俺は嫌だな
伊東さんとのやりがい充分の練習を終えて、コウと共に帰路につく。
帰り道でコウに伊東さんの凄さを熱弁したのは言うまでもない。
「じゃあ、また明日な」
といつもの交差点でコウが私に手を振った。
私も同じく手を振る。
随分と暗くなるのが遅くなったので、部活帰りのこの時間でも割と明るい。
そして、家が見えてきた時、家の前に誰かが立っているのが見えた。
「大っ!?」
大に気づいて声を上げると、大が私の方に歩いてきた。
私も大への方へと歩いていく。
「おかえり」
大が笑顔で言った。
「た、ただいま…って何で家の前で立ってるの?」
と驚きを口にする。
「何でって…ちえを待っていたに決まってんだろ?部活行けないし、ランニングや筋トレも封印されてしまっているから、なんだか時間を持て余して…だから、ふとちえの顔でも見に行こうって思ったんだよ」
大の言葉に一瞬、ドキッとしてしまう。
でも、顔に出さないよう注意する。
「そっか…まあ、気持ちはわかるかも。練習出来ないのはストレスだもんね。でも、コウが聞いたら、今のうちにちゃんと勉強しろよって、きっと言われるよ?」
と大と私の家の塀に並んでもたれかかる。
「だろうな。でも、きっとちえよりはマシだぜ俺。ちえはこの前のテストどうだったんだよ?」
大が私に顔を近づけた。
すると、妙に意識してしまう自分がいた。
きっと、この前の大の行動のせいだ…
「…ちゃんと出来たわよ。補習は免れたし…」
と目を逸らす。
「おいおい、補習って…俺は全て平均点より上だったぜ。国語なんて90点だぞ90点!」
大がドヤ顔で言った。
「えっ…?何で…!?中学の時は私と同じく補習スレスレだったのに…なんでなんで?」
と狼狽える。
「斎藤さんに勉強教えてもらったんだ。だからだよ」
大の種明かしにどういう表情をしたら分からなくて、ついそっぽを向く。
「そっか…なんかズルい。じゃあ、私はコウか武田先輩に教えてもらおうかな…?」
大の方を見ずに言った。
「…いや、コウはやめとく。また、コウのクラスの女子に目をつけられちゃう…」
と付け加える。
「いや、武田先輩も駄目だろ。あの人にあんまり関わらない方がいいぜ」
大がそんなことを言う。
「…何それ?武田先輩への偏見?」
と大の方に視線を戻す。
「…そうじゃねぇけど、周りはそうは思わないし…ちえの家族も心配するだろ?それに武田先輩だって、その気がないのに勉強とか教えてくれって近づかれたら迷惑なんじゃないか…?」
大が私に説教じみたことを言う。
「…分からないじゃない」
私の言葉に大がえっ?となる。
「…私が武田先輩を好きにならないかなんて分からないでしょ?」
吐くつもりじゃない台詞が口から出た。
…自分は斎藤さんに勉強を教えてもらったくせに、私のことをとやかく言われたくない。
「…まあ、たしかにそうだ。それはちえの自由だな。悪かった…」
と大が謝る。
…なんで謝るのよ?
と仏頂面を浮かべた。
少し沈黙が流れる。
私は大とこんな話がしたかった訳じゃない…
…ないのに何やってんだろ私。
「今日、伊東さんと練習したよ…」
と頑張って話題を変えた。
「そうなんだ…また、コウが頼んでくれたのか?」
大の問いに首を横に振る。
「ううん…伊東さんが予選優勝のご褒美にって練習に付き合ってくれたの」
私の報告に大が驚く。
「へぇー、あの伊東さんが自分からちえの練習に付き合ってくれるなんてな。剣道部に入ってくれるのも時間の問題かもな?」
「ううん、私がインターハイで優勝しないと伊東さんは入ってくれないと思う」
伊東さんは条件を達成せずに妥協する人じゃない。
「そうなのか?コウが主将になるし、伊東さん喜んで剣道部に入るのかと思ってた」
大の言葉に反応する。
「えっ、コウが主将になること聞いたの?」
「ああ、山崎主将にコウを次の主将に考えているが構わないかと聞かれた。たしか、ちえももう知っているんだよな?でも、主将があんまり周囲に言うなって言ってたぞ。特に沖田があちこちに言わないか心配だってさ」
大が私に言った。
…たしかに自分自身でもそう思う。
「分かった…気をつける」
と頷いた。
「大はコウが主将になることには賛成なの?山崎先輩が大のことを気にしてたから…」
この前、山崎先輩に言われたことを思い出す。
「ああ、賛成だ。主将のことはコウが選ばれても、嫉妬なんてないさ。ただ、試合とち…べ、別のことは譲れないけどな」
大が咳払いをした。
「ふーん…」
やっぱり試合では負けたくないようだ。
そりゃ、私だって二人には負けたくない。
「…なあ?ちえは俺と斎藤さんが仲良くしていたら嫌か?」
唐突に大が変な質問を私に投げかける。
「な、何…?い、嫌じゃないよ…!別に嫌じゃない」
とテンパる私がいた。
…突然、何を言い出すのよ!?
「…そっか。でも、俺は嫌だな」
大の返事に「へ?」となった。
「ちえが原田や武田先輩と仲良くしていたら…いや、一番はコウかもしれない。アイツだけには絶対に負けたくない…」
大の突拍子もない台詞に頭が真っ白になる。
「…何が?」
恐る恐る大の顔を見て訊ねた。
「…ちえのことだよ」
大が恥ずかしそうに呟いた。
その瞬間、顔が熱くなる。
「…じゃあ、俺そろそろ帰るわ。また、明日な」
と大が逃げるように私から去っていく。
私は家の塀にもたれかかったまま、その後ろ姿を呆然と眺めていた。
…えっ、何?どういうことなのそれ…?
と週末は大事な試合だというのに、私の心は凄く掻き乱れていた。




