五月二十日
早速展開がいくつか起こっていますが、まぁ、気にしないで下さい。
五月二十日 AM7:00 相馬家
「ぶぉうふぉあ!」
変な声をあげて目を見開く事が相馬ナイトの朝の日常となっている。
これだけを聴いていると彼が変態か危ない人という印象を植え付けてしまうことになるが彼の名誉の為に変人ではないということだけは伝えておこう。
一気に肺の中が空になり、衝撃で目が覚醒するとこちらを覗きこんでいる小さな女の子の姿が入る。
「おきたなー! 朝だよ~」
「・・・・なぁ、妹よ」
「なにかな? ないと」
「いい加減、起こすの揺らすだけにしてくんないかな? 毎度毎度腹ダーイブは俺の体力も奪ってしまって大変なんだけど」
「たいりょく?」
「そう」
「ならご飯をたべないと! よういできてるよぉ」
「いやだから・・・聞いてないし」
だだだだだと部屋から出て行って階段を下りていく妹に相馬は伸ばした腕をだらんと布団の上におろした。
妹、朱柚が兄であるナイトに腹ダイブをするようになったのは最近である。
誰に影響を受けたのかはわからないが兄の朝を起こすのは妹の務め!というようになり腹に飛び込んでくるようになった。最初は加減してくれていたみたいでそこまで酷くはなかったが最近になって本気で飛び込んでくるようになり朝起きるのが苦痛になるということが続いている。
どうしたものかと悩んでいると床に転がっている目覚ましが遅れて鳴り響いた。セットしていた時間は七時。どうやら我が妹は時間に正確というわけではないようだ。かちりと上の部分を叩くと目覚ましが鳴り止む。
「目覚まし・・かけるのやめようかな」
相馬の両親は共働きで二人が目を覚ます前に仕事に向かってしまう。
別に家の家計が危ないとかそういうのではなく、二人とも仕事が大好きでやめたくないということで今も働いているのだ。
仕事人間の両親だが息子娘を大事に思っていて母が出産の為に仕事を休んでいる時は自分も同じように育児休暇を申請して面倒を見ていたし、今日も出かける前にきちんと朝食は作っておいてくれる。
インスタントなどで済ませようと楽を選ぼうとする相馬にとってはとてもありがたいものだ。
リビングに下りるとそこにはご飯と味噌汁に焼き魚というおいしそうなご飯が広がっている。
「おいしそうだな」
「はやくたべないと冷めちゃうよ」
「わかってるって」
妹にせかされながら相馬はいただきますと手を合わせて朝食を食べる。
「それじゃ、気をつけてな」
「うん! 終わったら連絡するからね~」
朝食をとって戸締りをして二人は家を出る。
朱柚を小学校の通学路まで送り届ける。兄としては学校の前まで送り届けてやりたいところなのだが国友高校と朱柚の通う小学校は距離がありすぎるから相馬が遅刻するために通学路までにしている。そして朱柚の授業が終わったら渡してある子ども携帯でメールを送るように言ってある。
妹を見送ってから相馬は国友高校に向かう。
国友高校は相馬の住んでいる地域では知らないものなど一人もいないと言い切れるほど知名度の高い私立高校。
そこに通えるだけでも幸せという人がいるほど制度が充実している。
下駄箱で靴を履き替えて廊下を歩く。
教室の中はちらほらと人の姿がみえて昨日の夜にみたテレビや漫画の話だったり今日の授業の内容など話し合っている。
あぁ~、平凡だ。
心の中から呟いたのは怠惰とかではなく喜び。平凡な日常をこよなく愛している。その背景には実に色々なことがあるのだがそこは割愛しておこう。とにかく平凡はいいなぁーと角を曲がろうとしたところで誰かとぶつかった。
「うわっと・・・とぉ!?」
ドシンと床に尻餅をついて相馬は変な声をあげた。
目の前に白いものが見える。
それが女性の下着だと気づくのに数秒もかからなかった。
「わわっ! ごめん!」
慌てて相馬は顔をそらす。堂々とみてしまったからか顔の体温が上昇しているのを感じる。
「大丈夫」
むくりと起き上がると少女は立ち上がる。ぱたぱたとスカートについた汚れを払い落とした。
「ごめん、俺のせいで・・前方不注意だった」
「気にしない・・・・・・むしろ嬉しい」
「へ?」
「なんでもない」
「あ、そう・・本当にごめんな」
そういって相馬はぶつかった相手と別れた。背中に視線を感じたような気がした。
一年四組に入ると教室の雰囲気がいつもと違う事に気づいた。
何か浮き足立っているような気がする。
「おはよう、ナイト」
「おはよう。なぁ、鎖音原、みんなどうしたんだ?」
「ん、あぁ、気づいたか? 転校生がくるらしいって話で盛り上がっているんだよ」
相馬が席に座ると友人の鎖音原流星が教えてくれた。
「転校生? この教室ってそんなに人が少なかったか?」
「さぁ? 実際の所どうなんかは俺もわかんねぇんだわ。もしかしたらただのデマかもしれないし本当かもしれない」
「・・全ては担任待ちってことか」
「でも、ありえるんじゃないか? この教室、机が一個余っているわけだし」
「そうだな」
相馬は自分の隣、窓側の端にぽつんと置かれている机に目を向ける。入学式が行なわれてからずっと空席が続いている机。どうして空席があるのかは様々な憶測が飛び交っているが実態は定かではない。
「はーい、HRをはじめますよぉ」
教室の扉が開いて四組の担任教師、松永(愛称、まっちゃん)は高校生くらいの身長で小柄な体型だから教師というよりかは同学年と間違えられてしまう。本人の話によると映画館で大人のチケットを買おうとしたら高校生だろ?ちみぃ~という間違いがあったとかなかったとかいう逸話がある。
「では、HRを始める前にみんなにお知らせがありまーす!」
その言葉待ってましたぁとばかりに教室内がざわざわと騒がしくなる。パンパン!と両手を叩きながら静かになるように促しているがその様子は傍から見るとカスタネットを叩いて踊っているみたいだ。
生徒達が自主的に静かになってようやくまっちゃんの動きが止まる。
「突然ですがこのクラスにもう一人仲間が増える事になりました!」
「先生―! 転校生ってことですか!?」
元気のいい生徒が手をあげて尋ねる。
「うーん、少し違うの。その子は色々あって休学していたのですが体調がよくなったので復学する事になったのです。皆さんより年齢は上ですけれど仲良くしてあげてくださいね!」
はーい!とクラスメイト達が元気よく答える。結束力がこういうところで高いなぁと相馬が感心しているとドアが開いて転校生、もとい復学生が現れた。
まっちゃんが黒板に「剣立鳴海」という文字を書いた。文字をバックに復学生はもじもじと自己紹介を始める。
「け、剣立鳴海です・・よ、よろしくお願いします」
入ってきたのは小柄、少しサイズの大きい詰襟制服を着ており、髪は頬の下部分にかかるほどの長さ。顔立ちは童顔のために男子の制服を着ていなかったら女と錯覚してしまいそうになる。ただ男性、女性の両方からの支持は大きいだろう。
今も。
「かわいい!」
「なにあのこぉ!」
「くそぉ、男じゃなかったら絶対に告白していた自信がある!」
みたいな感じでわいわいと騒いでいる。私立の学校だから転校生イベントとかになるとみんな騒がしくなるのは必然といえよう。まぁ、ここは転校生じゃなくて復学生イベントだけど。
「それじゃあ、剣立さんの席は相馬君の隣です。相馬君! 剣立さんの面倒を見てあげてくださいね!」
「あ、はい」
名前を呼ばれた為に慌てて返事する。
びくびくと何かに怯えるみたいに足早に動いて、剣立は相馬の隣、空席となっている場所に腰掛けた。
「よ、よろしく」
「おう。よろしくな」
「っ!」
挨拶されたので返したらびくぅ!と過剰に反応して目をそらした。悪い事をしたわけじゃないのに罪悪感を覚えるってどうなんだろうか。
HRと一時間目が終わるとクラスメイトの大半が相馬の横、つまり剣立に群がっていく。
「どこに住んでいるの?」
「ねぇ、趣味ってなにかやっているのかな」
「友達にならない?」
「お昼、一緒に食わないか!」
「・・・えっと・・あの・・」
無数に飛んでくる言葉の嵐にどう接すればいいのだろうかわからないようで剣立はあわわとしている。
「転校生ならぬ復学生イベントっていうのでもここまで盛り上がるんだなぁ」
「そだな。にしてもあれ助けなくていいわけ?」
隣の席で鎖音原と話していた相馬は彼の指摘に少し悩んでいた。
彼らは善意で剣立と話をしているのだ。それを無闇に追い払うというのはあまりよくない。どうしたもんかぁと悩んで教室の外に目を向けると顔をしかめ立ち上がった。
「ちょっとごめんよ~」
人ごみを押しのけて相馬は剣立の前にやってくると腕を掴んで。
「そういえば、移動教室とかの案内しておきなさいってまっちゃんに頼まれていたの忘れていたから、みんな! 質問会はまたの機会にしてもらえるか!」
えー!という野次馬の声を無視して相馬は剣立をつれて教室の外に出て行く。
足早に廊下を歩いて四組から離れる。
「あの・・・・えっと・・・ちょっと」
「・・ごめん」
後ろから小さい声が聞こえてきたので相馬は慌てて手を離す。
「ううん、えっと・・・相馬君だったかな?」
「挨拶ちゃんとしていなかったよな? 俺の名前は相馬ナイト。よろしく」
「ほ、ホームルームで挨拶をしたけど、剣立、な、鳴海です」
あの・・と剣立はおずおずと尋ねる。
「どうしてウソついたの? せ、先生に移動教室の案内なんて・・いわれていない、そ、それにここの生徒だし」
「ん・・あぁ、ごめん。ちょっといやーな奴らの姿が見えたからさ。厄介ごとが起こる前に避難させようと思ったんだ」
「厄介ごと?」
「まぁ、気にしなくていいって」
相馬が剣立つれて廊下に出たのは一組の権田が見えた。権田は世間でいう不良にカテゴリーに分類される人物で喫煙、万引きという小さな犯罪に一通り手を染めて退学になってもおかしくはないのだが中々そうならない。
噂では学校側が報復を怖れているという話があったり親が金持ちだからという説もあるがどれもはっきりしない。
そして、権田は目立ちたがり屋な部分があって復学生の剣立に絡んでくるかもしれない。そんな予感がして言い訳をして外に連れ出した。
このことを話したら気弱そうな剣立は余計にびくびくするかもしれないのでいわない。
「ねぇ。相馬君」
「ん?」
「どうせ外にでたんだから教室の案内とかしてくれないかな? もしかしたら教室が変わっているかもしれないしもしかしたらっていうこともありえるから」
「わかった。時間があんまりないからこのフロアだけでいいか?」
「うん」
「なら、学食と購買部になるけどいいか?」
こくりと剣立が頷いたのを確認して相馬は廊下を歩き始める。
歩き始めてすぐに相馬は冷や汗を流した。
微妙な距離で歩きながら相馬は剣立と他愛のない話をしながら廊下を歩いていった。
「相馬君はお昼は学食なの?」
「今日は弁当だな。剣立は?」
「僕も弁当・・だよ」
「そっか・・だったら一緒にお昼休み食べないか?」
「迷惑・・じゃないかな」
「俺が誘っているんだから迷惑もへったくれもないって。それとも予定があるのか」
「う、ううん・・・本当にいいの?」
瞳を覗き込むようにして尋ねてくる剣立に何故かドキリとしながら相馬は頷いた。
よくわからないが相手は自分と同じ性別のはずだ。何故、ここまで焦ってしまうのはどうかしている。
「だ、大丈夫だ」
「そう・・なら一緒に食べよ」
「・・・・・・」
「相馬君?」
「ん、あ、あぁ! わかった。場所は中庭でいいか」
「うん、相馬君に任せるよ」
こくりと頷いて相馬達は食堂などを見て回った。
お昼休みとなって剣立を話をしようと集ってくる生徒達よりも早くとてとてとやってくる。
「んじゃ。行こうか」
「う、うん」
「二人でどっかいくのか?」
「今から剣立と昼ごはんを食べにな」
「ったく、いいよなぁ弁当組は俺なんかこれから死闘を演じるんだからな」
鎖音原が羨ましいといってくる。彼は学食派の人間の為これから他の生徒達と学食をとるためにダッシュしないといけないのだ。本来なら授業終了と同時に出て行かないといけないのだが授業が本来の時間より早く終わった為、少し余裕がある。
「というわけで俺は一足先に中庭にいくよ。鎖音原は――」
「あー悪い。クラスの奴らに飯終わったらバスケ誘われているから無理だわ」
「そっか、わかった」
相馬は剣立と一緒に教室を出て中庭に向かう。
国友高校は屋上を除けばどこでも食事が取れるようになっている。屋上が禁止になっているのは少し前に問題が起こってしまったのが原因らしい。
中庭の中心には大きな大樹が植えられていて夏が近づいてくると大きな日陰になるので利用者は増える。但し冬はその逆となるが。
今日みたいに少し暑い日は中庭に向かうのがいい。
「ふぅ。この時間帯だとさすがに人の姿はないな」
「・・・・」
中庭のベンチを一つ拝借して相馬と剣立は距離をあけて弁当箱を空ける。
ちなみに相馬の弁当は母親が作っておいてくれたものでご飯とおかずという普通の弁当。
「剣立の弁当・・綺麗だな」
「そうかな?」
かしげる剣立に相馬は肯定する為に首を縦に振る。
弁当は自分のと同じでご飯とおかずだが仕事で忙しくて余裕がなかったからか慌てていたのか詰め方とご飯の入れ方などと剣立のほうが断然綺麗だ。
剣立のほうが綺麗だからといってこっちが汚いというわけではないが。
「一人だからそういうのよくわからないや」
「・・一人?」
「うん、僕一人暮らしなんだ。色々あって」
その色々といったときに力が入ったことに相馬は気づいて聞く事を躊躇った。よくわからないが聞いてはいけないと感じた。
「相馬君は家族と?」
「ん・・・両親は共働きで忙しいから家はいつも妹と一緒だ」
「妹がいるんだ」
「小学一年生になりたてだ。とっても可愛いぞ」
「そ、そうなんだ」
「見てみるか?」
「え、遠慮しておくよ」
本当に可愛いのに、といいながら相馬はぱくりとご飯を飲み込む。
「相馬君は家族を大事にしているんだね」
「そういうもんだろ? 家族って」
「・・・そうだね。普通はそうなんだよね」
「剣立?」
「おい、てめぇーが噂の転校生かぁ」
俯いた剣立の様子が気になった相馬の耳に間延びした声が聞こえてきた。
顔を向けると不良の権田がゆっくりとこっちにやってくる。
「え、あの、キミは・・」
「俺は権田っていうもんなんだけどよぉ。転校生だかなんだか知らないがあんま調子にのってんじゃねぇよ」
「僕は別に、調子になんか」
「ンァァ!!」
「ひっ!」
「やめろよ」
威圧的な態度にびびった剣立を庇うようにして間に割り込んだ相馬に権田がガンを飛ばしてくる。
「なんだァ、部外者は引っ込んでろ。これは俺と転校生の話だ」
「話? 第三者の俺から見たら脅しているようにしかみえないっての」
相手が不良の権田だが・・・ちっとも怖さを感じない。少し前の自分だったら足がすくんで逃げたかもしれない。
「お前、邪魔すっと痛い目みるぞ」
「本当に脅迫になってるし」
「うっせぇ!」
邪魔者は潰すという短絡的思考なのか権田は拳を握って殴りかかってくる。剣立はひっ!と声を漏らして手で顔を覆い、殴られそうになっている相馬は体を少し横にずらしついでに通り過ぎていく権田の足の前に自分の足を出した。
「あ・・・ぬぉいあ!?」
相馬の足に躓いた権田はバランスを崩して茂みの中に顔から落ちる。バキバキィ!と茂みの細い枝が折れる音が響いた。
「・・・・はふぅ」
はっきりいって相馬は権田に関して脅威を微塵も感じていない。どうしてかというと不良よりも怖い相手に何度も遭遇しているからとしか言いようがない。
普通の高校生ならありえないことなのだが相馬乃斗は今までに安堵も死ぬような危機に陥ったのが一度ならず何度もあったために不良程度に怖がらなくなってしまったのは幸か不幸か悩んでいると茂みの中から権田が出てくる。
顔中に細い枝が突き刺さっていて顔は怒りで歪んでいるというのに全く怖くない。
「てめぇ、いい度胸してんなぁ。俺が誰だか知って」
「――へぇ、誰なのか教えて欲しいなぁ」
「・・鎖音原?」
中庭に低い声が響いたと思ったら渡り廊下の方からゆっくりと鎖音原がやってくる。権田は鎖音原の顔をみた途端、さっきまでの威勢はどこにいったのか急に弱々しくなった。
「教えてくんないかなぁ? キミがどこの誰だなになにさんなんかさぁ?」
「っひぃ!」
鎖音原が近づいていくたびに権田は悲鳴を上げて中庭から逃げ出した。見栄もへったくれもない惨めな光景に相馬はぽかんと見送ってから尋ねる。
「食堂にいったんじゃなかったのか?」
「少し早めに向かおうとしたらゴリちゃんがいたから時間をつぶす為にうろちょろしていたんだよ。そろそろ時間だから戻るわ」
「・・・まるで通りすがりのヒーローみたいだな」
そんな柄じゃねぇってといいながら鎖音原は中庭から去っていった。本当に風のように現れて風のように去っていってしまったなぁとどうでもいいことを考えていた。
「そ、相馬君! だ、大丈夫?」
「大丈夫だぜ。剣立は」
「ぼ、僕も大丈夫」
それはよかったと安堵の息を漏らして弁当を手に取ろうとして固まった。
「・・・俺の弁当」
権田が茂みに突っ込んだ時に巻き込まれたのか、立ち上がった拍子に手でもあたったのか弁当は芝生の上にばらまかれていた。とても食べれそうににみえない。
剣立も地面に散らばっている弁当に気づいた。
するとおずおずと自分の持っている弁当を相馬の前に持ち出す。
「・・・食べる?」
「え」
「僕の弁当、食べる? 落としちゃったの僕が原因のわけだし」
「いや、それだと剣立が空腹になっちゃうだろ?」
「大丈夫だよ。それに迷惑かけちゃったし」
相馬は少し考えて。
「――だったら半分こしょうぜ」
「え?」
「剣立の弁当を二人でわけながら食べる。これなら満腹とはいかないけれど二人とも空腹感を味わう事はないだろ」
「えっと・・いいの?」
「いいのもなにもお前の弁当なんだから決めるのは剣立だ」
「じゃあ・・一緒に食べよ」
目を伏せながら剣立は自分と相馬の間に弁当箱を置いた。
相馬はベンチの上に散らばっていた箸を手にとって剣立の弁当を食べ始める。味付けは少し薄い気がするけれどおいしい。
「おいしいな」
「そう?」
「おぉ、俺は時々しか作らないけれど、剣立の料理は美味い。誇っていいレベルだ」
「そうかな・・ありがとう」
顔を赤らめる剣立に笑いながら相馬は弁当を食べる。
二人で一つの弁当をつつきながら食べるというのは少し奇妙な光景だった。
昼休みが終わって残りの授業を受けて放課後となる。
「最近、ここらで不審者が出回っているらしいので気をつけてください。怪しい人物を見たらすぐに近くの家などに駆け込んでくださいね!」
HRが終わる直前に言った内容に相馬は目を細める。ニュースでも同じ話を聞いた気がした。あれは通り魔だったはず、それと関係しているのか?
「それと剣立君は職員室に後できてください。では気をつけて帰ってくださいね」
剣立は職員室に呼ばれて遅くなる、さらに鎖音原も用事があるということなので相馬は独り寂しく帰宅のため通学路を歩いていた。
「・・・・・・なに、このまま自宅ルートまっしぐらしようとしてんですか?」
訂正、一人で帰ってはいたが途中でメイドさんと出くわした。
ノーマルバージョンのメイド服を纏った彼女は絶対零度の瞳をこちらに向けている。相馬がこのまま家に帰ろうとするのを良しとしていない雰囲気。
「おっかしいなぁ・・メイドさんってこっち側の道あんまり使ってないですよね?」
「特売セールスのためにこの通路を利用したに過ぎません。ところで貴方、何故にここにいるんですか」
「・・・・なんでって、家に帰る為のルートだし」
「どうやら貴方にはストレートにいわないと伝わらないようですね」
意味がわからないと首をかしげている相馬にメイドはやれやれと首を動かしたと同時に胸倉を掴んで歩き出した。
「あのぉ、どこにつれていこうとしてんですかぁ」
「お嬢様の所に決まっているじゃないですか」
何を可笑しな事を言っているんだコイツという顔をしているメイドさんに相馬はなんともいえない表情をした。
「いや、今日は予定があって・・・・あれ?」
彼女に引っ張られて道を歩いていると相馬は首をかしげる。なんか自分の家に向かっていないか? どういうことだと首をかしげている間にメイドさんは相馬と書かれている表札の家の中に入っていった。
「あ、あれ?」
「なにを呆けた面をしてんですか。さっさと靴を脱いで中にあがってください」
「いや、あがれってここ・・俺の家なんだけど」
「そんな当たり前のことわかっています。だから入れっていっているのではないですか」
「・・・・・」
どうしてここまで罵倒されないといけないんだろう。けれど、ここで反論していても意味がない、渋々という形で相馬は靴を脱いでリビングに上がっていく。
「あ、お帰り~」
「お帰りなさい。ナイトさん」
リビングに足を踏み入れるとそこには妹の朱柚ともう一人。
亜麻色の髪に琥珀色の瞳、日本人にはありえないというか日本人ではない少女がいる。
彼女はエイレーネ・D・草薙、一応良家のお嬢様。和服を着た彼女はにっこりと微笑んで出迎えてくれた。
「えっと・・・なんでエレネがここに?」
疑問に思っていた事を尋ねる。
「あれ、彼女から聞いていませんか」
「は? 何を?」
「申し訳ありませんお嬢様、説明しようと思ったのですがこのく・・相馬ナイト様は急いでおられるようでしたので時間がありませんでした」
気のせいだろうか。このメイド。堂々と屑といおうとしましたよ、冷や汗を流す相馬の横で飄々とウソをつくメイドに戦慄する。
「ではこの場で説明します。ある筋から今日相馬朱柚が一人で家にいるということを知った心優しいお嬢様は貴方様が戻ってくるまでの間、面倒を見てあげようと考え迷惑かと思いながらもやってきました。あぁ。おいたわしや」
「色々といいたいことはあるけれど、エレネ。朱柚の面倒見てくれてサンキュな」
「ううん、私も朱柚ちゃんとお話できて楽しかったから」
そういってはにかむ彼女に朱柚が抱きついた。どうやらかなり気に入られた様子だ。
「それでは夕食の準備を始めます。相馬ナイト、台所を借りますよ」
「は? なんで」
「先刻、そちらの両親から連絡があり貴方達の食事を作れないので外食をしてくれという話でした。丁度ここに私が特売で仕入れたものがありますのでなんとかしますと伝えたらよろしくお願いしますという事でした」
母さん、貴方は電話に出た相手のことを少しは疑いましょうよ。オレオレ詐欺とかだったら大変ですよ。
呆れている相馬の横でメイドはさっさと台所に移動する。とてとてと朱柚も同伴して台所に置かれている包丁や道具などの場所を教えている。
「すいません。うちのメイドが勝手に決めちゃって」
エイレーネが申し訳ないという表情で謝罪する。
「いや、こっちとしては助かったよ。夕飯の料理を作る家事スキルを俺はもっていないから」
「・・・・・私ももっとスキルを磨こうかしら」
「ん?」
「なんでもないです」
『お嬢様、手が空いているのでしたら相馬ナイトの部屋の掃除をしてきてもらえるでしょうか』
「あ、わかったわ」
「待てい! さり気なく俺の部屋に誘導しようとするんじゃない。エレネもいかなくていいから」
「でも、掃除をしないといけないんですよね?」
「毎日しているから安心してくれ。綺麗だ」
今日はまだだが。
『今日はまだのはずなのでお願いします』
「アンタ一体なんなんだぁ! なんで俺の部屋の状況を知ってる!?」
台所で料理を作っているメイドに向かって相馬は少しヤケクソに叫んだ。その横をととととエイレーネが歩いていって上へあがるための階段を上っていく。
見られたら困るというわけではないのだが相馬は彼女が自分の部屋に行く事を阻止する為の方法を考える。
しかし、思考の海に沈む暇なく、エイレーネは相馬の部屋の中に入ってしまった。
「エレネ! ストォップ!」
階段を何段も飛ばして駆け上がり自分の部屋の中に突入した。この時、相馬はいくつかミスをしていた。
一つはエイレーネの性格、メイドの破天荒さですっかりと忘れていたが彼女は知っている人間の中ではまともな人間の部類に入る性格の持ち主、次にうっかりカーテンで閉めっぱなしにして電気もついていなかったから部屋の中は真っ暗。
最後に走っている人間は急には止まれない。
「きゃっ!」
暗闇の中で立っていたエイレーネの腰辺りにぶつかってもつれあうようにして二人はベットの上に倒れる。
「ぐげっ!」
腰辺りに固いものがあたって相馬は変な声を出した。
「いっつぅ・・・エレネ、大丈夫か?」
「はい、私はだい・・・じょうぶ」
言葉が途中で固まったエイレーネの様子が気になって顔を上げようとして彼女の目がすごい近くで見えた。目と鼻に彼女の息が当たる。
暗くてどういう体制をしているのかわからないけれど相馬乃斗とエイレーネの二人は互いの吐息がかかるほど密着していた。
「あ・・・えっと・・・、退いてもらえると」
「ごめんなさい」
そういってエイレーネは相馬の胸板に手をのせる。
ドクンドクンと聞こえる音は自分の音なのか相手の音なのかすらわからないほど混乱していた。
「え、え、え、エレネさん? ど、どうなさったんでしょうか」
「・・・生きていますよね」
消え入るような声でエイレーネは呟いた。
その言葉に相馬は動けなくなる。
「ナイトさんは生きて・・・いますよね?」
「当たり前だ。そうそう死んだりしないし厄介な事に巻き込まれたりしないさ」
ぽんぽんと腕を回して彼女の背中を叩く。
エイレーネは不安だったんだ。
少し前の事件は彼女の知らないところで起こり相馬は致命傷は負わなかったが多少の怪我をしている。
優しい彼女の事だから今回の事件の事も自分が関わっていればこんなことにならなかったんじゃないかと責任を感じているのかもしれない。
結果が出てしまった事を後になって気にしたことで何か変わるわけじゃない。それでも、と彼女は思ってしまうほどに心優しい少女。
今も相馬の事を心配してくれる。
「ナイト・・・さん、私」
「ないと! おねーちゃん! ご飯が・・・・ぁ」
どたどたと朱柚がやってきて小さな声を漏らす。彼女はご飯が出来たから兄とエイレーネを呼びに来たんだがタイミングが悪かった。
「お、お、お、お楽しみ中だったんだな! し、失礼しました!」
「「待ってぇ!」」
慌てて逃げ去った妹の誤解をとくためにさらに時間を費やしたのはいうまでもない。
誤解を解いてメイドさんが作ってくれた料理を味わった相馬はエイレーネとメイドを送る為に暗い夜道を歩いていた。
「わざわざ送ってくれてありがとう・・・」
「全くです。女心が微塵もわかっていないクソ虫かと思っていたのですがその思考を改めないといけないみたいですね」
「貴方の毒舌にはもうなれたつもりだったんですけれど、俺に恨みでもありますか?」
「なかったら貴方などに毒舌など使いませんよ」
そもそも初対面の時からこの人は毒舌だったはずだと内心思った。口にだしたらおそろしいことになりそうな予感がする。
「まぁまぁ、貴方もほどほどにね」
「わかりました。お嬢様の頼みとあらば仕方ありません」
きっとこの人の頭の中の優先度は相馬<自分<エイレーネ(主)みたいな図式が成り立っている。
苦笑しようとして相馬は気づいた。
視線の先に誰かいる。
街灯の電球がきれて機能していない暗闇のところに誰かがいる。それに気づいたのは相馬だけではない。
「お嬢様、動かないで下さい」
エイレーネを守るように前に出たメイドはスカートをめくりあげるとそこから数本のクナイを取り出す。このメイド、本当に何者なのだろうか。
暗闇に目を凝らすと一瞬だけきらりと何かが輝いた。
「メイドさん!」
「っ!」
危険とメイドも感じ取ったようで暗闇から跳んでくる襲撃者の不意打ちを横に動いて避ける。
「刀っ!?」
相馬は息を呑んだ。
暗闇の中で襲撃者は銀色の輝きを持つ日本刀を構えている。
このご時勢に日本刀を持ち歩く事は難しい。真剣を帯刀する場合は許可証を肌身離さず持っていないといけないというのをニュースで見たことがあるので知っていた。だが、まさか刀を持っているとは思わなかった。
「・・・通り魔!」
学校の注意の呼びかけとニュースの内容が急にそこから浮上して相馬はつい叫んだ。何人もの被害者がでている。よもや刀で襲ってくるとは思っていなかった。
「・・・・え」
「どうした?」
彼女の漏らした声が気になって相馬は尋ねる。その間に事態は動いていた、メイドのクナイが日本刀を弾き飛ばして襲撃者の喉に刃をつきたてようとしている。
「ダメです!」
「エレネ!?」
「っ! お嬢様!?」
クナイの刃が襲撃者に当たる直前にエイレーネは後ろからメイドに飛び掛る形でぶつかる。二人ともバランスを崩してその場に倒れる。メイドは何故主がこんなことをしたのか戸惑いながらも上から教われないようにすぐに起き上がって彼女を守るようにしてクナイを構えようとする前でどさりと大きな音を立てて襲撃者は地面に倒れていた。
「二人とも大丈夫か?」
「私は大丈夫です。お嬢様は」
「うん、大丈夫・・」
「そうですか」
「とにかく警察に」
警察に連絡をしないといけないと考えてポケットから携帯電話をだそうとしたところで道を断つようにして二台の黒い車が現れた。
車のドアが一斉に開いてスーツを着た男達がぞろぞろと現れる。メイドさんはいつでも攻撃して逃げられるようにスカートの中に手を伸ばす。相馬はエイレーネだけでも守れるように身構えてた。しかし、彼らは三人を素通りして倒れている襲撃者を担ぎ上げるとなにやら周囲を警戒している様子。
「今のうちに我々はここから避難することにしましょう。これは厄介ごとのにおいがします」
「メイドさんに賛成」
「はい」
ひそひそと話してこの場から逃げようとした途端、ぶちっ!という音が周囲に響いた。
「・・・・・エレネ」
「ごめんなさい・・!」
足元に目を向けながらエイレーネは静かに謝罪をする。右足の雪駄が千切れてしまっていた。
PM20:55 横坂中央警察署
「本当にごめんなさい」
「別にエレネの責任ってわけじゃないだろ? 運がなかったそれだけだって・・・運が」
「ナイトさん、体から黒いなにかが見えるんだけど」
「気のせいだって、運のなさは前々から自覚してたからHAHAHA!」
半ばやけくそに叫びながら相馬ナイトは置かれている湯飲みのお茶を一口のみ、さっきまで熱くてのめなかったのだがぬるくなっていた。その横でエイレーネは申し訳なさそうな表情をしている。
ちなみにあの黒服の人達、実は警察の人間だったらしくて襲われた時の詳しい事情を聞きたいという事で小さめの会議室に案内されて二十分くらい待ちぼうけを受けている。職務怠慢かおいといいたいところだ。余談だがこの部屋には二人しかいない。メイドさんはお嬢様に何かあった場合に捕まると大変だからということで姿を消している。近くにいると思うけれど気配をまるで感じない。メイドの範疇を超えているのではないだろうか。
「一つ聞きたいんだけどいいか?」
相馬は湯飲みを机に置いてから隣のエイレーネに尋ねる。
「なんですか?」
「どうしてメイドさんがとどめをさそうとした時に止めに入ったんだ? 相手は刀を持っていた普段のお前なら無力化させることくらい反対しなかっただろう」
「・・・」
質問にエイレーネは俯く。どれだけ彼女が優しい人だろうと魔術師の家に生まれた者だから残酷な光景にはそれなりの耐性がある。
現に人が死んだ事に悲しむ事は合っても敵が襲ってきたら敵を倒す事を優先したりしている彼女が相手を無力化させようとしたのを阻止するというのに酷く気にかかっていた。
「よくわからないんですけど・・・あの人を攻撃してはいけないって思ったんです」
「わからないって?」
「彼女がクナイで襲撃してきた人を無力化させようとしたときに私の体を嫌な気配みたいなものが包み込んだんです。それの正体がなんなのかはわかりませんでしたけど、あのまま攻撃させてはいけない、と思って止めに入ったんです」
「それは一体――」
続きを尋ねようとした所で部屋のドアが開いて人が入ってきたので会話を打ち切る。
一般人の前で魔術関連の話をするのはよくない。
だが、相馬はドアを開けて入ってきた人物の姿を見て目を丸くした。
「は、芳養麻さん!?」
「久しぶりだな。相馬ナイト君」
そういって相馬達の前に座ったのはゴールデンウィークで起こった事件の際に知り合った刑事、芳養麻春人だった。
「隣の人とは初対面だったね。私は芳養麻春人、警視庁の刑事だ。早速だけれどもキミ達があの場所で目撃した事について話してもらえるかな?」
「あ、はい」
ここでは余計な事を言わない方がいいというアイコンタクトをエイレーネに伝えてから相馬は覚えている限りのことを芳養麻に伝えた、フォローする形で彼女が口を挟む事があった。メイドさんのことに関しては話しても信じてもらえないだろうと判断してはじめからいないことにした。
「成る程、あの後に私の部下が現場の検証をしたが残念ながらキミ達の話している凶器がみつかることはなかった」
「ということは誰かが持ち去ったという事でしょうか?」
「そういうことになるだろうね。学生をこんな遅くまで引き止めてしまって申し訳なかったね、車で送ってあげよう」
席を立つ芳養麻に続く形で相馬とエイレーネの二人は部屋から出て行く。警察署の外にでると二台の車が停車していて、それぞれの自宅に送るといわれて別々の車に乗り込んだ。
「今回の件だが他言無用に頼むよ」
「わかってますよ・・・もしかして今回の襲撃者も魔術関連ですか?」
相馬家へ向かっている道中、芳養麻の言った事に相馬は尋ね返す。
「そうかもしれないしそうでないかもしれない・・・はっきりいうと調査だよ」
「大変ですね」
芳養麻は警視庁の刑事だが花形部署の捜査一課というわけではない。彼の所属は警視庁公安部公安総務課第六公安捜査第11係、つまり公安の人間。
彼の所属してい総務課第六公安捜査第11係とは日本における魔術関連の捜査を目的としている。表で魔術と騒いだ所で科学が浸透しているこのご時勢、魔術だオカルトだと騒いだ所で誰も信じないし対処できるわけがない。
そこで11係は表でバカにされている事などを捜査している。ゴールデンウィークの時もユーリン・ノーランを魔術師が狙っているという事だから彼ら11係が護衛の指揮をとっていた。
「相馬君、もしもキミの周りでさっき話していたような刀を目撃したら我々に連絡してくれないか?」
「・・・さっきの話、信じてくれるんですか」
「確証があるというわけじゃないんだが、これは表沙汰になっていない事件なんだが」
芳養麻がいうには某国にてあるマフィアが全滅するという事件が起こった。地元の警察が駆けつけるとそこは悲惨という言葉以外見つかりようのないくらいの光景が広がっていたそうだ。
「壁一面が真っ赤だったらしい」
「え?」
それだったら別に問題ないのではないか?と思っていたのだがそれが間違いだったと芳養麻の次の言葉で相馬は気づかされる。
「人間の血液でべっとりと塗りたくられていた。殺された人達全員分の血液が壁や床を濡らして真っ赤にしていた事件、その少し前にマフィアが取引きで一振りの刀を入手していたという事が後の調べでわかった」
「まさか、芳養麻さんはその刀が、俺達が見たって言うものと同一だと考えているんですか?」
「なんともいえないな。襲われていた状況で冷静に観察できる人は少ない。鉄パイプを刀を見間違えた可能性もある」
違う、と相馬は口に出したかった。しかし、そうなると必然とエイレーネのことについて話さないといけなくなる。エイレーネは魔術師に連なる家系の娘であるということを芳養麻に話して大丈夫だろうか?
魔術師がこの街にいて普通に生活していますといっても信じないかもしれない。芳養麻を疑っているわけではないがどこか話してはいけないのが頭の隅に引っかかっていた。




