七月四日
七月四日 PM19:45 草薙家
「・・・・きて・・・・きてって・・・・」
ぼんやりとした意識の中で誰かが呼んでいる様な気がして、相馬ナイトは目を開けようとする。
けれど、強い眠気に襲われて、瞼を開ける筋肉に力が入らない。
「起きて・・・・起きてって・・・・ば!」
「お願・・から・・・・起きて・・・・!」
このまま寝てしまいたいと相馬が考えているが呼びかけている声は止まらない、それどころが大きくなっていた。
瞼を閉じているのに耳元で騒がれている声が大きくて意識が落ちる事を拒否し始める。
「(うるさいなぁ・・・・俺は寝たいのに)」
「今寝たら起きなくなっちゃうから!!」
「お願いですから目を覚ましてください!このままだと、兄様も狩谷という人も・・・・死んでしまいます!」
「(そういわれても・・・・体が動かないし)」
眠気が強くなってきて、相馬の頭は正常に機能しない。
このままずっと寝てしまおう。
相馬は薄れていく意識の中でそんなことを考えて眠ろうとする。
「あぁもう! 仕方ない・・・・早苗ちゃん、乱暴な事するけどいいよね!?」
「お、お手柔らかに」
「起きろぉ!相馬ナイトォォォォォォォォォ!」
――衝撃、落雷。
「ぎぃやぁぁぁあああああああああああああああああああああ!?」
眠ろうとしていた相馬の体に駆け巡った痛みに跳ね起きるように体を起こす。
「な、なんだ!?ビリッ!ビリッ、ときたんだけどぉ!?」
「よし、おきてくれた!」
「アンジェさん・・・・凄いです」
「って・・・・誰?」
目を覚ましても、そこは暗闇で、声の主の姿を見ることが出来なかった。
「てか、いまの声って、早苗ちゃん?」
「・・・・そうです」
暗闇の中から響いてきたのは安倍彦馬の妹の早苗だった。
早苗の声はいつもの元気らしさというものが感じられず今にも消えてしまいそうな感じがする。
「えっと、ここは」
「意識の狭間みたいなところです。そんなことよりも相馬様・・・・」
「お願いがあるの」
早苗の声を遮って別の声が響く。
「ゲイルが敵の・・・・グランバニッシャーっていう怪物に取り込まれてしまったの、このままじゃ、世界が滅んでしまう・・・・無茶な事はわかっているの・・・・でも、キミしか出来ないのから」
「・・・・どうすればいい?」
「え?」
戸惑う少女の声を聞きながら相馬はゆっくりと体を起こして尋ねる。
「どうすれば、あの怪物からあの野郎を取り戻せる?」
「あ、来た来た」
クヴァシルがそろそろ時間かなと時計を見ようとしたときに視界にエイレーネ・D・草薙が姿を見せた。
彼女が現れたことでクヴァシルは笑みを浮かべる。
「キミならばここにくると思ったよ。情報どおり、心優しいみたいだねぇ、よかったよ偽善とかじゃなくて」
「・・・・私がここにきたんですから、彼女を返してください」
「いいよ」
クヴァシルはあっさりと頷くとカオスバニッシャーに指示をだす。
カオスバニッシャーは小さく頷くと、地面に座り込んでいる羽鳥天月の体を手で掴むと。
「返すからちゃんと受け取りなよ?でないと」
羽鳥天月の体が宙を舞う。
エイレーネを飛び越えて彼女の体が何もない地面に落下しそうになる。
「死んでしまうかもしれないよぉ?」
「ちっ!」
落下する寸前にメイドが走って、羽鳥を抱きとめた。
ブーツの底をすり減らしながらも無事に受け止める。
「あぁ、やっぱりいたんだ。忠実な僕をもっているわけだぁ・・・・うんうん」
「彼女の事、お願いします」
メイドはこくり、と頷くとそのまま姿を消す。
「さて、邪魔者はいなくなったから、こっちにきてもらおうか?」
クヴァシルの言葉にエイレーネは小さく頷いて歩き出す。
「これから、この液体を君にかける・・・・」
「私を・・・・魔女にさせるつもりですか?」
「そうだ」
クヴァシルはにこにこと笑みを浮かべてオチミズの瓶を見せびらかすようにちらつかせる。
瓶を見て、エイレーネは合図を送った。
瞬間、レールガンがオチミズの瓶とクヴァシルを撃ち抜く。
銀色の閃光に直撃したクヴァシルは大の字に倒れて動かない。
「やったかしら?」
レールガンを離れた所で発砲した空子はスコープで標的に狙撃した事を確認する。
「あぁまいですね」
「っ!?」
聞こえてきた声に空子は驚き、狙撃場所であったビルの手すりを掴んで、飛び降りる。
下りる際にワイヤーの先端をてすりに巻きつけた。
ワイヤーが煙をあげるのを気にもせず、空子はビルから離れた。
ビルの外に出た直後、強力な光弾が廃ビルに直撃、ビルが消滅する。
「おや・・・・外してしまったみたいですね」
むくりと体を起こしてクヴァシルは消滅したビルの方角を見てため息をこぼす。
「私はがっかりです、えぇ、失望しましたよ。エイレーネさん」
クヴァシルは彼女を見る。
エイレーネはカオスバニッシャーによって体の動きを封じられていた。
「ま、わかっていたことなんですけどね」
「・・・・どうゆう意味ですか?その言葉だと、まるで」
「そうですよ。貴方が狙撃者を使って、私を狙撃する事は知っていました・・・・いや、聞かされていたというのが正しいかもしれませんね・・・・私の計画は完璧なんですよ。貴方達のたくらみはすべてつ・つ・ぬ・け、なんですよ」
「・・・・そんな・・・・」
「さて、これ以上、私の計画を邪魔するものはいない・・・・あ、余計な事はしないでくださいね?でないと、あそこに倒れている二方の命が消えることになりますから」
クヴァシルが阻害認識の術式を解除した事で、エイレーネの瞳に血まみれで倒れている狩谷と安倍の姿が映る。
「狙撃者の援護は期待しないほうがいい・・・・彼女の方には大量の傀儡を向かわせました。こちらにくるのは最低でも三十分はかかるでしょう・・・・さ、て」
クヴァシルは手を振るうと、エイレーネの頭上に中規模の術式を展開させる。
「あれでオチミズが全てだと思っていたんでしょうね。残念ながら違います。オチミズはまだまだこの術式の中に封じてあります。これから貴方は沢山のオチミズを浴びて、魔女へとその身を変えるのです・・・・あぁ、安心してください」
――かなりの量なので、貴方の自我はすぐに消滅しますから。
残酷な事実にエイレーネの瞳が大きく開かれた。
安倍や狩谷が必死に止めようと足掻くが体の傷が酷くて近づけない。
メイドは羽鳥天月を運んでいるから間に合わない。
空子は大量の傀儡に足止めをされている。
エリックは魚座の魔法使いを警戒して、屋敷に釘付け。
八方塞りの状況の中、魔法陣からどろり、と黒いオチミズが落ちてくる。
「(ナイトさん!!)」
オチミズが落ちてくるのを見ながらエイレーネは、相馬ナイトのことを考えた。
どうして、ここで彼がでたのかわからない。
もしかしたらエイレーネはここに相馬ナイトがくることを期待したのだろう。
彼はどんな状況でもやってきた。
現れて、どれだけ最悪な状況、結末になろうとしていた未来を変えた。
泣いている人が笑顔になるように願って、戦った。
「(・・・・あぁ、私、自分勝手だな・・・・)」
そこで、エイレーネは涙を流しそうになりながら思った。
彼がどれほど傷だらけになるかわかっているのに、ここに来るのを願っている自分に嫌悪する。
さっきもボロボロで安静にしていないといけないのにクヴァシルから自分を守ってくれた。
嬉しく感じながらも安静にして欲しい、無茶をしないで欲しいとエイレーネは願う。
なのに、今はどうだろう、自分の身が危険だからと相馬ナイトがくることを期待していた。
「(ごめんなさい)」
彼女は小さく、深く謝罪する。
「さぁ、魔女の誕生だぁ!」
クヴァシルが叫び、オチミズがエイレーネの頭にかかる瞬間、暖かい何かに包まれた。
「(・・・・あぁ・・・・)」
温もりに体が包まれて、エイレーネは歓喜と謝罪で一杯になる。
――祈ってしまってごめんなさい、
――助けてなんて願ってしまって、ごめんなさい。
「(きっと・・・・貴方は願えば)」
――絶対に、来るから。
「がぁぁぁあああああああああああああ」
オチミズがエイレーネにかからないように相馬ナイトは必死に左手で受け止めていた。
一滴でもかかればアウト、そうならないように彼女を上から庇うように抱きしめて、己の体でオチミズを受け止めている。
――絶対に、守る!
相馬は手を焼き尽くそうとするような痛みに歯を食いしばりながら必死に水をこぼさないように掴む。
「絶対に・・・・・・」
左手、二の腕から先の感覚がなくなっていくのを感じながらもさらに手を伸ばす。
「守って・・・・」
痛みのことを考えず、相馬はただひたすらに自問する。
自分が何の為にここにいるのか、
何をするべく手を伸ばし、何を掴もうとする?
掴んでどうしようというのか、と。
――決まっている、
オチミズの勢いが弱まってくるのを感じながら相馬は叫ぶ。
心の底から。
――あの日誓った、
全てが壊れた瞬間から現在までの自分がするべきこと。
未来でもやること――。
「助ける!!」
――汝の願い、聞き届けよう――
――但し、油断なさらぬよう――
――汝に与える力、世界を切り裂き、神をも殺す力ナリ――
――その力に飲まれし刻、汝は滅びの道を辿る者とならん――
「消えろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!」
左手を大きく振るって、上から降り注いでくるオチミズが全て消え去る。
荒い呼吸をしながら、ゆっくりと左手を下ろす。
「・・・・ナイトさん・・・・」
「遅くなって・・・・ごめん」
抱きしめているエイレーネを離して、相馬は小さく、彼女だけに聞こえるように謝罪する。
エイレーネは首を横に振って相馬の服の裾を掴む。
「謝るのは私のほうです。ごめんなさい・・・・安静にしていてほしいのに、貴方がくることを願ってしまって・・・・」
「別に・・・・いいって、俺がやりたいことだから」
「でも・・」
「エイレーネは、みんなを安全な所につれていってくれ」
「わかりました・・・・ナイトさん」
エイレーネは服の裾を強く掴んで相馬の顔を、彼の瞳を真っ直ぐに見る。
「無茶しないでとはいいません・・・・必ず、必ず、帰ってきてください・・・・約束です」
卑怯だな、とエイレーネと相馬は同時に思った。
「(約束なんていわれたら絶対に帰らないといけないじゃないか・・・・俺、約束は絶対に守る方なんだからさ)」
「(約束を使って、ナイトさんを縛る事しかできない、最低だ)」
「・・・・あぁ、わかってる」
それでも小さく頷いて、相馬は頷く。
エイレーネは泣くのを堪えながら倒れている二人の方へ向かう。
「な、なんだ、その手は?!」
左手をみて、クヴァシルは驚きの声をあげた。
相馬の左手は白いガントレットのようなものに包まれていて、指先は鋭い爪が伸びていて、まるで獣の牙を連想させる。
「ありえない、ありえない、こんな状況、聞いていないぞ!?か、カオスバニッシャー!?そいつを殺せ、細切れになるまで・・・・存在が粒子レベルになるまで崩壊させろ!」
クヴァシルを守るようにして現れたカオスバニッシャーが立ちはだかる。
「・・・・何やってんだよ、お前」
カオスバニッシャーをみて、相馬は怒りの声を漏らす。
「俺にさんざん説教をしといて、なにやってんだ?お前は・・・・取り戻さないといけない事があるんだろ?やることがあるんだろ・・・・」
「な、なにをしている!?さっさと殺せ!!」
クヴァシルの叫びにカオスバニッシャーの拳が放たれる。
相馬は左手のガントレットで拳を掴んでカオスバニッシャーの眼前に近づく。
彼の目を見て、カオスバニッシャーは動きを止める。
「ゲイル・プライド、大切な彼女がお前を心配してんだ!人に説教する暇があったら、とっとと彼女を安心させろぉ!」
『ゲイル!!』
浮遊していた魂がカオスバニッシャーの視界に入る。
魂が人の形、アンジェ・ティーリとなると、愛しい人の名前を呼ぶ。
『グォォオァッ!?』
声をあげて、カオスバニッシャーは後ろに下がる。
『ア、アツイ!?カラダガ・・・・アツイ!ナンダ、コレ・・・・ナンナンダコレハァ!?』
カオスバニッシャーの体のいたるところから白い蒸気が噴き出して、暴れるたびにカオスバニッシャーからグランバニッシャーの姿へと戻る。
蒸気の勢いが増した瞬間を狙うようにして魂がカオスバニッシャーの中に入った。
魂が中に入ると同時に草薙屋敷で眠っていた彼女の体が光の粒子となって外へと向かう。
『ギィヤァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?』
一際、強い蒸気が噴き出した瞬間、そこからアデルが姿を見せる。
但し、漆黒の姿ではない。
アデルが持ちうる最強の姿、アインソフオウルモードとなって現れた。
グランバニッシャーは捕らえていたアデルを取り戻そうと背中の翼を伸ばそうとする。
「やめろ」
捕まえようとしたグランバニッシャーはぴたり、と動きを止めた。
相馬は無言で左手を体内の奥へと入り込む。
「何をしている!?早く、そいつらを殺せ!!」
クヴァシルの命令をグランバニッシャーは忠実に守ろうとする。
だが、それを果たすことは出来なかった。
相馬の腕から漆黒の炎が噴き出しグランバニッシャーの体を包み込む。
「・・・・ごめん」
小さく呟いて、体内の中に存在しているコアを握りつぶした。
命といえるコアを破壊されて、グランバニッシャーの体はメルトダウンを起こす。
コアごと左手を引き抜いて相馬は掌の中にあったガーネットの枝を地面に投げ捨てる。
彼の瞳にはドロドロに溶けていくグランバニッシャーの姿が焼きついて離れない。
グランバニッシャーの消滅を見届けた相馬はゆっくりとクヴァシルのほうへ視線を向ける。
「ひっ!?」
冷たい瞳で射抜かれたような感じがしてクヴァシルは腰を抜かしながら後ろに下がろうとする。
『どこにいく?』
下がろうとした場所にアデルが降り立つ。
クヴァシルは懐からネクロノミコンの魔導書を取り出そうとする。
手が震えていたために魔導書の模写は音を立てて地面に落ちた。
『お前の負けだ、クヴァシル』
ガンブレードを突きつけてアデルは低い声で告げる。
クヴァシルは金縛りにあったみたいにそこから動かない。
これで、終わったか、と相馬が座り込もうとする。
「おやおや、失敗してしまったようだな。クヴァシルよ」
爆風のような強い衝撃が起こってアデルは後ろに下がる、相馬は手で顔を覆いながら何が起こっているのか目を細めて確認しようとした。
現れたのは全裸の大男、ただし、その男に首はなく、両手の掌の部分に口がついていて、そこがぱくぱくと動いていた。
「い、イゴールナグ様!?ど、どういうことですか!? これは・・・・」
クヴァシルは地面を転がるように走って、大男―イゴールナグの下へ向かう。
『イゴールナグだと・・・・!?』
イゴールナグと聞いて、アデルは驚きの声を漏らす。
相馬は知らないが、イゴールナグとはクトゥルフ神話に登場する邪神の一つだった。
「よくぞ、わしの言うとおりに動いた」
「そうです、あ、貴方の言うとおりに動きました!なのに、結果が全然違う!」
「否、否、全てはわしの望んだ結果どおりだ」
は?とクヴァシルはマヌケな声を漏らした。
目の前の邪神が何を言っているのか本当に理解できない、そんな表情になっている。
「お前は本当にわしの結果どおりに動いてくれた・・・・」
「な、は、え?」
「お主は素晴らしい動きをしてくれた・・・・・だから、褒美を与えよう・・・・といってもお前さんにとっては地獄だがな」
「は?」
それが、クヴァシルの最後の言葉となった。
次の瞬間にはクヴァシルの体は地面に叩きつけられた果実みたいに肉が弾け飛んで、赤い鮮血や体液、全てがイゴールナグの口へと吸い込まれる。
クヴァシルが消えてなくなり、イゴールナグの口からげっぷの音がした。
同時に、アデルと相馬の二人が拳を繰り出した。
「ごほっ!?」
攻撃をよける事ができずイゴールナグは地面を転がる。
「な、なんだ、いきなり?」
「ふざけたことやってんじゃねぇよ」
『こいつの言うとおりだ、てめぇの勝手な都合で振り回されて。はい、さよならといくわけがないだろ』
二人は激怒していた。
クヴァシルを目の前で殺されてしまった事に腹を立てていた。
彼のやった事を許すつもりはない。だが、そんな彼をみすみす殺されたところをみせられ、さらに自分が全て仕組んだといっているイゴールナグをそのまま放置するわけにはいかない。
「てめぇは殴り飛ばす」
「このまま逃がさない、絶望の海に沈めてやる」
『私と早苗ちゃんの分も殴るから!』
「・・・・やれやれ」
イゴールナグは手で土埃を払い落とし落ちていたネクロノミコンの書を拾う。
「こんなの予定にはなかったんだがな・・・・仕方あるまい、お前達を排除するとしよう・・・・この力もみてみたいしの」
魔導書を開いて、力を発動させる。
途端、イゴールナグの周囲に大量の漆黒の弾丸が生み出され、放たれた。
だが、それらは全て直撃せずに途中で消えてしまう。
「ほぉ・・・・」
イゴールナグは驚きの声を漏らす。
「流石は世界に十二人しかいない最強の一柱を占める、獅子座の魔法使いだけある。力を取り込む――」
イゴールナグは最後まで言葉を出せなかった。
アデルの繰り出した蹴りを受けて彼は地面を転がったからだ。
『ゲイル!離れて』
「了解!」
融合しているアンジェの声にアデルは後ろに下がった。
アデルのいた場所に巨大なイソギンチャクのようなものが現れて、飲み込もうとする。
「無駄だ!」
強力な蹴りを放ってイソギンチャクの怪物の体を半分に斬り裂く。
斬られた箇所から炎の火柱が飛び出すが、途中で消え去り、入れ替わるように前に出た相馬の拳がイゴールナグに近づく。
だが、イゴールナグの眼前に大量の土人形が現れて道を阻む。
「邪魔だぁ!」
漆黒の炎を振るうだけで、全ての土人形が消え去る。
守るものがなくなったイゴールナグは慌てずに次の術式を発動させて、大量の動物を召喚させた。
「おいおい・・・・なんなんだ、これ」
「ネクロノミコンの力だ」
姿を見せた獣は地獄の番犬、ケルベロス。
五匹のケルベロスの三十の瞳はアデルと相馬を睨んでいた。
『世界を滅ぼせる力って、ここまでくると邪神よりも厄介かも』
「だが、こいつらを駆逐しないとイゴールナグのところに辿り着けない・・・・」
「やるしかないだろ。あの野郎を逃がすつもりはないし」
アデルが地面を蹴り、少し遅れて、相馬が後に続く。
「『エンドオブ・・・・』」
プライドソウルにエネルギーを込めて真上に突き上げる。
刀身からエネルギーの刃が長く伸びて。
「『ソウル!!』」
横薙ぎに振るわれた一撃は飛びかかろうとしたケルベロスの三匹を飲み込んで消滅させる。
攻撃を逃れた残りのケルベロスがアデルを喰らおうと牙をむき出しにして襲い掛かってきた。
「腕、失礼!」
アデルが伸ばしている腕を踏み台にして相馬は空高く飛び上がると左手をケルベロスに向かって振るう。
左手から放たれた漆黒の炎は二匹のケルベロスを飲み込んだ。
「バカ・・・・な」
イゴールナグは驚きの声を漏らす。
地獄の番人として怖れられるケルベロスが一瞬で消滅してしまった。
「邪神を宿す者と魔法使い・・・・お前たちは危険だ・・・・危険すぎる!」
「なんとでもいえ、俺はこの力を大切な人を守る為に使う、お前みたいに自分の為に使う事はしない」
「・・・・俺は、目の前で泣いている人に手を伸ばす・・・・掴んで、助け出す。誰に何を言われても俺はこれを変えない・・・・これからも、助け続ける為に、この力を使う」
イゴールナグの言葉をゲイルと相馬の言葉が塗りつぶす。
彼らはどれほど危険な力を宿していたとしても自分のためには使わない。
“大切な人の為”“誰かの為”に力を振るい続ける。
「ふざけるな!貴様らのような偽善者が邪神を殺すなどと世迷言を!」
「なんとでもいってろ」
「俺達は変わらない、これらもな!」
『ゲイル!相馬君!』
「「『アインソフオウル・・・・エクスプロージョン、バージョン、レオ!』」」
三人の声が合わさり、邪神と魔法使いの力が合わさった一撃がイゴールナグを飲み込もうとする。
彼は魔導書の力を使って力を無力化させようとした。
だが、出来ない。
「バカな!?魔導書の力を超える力など存在するわけが・・・・そうか!そうか、わかったぞ、お前は――!!」
眩い光に包まれてイゴールナグは爆発の海に消え去る。
邪神が消え去った場所で三人は倒れていた。
大の字で倒れている相馬と抱き合っているように倒れているゲイルとアンジェ、少しして、ゲイルとアンジェが目を覚ます。
「ゲイル・・・・」
「・・・・遅くなった、ごめん」
「いいよ、助けに来てくれるって、信じていたから」
「アンジェ・・・・」
ゲイルはアンジェをそっと、抱きしめる。
同じように彼女もゲイルを抱きしめ返す。
愛しい存在の温もりを感じ続ける。
「(俺、いつまで気絶したフリすればいいかなぁ?)」
二人の甘い空間は空子とエイレーネが来るまでおよそ、一時間くらい続いた。
「がはっ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・さすがはネクロノミコンの魔導書、偽物とはいえ、素晴らしい」
相馬ナイトの世界でも、ゲイルの世界でもない世界の狭間といえる場所に体の八割を失ったイゴールナグが辛うじて生き残っていた。
彼はネクロノミコンの力を使い、失った体を再生させる。
「ふぅ・・・・この魔導書があれば、まだまだ」
「あぁー、困るんだよねぇ、そんなことされるとさ」
「な、なんだ貴様!?」
「俺が誰かなんて、小さい、いや、どうでもいい問題なんだよね」
「なに?」
「てかさ、キミね。こっちの世界にちょっかいだすの本当に困るんだよねぇ、色々と困るの、言っている意味わかる? 本当にねぇ~、俺が様子見るだけに留まっているのに、別世界に穴あけて好き勝手なことしれくれちゃって、しかも野垂れ死ぬはずだったクヴァシルを勝手に使って、魔女を生み出すなんて、無茶苦茶を通り越してくちゃくちゃすぎるんだけど。
まぁ、こんなのはささいなことなんだよ。俺が許せないのはさ、魔法使いにちょっかいだしたことなんだよ。あれはさ、なかなかに面白い存在だから余計なことされると困るわけよ。修正するの俺のわけよ」
「な、なにがいいたんだ、貴様!?それ以前に、何者だ!」
「俺? そうだね。名乗るなら、世界かな?」
「世界・・・・だと」
“世界”と名乗った存在はかぶっていた帽子で遊びながら喋る。
「とにかく、お前のせいで、世界がかなり修正しないといけなくなったわけよ。
この時点で色々と予言にないことが動かれているし、放置すればどうなるのか見ものでもあるけれど、ここまで狂わされるとメーワクだし・・・・てなわけでさ」
イゴールナグは魔導書の力を発動させようとする。
「消えろ」
バチンと世界は手を合わせた。
瞬間、イゴールナグは消え去る。
断末魔も苦しい声もあげることなく、まるで元々、存在していなかったみたいにイゴールナグの姿がなかった。
「さぁて・・・・今回の獅子座は絶望か救済の魔法使いか・・・・どちらだろうなぁ」
世界はそういって、眺める。




