七月四日
七月四日 AM11:45 高層マンション 羽鳥宅
相馬ナイトはこれでもかと緊張していた。
「・・・・あのぉ、天月さん」
「なに?」
「どうして、バニーガールの格好なさってらっしゃるんでしょうか」
「普段着」
「ウソだぁあああああああ!」
「本当、但し相馬ナイトの前限定」
そういって、むき出しになっている余計な肉がついていない綺麗な脚をみせるように座る。
体を覆う面積の少ない服を着ているせいで普段見えない部分がみえてしまって彼女をまともに見れない。
「・・・・」
彼女の方が上手だった。
余計な事をいえばどんどん不利になるということに気づいて、相馬は沈黙で対抗しようかと考える。
しかし、彼女はそんなこともお見通しだったようで。
「・・・・・・あの、天月さん」
「なに?」
「この黒い飲み物、なに?」
目の前の机の上に置かれている二本のドリンク、一つはオレンジジュースだと理解できる、だが、もう一つ、コップの中に入っている黒い飲み物、これが問題だった。
「コーラ」
「いやいやいや、コーラなわけないだろ?明らかにごぼごぼ沸騰しているし変なにおいもするんだけれど!?」
「大丈夫、飲めるものだから」
味は保証してくれないんですね、と相馬は冷や汗を流しながら尋ねる勇気がない。
羽鳥は無言で飲む事を勧めてくる。
よくわからないけれど、これを飲むのはマズイ。
「そ、そういえば、羽鳥! お前の家族は? お邪魔しているんだから挨拶しないと」
「いない」
「え?」
「私に家族はいない、数年前のテロで死んだ」
「・・・・ごめん」
相馬は謝罪する。
「気にしなくていい、私は大丈夫だから」
「でも、ごめん」
数年前のテロ、というと頭に浮かぶのは壊れた夏といわれている事件。
爆弾で大勢の人が命を落とした日本史上最悪の出来事。
当時の事を知っている人間がいなくならない限り、この事件が人々の記憶から薄れる事はないだろう。
相馬が考えているといつの間にか羽鳥が背中に回りこんで後ろから抱きしめる。
「あ、あ、あ、あ、天月さん!?」
「・・・・少し、こうさせて」
後頭部に感じる柔らかい感触に全身が熱くなって苦しい。
ゾクリ。
しばらく抱きしめられるのかなとボーっと考えていると全身を凍らせるような殺気が部屋に充満する。
そして、見つけた。
窓の外から、隣のビルからこっちを冷たい視線を向けている自分と同い年くらいの男。
男は右手にリボルバーがついたガンブレードの銃口をこちらに向ける。
「天月!」
咄嗟に相馬は羽鳥を突き飛ばそうとする。
それよりも速く弾丸が真っ直ぐに窓ガラスを貫こうとして、弾かれた。
「・・・・は?」
「防弾ガラス。ミサイルでない限りこの窓を破壊する事は出来ない」
「ぼ、防弾!?」
「ここは見つかった。すぐに逃げる」
「えっと・・・・」
後ろを振り返ると、さっきまでバニーガール姿だった羽鳥は迷彩服を纏い、腰や背中に武器らしきものを装備している。
「すぐにでる。ついてきて」
「お、おう」
彼女に手を引かれて、相馬はマンションを出る。
襲撃者はビルの間を飛ぶようにして追いかけようとした。
「っ!?」
ビルの屋上に固定されていたバズーカから砲弾が飛んできて、襲撃者――ゲイルを襲う。
プライドソウルを盾にする形で砲弾を防ぐ。
だが、別の箇所からも飛んでくる。
「ブービートラップ、しかも死角からだと」
トラップの設置者はゲイルが攻撃を防ぐ事を前提にしているのか、休む事を知らず砲弾の雨を浴びせ続ける。
「だが!」
このまま、砲弾の雨を受け続けていたらを逃してしまう。
好機を逃したらもう、見つけられないかもしれない、ゲイルの脳裏に最愛の人の笑顔が過ぎる。
「・・・・アデル起動」
ゲイルの言葉は爆音に呑まれた。
羽鳥天月はこれからをどうするか考えていた。
対自の駐屯地まではかなりの距離があり、保護を求めるのにはかなりの時間を有する。
それを、あの襲撃者が許すとは思えない。
「(何故、彼らが相馬ナイトを狙っているのかはわからない。でも)」
――彼を守る、と羽鳥はライフルを持つ手を強く握り締める。
このまま行けば、自分の隠している秘密を彼の前で晒さないといけない可能性もでてくることはわかっていた。それでも、彼女は相馬を守る事を優先とした。
「(拒絶されるかもしれない、でも)」
「天月?」
「・・・・なに?」
「大丈夫か?」
「問題ない、貴方は私が守るから」
「っ!」
守るという言葉に相馬が反応を起こしたことが少し気になったが、それよりも優先しない事が起きた。
「・・・・(来た)」
周囲に設置してある監視カメラの映像が羽鳥の手の中にある小型端末に映し出されている。
漆黒の竜人はガンブレードを手にゆっくりと工場の中に足を踏み入れた。
「(いまだ!)」
端末を操作して、モニターの中のアデルの周囲が白い煙に包まれる。
「(煙幕か・・・・)」
工場に足を踏み入れ、周囲が白に染まるのをアデルは冷静に観察していた。
時間稼ぎなのだろうかとアデルが思っていると、頭上で何かが千切れる音が聞こえる。
「ちぃっ!」
白煙を切り裂くようにして大量の角材が落ちてくるのをみて、アデルは舌打ちをしながらガンブレードで角材を切り伏せ安全スペースを確保した。
「・・・・」
アデルはイタカウィングを展開、煙を切り裂きながら奥へと向かう。
道を阻むように壁からワイヤーが飛び出してアデルを拘束しようとするが、あまりの速さに彼を捉える事ができない。
設置されたトラップが次々と無力化されていくなかで、鋭くなったアデルの感覚は人がいる場所に近づいている事がわかった。
「邪魔だ」
目の前の壁を拳で砕いた。
砕いた瞬間に道を阻んでいた壁が普通の素材ではないということに彼は気づいたがそんなことを考える余裕がなくなった。
『見つけたァ』
語尾が自然とハスキーになるのを感じながらアデルの赤い瞳は倉庫に隠れていた一人を睨む。
自分と同い年くらいの平凡そうな男子。
国のデータベースにハッキングして見つけた写真と一致する。
『見つけたぞ、相馬ナイトぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお!』
獣のような咆哮をあげて、アデルはようやく見つけた標的に全身から殺意を生み出してぶつけていく。
アデルの姿を見て、標的の傍にいた少女がアサルトライフルの銃口を向ける。
『無駄だ』
銃口を向けている少女にアデルは告げる。
ゲイル――メタルデビルズ・アデルとなった彼の体に普通の弾丸など通用しない。この世界の武装組織と戦った時にも何度か体に弾丸を受けたが大したダメージにはならなかった。
「関係ない」
少女はライフルを構える手に力をこめたのをアデルは気づく。
目の前にいる少女の瞳は強い決意を秘めている。
決意を秘めた目を見て、アデルの心が少し揺れた。
どうして、こんな強い瞳を持っている子があんな最低な事をしたヤツの味方なのだろうかとアデルは少し、混乱する。
『・・・・相馬ナイトだな』
目の前の少女の瞳から逃げるように顔を合わせないようにして、隣にいる男に尋ねる。
相馬ナイトらしき男は自分が名前を知っている事に驚いたのか、戸惑った表情をしていた。
――つまらない、演技を。
内心、湧き上がってくる苛立ちを彼は必死に押さえこもうとする。
自分の大切なものを奪い取った存在が目の前にいることで、アデルのおさまっていた怒りが湧き上がっていく。
『色々と、聞きたい事があるが・・・・後にしよう』
ガンブレードを片手に構えて、アデルは呟いた。
怒りで暴れ狂ってもおかしくないはずなのに、酷く、まるで全てがクリアになったみたいにアデルは冷静になっている。
『自分から俺の奪ったものを返したくなるようになるまで、誰に何をしたのかを魂の奥底にまでわからせてやる』
訂正しておこう。
アデル、ゲイルは冷静というわけではない。
過去の出来事を経て、大切な人になったものを奪われて、今までにないくらいゲイルは怒りに染まり、普段より冷静ではない。
それでも、冷静を保っていられたのは大切な人を取り戻すという決意が強かったからといえよう。
怒りに染まっていたら、邪魔をしていた対自の連中すら殺していたかもしれないほど、彼は怒りに支配されている。
『だから』
そして、目の前に自分の大切なものを奪い取った――相馬ナイトを目にして、勝っていた決意を上回るほどの怒りに感情が支配された。
激しい怒りの頂点を越えて、冷静だが、感情は怒りに支配されているに等しい。
故にここから先、ゲイルの邪魔をする者は容赦なく排除する。目の前の標的を徹底的に叩きのめす、大切な人を取り戻すまで怒りがおさまることを知らない、ゲイルはガンブレードの先端を相馬に向けた。
『俺の大切なものを返せ』
相馬ナイトは目の前の竜人の言葉に戸惑いの表情を浮かべる。
『俺の大切なものを返せ』
この言葉に相馬は戸惑った。
彼は盗みを働いた事もなければ、何か大切なものを奪った記憶も無い。
なのに、目の前の竜人は自分が奪ったといい、返せといってくる。
覚えのないものを返すなんていう事はできない。
反論しようとして、彼は動きを止める。
目の前の、漆黒の竜人は自分の話など聞いてくれないと気づいてしまった。彼の目に覚えがある。激しい怒り、何かを奪われた者の目。
彼は相馬の話を聞こうとしないだろう。
漆黒の竜人は大切なものを奪ったのが自分だと思っている、ガンブレードを構えている相手にどんな言葉を投げても信じてもらうことはない。
それは自分が一番理解しているから。
「させない」
両者の間に漂う緊張を壊すように羽鳥天月がアサルトライフルで迎撃する。
雨の弾丸と音が沈黙で支配されていた場に響き渡った。
『消えうせろ、相馬ナイトを見つけた以上、お前に用はない』
しかし、それらをアデルはガンブレードで一掃する。
斬られた弾丸がばらばらと地面に零れ落ちた。
周囲に散らばった弾丸に見向きもせずにアデルは一歩踏み出す。
「彼には近づかせない!」
羽鳥はマガジンを取り替えて近づきながらアサルトライフルで攻撃を続ける。
空になったマガジンを投げ捨てて、距離を詰めながらも彼女の銃撃は止まらない。
銃口がアデルの装甲に触れそうになったところで、漆黒の腕がアサルトライフルの側面を掴む。
『邪魔を』
ライフルを握る手に力が篭る。
みしみしとライフルから悲鳴の音が響く。
『するな!』
アデルの手がライフルを砕いた。
壊れたアサルトライフルを投げ捨てて、羽鳥は腰からハンドガンを抜いて構える。
しかし、アデルの拳の方が速い。
ゲイルはかなり、冷静さを失っていた。
本来の彼なら、目の前にいる人間に全力の拳を繰り出したりはしない。それどころか簡単に意識を奪って無力化させていただろう。
邪魔をする相手に苛立ち、普段の冷静さを欠いていたアデルの拳は鋼鉄をも砕くほどのもの、ミュータントである羽鳥でもその一撃を受けたら体に大きな穴があく。
羽鳥の目が大きく見開いている前で何かが割り込んで、彼女を突き飛ばす。
アデルの拳が激突して、血飛沫が舞う。
「そん・・・・な」
ただし、羽鳥の血ではない。
彼女は呆然と、目の前にいる彼の背中を見ている。
アデルの拳は止まっていた。
但し、相馬ナイトの手の中で。
サイボーグソルジャーであり、邪神の力をもつかえるアデルの拳によって相馬の掌はぐちゃぐちゃで、腕は捻じ曲がり複雑骨折を起こしている。潰れた所から不規則に血液が零れ落ちる。
かなりの激痛が伴うはずなのに、相馬ナイトは羽鳥に笑みを向けていた。
「なん・・・・で」
自分の声が震えていることに気づかず、羽鳥は尋ねた。
振り返って、相馬は場違いにも笑顔を浮かべて。
「天月がこんな怪我負わなくて、良かった」
――そう、告げた。
『他人の心配か!人の大切なものを奪っておきながら!!』
目の前にいる相馬に向かってアデルの拳が顔を打ちぬく。
轟音とともに、足が地面から離れて近くの機材に体を撃ちつけた相馬に追い討ちをかけてガンブレードを振り下ろす。
相馬は傍にあった鉄骨を盾にするがガンブレードの刃はあっさりと鉄骨を真っ二つに斬り裂く。
熱い刃が相馬の肩を抉る。
斬りおとされて落下したした鉄骨に返り血がとぶ。
「ぐっ!」
苦痛で歪めた相馬の顔をアデルが掴み。
『死んでも恨むなよ、お前が選んだのだから・・・・!!』
容赦なく地面に叩き付けた。
ゴキュ、と骨が悲鳴を上げる。
アデルは攻撃を止めない。
地面に崩れた相馬の後頭部をアデルの足が何度も踏みつけた。
「や、やめ」
羽鳥のやめて、という声はアデルの耳に届かない。
徹底的に、
懺悔をするまで、止めるつもりはない。
頭を叩き潰す勢いで振り下ろされる足。
羽鳥はアデルの足にしがみついて、止めようとした。
「やめて、やめて、やめてください、お願いだから!」
何度も、何度も、何度も頭を叩き潰されて床に赤い血液が広がっていく。
それでも、アデルは止めない。
羽鳥の顔が哀しみで染まり、どれだけ懇願しても、喉が枯れそうになるまで叫んでも漆黒の竜人は止まらない。
アデルに払いのけられても羽鳥は退こうとしなかった。
「お願い!なんでもするから、なんでもいうことをきくから彼をこれ以上、これ以上・・・・やめて」
邪魔をするなら、と踏みつけていた足を離しアデルの黒い腕が彼女の頭を掴む。
『その頭、握りつぶしてやろうか』
絶対零度の殺意を放つアデル、幾多もの敵を恐怖させた殺意を前にすれば動かなくなるだろうと思っていた。
それが、甘いということをすぐに思い知る事となる。
「お願い、お願い・・・・彼をこれ以上、傷つけないで・・・・私はどうなってもいいから」
最愛の人を守ろうとする羽鳥の言葉、
本気で相手を愛しているからこそ、自分を犠牲にしてもいいと訴える少女の心。
誰もが躊躇してしまうかもしれない、純真な心を前にして、
『ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
アデルの怒りが爆発した。
『俺の大切なものを奪っておいて! 自分は助けてというつもりか!?ふざけるな! 大切なものを奪われて悲しんでいるのは貴様だけじゃない!』
悲鳴に近い叫び、怒りの爆発のトリガーは目の前の少女が“彼女”と重なったからではないだろう。
人の命を奪うに等しい行為をしておいて他者に命を救われようとしていることにアデルは、ゲイルは許せなかった。
――こんなことがあっていいものなのかと。
「お願い・・・だから」
『選んだのはコイツだ、そして・・・こうなるのもお前が選んだ結果だ』
アデルの拳が羽鳥の顔に向かって吸い込まれるように向かう。
直撃すれば少女の顔など潰れたトマトのように弾け飛ぶ。
狂拳が途中で止まる。
『!?』
アデルは息を呑む。
彼女を本気で潰そうとしていた拳が別の人間に止められる。
誰に?
決まっている。
「何を・・・・やってんだ」
相馬ナイトは漆黒の拳を原型を保っている方の手で包み込むように受け止めてアデルを睨む。
相手を射抜く強い瞳、アデルは少し後ろに下がった。
「何で、俺が狙われているとか奪われたものがなんだとか・・・・わからない」
――でも。
アデルの手を上から握り締める。
サイボーグソルジャーの肉体に痛みを感じ、アデルは驚く。
「俺の、大切な人を傷つける事は許さない。誰だろうと傷つけるヤツは倒す! なんだろうと!!」
なんだろうと負けないと語る彼の瞳にアデルの殺気が増す。
『上等だ。俺の大切なものを奪った事を苦しみながら後悔しろ! たとえ神であろうと償わせてやる!』
普通を望む者と戦いに身をおく者。
“悪意”によってもたらされた最悪の出会い。
最悪の戦いがここにはじまる。
止められる者がいない戦いが。
次回からウィザードリイVSメタルデビルズの戦い。




