 聞くもの全てが魅了されてしまうような力が彼女の声に秘められていてその場から一歩も動けない。視線もずっと彼女に向けられたまま。


―――終わらなければいい、終わりなど来ないでくれと考えずにいられないほどに魅入られた。


 しばらくして音楽が鳴り止んだ。


 歌が終わったと気づくまでに数秒かかった。


 室内が明るくなったことで相馬は舞台に近づいていく。


 舞台ではユーリン・ノーランが楽器の奏者達と楽譜と顔を交互に見ながら話をしている姿は今まで見たことがなかった。


 彼女を見ていると歌手でプロなんだという事実を再認識させられる。


「もっと多くの人が魅入られるんだろうな」


 相馬は知らなかったが彼女は世界的に有名な歌手で日本に来日するときいただけでエイレーネは驚き、メイドさんにいたってはチケットを予約しようと息巻いていた。


 その理由がわかった気がする。


 もう一度、舞台のほうを見ると丁度、会話を終えたユーリンと目が合う。


「あ~!ナイト君!」


 ユーリンはぴょんと舞台から飛び降りると飼い主をみつけた子犬みたいに駆け寄ってくる。さっきまで真面目に歌っていた人とは思えないほどのギャップの違いに相馬はつい無言になった。


「・・・どうしたの?」


「あ、いや、ユーさんって歌手だったんだなぁ~って」


「もう当たり前だよ~」


「ユーリン、休憩に入っていいわよ」


「はーい!」


 変なこといわないでよーといって相馬に微笑んでいるユーリンにリナイアスが声をかける。


「あ、ナイト君。暇だよね?」


「まぁそうだけど」


「じゃあ、ここを探検しない? どうしたの?」


「ユーさん、貴方大人ですよね」


「そうだけど?子どもに見えるわけないじゃない」


「いいえ、見えます(そんなこというわけないじゃないですか!)」


「ちょっとぉ!」


「・・・しまったぁ!本音と建前を逆にいってしまった」


 バカみたいなミスをしてしまう相馬にユーリンがぽかぽかと叩いている。


 その動作が余計に子どもっぽく見えてしまっていることはいわずもがなだろう。


「もう! 大人をバカにしちゃいけないんだよ」


「すいません・・」


「罰として探検にいきましょー!」


「なにがなんでもいくつもりなんですね」


 このテンションのユーリンを相手に拒否することは無駄であると数日の間に理解した相馬は嫌がる様子を見せないで付き添う。








「探検というけれどここ特に珍しいものってないと思うんだけど」


「そう? 私は色々と珍しいなーと思うんだけど、壁にかけられている猫の写真とか」


「あの写真は・・・溺愛してるんでしょうね。飼い主が」


 相馬は壁に掛けられている一枚の写真に目を向ける。


 『愛しのみーちゃん』と書かれている写真にはメイドミニミニサイズを纏った三毛猫が指にじゃれている姿が写っている。それだけなら保護欲を掻きたてられるだけで終わったのかもしれないがその下にある解説がおそらく飼い主が綴ったものだろう。床に届くまで細かい文字がびっしりと書かれていた。しかも最後まで終わっていないという。


「この子猫が反抗期に突入したら飼い主が血の涙を流す事が容易に想像できるんだけど」


「そうかな? 愛されている事は幸せだと思う・・・でもこの人は不器用なんだろうね」


「不器用?」


「だって、口にださないとこの子への愛情が伝えられないんだよ? 誰よりも愛しているということをアピールするのが下手なんだよ」


「そんなものなのかな?」


「そんなものなんだよ」


「違う気がするんだけどなぁ」


「ほらほら、次行くよ」


 どこか釈然としないまま腕を引っ張られて相馬は目の前の写真から離れる。











「ここ入っちゃっていいの?」


 関係者以外立ち入り禁止と書かれている看板の横を通りながら相馬は先を歩いているユーリンに尋ねる。


 すると彼女は自分を指差して。


「関係者だけど」


「・・・そうですね」


 なんてアホなことをいってしまったんだぁと相馬は頭を抱えて座り込んだ。ついユーリンのテンションから関係者だということを頭から排除してしまったようである。


「ほらほら、いくよ~」


 そういいながら関係者以外立ち入り禁止の向こうにきたわけだが、はっきりいおうつまらない。面白いものなど一つも無いという状況だった。


 舞台裏は関係者の行き交いがスムーズに出来るように通路に邪魔なものは置いてないし楽屋以外は防音性がなされていないので静かに移動してください!という注意書きがあっちこっちに張られている。


 といっても舞台を使用している者=ユーリンであるため特に気にせずに話をしている二人。


「意外と地味ですね。もっと机とか機材が沢山並んでいる所想像してた」


「そうなの? 見慣れているからなんとも思わないかな・・・あ、ここは手入れがされているとは思うけれど」


 埃一つ無い通路を歩きながらどうでもいいことを話している二人、さっきから職員の誰とも遭遇しないのはみんな舞台の方で忙しく動き回っているからなのかと思ったのだが、ここの舞台、照明設置などは最低限の人数でおこなっているそうだ。


「なんで最低限の人?」


「えっと、リナの話だともう少し人を入れる予定だったんだけど、あのハヤマという人があまり沢山の人をいれられると護衛に支障がでるっていって止めたそうなの」


「あー」


 人が多いと警戒しないといけない人物が増えてしまうのを避ける為に最低限の人にしたのだろうけれどそれじゃ前日にリハーサルを行なう事になってしまったわけだ。


 人数が少ないとそれぞれに割り当てられる仕事が多くなる。こういう会場での仕事では到着してから反響版の設置、照明の微調整などを限られた人数で行なわないといけない為に多くの時間を費やしてしまう。学生の演奏会なら参加する者達である程度準備するという事も出来るだろうが、相手はユーリン・ノーラン。世界的有名歌手に準備をやらせるわけにはいかない。


「なんか間違っていると思うなぁ」


 彼女を護衛するのはわかるけれど、護衛の為に彼女の仕事に影響が出かねない状況を作るというのは少し違うのでは?と相馬は思いつつあった。


 芳養麻の護衛というのは自分の思っていることと違うそんな気がしたのだ。


「そういえば・・」


 相馬はポケットに入れていた携帯電話の電源をつけていないことを思い出す。入る時にに芳養麻に注意されてつけるのを忘れていた。


 何かメールでも来ているかもしれないと考えて電源をつける。少し待つと数件のメールが届いているという情報が表示される。


 一つは朱柚から。慌てていたのか変換ミスとか誤字が目立つけれど心配している事が痛いほどわかる。


 次は鎖音原から、彼も不発弾が見つかったという事に心配してメールを送ってくれていたので無事だという事を簡単に返事を送る。


 その次はエイレーネからで大丈夫ですか?という心配しているものとメイドさんからの状況説明。


「・・・安倍から?」


 最後、というか最新のメールは安倍彦馬からだった。


 内容は一言のみ。


「すぐに電話しろってなんだよ・・」


「どうしたの?」


「ごめん、何か電話してこいっていわれているから少し待ってて」


 電話にでれないことはわかっているんだから内容をメールで送ればいいじゃないか、それとも口で伝えたい何かがあるのだろうか。相馬は気になるため電話をかけた。


『電話すんのがおせーんだよ! この屑』


「喧嘩売ってんのか。・・てめぇ」


 開口一番に罵ってきた安倍にイラっとしながら用件を尋ねる。


「んで、電話してきた理由はなんだ?」


『あ、コネフォについてだ』


「何かわかったのか?」


 ユーリン・ノーランを狙っている爆散魔の魔術師はコネフォの一族というのを狙っている。


 その方面からアプローチした結果、何かわかったのだろうか。


『コネフォってのはウサギだ』


「兎?」


『メシーカ族の神話だ』


 相馬は?マークを浮かべる。


「意味がわからないんだが・・」


『ちっ、てめぇはこっちに関しても素人だったな。ちったぁ勉強しやがれクズめ』


「・・・俺に喧嘩を売っているのか情報を伝えたいのかどっちなんだ?」


『そうだった時間もねぇから説明するぞ』


 安倍は舌打ちをしながら相馬に話す。


 まだ日の光がない時、神々がテオティワンカに集い、誰が地球を照らす役を担うか話し合った。


「待った、テオティワンカってなんだよ?」


『神々の集うところ、都市みたいなもんだいちいち聞いてくんな!時間がねぇつってんだろ』


「・・・おう」


 誰が照らすかについて話し合っているとテクシステカトルという裕福な神が自ら大地を照らす役を買って出た。しかし、神々はもうひとり彼に付き従うように望んだ。


 従うように望んだが誰もが尻込みし皆言い訳をした。最後に神々は貧しい病身の神、ナナワツィンに声をかけた。その神は二つ返事で引き受ける。


 選ばれた二人の神は太陽のピラミッド、月のピラミッドという二つの巨大な丘の上で四日間苦行を続けた。テクシステカトルはケツァル鳥の高価な羽根、自己犠牲に使う刺を刺しておく金糸の玉を供え物として持っていた。テクシステカトルが供え物として焚いた香は薫りの良い高級品。しかし、ナナワツィンが貢献所に持っていたのは三本の碧の葦を束ねたもの三つ。


『って、余計なことを話しちまった・・・戻すぞ』


 準備を迎えた二人が身を投じるように巨大な焚き火が用意されて、最初に飛び込むように促されたのはテクシステカトル、裕福ゆえに与えられた名誉だったがテクシステカトルは火に飛び込もうにも炎の熱さにたじろいで何度も失敗した。その中でナナワツィンが先に行くように命じられた。ナナワツィンは躊躇うことなく火中に身を投じた。その後に尻込みを後悔したテクシステカトルも炎に飛び込んだ。


 少ししてナナワツィンが全身をきらめかせて太陽となり東から姿を見せた、続いてテクシステカトルが月として同じように東から姿を見せた。


『ところがこれには問題があった』


 月の光は太陽と全くひけをとらない、同等の強さを持っていた。


 神々はそれに弱った。同じ強さの光を出す星が二つも空にあるのは都合が悪い。そこで月の輝きを弱めるべきということで神の一人が走ってテクシステカトルの顔にウサギを投げつけた。そのときから月の輝きはくすみ、顔にウサギがぶつけられた跡が黒く残った。


「・・・・それとコネフォの一族となんの関係があるんだ?」


『おめぇはスペイン語の勉強をしやがれや!』


「なんで罵倒されてスペイン語の勉強を促される事になってんだ!」


『conejoっていうのはスペイン語でウサギっていう意味なんだよ! いいか、ウサギっていうのは特殊なんだよ!』


 なにやら電話の向こうで苛立ちだしているようだがこっちも苛々してきてはいる。長い神話に付き合わされ、それに関しての説明もちゃんとなされない。けれどここからが大事だということはわかった。


「それで?」


『古い文献をあさってようやくわかったんだがコネフォの一族っていうのはその神話のウサギと同じ力を持っているとされている』


「力って・・・神様の顔を殴りつけるとか?」


『そっちじゃねーよ! 力を弱めるってところだ!!』


 いまいちわからない。


『コネフォの一族って奴らは神と同等の力を得る為にウサギの力をその身に具現化させようと研究をかさねった結果、ある属性に対してだけ力を発揮できるようになっちまった。その力が爆散魔の魔術師にとって邪魔なんだよ』


「ますますわけがわからないんだけど」


『情報によると一族の持っている力は自分達よりも強大な力を弱めるらしい。つまりだ。力を持っているヤツが弱ければ弱いほど、強い相手の力を』


――弱めることが出来る。と安倍の声は意外にも震えていた。それもそうだろう。ラピンの一族というのが相手よりも力がなければないほど自分達が有利になるというのだ。敵として戦う相手として厄介な相手としかいいようがない。潰せるならつぶす。自分達の障害になると考えれば潰す。それが魔術師が選んだ手段。


「けれど、それとユーさんの関係性はなんだよ? あの人、魔術師じゃないんだろ?」


『・・・ユーリン・ノーランなんだが、孤児だったらしくてな。小さい頃にフリウス・ノーランっていう音楽家に引き取られてユーリン・ノーランになった。その前の苗字っていうのが』


「――コネフォだっていいたいのか?」


『確証があるかといわれたらねぇ。ユーリン・ノーランの過去についてはすっぽりと抜け落ちているからな。もしかしたらコネフォの一族じゃねぇのかもしれねぇし一族かもしれない』


 つまり知るのは本人と一族と関わりを持つものだけ。


 そうなると、一つ疑問がでてくる。


「どうやって爆散魔はユーさんがそれと関わりを持っているのかもしれないって気づいたんだ? お前みたいなパイプをもっていたということなんだろうか」


『・・・・とにかく爆散魔が狙うとしたら今日か日本から去る日ぐらいしか思いつかねぇ。急いでソッチに向かうから彼女から目を離すんじゃねぇぞ』


「・・・悪い、無理みたいだ」


『あ? どーゆう』


 携帯の電話をきって相馬が顔を上げるとそこには一人の男が立っていた。施設の人かと思ったがすぐに違うと否定する。


 そいつはあまりにも特殊すぎた。


 髪はべっとりと油をかけたのか黒く光っているし派手なイヤリングに鼻ピアス。さらに顔にはトカゲのタトゥーが彫られていて、ただでさえ特殊だというのにその男は白いタキシードを纏っていて普通じゃないところを挙げろという方が難しい。


「誰だ? アンタ、ここ関係者以外立ち入り禁止だけど」


 男の格好をみたときから相馬の頭で警鐘が鳴っている。


「ん、問題ねーよ。俺は関係者だしなぁ、お前、ユーリン・ノーランはどこにいる」


 頭の中の警鐘がさらに大きくなった。


 コイツは普通じゃない。


 普通じゃないという事は。


 答えに辿り着こうとしている前で男は懐から葉巻を取り出す。


「答えるつもりがないならいいや・・自分で探すから」


 口にくわえて指先からボッと火を灯す。


「―――キミは燃えちまいな」


――危険だ。


 男の言葉を最後まで聞かずに相馬は咄嗟に近くの扉の中に入り込んだ。


 ビュゴ!と熱い何かが相馬の足を掠める。


 標的を失った炎は後ろの壁にぶつかって大きく燃え盛った。


「あ、あ、あぶなっ!」


 溶解している壁をみて相馬は震える声で呟いた。もし、直撃していた自分はドロドロになっていたかもしれない。


「おっ、今のをよけるとはすっごいなぁ・・・どうしょっかなぁ。ここでキミと少し遊んでもいいんだけど仕事だからなぁ。ここで殺して――」


 相馬が身構えようとした所で横から手が伸びて引っ張られる。


 別の敵かと身構えようとした所で見覚えのある金髪が見えた。


「ユーさん!?」


「よくわかんないけど・・・こっちに警備の人がいるから」


「危ない!」


 後ろから彼女を抱きしめるようにして傍の角に飛び込む。


 ごぉっと頭上を高温度の炎が通過して二人が通ろうとした壁が溶ける。


 真っ直ぐに走っていたら危ない!


 相馬はユーリンの手を引いて傍の角を進む。


 ちらりと振り返るとにたにたと獲物を追いかける狩人みたいな表情を浮かべて追跡している。走らず歩いてだ。


 遊んでいると相馬は顔をゆがめる。


「くそっ、どこだここ」


 マップを確認しようにも壁や周囲に場所を示す地図が一つもない。


 相馬はプロじゃない。マップを頭に叩き込んでいるわけでもないから自分がどこをどう走っているかなんてわかるはずがなく、おまけに電気がついていないためかなり暗い。


 ガクン!と急に相馬達の足元が揺れた。


 バランスを崩しそうになりながらなんとか踏みとどまると上がっていく様な浮遊感。


「上昇している?」


 二人は突然の事に混乱していたが規模が大きかったり様々な用途で設備が充実している会場では奈落と呼ばれる舞台下に空間が作られていて、そこから舞台に上がるというシステムがある。


 相馬とユーリンの二人は気づかぬうちにこの奈落に踏み入れていた。


 音が止まると舞台に辿り着く。


 周りに誰かいないか確認しようとしたところで一斉にスポットライトが点灯する。


 眩い光に相馬の視界は真っ白に染まってしまった。


「ダメぇ!」


「!?」


 視界の見えない相馬を横に突き飛ばしてユーリンが前に出る。


 何か嫌な予感がして無理やり目をあけながら彼女を引き寄せようと腕を伸ばした。


 しかし、手は届かず。


 ユーリン・ノーランは炎に体を焼かれた。


「ユーさん!?」


 視力が回復した相馬は大きな音を立てて倒れたユーリンへと駆け寄る。


 彼女の体で燃えている炎を上着ではたいて鎮火させてから口元に手を当てた。わずかだが呼吸をしている。


 手当てをすれば助かる。


「ケイオスさん! 誰か人を」


「――その必要はない」


 カツンコツンと杖をついている音が室内に響かせながら男性がリナイアスの隣に姿を見せる。


 黒いロングコートにグレーのスーツはマフィアのボスなどを想像してしまいそうになるが掌で何も使っていないのに炎を生成しているのは危険以外の何物でもないだろう。


「彼女はそう簡単に死ぬ事はない。その証拠にみたまえ」


 杖先をユーリンに向けた男の視線を追って相馬は息を呑む。


 火傷になって剥けていた皮膚が小さく沸騰するみたいに動き出したかと思うと傷口を塞いでいく。


 なんだ、これは?と言葉を失っている相馬を前に重傷だった彼女の体はまるで時が巻き戻ってしまったかのように完治してしまう。


 パンパンパン!と乾いた音が響いた。


 それが男の拍手だと気づくのに時間がかかった。


「やはり間違いない。その回復力、私の目に狂いはなかった! ようやくようやく見つけることが出来た」


「・・・な、いとくん」


「ユーさん! 大丈夫?」


「うん・・・」


 意識を取り戻した彼女を抱き起こそうとした所で後ろでリナイアスの悲鳴が聞こえて相馬は振り返る。


 瞬間、炎の刃が相馬を切り裂いた。




















 芳養麻春人はこの警備の配置に絶対の自信を持っていた。


 警護課から呼び寄せたベテランもいれば自分の所属する公安総務課第六公安捜査第11係の中で腕に覚えのある者達でこの音楽ホールを護衛させていた。


 普通の人間が侵入したとしても阻止できる。実際、ユーリンのファンと名乗っていた男一人を取り押さえることに成功している。相手は護身用としてスタンガンを取り出したがそれを物とせずだ。


 ――だから魔術師相手だろうと大丈夫とどこかで安心していたのかもしれない。


「ふふふ、普通の人間相手にここまでやってしまうというのは歳かねぇ。昔は弱火の炎で始末していたというのに」


 葉巻をくわえながら男が笑う。


 数分前、一人の男が警戒網の中にやってきた。不審者として部下が捕らえようとしたところで“何か”が起こった。爆発のような衝撃音と風が全員を襲った。


 芳養麻は朦朧とする意識の中で周りを見る。


 手入れが施された庭は土や灰で汚れて無残な姿になり、停車していた車の全てが原型をとどめていない。


 形あったものが全て壊れている。それが目の前で起こっている現状であり全てだ。


 たった数分で芳養麻の目の前にあったものや人までものが姿を消してしまった。それもたった一人の人間によって。


「はぁ・・はぁ・・・誰か・・いないのか」


 炎によって空気が殆ど奪われて息がしづらい。ふらふらと立ち上がった芳養麻は周りに生き残りがいないのか呼びかける。


 けれど、聞こえるのは炎で木やコンクリートが焼かれている音だけ。視線を動かしても黒い煙と何かが燃えた痕跡しか確認できない。


「―――どうして」


 掠れる声で呟く。


 さつきまで万全と思えていた警備網が一人、たった一人の手によって潰されてしまった。応援を呼ぼうにもさっきの衝撃で持っていた通信機が壊れてしまっていて何も出来ない。


 無力の二文字が芳養麻の頭にのしかかる。


 ギシギシと何かが軋むような音がして顔を上げた。そこには数日前に車を転倒させた人形―からくりがこちらを見下ろしていた。


「何故だ・・」


 からくりに問うように芳養麻は声を絞り出す。


 何故、ともう一度呟いた。


「―――どうして僕は無力なんだ!」


 悔しくて芳養麻は顔をゆがめる。


 腹立たしい。


 何も出来ない事に苛立ちを覚える。


 警察という組織が魔術師というわけのわからない存在にここまで成す術のないことに。


 からくりは感情のない瞳を芳養麻に向けたままゆっくりと腕を振りあげる。このまま何もせずにしていたらあの腕に顔を叩き潰されて死ぬだろう。


 絶望している芳養麻は成す術もなくこの人形に殺される。だが、腕が顔に迫る直前で飛び掛る。


 全体重を乗せたタックルにからくりは後ろに倒れこみ、ごろごろと地面を転がった。


「僕は・・・」


 痺れる体を無理やり起こして芳養麻は警棒を懐から取り出す。


 警棒がからくりに効くとは思えない。


 けれど、何もせずに芳養麻は終わるつもりはなかった。


 半年前のようにただ見ているだけなのはもう沢山。


「僕はもう・・・あの時とは違うんだ!」


 叫びながら懐から拳銃を取り出して至近距離で撃つ。残弾、急所などを考えずに撃ちながら距離を稼ぐ。かなり近くで撃たれた人形はぎしぎしと音を鳴らしながら仰け反る。


 カチカチと拳銃から音が鳴ったのをみて芳養麻は焦りの表情を浮かべて空になった薬莢を捨てて、震える手で弾を入れ替えようとするがかちかちとぶつかって上手く入らない。


 近距離で弾丸を受けたことによってどこか壊れたのか動きが鈍い。さっきみたいに撃てばどこかは壊せるかもしれない。


 だが、問題があった。


「なっ・・」


 土を踏む音がして視線を向ければそこには別の人形が姿を見せていた。


 まるで芳養麻を囲むようにして次々とからくりが姿を見せる。


 残弾は五発もない。


 全てを撃ったところでからくりを倒せるわけがない。


 またもや無力感が芳養麻の頭にのしかかろうとしていた。


 彼はさっきみたいに崩れる事はない。それどころか拳銃を投げ捨てて警棒を取り出し構える。


「もう、あの時とは違うんだ。僕はお前らに屈する事はない!」


 からくりに敵意を向けて芳養麻が警棒を構えて地面を蹴ろうとした時、頭上から黒い影が降り立った。


「なかなかにカッコイイ場面の所申し訳ありませんが、策なき特攻は命を散らすだけです」


 降り立った影の人物は黒いスカートを翻しながら眼前にいるからくりの顔を強く蹴り飛ばした。ブーツで蹴り飛ばされたからくりは大きな音を立てて地面に倒れる。


「メイド・・だと」


 カツンとスカートを翻しながら現れたのは喫茶店や大金持ちの家などでしかみなくなったメイドさんである。


 呆然としている芳養麻の前で空から降ってきたメイドは回転するように舞う。


 スカートがばっさばっさ舞うのをみて咄嗟に目をそらすがひゅんひゅん、かっかっ!と何かが飛んで突き刺さった音が耳に届いた。


「なっ・・・」


 芳養麻は目を見開く。


 自分を囲むように立っていたからくり達が地面に倒れていた。ただたおれているだけではない顔や脚の関節、急所らしき部分に大量のクナイが突き刺さっている。


「かなり古いタイプのからくりだったみたいですね。最新型のシェイドドールやオートマータでしたらクナイをもう十本ほど各一体に使わないといけないところでした・・」


「・・キミは一体」


 淡々と目の前のからくりに対しての分析を行なうメイドに戸惑いながら言葉を飛ばす。


 自分の身を守ってくれたという事実があるからいきなり敵意を向けるという事はしないがクナイだけでからくりを瞬殺してしまった女性、しかもメイドということに思考回路が少し鈍ってしまう。


 問われたメイドはというと表情を浮かべないまま芳養麻の方を向いて両手でロングスカートの裾をつまんで広げる。


「通りすがりのお節介メイドでございます」


「あ、これはどうも」


 自己紹介をあっさりしてもらったことについ、芳養麻は挨拶を返した。


「それでは私はお嬢様から頼まれた仕事が残っていますのでこれにて失礼させてもらいます」


「あ、すいませんって!」


 呼び止めようとしたところで強い風が吹いてつい手で視界を防いでしまう。


 少しして手をどけると目の前にいたはずのメイドは影も形もなかった。


 自分がみたのは夢だったのか?と試しに腕をつねってみるとちゃんと痛みがある。ならばあのメイドはどこにいったのか?


「――今は彼女の身の安全が最優先だ」


 さきほどのメイドの舞いが脳裏でリフレインするのを無理やり遠くに追いやって芳養麻は静けさを保ち続けている音楽ホールに向かう。


 向かおうとした所で自分が丸腰だということを思い出し形を保っていた車に近づく。車は警護課の班員がもしものためといって停車させていたものだ。目立った損傷がないことを確認するとドアを開けて中を探る。少しして予備の弾を見つけ出す。


 魔術師相手にこけおどしにもならないが持っているだけマシだと考えながら弾丸を装填して音楽ホールに足早に向かう。その場の光景を焼き付けるようにしながら目を見開いていると煙が目に入って涙がでるがそれでも芳養麻は目を開けた。


「(絶対、絶対に僕は忘れないぞ!)」


 魔術師に殺されてしまった仲間を。魔術師が引き起こしたこの光景を。そして自分の力が至らなくてこんなことになってしまったという結果を胸に刻みながら芳養麻は音楽ホールの入口に手を伸ばした。























「やってしまった・・・」


 芳養麻の姿が見えなくなったのを見計らうようにしてメイドが姿を見せる。


 誰もいないことを確認するととてとてと早歩きで近くの茂みをあさった。少ししてお目当ての物が見つかって彼女は体を起こす。





――手にはスーパーの袋が握られていた。






「まさか特売の帰りに結界を見つけてしまうとは思ってもみませんでした」


 日課であるスーパーのチラシを確認していると少し離れた場所で特売がやっているのを見つけた。節約を第一と考えている彼女はこれはいい!と目を輝かせて一人遠出してスーパーまでやってきたことに後悔はなかった。


 けれど、その帰りに結界を見つけて関わってしまったのは失敗だろう。もしお嬢様に危害を加える存在だったらと気になり侵入、襲われている人を見つけた時は放置しようと考えた。


 無関係な人間を助けた所で厄介事を生むだけだ。全ては主であり尊敬するエイレーネに危害が及ばないかどうかを見極めるだけ。


 その筈だったのにどういうわけか足が動いてしまった。


「・・・まだまだ修行不足ということでしょうか」


 あの程度のからくりを倒す事など魔術を使う必要もない。からくりは球体関節で動いていた。故に関節の部分さえ砕いてしまえばなにもできなくなる。


 腕に関しての未熟ではない精神の方の未熟さがまだあることが再確認できたのは良しとしょう。


 それに。


「この気配、相馬ナイトもいるようですし私は関与する必要もないので立ち去ることにしましょう」


 買い物袋の中で潰れたものがないか確認した後、小さく声を漏らす。











「・・・・クナイを回収しないと」




















 リナイアス・ケイオスは何が起きたのかわからなかった。


 ただいわれたことを実行しただけの筈。


 二人が奈落にやってきて合図があったら一部を上に持ち上げろという指示を受けて彼女は下手袖でスィッチを押した。


 彼らが舞台にあがったところで再び指示通りにスポットライトを一斉に灯す。眩い光で相馬ナイトは動けなかった。


 反応できなかった彼に炎が飛来する。そのまま焼かれると思っていたらユーリンが庇うように前に出た。


 炎は彼女を包み込むように襲いかかった。相馬ナイトが上着で炎を消して自分に人を呼ぶようにいう中で男は笑いながら私達の前に姿を見せた。


 咄嗟に目を瞑る。目を開ければこれは性質の悪い夢か冗談だと思いたかった。けれど、現実はそこまで優しくはない。


「どうゆうこと!」


 リナイアスは叫ぶようにして男を責める。


 この男をここにいれる条件として誰も傷つけない事を約束とした。言葉だけの約束など信用できないけれどしておかないとあっさりこの男は傷つけてしまう。だから言葉のやりとりだけでもいいから約束を取りつけた。


 けれど、この男はあっさりと約束を破ってしまった。ユーリンに続いて相馬ナイトが入ってきた途端に指先に火を灯して彼に向かって攻撃をした。


「どうして彼を攻撃したの! 約束では手をださないってその結果! ユーリンは怪我を!」


「問題ないよ。彼女が庇うのには驚いたがこの程度の炎で死ぬなんて事はない。コネフォの一族の力はやわなものではない」


「何を・・・いっているの?」


 リナイアスは男の話していることがわからなかった。男は自分の顔を覗き込むようにして「ふむ、どうやらキミは何も知らないようだね」呟いた。


「知らないって・・」


「彼女は普通の人間ではないということだよ。まぁ、この話をする前に」


 男は掌に先ほどよりも大きな炎を生み出した。さっきはただ手の上で燃えていた炎だったというのに剣のように姿を変えた。


「――アイツは邪魔だ」


「逃げて!!」


 男が炎の剣を叩きつける。こちらに背を向けていた相馬は気づくのが遅れて炎の刃に体を貫かれた。


 肩から胸、下腹部までを炎の刃に切り裂かれ鮮血を噴き出しながら彼は壁に体をぶつけてそれから、動かなくなる。


「なんで・・・なんで殺したの!?」


「うるさいなぁ、邪魔者は殺すというは定番だろう?」


「そんなこと」


「キミね。大事な事を忘れていないかい」


 男の瞳がリナイアスを見つめる。インクで塗りつぶしたかのように真っ黒な瞳に見つめられて背筋が凍りそうになる。


「共犯者なんだよ? キミは」


「・・・・・・」


 動かないリナイアスにまるで子どもをたしなめる大人みたいに囁く。


「彼女を人形に襲わせるように場所を教えたりここに誘導するように仕向けたのはキミだということをどこかで忘れているんじゃないかなぁ?」


「それは・・貴方たちが!」


「・・・リナ」


「っ!?」


 リナイアスが振り返ると意識を取り戻したユーリンがこちらを見ている。信じられないという表情を自分に向けて。


 彼女の瞳を真っ直ぐにみる勇気がでなくて視線からそらす。逃げたいからというわけじゃない。答える勇気がなかったからだ。


「どうして・・・どうしてなの・・・リナ!」


「・・・ごめんなさい」


 彼女へ小さく謝罪する。それしかない。自分は友人を裏切ったのだから。


 リナイアス・ケイオスは隣の男に脅迫されていた。


 自分に逆らえば病院で療養している両親を殺す、と脅されていたのだ。家族を人質にとられた彼女は男からの指示で逐一警察の動向などを伝えるメッセンジャーとしての役目を請け負い、今回の音楽ホールの見取り図のコピーを渡したりした。だから男は警備の抜け穴を見つけ出しここまでこられることができたのだ。




「さて、そろそろ感動の再会といこうじゃないか」


 杖をつきながら男はゆっくりとユーリンへと歩み寄る。


 ユーリンは男から離れようとするけれどそれよりも早く皮手袋に包まれた指が彼女の頬に触れようとする。しかし、その手を彼女は払いのける。


「随分と酷い態度だね。昔はキミの方から歩み寄ってくれたというのに」


「なにを・・・いっているの?」


「覚えていないのかな? いや、覚えていない振りをしているだけだ。キミにはあの日の出来事をもう思い出しているはずなんだけどね」


 男の瞳を見る、その向こうには炎が波打つように渦巻いて中心には自分がいる。とても小さい頃の自分が。


 幼い頃の自分はどうしょうもないくらい引っ込み思案な子で家にお客さんがきたらすぐに自分の部屋に閉じこもってしまうほど人見知りが激しい。


 彼女が住んでいたのは二十人を超えることがない名もない小さな村。それでもユーリンは幸せだった。大好きな両親とずっといられた。物心つくまえから各地を転々としていたのだがやっと落ち着ける場所をみつけた。ユーリンとしては両親がいるならどこでもいい。


 両親はそんな自分を笑いながらも大事に育ててくれた。両親は学者らしくていつも奥にある部屋に閉じこもって厚い本とにらめっこをしていた。一度だけ読んでみた事があったがとても難しくて幼いユーリンは理解することができなくて何度も本とにらめっこしていたのを両親が笑いながら見ていたのを今でも覚えている。


 人見知りが激しいユーリンが唯一、人前にでても平気だったのは歌う時だけだった。歌う時だけはどういうわけか人の顔や目を気にする事がなくなってユーリンは歌に全力を注いでいた。ユーリンの歌を聴いた人はそろって「良かった」「また聴きたい」といってくれた。中でもノーランのおじさんは才能があるって目を輝かせながら色々なことを教えてくれた。教えてくれたことをスポンジみたいにどんどん吸い込んでユーリンの歌は上手くなっていった。両親は楽しそうに歌う自分をやさしく撫でてくれた。


 絵に描いたような温かい家庭。それが幼い頃の自分の全て。


 それが壊れてしまったのは自分が十歳の誕生日を迎えた日だった。十歳の誕生日は盛大にやろうとお父さんが言い出して知人や村人達を集めた。多くの人達が自分へのプレゼントをもってきておめでとうといって頭を撫でてきた時はお母さんの後ろに隠れたかったけれど全てが善意というのはわかっていたから逃げちゃダメと自分の言い聞かせて服を握り締めていると汗で手がベトベトになっていた。それにこの日のためにお母さんが作ってくれたドレスをみてもらいたいという気持ちもあった。桃色のレースがついた綺麗なドレス。


 ノーランのおじさんも来るのかと思っていたら仕事で欠席すると父さんからいわれて残念だった。前よりも上手になったから褒めて欲しいのにと思いながら来た人達に笑顔を向ける。誕生日会は母の手作り料理が振舞われた。各地を転々と過ごしてきていた事により伝統料理などをマスターしていたのでみんなはおいしそうに食べた。自分もおなか一杯になるまで食べた。


 もらったプレゼントを見ていたりしているととうとう自分が歌う時間になった。最後の締めということでプログラムされていた。参加している人達みんなはユーリンが歌うのを心から待っていたようで中心に立つとパチパチパチと沢山の拍手が出迎えてくれた。普段の自分なら顔を真っ赤にして逃げ出していたのだろうけれど不思議と、そう不思議と恥ずかしいとか隠れたいという気持ちがなくなっていた。歌ってみんなに褒めてもらいたい。


 その気持ちで一杯だった彼女はみんなからの視線を浴びる中で歌う前に深呼吸をした瞬間、世界を赤が染める。


 目を開けるとさっきまでいた村人達や両親の姿がない。


 家も壊れていて柱が折れたりガラスの破片が地面に散らばっている。ドレスのスカートは木材の破片に引っかかってボロボロになっているし周囲で燃えている炎が空気を奪っているために呼吸も難しい。


 朦朧とする意識の中でユーリンは両親を探した。いなくなってしまった他の人達よりも彼女の中では両親を見つけることのほうが重要だった。間違えた時はしっかりと叱りながらも何が悪いかを教えてくれたお父さん。おいしい料理を作って自分の事を大事にしてくれるお母さん。この二人がいてくれてこその自分。自分という存在を認めてくれる唯一の人達。その人達が。







――どうして自分がいるのに何も言ってくれないのだろう。








 目を見開いて口を一つも動かさずぴくりともしない。お父さんが愛用しているセーターは赤いものがべっとりとこびりついている。汚れたら洗濯するのが大変ってお母さんが怒っていた事を思い出す。


 いつも笑顔の絶えなかった二人が恐怖に染めたまま動かない。


「お母さん・・・お父さん?」


 掠れる声で呼ぶ。


 けれど二人が笑顔にはならない。


 どうして?と考えているとお父さんの傍に誰かがいることに気づいた。炎の中で熱いのに黒いコートを羽織って葉巻をくわえていた男の姿。


 覚えているのはそれだけだった。炎の熱さと酸素の少なさからユーリンは意識を失った。








 再び目を覚ました時、そこは病院。







 検査を受けてしばらくすると警察の人とのカソック服を着た神父さんが一緒にやってきた。警察の人が事情をきいてきた。


 話によるとあの村で生き残っていたのは自分だけだった。


 それからしばらくしてノーラン氏がやってきた。


 地方で二十人の村人が死亡というニュースをみて慌ててやってきてくれた。心の底から心配してくれた彼をみた時に彼女ははじめて涙を流しながら大声で泣いた。


 身寄りのいなかったユーリンはノーランのおじさんに引き取られてユーリン・ノーランへとなった。


 新たな自分となった彼女はそれから二人目の父親の指導を受けながら歌手として活動するようになる。元々歌うのが好きだったのと天性の才能を持ち合わせていたことからぐんぐんと頭角を現していく。その頃にリナイアスと再会して友人といえる関係であり秘書として頼りになっていた。


 ユーリンは歌う事が大好きで父となったおじさんの前でも歌い続けた。おじさんは最後まで聴いた後に褒めてくれる。それが嬉しくて彼女はさらに頑張った。


 それと同時に多くの人に自分の歌を聴いてもらいたかった。歌を歌っていると自分が必要とされているんだということがわかったから。


 でも、この時間も長くは続かなかった。


 日本で起こったテロの影響でユーリンが住んでいた地域でも小規模だがテロが起こった。仕事で海外のコンサートにでていた彼女の耳に父が意識不明の重態になったという電話がきて彼女は急いで病院に向かった。


 病院に辿り着いたユーリンがみたのは点敵と沢山のチューブに繋がれた父の哀れな姿。


 医者の話によると一命はとりとめたそうなのだが脳に大きなダメージを受けてしまっていつ目を覚ますのかわからない状態。









 聴いてくれる相手がいなくなった。彼女は悲しんだ。












 また一人、彼女の目の前で聴いてくれる相手がいなくなってしまった。













 それから少しばかりの時が過ぎて彼女はまた一人、自分の歌を聴いてくれる人に出会った。自分より年下の優しげな男の子だったけれど、彼は自分の歌を聴いて笑顔を浮かべてくれただけじゃない。心の底から楽しんでくれた。


 両親やおじさん達みたいに。


 でも、また居なくなった・・・ユーリンは全てを拒絶する。







 どうして自分の歌を聴いてくれる人はみんないなくなってしまうんだろう。



 どうして、この男は自分の大切なものを奪ってしまうんだろうか。



 どうして自分だけが生き残ってしまったんだろう。



「どうして・・・」


「キミはどうして自分がこんな目にあうのかって思っているんだろうねぇ、それは簡単だよ。それは君がコネフォの家系だからだよ」


 男はゆっくりとまるで染み込ませる様に語り始める。


 ユーリンの家族はコネフォと呼ばれる魔術師の一族で彼らは月のうさぎの神話の力を現世に顕現させるために研究を続けていた。彼らが顕現させようとした力は二つ、相手の力を弱らせる事、そして。


「肉体再生、コネフォの一族は相手の力を弱体化させることはまだ顕現できていないようだが再生技術の方は完成していたようだな」


 ナイフを取り出してユーリンの肩の皮膚を斬り裂く。


 斬られた箇所から血が滴り落ちる。しかし、傷口はすぐに修復された。


「私はある依頼を頼まれてね。それがコネフォの殲滅だったんだよ。大方、キミ達と似たような力を顕現させようと考えた連中が嫉妬してきたんだろうね。あの時、確実にキミも殺せたんだけどね。騎士団の連中が邪魔をしてきてね、ひとまず撤退という結果に終わり私は機会を窺っていた・・・・まぁ、途中で依頼を放棄したんだけどね」


 なぜか、と男は続けた。






「キミには大量の遺産がある。それが欲しくなったのさ」










「遺産・・・って、なんのこと!?」


 黙って聞いていたリナイアスが叫ぶ。


 ユーリンに遺産があるなんて聞いたことがなかった。彼女も覚えがないみたいで戸惑っている。


「キミ達の反応からすると弁護士はまだ話していないという事みたいだね。ノーラン氏は意識を失う少し前にね。友人の弁護士にある頼みごとをしていてね。自身の遺産をある条件を満たした時に渡すようにとね」


「条件・・・・って」


「ユーリン・ノーランが結婚した時に、相手の男性に自身の遺産を全て託すという内容でね。つまり――」


 男の動いている口があまりにも遅い。ほんの数秒のことなのにまるで一年、十年のように思えるのは男が焦らしていることをわかっているからか、それとも。






















「――私の花嫁になるのさ」



















 男の話を拒絶したかったからなのか。




今回、色々と核心の部分に触れました。



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