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フェイズ・ジョーカー  作者: ナイトレイド
つきのうさぎと魔法使い。
11/47

五月四日

???


「あー、やっとおきたねぇ?」


「ここは・・」


 白い空間の中に横たわっていた。


「ここにはもう来ないんじゃなかったのぉ?」


「・・・・好きできたわけじゃないさ、ところでなんで膝枕されているんだ」


「私がやりたいからだよ」


 起き上がろうとした相馬をフリフリのドレスを身に纏った少女が押し戻す。


 どこか幻想的な雰囲気の少女は無邪気な笑顔を浮かべている。だが、相馬はこの少女に好意をもてなかった。むしろ。


「やっぱりここにくる魔法使いは私に敵意を向ける」


「・・・・他の奴らなんてあったことがないからなんともいえないな」


 苦手意識しかない。


「まぁ、キミの敵意が一番低いからまぁだましかな」


「そうなのか?」


「うん」


「なんで俺はまたこの空間にいるんだ? 記憶が正しければこの空間に来るのは魔法使いになった時だけだったんじゃ」


 ここに一回だけ来たことがあった。その時に相馬ナイトは魔法使いとして目覚めることとなり目の前にいる彼女と話をした。あまりいい思い出とはいえない。


「キミ達にはいわなかったけれど、私の気分次第でキミをここに呼び寄せる事ができるんだ」


「・・・・それって、お前が俺をここに呼んだという事か?」


「そうだよ」


「なんで、呼んだ?」


「キミが護衛している人間の事について教えてあげようかと思ってね~」


「人間・・・・ユーさんのことか?」


「そうなのかな? 人間の名前って似たようなものばっかりだから覚えるの苦手なんだよねぇ、まぁ、その子だと思うけれど」


「ユーさんは普通の人間だろ? お前に教わるような事なんて」


「違うよ」


「は?」


「あの子、普通の人間じゃないよ。体内に特殊な術式がいくつも練りこまれている」


 少女は無邪気に残酷な事実について語り始める。


 ユーリン・ノーラン、旧姓ユーリン・コネフォの体には生まれた時から複雑な術式が埋め込まれており、それらの術式は彼女の体の成長と共に力を増長させていき、体全体に行き渡ろうとしている。


「もし、行き渡ったらどうなるんだ?」


「ただの祭壇になっちゃうだろうね。術式が体全体にまわったら感情とか思考が邪魔になってきちゃう筈だから徐々に蝕んでいくはずだよ? あの子の年齢からするとあと数年くらいすれば何も考えられなくなっちゃうんじゃないかな」


「そんな・・・・」


 ユーリンの笑顔が過ぎる。


 はじめてみるものを素直に受け止めて心から、純粋に楽しんでいる彼女が数年したら物言わぬ人形みたいになってしまう。


 彼女の顔から笑顔が消えるなんて。


 相馬の感情の揺らぎを知ってか知らずなのか少女はさらに告げる。


「だから、あの男は彼女を狙いだしたんだろうね」


「どういう意味だ?」


「キミに一撃与えたあの人間の魔術師は元々、彼女達を根絶やしにする為に動いていたみたいなんだけどねぇ。彼女にかなりのお金がかけられているとわかった途端。目の色かえ命を奪うことをやめて彼女そのものを手に入れようとしているみたいだよ」


「・・どうして!」


 理解できない、一人の女性を殺そうとする連中の事が、自分のために平気で他人を蹴落とせる奴らのことが。


「人間の勝手な都合だよ。キミだってわかっているでしょ?」


 半眼になって尋ねてくる少女に相馬は言葉を返せない。


「人間って生き物はいつも自分勝手で相手の都合や周りのことなんて何も考えようとしない。いつも自分、自分、自分、自分が全て第一の優先になってる自分の目的の達成の為なら周りのことなんかお構いなしだよ、あーぁ、これだから人間っていうのは」


「・・・・・・」


 少女は最後まで話すのをやめた。


 視線の先で相馬ナイトが無言で拳を握り締めている。


 俯いていて表情は窺う事はできないが怒りで染まっている事だろう。小さく少女は気づかれないように口の端をゆがめる。


 ゆっくりと足から色素を失っている相馬を見て微笑む。


「どうやらタイムリミットみたいだねぇ。そろそろもとの世界に戻る事になるよぉ」


「・・・・そうか」


「出来るならもうここに来ないで欲しいなぁ。キミがここで怒ると結構不安定になるからさ」


「・・・・・・」


「あ、意識を失っちゃったかぁ、にしても。キミといい、あの子といい、どうしてこう厄介な魔法使いになってしまうのかなぁ・・・・まぁ、面白いからいいんだけどさ」


 そういって少女は白い空間を見る。相馬のいた周囲だけいくつもの黒い亀裂が入っている。


 亀裂があるのが面白いのか少女はきゃはははははは!と無邪気に笑う。

























「させない!」


 男からユーリンを守ろうとリナイアスは小型拳銃を取り出して向ける。


 拳銃は掌サイズのものだが今の距離だと当たり所によっては致命傷になるだろう。


 だが、男は表情を変えずにいた。


「ふむ、キミの行動が理解できないな。何をしているのかな?」


「・・・・彼女を貴方に渡さない」


「家族がどうなってもいいのかな?」


 拳銃を持つ手が一瞬震える、そう、リナイアスは家族を人質にとられている。


 この男に逆らってしまえば家族がどうなるかわからないから指示に大人しく従っていた。


 けれど、


 リナイアスの脳裏にはじめてユーリンと出会った時、彼女の秘書として働き続けた頃の時間が蘇る。


――あぁ、嫌いだとかいいながら自分は彼女の事が好きだったんだなとリナイアスは悟る。


 だから。


「さっきまでの貴方の行動から私との約束は絶対に守らない、破る可能性が高いから私もそうするわ」


 目の前の男の言葉を信じない。その結果がどうなったとしてもだ。


「それで、彼女に許してもらえると?」


「許されるとは思っていない・・でも、これしか今の私に償える事だから。貴方みたいな嘘つきにユーリンは、友達は渡さない」


 男は小さくため息を吐く、そして杖を振り上げた。


 杖がリナイアスの手の甲を強く突く。


 衝撃と鋭い痛みで手が痺れて彼女は小型拳銃を床に落とす。


 落ちた拳銃を拾おうと手を伸ばすよりも早く杖が地面に転がっている拳銃を押し付けてそれを阻む。


「キミはもう少し利口だと思っていたのだがねぇ・・・・所詮、周りの人間と同じ愚か者という事か」


 杖先から炎をだして拳銃を溶かす。


 火薬と鉄の臭いが混ざり合った異臭が漂う。


「まぁいいさ。キミの言うとおり私は約束なんていうくだらないものを守るほど律儀な性格をしていない。首謀者としてキミには命を落としてもらう予定だったしね」


 杖先をリナイアスの喉に向けて男は笑う。


「といっても直接殺さない。ここに仕掛けている爆弾でそこに転がっている死体と一緒に処理する。そうすれば証拠もなにも残らないからねぇ」


 炎を止めて男は杖を下ろす。


「私が指を一つ鳴らすだけで周囲に設置してある爆弾が爆発する。

 キミは爆弾の設置を誤ってしまい死亡、そういうシナリオで世間に公表されるだろうね。死を確認したら花嫁をつれていかさせてもらうよ・・・・あぁ、その前に喋られないように喉を潰してしまわないといけないね。余計な事を話されると困るから」


 リナイアスは息を呑む。


――この男はなんといった?


 ユーリンの喉を潰す?彼女の声を潰すといったのだろうか?

 ありえない。そんなことをしていいわけがない、とリナイアスは顔をゆがめる。

 彼女の歌は天使の声といっても過言ではない。そんなものを潰してしまおうなんて考える男の思考が理解できない。理解したくもなかった。



「人でなし・・・・!」


 だから、彼女は叫んだ。


「なんとでもいえばいいさ。我々魔術師を普通の人間と一緒にしないでくれ」


 そういって男は指を鳴らそうとする。


 彼女は傍に居るユーリンだけでも守ろうと覆いかぶさる。


 こんなことをして裏切った自分が許されるとは思っていない。


 けれど、けれど、友人として彼女を守りたい。とリナイアスは行動した。


 こんな男に騙されてしまった償いになるかわからないけれど守りたい。


「(もしかしたら・・・)」


「リナ!」


――家族と同じくらい自分はユーリン・ノーランのことが好きだったんじゃないだろうか。


 危ないというのに裏切った自分の身を案じてくれる彼女の事が大好きだということに気づいていたらこんな結末にはならなかっただろう。


「(――だとしたら、私はとんだバカだわ)」


 小さく口元を緩めながらも彼女は願う。


――誰でもいいから。


――彼女を助けて欲しい。


――この絶望的な状況を壊してくれることを望む。



 叶う事のないであろう願いを祈る。















「―――ふざけんな」


















 男が指を鳴らそうとする瞬間、彼らの間を何かが通り越した。


 目で追うとそれは客席の椅子だった。


 だが、それはありえない。


 客席の椅子は動いたりできないようにボルトで地面に固定されているからだ。では、何故?と男が考えていると壊れた椅子の周りに漂う赤い粒子に気づく。


 赤い粒子は客席を覆い尽くそうとするかのように空から降り注いでいた。


 ゆっくりと無言の空間の中で小さな靴音がこつこつと響き渡る。


 ユーリンはゆっくりと顔を上げて自分の目を疑った。


 どうして、と声が漏れる。

 

 もう、いなくなってしまったと思っていた。


 なんで、


「・・・・・・・・ナイト君」


 炎の剣を受けて致命傷を負った相馬ナイトがゆっくりと歩いてくる。


 ふらふらとおぼつかない足取りで壇上の方へと来る。


 ぼたぼたと地面に血が流れ落ちて危ない状況だというのに、彼の瞳は怒気で揺れている。


 小さな声のはずなのに、ユーリンも、リナイアスも、魔術師も彼の声を聞き取れた。


「絶対に消させない。アンタの自分勝手な都合で彼女の歌声を消させるなんて事は・・絶対にさせない」


「ふむ、どうして生きているのかはわからないがあまり図にのらないほうがいいよ。そうしていると私の弟子に」


「・・殺されちまうぜぇ!」


 言葉を途中から繋ぐようにして相馬の背後から独特はファッションの男が炎を手に纏って仕掛ける。


 どこかスローモーションのように迫る炎をみていたユーリンとリナイアスの前でおかしなことが起きた。確実に貫かれるはずだった炎が途中で消滅してしまう。


 その場で回転するように動いた相馬の拳が独特のファッション男の頬を貫く。


 変な声をあげて、口から唾液を撒き散らし床に大きくバウントして動かなくなった


「雑魚に構ってる暇はねぇ。引っ込んでろ」


 赤い粒子を纏っている拳を地面に向け、相馬は目の前の男を睨む。


 さっきまで傷が深くて体を丸めるようにして歩いていた。だが、上半身を起こしてこちらにやってくる。


 相馬が体を起こした時にリナイアスは気づいた。


「(傷が・・・・なくなってる?)」


 焼け焦げて破れている制服の隙間の向こうには炎剣によって刻まれた傷がないといけないというのにどういうわけか彼の体には傷一つなかった。


 元々、炎剣が通らなかったと考えたがすぐに違う!と否定する。


 彼の口元には少しだが血の流れた跡が残っている。怪我をしていたのは間違いなかった。


 ならば、これはどういうことだろう?と疑問に頭が支配される。


「貴様・・・・一体」


 男は相馬の力に得体の知れない恐怖を感じているのだろう。杖をつきながら後ろへと下がっていく。


 咄嗟にユーリンを盾にしようと手を伸ばそうとするが、素早く相馬が割り込んで阻止する。


「一体・・なん」







「――ただの人間だよ」











 赤い粒子が舞っている中で小さく呟く、ただの人間。そう自分はただの人間だと言い聞かせるように相馬ナイトは目の前の男を睨む。


 漆黒のコートの中にダークグレーのスーツを纏った初老の男。片手に杖をついている。


 男の服装などを確認しながらも内に秘めた感情は噴火寸前のマグマみたいに煮えたぎっている。けれど、意外と頭の中は冷静だった。


「ユーさん、ケイオスさん、大丈夫?」


「・・・・え」


「貴方・・・・どうして」


「怪我とか・・してない?」


 重傷であるはずの相馬が動いている事に二人は動揺を隠せないでいた。


「その様子だと、怪我してないみたいだね・・・・よかった」


 心の底から安心しているみたいで、彼は微笑んでいる。


「う、うん・・」


「二人とも急いでここから避難して、外に出たらきっと芳養麻さんが異変に気づいて動いているはずだから彼のところにいけば安全だからさ」


「・・な、ナイト君は!?」


 にこりと相馬は微笑む。


「俺は大丈夫だよ。それにユーさん達がいたら俺も本気でアイツを殴り飛ばせないからさ。逃げてくれると助かる」


「死なない・・・・よね?」


 ユーリンは心配だった。さっきまで重傷でぴくりとも動かなかった相馬ナイトがこれからあの男を戦おうとしているのがわかったからだ。


 もしかしたら命を落としてしまうんじゃ?また遠くにいってしまうのではないかという不安があった。


 それに気づいた相馬はにこりと笑うと彼女を安心させる為に彼女の手をしっかりと握り締める。


 太陽のような温もりがユーリンの手に伝わってきた。


「約束する!死ぬなんてことはないよ」


「逃がすかぁ!」


 男が激昂し炎が水を得た魚のように爆発的に燃え出して三人に向かって襲い掛かってくる。


「ナイト君!」


 危ない、とユーリンが叫んで炎に当たらないように突き飛ばそうとするけれど、にこりと笑って彼女の手を握り締めたまま。


「だいじょうぶ」


 そういって飛んでくる炎を片手でなぎ払う。


 なぎ払われた炎はまるで元からそこに存在しなかったように消滅する。


「凄い・・・・」


「でも、出口が」


 ユーリンとリナイアスの二人が炎が消えたことに驚いていたが、彼らに襲い掛かった炎とは別のものが一番近くにあった出口を壊して塞いでしまった。


 これでは逃げる事ができない。


 どうするか相馬が考えようとするとそれを遮るように魔術師の怒声がホール内に響き渡った。


「貴様・・・・何者だ!」


「さっき名乗っただろ? ただの人間だって、そうだな強いて言うなら相馬ナイト、それが俺だ」












 相馬ナイトは魔法使いだが自由に魔法を使えるというわけではない。


 彼が魔法を使うにはいくつかの条件がある。


 その一つとして瀕死になるほどの重傷を負わないといけない。


 どうしてそういう条件なのかはわからない。


 いや、覚えていないというのが正しいかもしれない。けれど相馬はそれでもいいと考えている。


 力があるというのはありがたいと感じる。


 こうして。


「ムカツクヤツをぶっ飛ばせるから」


「何を言っている・・・・貴様、私の弟子を一撃で殺すとは魔術師か!」


「・・・・違う」


 相馬は否定する。


 自分は魔術師じゃない、と。


「魔術師とかそんなのどうでもいい。俺はただ・・」


 拳を握り締める。


 それだけのことなのに男は周囲に凶器をつきつけられたような顔になった。


「――てめぇを殴り飛ばしたいだけだ!」


 叫ぶと同時に地面を蹴り男へ向かう。


 男は戸惑いながらも掌に炎の刃を作り出して投げた。迫る刃はそのままいけば自分の体を上下に分断してしまっていただろう。


 だが刃が当たる直前になって消えた。薄く残った炎が服の表面に当たるだけだった。


 消滅すると同時に相馬の速度が上がる。


 どういうことだ?と冷や汗を流しながらも男は次の攻撃手段に移る。


 距離が詰め寄った所で指をぱちんと鳴らす。


 瞬間、相馬が踏み出そうとした床が爆発を起こした。


 それがトリガーとなって周囲に設置しておいた爆弾が次々と起動する。


 連続爆発。


 一発を避けたとしても連続で発動する爆弾によって確実に相手を負傷させることが可能だ。


「これで終わりというわけじゃないぞ!」


 連続で指を鳴らすと包囲するように小規模の爆発が連続で起こる。


 爆発の起こった周囲が土煙で覆われて視界が悪くなってしまうが気にする事ではない。


 男には絶対の自信があった。


 見えざる爆弾〈インビジブルボム〉は無尽蔵に存在する。ここに来る前にいくつも設置してあるし指一つ鳴らすだけで起動、五秒と満たないうちに爆発する。


 相手がまだ動くというのならまた起動させるだけ。


 どのくらいの人間が巻き込まれようと関係ない。


 自分の目的が達成されればいいのだから。


 設置した爆弾の被害が自分に来ないように安全圏を作っているから被爆する心配もない。


 だから。


「この程度か?」


 だから、自分の思い通りにならない存在に腹が立つ。


 土煙の中から全くの無傷で姿を見せた姿に戦慄すると同時に魔術師の中で激しい怒りが唸り声を上げて思考が一色に染まる。


 許せない。


 自分の計画をここまで狂わしたヤツが。


 思い通りにならない存在。


 全てを狂わせる存在が憎い。憎いならばどうするか?答えは簡単だ。


「こういう流儀に乗っ取る主義は昔から持ち合わせていなかったのだがなぁ・・」


 引きつった笑みになって男は杖を地面に強く叩きつける。


 魔術師は死闘を繰り広げる時に自分の名を名乗るという古いしきたりが存在する。


 上級の力を有する魔術師はやっているが男のようなしきたりや伝統に興味のないものは皆無。だが、男がそれでも名乗ったのは目の前の存在に敬意を表したわけでも好敵手と認めたわけでもない。


 肉片も残らず殺してやるという純粋な殺意、激しい憎悪からくるものだ。


 故に男は名乗り、問う。


 殺すべき相手の名前を。


「私はカルロッソ・エホーファ! 爆散魔の魔術師である。餓鬼!殺してやるから名乗れ!」


「・・相馬ナイト、日本人だ」


 相手の流儀に付き合う必要はないというのに相手が名乗った事に失笑を漏らしてしまう。


 さすがはサムライスピリッツというものをもつ日本、礼儀は忘れぬということか。


「そうか。では」


 死闘開始だ。炎の刃を形成して叩きつける。


 叩きつけようとしたが相馬の顔に到達する直前で消滅してしまう。


 さらに速度のあがった相馬は地面を蹴って男の間合いに入り込もうとする。


 ボン!と小さな爆発がいくつも起こって咄嗟に動きを止めた。それが失敗だった。


「なっ・・・・!」


 地面に亀裂が入ったと思ったら相馬の足元が陥没して崩れ落ちた。


 さっきまでの爆発はこのためにあった。


 まさか地面が陥没するとは思っていなかったようで驚いている顔をしているのがカルロッソには楽しくて仕方がないのだろう。


 彼は笑った。


 落ちた相場をあざ笑う。


「そして、そこには大量の爆弾が設置してある」


「っ!?」


 息を呑む相馬を見下ろしながらカルロッソは話す。


 この部屋の下は小さな物置き場になっていて舞台で使われる椅子や機材などが沢山しまわれている。


 かなりの数の爆弾が設置されている。全てが爆発すれば企業ビル一つなど簡単に倒壊できるほどの威力だ。


 勿論、壁の周囲には強化魔術を施しているから全てが爆発したとしても部屋は壊れない。壊れないが中にいる人間は跡形もなく消滅するだろう。


「所詮、無知識の餓鬼だったということだ。跡形もなく消し飛ばしてやる」


「ッ!」


 相馬は地面に体が叩きつけてしまった時の痛みを無視して体を無理やり起こし地面を蹴る。普通の人なら助走無しのジャンプで数センチか十センチがやっとだ。


 だが相馬ナイトは普通とは違う。


 まるで漫画にでてくるヒーローのように地面を蹴っただけで上に飛びついた。


 戻ってきた所で目を見開いてみている魔術師の姿が見えた。


 信じられないとその目は語っている。


 自分もだよ。と心の中でいいながら相馬は指を鳴らそうとしているその手の上に自分の手を置く。 


 何度も爆発をその身に受けているから起動スィッチが指を使う事に関係があることはなんとなくわかった。だから。


 ぐしゃりと躊躇いもせずに相馬はカルロッソの手を握りつぶした。骨を潰す感触が気持ち悪い。


 声にならない叫びを上げて地面に崩れ落ちるカルロッソは片方の手で炎の剣を形成して放つ。


 後ろに跳んで避けた相馬は着地すると同時に前に走る。


 もしかしたらまだ何か爆弾が残っているかもしれない。


 そんな気がしたがいつまでも攻撃を受けているわけにはいかない。自分の力には制限時間が存在する。それが刻一刻と近づいてる。


 相馬の力は魔力を喰うことだ。


 喰うというのは文字どおりの意味で魔術師が術等に混ぜ込ませていたり空気中に流れている魔力を取り込み。喰らうことで相手の力を無力化し自分の力が増す。


 強奪というのが正しいかもしれない。



けれど欠点がある。



 “喰らう”ということはいつか“満腹”になる。


 満腹になったら力が使えなくなる。致命傷を受けた事でスィッチが入り、相手の魔力を喰らうことで力が段々と強くなるが満腹になったらそこで試合終了を意味する。


 力も止まるし魔力がきたところで吸収もしない。


 数分間の無敵状態、相馬はこの力が好きじゃなかった。


 力を使うのにいちいち致命傷にならないといけないから血液は減るし痛みは残る。


 着ている服は戻ったりしないからボロボロになって新しいものを買わないといけなくなる。


 現に歩くたびに傷口があったところの痛みが走って気持ち悪いことこのうえない。だが、


 相馬はこの力が好きではないが別に嫌いというわけでもない。


「い、いいのか! 私を殴ればここに設置してある爆弾全てが起動してここを木っ端微塵に吹っ飛ばすぞ!」


 震える声で命乞いみたいな警告をしてくる魔術師の顔は恐怖で歪んでいた。


 数分間の力。


 どんな状況だろうとたった少しの時間で覆せる力。


 この力のおかげで今まで酷い目にもあったがそれと同じくらいあってよかったと思うことが多い。


 大きな力は身を滅ぼすという言葉があるけれどそれは使う人次第だと考えている。


「き、聞いているのか!? そ、そうだ! と、取引きをしないか? ここで私を見逃してくれたらお前に一生遊んで暮らせるほどの金をやる! そしたらあんな女を守る理由などなくなるだろ? お前も金目当てで」


 数分という短い時間、けど目の前にいる自分勝手なヤツを殴り飛ばすにはとても充分な時間――。










「―――いるかよ、ンなもん!!」













 右手を強く握り締めて足を前に踏み出して苦痛に顔をゆがめている魔術師にあらんかぎりの拳を叩き込んだ。


 相手の顎を砕いたような気もする、それぐらいで済んだことをありがたいと魔術師は思うべきだろう。


 大きな音を立てて地面に倒れて動かなくなった魔術師を見下ろす。ひゅーひゅーと呼吸音が聞こえている事だから死んではいない。



「くそっ・・・・」


 激しい疲労と残っている痛みで意識がぐちゃぐちゃになりそうなのを堪えて相馬はゆっくりと二人のいる場所に向かう。


 力はまだ使える。


 だから、やれることをやろう。


「ナイト・・・・君?」


「ユーさん、ごめん、少し痛い思いするかもしれないけれど・・我慢してもらえるかな?」


「なにを・・するの」


「俺さ、目の前で誰かが泣いていたり絶望しているのを見るのが大嫌いで・・でも、それと同じくらい」


――暴力を振るうのが嫌いだった。


 誰かと争うくらいなら逃げて逃げて、逃げ続けた。


 それが魔法使いになる前の相馬ナイト。


 でも、今は違う。


「譲れないものがあるときは戦わないといけない。そうすることで大切な、絶対に手放しちゃいけないものを守る為の力・・望んでいたわけじゃない、欲しいと思ったことなんてない・・」


 だけど、


「こういう時に嬉しく思うよ。わかっている残酷な事実を消す事ができるっていうのが・・だから、ユーさん」


 ごめんなさい。


 俺は、貴方の中にあるものを奪ってしまいます。


 それがどんな結果を生むかわからないけれど。


 でも、どうなるかわからないとしても、また、貴方の歌が聞きたいんです。


「ごめんね・・」

 

 相馬は彼女の額に触れて喰らう。











「ひぃひぃ・・・・こ、ここまでくれば」


 黒い煙が空にあがっている中、独特のファッションをした男が呼吸を整える為に立ち止まった。


 最初に相馬に殴られて意識を失った男だが、浅かったことで脳への衝撃が少なくすぐに回復した。


 師匠へ加勢しなかったのは相馬の放っていたプレッシャーに圧し負けたからというのと自分の身が危なくなる危険があった。


 自分をここまで育ててくれた師匠への恩はある。だが、それは自分の命を賭けてまで戦うほど深いものではない。


「しかし・・これからどうすっかな」


 ここまで成長したのはあの人のおかげ、仕事も全て、あの人が持ってきたのを命令どおりにこなしてきたから。


 今までどおりにはいかないだろう。


「くそっ、全て台無しじゃねぇかよ」








「安心しろよ。今日からお前も臭い飯くうことになるんだからよォ」







「あん?」


 振り返るとそこにはスーツを着崩した安倍彦馬が壁にもたれて男を見ていた。


「なんだ、てめぇ?」


「お前を捕まえに来た。悪いなぁ、お前も捕まえないと依頼報酬がおりねぇんだよ」


「あっ、そう・・なら」


 掌に炎を灯して安倍に向かって放つ。


「燃えちまえよ!そしたら金のことなんざ考える必要なくなるだろ!」


 目の前の相手は偉そうな態度を取っているけれど、どうせ雑魚だ。すぐに消える。


 そう考えていた男の思考は目の前で炎が音を立てて蒸発した事で間違いだと認識させられた。


「な・・どうなって」


「お前、ただの能力者か」


「だ、だったらなんだ!?」


「なぁに、簡単なことだ」


 ニタァと笑いながら安倍が男の前に降り立つ。


 いきなり現れたことで目の前にいる男の顔がホールで自分を殴り飛ばしたヤツの顔と重ねてしまう。


 悲鳴を発する暇もなく、男の額に札が張られる。










「ったく、能力者〈てめぇ〉みたいなのが魔術師〈おれら〉に勝てるわけがねぇだろうが【気絶しろ】」




 瞬間、男は悲鳴を上げることなく地面に崩れ落ちた。




次回で、つきのうさぎと魔法使いは終わります!

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