六月一日
六月一日、PM16:45 江戸城(仮)
相馬ナイトは咄嗟に体を捻らせようとするが間に合わず、腹に刀が突き刺さる。
刃で腹を貫かれた痛みと何かが零れ落ちていくような感覚に支配されていく地面に倒れそうになるが悲しい事に、今までに起こった事件の影響でこの程度で気絶できない。
「あれぇ、おかしいな。ちゃんと心臓を狙ったつもりだったのに」
刀を持っていた手を離さず、首をかしげながら剣立はさらに深く突き入れる。
「がっ!」
ずぶりと背中に刀の刃が突きでて増した痛みに声を漏らす。
「おかしいなぁ、ちゃんと刺さっているのに・・・どうして、僕のものにならないのかなあぁ」
「・・・・お前」
「しかも、意識が残ってる」
わからないなぁ、と首をかしげている剣立を見上げながら相馬は尋ねた。
「お前は、誰だ」
「何を言っているの? 僕は剣立鳴海だよ、相馬ナイト君のことが大好きで大好きで大好きでたまらなぁい剣立鳴海ちゃん」
「違う! 剣立はそんな言葉遣いをしない・・・なにより人を殺したような濁った目をしてない」
目の前にいるのは剣立鳴海であって剣立鳴海でない。
何を言っているのだろうと自分でも思う。でも、去年の夏をはじめ、様々な事件に巻き込まれ戦闘経験といえばいいのだろうか。
今までのやり取りで蓄積されたものによって剣立の雰囲気がどろどろしたものに変わっている、咄嗟に気づいて避けようとしたが失敗してわき腹に刀が刺さっているせいで台無しだが。
目の前にいる剣立鳴海が普通ではないという事だけはわかる。
「誰だ・・・てめぇ」
「ふぅん」
刀を引き抜いて剣立はにやりと笑う。顔が整っている分に歪な笑いが余計に目の前にいるのが今まで接してきた相手じゃないという直感に近い考えが核心へと変わる。
「すごいね。ただの人間が“俺”に気づくとはなぁ・・・ちゃんと支配できないことが本当に残念で仕方ないな」
刀を地面に叩きつけるように振るう、刃にこびりついていた血が床に飛び散る。
「俺の正体に気づいた褒美に名乗ってやるよ、俺の名前は天照院明朝、この刀は六文銭。この名前を覚えたら、まぁ、死ねや」
刀を振り上げたところで二人の間の床に銃弾がめり込んだ。
舌打ちをしながら次弾を警戒して剣立は後ろに下がる。
「相馬君!こっちだ!」
横から手が伸びて半ば座り込んでいる相馬を中へと引き寄せる。
追いかけるように剣立が刀を振り下ろすが、一足遅く。標的を失った刀は地面に突き刺さった。
「ちっ、鬼ごっこは好きじゃないんだよ・・・・眠ってもらうか」
剣立は刀を引き寄せると指でそっと刃に触れる。
目視できるほどの紫色のもやもやしたものが沸きあがっていくのを確認して地面に突き立てた。
瞬間、江戸城(仮)から大江戸村を包み込むように紫色の煙が噴き出す。
「大丈夫か? すぐに医者を」
江戸城(仮)からある離れた所で、城戸はポケットの中にあった簡易医療キットを取り出して相馬ナイトの服をめくって応急処置だけでもしようとして動きを止める。
「俺は、大丈夫です・・」
「だが、刀で貫かれたんだぞ!止血だけでもしないと出血死も」
「大丈夫ですから・・・・」
埒が明かない、城戸は無理やり帯を解いて服をめくる。
城戸は目を見開いた。
「傷が・・・塞がってる?」
「・・・・・・」
顔を上げると相馬は目をそらす。
どうして、傷が塞がっているのか尋ねようとした所で、地面を何かが駆け抜ける。
「なん・・・だ・・?」
何かが走り抜けた途端、奇妙な倦怠感と吐き気が襲い掛かってきた。
あまりの気持ち悪さに胃の中のものが喉下までこみ上げてくるがこらえて押し戻す。
「城戸、さん、ここから離れよう・・・アイツがくる」
「え?」
相馬の言葉に城戸がまばたきしていると背後から声が響いてくる。
「見ィつけたぁ」
ゆっくりと剣立鳴海が姿を現した。
姿を見せたことで城戸は隠し持っていた拳銃を取り出して銃口を剣立に向ける。
「待って・・・!」
銃口を向けた腕を相馬が掴んでずらす。
「何をするんだ!? このままだとこっちがやられて」
「アイツは操られているだけなんだ、攻撃しちゃダメだ」
揉めあっていた相馬は城戸の向こうに倒れている人の姿を見つけた、それも一人、二人だけじゃない、村の中を行き交う人達全員が倒れている。
遠くから判断する事は難しいが外傷がないから意識を失っているだけだろう。
不思議そうに、本当に不思議そうに剣立の姿をしている人物が疑問の声を飛ばしてくる。
「おっかしいなぁ、この大江戸村とかいう囲いの中にいる奴ら全員気絶する、術を施したっていうのにキミ達だけ、起きているってどういうことなんかな」
「さぁな、アンタの施した術っていうのが下手だったということじゃないのか」
悪態をついた相馬に剣立は小バカにするような笑みを浮かべた。
「強がるのも程ほどにしなよ、キミらはこれからこの六文銭の糧になって」
最後まで言い切る前に城戸が拳銃を発砲させる。
吸い込まれるように一発の弾丸が心臓に向かって飛んでいく。
何もしなければ弾丸は剣立の心臓を貫いていただろう、しかし、剣立は手を動かすみたいに刀を振るって命を奪う弾丸を弾き飛ばした。
まるで小銭が落ちたときの音みたいに乾いた音を立てて斬られた弾丸が地面を転がっていく。
「な・・・・」
「弾丸なんて銃身から軌道を予想すれば達人なら見切れるって言うらしいけれど、本当みたいだねぇ、といっても術で体を強化していただけに過ぎないんだけどねぇ」
絶句している城戸をあざ笑うようにして剣立が足で足元に落ちていた弾丸の破片を蹴りとばした。
弾丸を斬りおとすなんていう達人並の行為をみせられて城戸はあっさりと戦意を喪失してしまいそうになる。
「よっわいねぇ・・・、こういうのは糧として必要ないんだけど、見られているから殺しますか」
と、同時に地面を蹴って剣立の持っている刀が城戸の頭を真っ二つにしようと迫る。
戦意が喪失している城戸は気づくのに遅れた。
凶刃が頭に迫る瞬間、両者の間に相馬が割り込んだ。
ざくり、と肉を斬る音と赤い液体が空に舞う。
空に舞った液体と“細長いもの”をみて城戸の視界が目一杯開かれる。
「そ、相馬君・・・!?」
「・・・大丈夫ですか? 城戸さん」
「お、俺のことなんかより、キミの、キミの腕が!」
震える声で城戸は相馬の右腕、二の腕から先がなくなってどろどろと零れていく血をみて顔を青くしている。
「すごいね、すごいねすごいねすごいね! 目の前で殺される人庇う為に自分の腕を差し出すとかすごいねぇ!」
「別にすごかねぇよ・・・・見捨てたくないから手を伸ばしたらてめぇに腕を切られた、それだけの事実だ、俺は目の前で失われそうになっている命を見捨てたりなんかしない」
左手を前に伸ばしてぎゅっと拳を握り締める。
「どんなことをしてでも、俺は手を伸ばして掴み取る、絶対に助ける!」
「それは無理な話だね、キミはここで俺に殺されて六文銭の糧になる」
あざ笑う剣立に相馬は静かに尋ねる。
「なんで、お前は人を襲う」
「簡単なことだよ、俺がもう一度この世に蘇る為さ」
蘇って、完成させられなかった刀を今度こそ完成させる。
他者の生きる力の源、すなわち寿命を刀に集めて用意した器に自分の魂と混ぜ合わせる事で自分の肉体を再生させる。それが剣立、否、天照院明朝の目的であり、全て。
「そのために俺はこいつを利用した、本当は別の男を器にしようとしてたんだけどさぁ、途中でヘマしちまってどうしょうかっていうところで心にぽっかりと穴が空いているヤツをみつけてさぁ」
コイツはいける!と刀の中でほくそ笑んだ。
剣立鳴海は復学した授業の環境、再び姿を見せたかつてのクラスメイト、
そして、
「キミの事だ、相馬ナイト。友達と言ってきた相手を本当に信じて大丈夫かとこのガキは不安だったんだよ。また信じて裏切られて傷つけられてしまうんじゃないかってびくびく怯えていてさぁ、泣きじゃくる子どもみたいでうざったかったけどさぁ、俺は必死になってあやしたわけよ」
子どもをあやすように優しい言葉をいくつも吐き出す。
剣立を安心させるようにして自分が支配できるようにじわじわと体を侵食していく、ばれないように。
けれど、その必要がなくなった。
「お前の言葉が本当だとわかった途端、面白いくらいに支配できたよ!相馬ナイトさまさまだよ!こんなヤツのことを友達だといいきるんだからよぉ!」
自分の目的を達成できるからだろう、さきほどよりも饒舌の天照院明朝はおかしなことに気づいた。
剣立鳴海越しから見た相馬ナイトは友情に熱い男というイメージがあって友達のことを馬鹿にされたら熱くなって突っかかってくると思っていた。
実際の所、権田とかいう不良に襲われていたのを殴りかかってきていた。
そうなったらあっさりと六文銭の餌食にしてやるつもりだったというのにこない。
何かあると思っていると動き出した。
「城戸さん・・・・ここから逃げてください」
「いきなり、なにを!?」
ぼそぼそと城戸に聞こえる距離で口を動かす。
「アイツは俺がなんとかしますから、城戸さんは外に出て応援を呼んで」
「・・・・・・」
「城戸、さん?」
「・・・ダメだ」
静かになった城戸の様子が気になって相馬が横を見ると掌から血が零れそうに成るくらい拳を握り締めていた。
「俺は刑事だ、刑事は市民を守るのが義務であって仕事だ・・・だから、一般市民であるキミを放置して逃げるなんてことはしない!」
カッコイイセリフ、足が震えていなければ・・・だが。
実際の所、さっき、死に掛けたという事実が残っていて震えが止まらない、警察に入って凶悪犯と対峙することはあっても死ぬほど危険、ということはなかった。
あったのはひったくり犯や泥棒の逮捕、それだけで命のやり取りのような機会などそうそう、あるわけがない。
「・・・城戸さん、残り何発あります?」
「え、一発・・だけ」
装填されている弾丸は一発だけ。
残弾数を聞いた相馬ははぁーとため息を吐いた、そのため息はこれから起こる事を思っての憂鬱のため息。
「ちょーっと、嫌な事、頼んでいいですか?」
その表情をみて、偶然にも城戸の頭にいやーな予感というのが駆け抜けた。
剣立が六文銭を構えて近づこうとした瞬間、城戸がその場から走り出す。
こっちにではなく・・・外の入口に向かって、
「なぁんだ、逃げたのか」
まぁ、利口な選択だろう。
ここにいても六文銭の糧になるしか道は残っていない、自分を守る為に他者を見捨てて逃げ去ることは正しい選択だ。
といっても、少しの間だけの延命措置に過ぎない。
「さぁて、そろそろキミの命を貰おうっかぁー、キミくらい強い魂だと一気に俺☆復活なんてこともありえそうだしね」
「そんなことさせるかよ」
「片腕しか使えないキミが何を偉そうにいってんのさ」
六文銭を低く構えて剣立が相馬に向かって刃を振り下ろす。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」
横からいきなり手押しの荷車が突っ込んでくる。
「なっ、ちぃっ!」
視界がみえるぎりぎりのところからの接近で反応が遅れた剣立は刃を引いて後ろに下がる、それと逆に相馬が荷車を踏み台にして剣立の間合いに入り込む。
不恰好な体勢だったから刀を振るえない。
「それを狙ったんだよ!」
荷車の上から足で六文銭を握り締めている手を思いっきり蹴りあげる。
あまりの痛さに手を離し六文銭は少し離れた地面の上を転がる。
「城戸さん!」
「わかった!」
荷車を押していた城戸が残り一発の銃弾を剣立の足に向かって狙い撃つ。
剣士や武士にとって命といえるのは足である、彼らは自身のスピードを生かして相手を攻める、中には攻撃重視としたのもいるが剣立はどうみてもスピードタイプ、酷だが足を狙うのがこの危機を脱する手段。
武器を持たない剣立は成す術もなく銃弾を受けて地面に倒れるはずだった。
キィィィィィンと金属が響く音が二人の耳に入る。
確実に捉えたはずの弾丸が弾かれて近くの家の壁に突き刺さった。
「ふひひひひひ、危ない、危なかったぁ」
「な・・・」
「刀が・・・もう一本!?」
左手に剣立は六文銭とは違う、もう一本の刀を持っていた。
カチンと刀を鞘に収めて剣立はにやりと笑う。
「城戸さん!」
「くそっ!」
嫌な予感がして相馬が叫ぶと同時に城戸は横に跳ぶ。
流麗ノ一閃
少し遅れて鞘から抜いた刀から水しぶきが飛びながら荷車を真っ二つに切り裂いた。
ぽたぽたと地面に水滴を残しながら再び鞘に刀を収める。
「ふひひひひひひひ、よもや、刀がもう一本あるだなんて思いもしなかっただろう? 俺もまさかぁの村雨を抜くなんて事になるとは思いもしなかったぜ」
「村雨・・?」
「そう、妖刀、村雨。かつて安房の国の大名が持っていたとされる妖刀だぁい。鞘から一振りするだけで水が飛び散り、返り血で汚れる事のない刀」
「・・・・剣立が持っていた刀か」
城戸が驚いた顔をしている横でせいかーい!と剣立は手を叩く。
バカにしたような態度に相馬が起き上がろうとしてふらり、と視界が大きく歪む。
やばい、腕の止血を全くしておらず、今もどくどくと血が出血している。このままじゃ、本当に死んでしまうかもしれない。
考えている間に、剣立が動く。
「相馬君!」
「遅いってーの!こっちの間合いだ」
血液不足で朦朧とする意識で、剣立が落ちていた六文銭を手にとってこちらに近づいていた事に気づくのが遅れた。
ぎらぎらとした目が相馬を見据えて六文銭の刃が真っ直ぐに相馬の心臓を貫いた。
瞬間、竜巻のような衝撃が相馬を中心にして吹き荒れて剣立、城戸を襲う、いきなりの衝撃に反応が遅れて二人は近くの建物の中に倒れこむ。
―――――――――――テ
・・・・・あぁ・・・と声を漏らす。
なにをやっているんだろうな、俺はと自問する。
こんなことになるくらいならもっと早く、伝えておけばよかったなと思いつつも、しゃーないと息を吐いて立ち上がる。
「剣立・・」
「んぁ?」
「てめぇじゃない。お前の中にいる剣立に用事があるんだ」
今から、すこーし酷い事をするけれど。
「我慢してくれ!」
叫ぶと同時に相馬は地面を蹴って剣立の方に向かう。
「ちぃ!」
六文銭の刃を突き出す。
凶刃が再び迫るというのに相馬は蚊をはたきおとすように手でいなした。
「邪魔だ」
それだけのことなのに物凄い攻撃を受けたかのように剣立の腕がぐしゃりと折れた。
「ぐ・・・がぁあああああああああああああああああああ!?」
腕が折れてすぐに剣立は苦悶の声をあげる、何が起こったのかわからないという顔をしている。
痛みで顔を歪めながら自由な腕の方に村雨を具現化させると逆手に持って抜刀する。
水滴が相馬の服や顔にかかるが動こうとしない。
流麗ノ一閃
仕留めた!
そう思った瞬間、刃が途中で止まっている事に気づく。
「な・・・・にぃ!?」
刃の先を追いかけて目を見開いた、刃の先には赤い粒子で形成された腕が切り落とされた相馬の片腕となって受け止めていた。
「なんだ、お前は!?」
さっきまで瀕死寸前、六文銭の糧になるからとあまり意識していなかった剣立・・天照院明朝だが、今は違う。
目の前にいるこいつはただの糧なんかじゃない。
喰うか喰われるかの相手、それが糧と考えていた存在の本性。
ヤバイと考えている目の前で相馬ナイトが赤い粒子で形成されていない方の手を伸ばして剣立の額に触れる。
その時、相馬の目と合う。
彼の目は自分を見ているようで見ていない、自分の中にいる剣立鳴海を見ていた。
「少し、待っていてくれ、そっち行くから」
その瞬間、天照院明朝の視界がブラックアウトする。
そこには何もなかった。
無という一言で片付ければ全てが終わるような空間。
ではなく母親のお腹の中で生まれるのを待っている赤ん坊の胎児の中のような自分を傷つける敵が一人もいない、自分を守れる卵のような場所。
唯一、心を落ち着けられる場所。
誰かの視線を気にする必要もない、刃のように自分の体と心をずたずたにしてしまう言葉をぶつけられることもない、そんな素敵な空間。
ずっと、ここにいたい、ここにいれば何もせずに済む、外のことは刀の声に任せればいい。
そうすれば自分は救われる。
言葉に身を任せれば、何にも気にしないで済む。
生まれたことに後悔することも・・・・ない。
僕が生まれた時、両親は祝福してくれたと聞いている。
子に恵まれない両親がようやく授かった宝物、目に入れたとしても痛くないほどの溺愛具合だったという。
大切な子ども、暖かい家庭、それが築かれずに壊れてしまったのは自分の体が原因だろう。
男でも女でもない体、けれど、医師によって男と性別認定されたことで、両親は“男”として育てようとした。
最初は甘んじて受け入れてきた、けれど、それを苦痛と感じるようになったのは自分と周りの男の子達との小さなズレ思うようになったことと頭にあった一人の記憶が原因だった。
僕に覚えのない一人の男の記憶。
どうしてそんな記憶があるのかわからないけれど、この記憶のせいでより他との確執を生むことに拍車をかけることになる。
小学生くらいになって性に興味を持ち始めた男子達と違って、僕はそういうのに興味をもてなくて、逆に吐き気を感じてしまいそうになるほどに嫌悪した。
男の子に嫌悪していたから、この時期は男の子といるよりは女の子と遊ぶ方に魅力を感じはじめていた。
けれど、子どもというのは残酷なもの。
男の子が女の子と遊んでいるのを見ているとからかいはじめる。
男なのに女と遊んでいるなんて変なの~とバカにした。
女子は男子よりも性について意識し始めるのが早いといわれていたから男子からの言葉に少し、嫌そうにして僕と距離を置くようになる。
どうして、
どうして、僕は周りと違うんだろう?
一人で、帰っているときに何度も感じた事。
そして、家に戻ったら両親からも男の子らしくしなさいと言われる。
両親は既に僕が普通の男の子じゃないと気づき始めていて、それが外にばれないように男の子らしくしなさいという言葉を何度もかけた。
男の子なんだから言葉遣いをちゃんとしなさいといわれて、僕じゃなくて俺というように強制された。
男の子なんだからとサッカーや野球といったスポーツを積極的にしなさいといわれた。
本を読むのが大好きだったのに、もっとがつがつと食べなさいと欲しいといっていないのに無理やりおかわりさせられる、小食なのに。
暖かい家、安らぎの家族、という言葉を聞いた時、ウソだと思った。
帰っても、針で全身をちくちくと貫かれているような苦痛が毎日。
そんな家や家族がいるなんて絶対ない、と否定した。
ほころび始めていた家族に決定的な亀裂が入ったのは中学にあがった時の頃。
自分の体が男子と違う、むしろ女性的な方に成長していくことことで崩壊への道のりが一気に大きくなったんだ。
この頃、男の子は毛が生えたと騒いで、女子は胸が大きくなったと騒ぎはじめていて、その中で自分はというと、男なのに毛ははえず、それどころか胸が膨らんできていた。
なんとか両親は隠したい一心でサイズの大きいシャツを着せたりすることで誤魔化していた。
一人の男子がふざけて僕の胸に触った時に、こいつ胸があるー!と騒いだ。
男なのに胸があることで、オトコオンナとクラス中から苛められた。
それが教師の耳に伝わり、両親へ相談をもちかけられたことでどっちが悪いかで二人が責任を擦り付け合い、気がついたら家から出て行って一人になっていた。
後になって自分は育児放棄されたんだと知ったけれど、その時ほど安らぎを感じた事はなかっただろうと思う。
家の中であれをしろこれをしろという人達がいなくなった、自分の好きなようにできた。
どれだけ男の子じゃないことをしても誰も何も言わない、この時ほど幸せということはなかったんじゃないだろうか。
けれど、それも終わりが来る。
両親は戻ってこなかったけれど、祖父母がやってきた。
祖父母は体について医師から聞いていたといって色々と、当時、知らなかった事を話してくれた。
話を一通り聞いて、あぁ、と心の中で自嘲気味に笑ったのを今でも覚えている。
僕はどっちでもないんだと、
たまたま、医師が男と性別を断定しただけで、男でも女でもない、どちらでもない存在が自分なんだと。
頑張ってもどちらにもなれない。
中途半端のままだと。
祖父母は自分達の息子達、ここでいうと両親のやっていたことを本人達から聞きだして知っていたらしくてこれといった強制はせずに、助けが必要になったらいいなさいと優しくしてくれた。
祖母は一人でも生活できるように料理を、祖父は変なやからに襲われた時のために護身術、そして、家宝である刀を一振り預けてくれた。
刀だけど資格あるものしか抜けず、それを護身用というだけで家の中に保管していた使う事はなかった。
学校には行かず、通信教育を受けて中学を卒業、高校は一応、頑張ると約束していたから受験をして国友高校にいった、そこでも地獄だった。
より、男らしくなった男の子とより女性的になった女の子たちの中に自分みたいな中途半端の自分がいることが苦痛でしかない。
そして、ここでも自分の体の事はバレた。
バレてしまって、中学よりも悪質なイジメが始まって、教師が気づいた頃には精神がボロボロになり、学校に向かおうとすると強烈な吐き気を催すほど悪化した。
状況を重く見た教師達は僕を休学にして、問題を起こした生徒達を切り捨て、すなわち退学させた。
精神科医の診療を一年間、受けて、ある程度、落ち着いて僕は復学することになった。
けれど、そこでも地獄しかなかった。
「本当に?」
どこへいっても地獄しか待っていなくて、悪意ある言葉が体を切り刻んできた。
「本当に、悪意しかなかったのか?」
うるさい。
うるさい、ここに入ってくるな。ここは何も傷つけない、何からも汚されることがないんだ。
「そのままずっと、ここにいるつもりなのか」
そうだよ、それの何がいけないの!?
僕がどれほどの苦痛を味わってきたか、キミにわかるかい!
中途半端な自分というのがどれほど惨めで虚しくて、悔しいかわかるかい?
好きでこんな体になったんじゃない、なりたくてなったんじゃない!好きで、壊したわけじゃないんだ!
「お前の気持ちがわかるといったらウソになる」
ほらみろ、どれだけ表面、善意の言葉を並べたとしても裏ではみーんな気持ち悪がっている。
最後には拒絶するんだ!
「・・・・そういうヤツもいるかもしれない、けれど」
俺はお前の事を拒絶したり否定しない。
その言葉が静かな空間の中に響き渡る。
ウソだ、ウソだ、ウソだ! 信じないぞ!キミも僕をだ、騙そうとしているんだ!
「俺はお前の気持ちや苦しみを理解できるなんていえない。俺はお前の事を全て知っているわけじゃない、全てを理解しているなんてことはいわない。でも、お前の事を本当に心配している」
少し前に、お前の祖父母にあってきたと告白する。
「ずっと後悔していると俺に話してくれたよ。もっと早く、苦しみに気づいてあげればよかったって・・・・言っていた。そうすればお前が今も苦しみ続けなくてすんだかもしれない、気づくのが遅かった自分達ではどうすることもできないっていわれた」
でも、それは違う。
「進んでしまった時間はどう頑張っても戻せない。時を巻き戻すなんて事は不可能だ、でも、これからは“現在”と“未来”はまだこれからなんだよ。まだ、お前は誰かと一緒に歩んで行くことが出来る」
「そんなこと・・・・できるわけ」
「手を伸ばせ!」
空間を揺らすような声にびくりと体を震わせる。
震えたのは恐怖からじゃない、ただ、驚いただけ、でも。
「頑張れとか、諦めるなとか軽い言葉を俺は投げない! ただ、手を伸ばしてくれ、一人で暗闇の中で泣きじゃくったりせずに誰かの手を求めてくれ、俺は絶対にお前の手を掴む、掴んだら光の方まで絶対に引き寄せる! 引き寄せて、一緒に歩こう・・・・剣立」
『騙されるな! コイツはそういってお前をさらに傷つけるつもりだ!』
手を伸ばそうとしたところで別の声が割り込んでくる。
けれど、何故だろう、今まで優しさと安らぎを感じていたこの声に焦りが混じっているような気がした。
『こいつの言葉を聞いたらまた騙されて傷つくだけの日々に逆戻りだ、そんなことをするくらいならここに閉じこもっている方が幸せだ。ここでずぅっと幸せの日々を過ごせばいい』
「剣立、お前が決めてくれ」
「え?」
「コイツの言葉に耳を貸してずっとここにいるか、俺に向かって手を伸ばすか・・・・一つだけを選べばいい、選んだ事に俺は何も言わない。ここにずっっといたいというなら永遠にここにいればいい・・でもな」
我侭かもしれないけれど・・・・。
俺は、お前と一緒にいたい。
友達でいたい。
『騙されるな、コイツはそういってお前を外に連れ出してまた、ズタボロにするつもりだぜ? 信じるな、どれだけ信じて裏切れてきた?』
揺れている後ろで囁くように声が聞こえてくる。
けれど、さっきより声が遠い。
遠くで安全な所から語っているような声。
声にもう一つの声は反論も何もしない。
彼は待っているんだ。
僕がどっちを選ぶのか。
言いたい事は全て伝えたとばかりにもう片方の声は何も言ってこない。そのことに小さく笑ってしまう。
不器用すぎる。
カッコイイ言葉をいっておいて、でも、それが彼なのかもしれないと思った。
キミは言葉よりも行動の方が多かった気がするね。
本当は言いたい事が一杯あるはずのに、うまく言葉に出来ないでいて、それでいて行動で示そうとする。
彼なら・・・・。
遠くから声が語りかけてくる。
信じるな、ずっとここにいろ、と。
今ほど、その声を煩わしいと思ったことがなかった。
だから。
「僕は・・・・・・強制されるのは大嫌いだ、自分の好きな風にしたい・・」
ビキリと空に亀裂が入る。
「誰かに指図されて生きたくなんかない」
亀裂がどんどん大きくなる。
焦ったような声にノイズが混じりだして聞こえにくくなった。
入れ替わるようにして彼が姿を見せる。
「キミって意外と不器用だったんだね」
「まぁ、不器用ちゃ不器用だ」
「こんなところまできて、僕に選ばせるっていうのはどうかと思うよ。そんなことするくらいならここまで来る必要ないじゃない」
「・・・・ごもっとも・・」
縮こまる彼を見ていると自然と笑いがこみ上げてくる。
「僕はこんなにも臆病で根暗な性格をしている・・おまけに独占欲も強いし色々と迷惑をかける、そんな僕と一緒にいてくれるの?」
これで何度目かわからない問いかけ。
僕の友達になってくれる?
一緒にいてくれる?
ずっと、
「僕を助けてくれる?」
その問いに。
「当たり前だ」
彼は変わることなく、
「俺はお前の友達で、困っていたら絶対に助ける!」
何度も同じで、変わらず約束してくれた。
それがとっても嬉しくて。
彼なら、本当に信じられる。
だから、僕は。
「嬉しいよ、キミが僕の友達でいてくれて・・・」
相馬ナイトの手を掴んだ。
同時に、剣立鳴海と相馬ナイトは意識を取り戻す。
意識が覚醒すると同時に、剣立の頭に操られてやってきた事がフラッシュバックする。
いじめてきた彼女達を襲ったこと、相馬の腕を斬りおとしてしまった記憶が次々と蘇って、瞳から涙が零れ落ちて剣立体が震える。
自分のやらかしてしまった事、友達と言ってくれた彼の右腕を斬ってしまったことなどが次々と思い出される
「大丈夫だ」
泣きじゃくりそうになった剣立の腕を相馬が優しく包み込む。
「傷つけてしまったかもしれないけれど、誰も死んでいない、お前は悪くない」
「・・・・ナイト君・・」
「二人とも、大丈夫・・なのか?」
ゆっくりと二人に近づいて城戸が尋ねる。
彼からしたらよくわからないのだろう。
急に動かなくなった敵同士が目を覚ましたら互いに手を取り合うように仲良くなっているのだから。
しかも、片方の懺悔を許そうとする神様や仏ののようなやりとりに混乱してどうしたらいいのか考えていると。
『いーや、お前が悪い』
否定する声が響いて、二人は声の方へと顔を動かす。
紫色の怪しい光を放ちながら浮遊している六文銭があった。
「六文・・・銭」
『お前が全て悪いんだよ、お前が俺の言葉に騙されて人を傷つけた、そこにいるトモダチの腕も斬りおとした全てはお前が招いたんだ』
「てめぇっ!」
「・・・・そうだね、僕の心の弱さが招いた結果だよ」
飛び掛ろうとした相馬を止めて剣立が浮いている六文銭を見据える。
「僕が、自分の体のことに嫌悪して、全てを拒絶し、でも、誰かに助けてもらいたくて、依存した結果。僕はキミの言葉に乗せられて多くの人を傷つけた、この事実は変わらないし、一生、僕を苦しめていく事になると思う・・・・でも」
言葉を止めて隣にいる相馬ナイトを見る。
「僕には間違いを正してくれる・・・・助けを求めたら手を伸ばしてくれる友達がいる、人を傷つけた事実は消えない。でも、彼が、支えてくれる友達がいるなら、僕は生きていける! もう、間違えたりしない」
『ほう・・・・』
六文銭から驚いた声を漏らした。
それほどまでに剣立の変化が大きい。
さっきまで自分の思うとおりに動く操り人形が糸を引きちぎって好きかかってに動き出した。
そのことが面白くない。
『ちっ。もう一度、苦しめて人格を消しとって器を得ようとしたのに失敗かぁ・・・・仕方ない、あまりとりたくない手段だったが・・・・』
六文銭の周囲の地面が盛り上がり、土が人の形を形成し始める。
しばらくして宙に浮いていた六文銭にゆっくりと手が伸びた。
「ひゅう・・・」
息を吐いて、相馬と剣立の前に人間であって人間でない姿をした者が姿を見せる。
「妖術師が使っていた土人形形成術、何かの役に立つかもしれないと思っていたが、こんな形で使う羽目になるとはなぁ・・・・まぁいい、てめぇらを殺してその体をもらうとするか」
土人形、もとい、天照院明朝は不敵な笑いを作ると六文銭を手に襲い掛かってくる。
相馬は咄嗟に前に出て赤い粒子の手を握り締めて拳を繰り出す。
六文銭の刃と赤い粒子の拳がぶつかった瞬間、相馬ナイトは地面に叩きつけられる。
「相馬君!?」
『さっきまでの器も中々なんだけどなぁ、この土人形は普通の土人形とは違うんだよぉ!だから、さっきみたいな事はねぇんだよ!!』
一瞬のやり取りでわからなかったが六文銭の刃と拳がぶつかるという瞬間に土の拳が相馬の顔を狙い撃ちした。
打った拳はコンクリート並の強度だったのだが、相馬は魔法使いとしての力が発動して体が頑丈になっていて、顔が陥没してぐちゃぐちゃにはならない。
楽しそうに六文銭は笑い。
地面に叩き付けた相馬に向かって刃を突きたてようとする。
流麗ノ一閃
正面から水を纏った刃が迫ってきて天照院明朝はよける事ができずに水に飲まれて近くの小屋の中に消えた。
「僕の友達をこれ以上、傷つけさせないよ!」
「・・・・剣立!?」
村雨を構え相馬を庇うようにしながら剣立の姿が目に入る。
水が滴る妖刀・村雨を手に友達を守る為に目の前の敵を見据えるその姿が。
酷く、綺麗に思え相馬はその姿に視線を動かせない。
「大丈夫?」
「あぁ・・なんとかな」
表向き大丈夫、といった相馬だが、実際の所、かなりヤバイ。
斬りおとされた腕からかなりの血液を失っているから意識も朦朧とし始めている、早めにケリをつけないと剣立一人で土人形の相手をさせてしまうことになる。
『くそっ、忘れていたぜ。村雨のこと』
小屋を壊しながら天照院明朝が姿を見せる、村雨の直撃を受けたからなのか、片腕が泥になって崩れ落ちていた。
地面に混ざった泥をみて、小声で隣の剣立に尋ねる。
「・・・・なぁ、剣立。さっきのよりも強力な攻撃ってできるか?」
「一応、型とかは教えてもらっているけれど、撃てるかどうかはわかんない・・」
「それでもいい・・・・俺が合図をしたら撃ってくれ」
『なぁに、話をしているかわかんねぇが、いい加減・・・・終わりにしようや!』
体勢を低くして六文銭を前に構えて地面を蹴る。
人間には出せないスピードで二人の方へと突っ込んでくる。
「悪いけどさ・・・・」
ありえないスピードの天照院明朝に立ちはだかるようにして相馬ナイトは赤い粒子で形成された拳を握り締める。
「遅いんだよ! 剣立!」
相馬の合図で剣立は村雨の刃を地面に向ける。
そして、刃が抉るようにして全力で振るった。
流ノ乱刃
水流の増した刃を土人形の体目掛けて振るう。
『その程度で崩れるほど、やわじゃねぇんだよ!!』
濁流に巻き込まれて部分的に体が崩壊しながらも天照院明朝は未だ健在。
しかし。
「妖術っていうのがどういうのかわかんないけどさ、どうやらその術、魔力、使ってるみたいだな」
上空から、相馬ナイトの不敵な笑みと天照院明朝は目が合う。
嫌な予感が全身を駆け巡って逃げようとして足を動かすが、水によって固まった足が崩れて地面に混ざり合った。
相馬ナイトの力は喰らう事。
正確にいうならば魔力を体に取り込んで、力に変換、自身の体を強化していく。
「てめぇには色々と言ってやりたいことが沢山ある・・・・・・でもまぁ・・俺って意外とメンドくさがりなところがあるからな」
『くそっ、くそったれ! これで、これで終わりになるわけがねぇだろ! 俺は、俺は器を手に入れてもう一度、蘇るんだ。だから』
「一言で終わらせてやるよ」
『くそがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ』
土人形の体がボロボロと崩れていく、それに対して、赤い粒子で形成されていた拳がどんどん大きくなっていく。
「とっとと成仏しろやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
爆発した赤い粒子と強い衝撃を巻き起こして土人形の体が消滅していく。




