EP 4
「絶対音感?いいえ、絶対殺傷音痴です」ヤンデレ兎姫の絶唱と、店長のプロテクト撫で
ルナミスキング(ルナキン)の朝食バイキング会場は、かつてない緊張感に包まれていた。
「あー、店長様、今日も美味しいハンバーグをありがとうございますわ! やっぱり店長様が選ぶお肉は格別ですの!」
「……お、おう。ルナミスデパートの特売肉を、タローマン製の熟成機で管理してるだけなんだがな」
芋ジャージ姿のリーザが、トーヤの膝の上にちょこんと座り、ハンバーグを口に運んでもらおうと可愛らしく口を開けている。彼女のアイドルとしての「プロ意識」が、トーヤという新しいパトロンに最適化され、完全に懐ききっているのだ。
だが、そんな甘い空気は、トーヤの背後に漂うドス黒い殺気によって、ものの見事に粉砕されていた。
「……店長。さっきから思っていたのですが」
キャルルの耳が、ピクンと警告音のように逆立つ。彼女の瞳からは、先ほどまでの愛らしさが消え失せ、代わりに獲物を狙う獣の冷徹な光が宿っていた。
「私のヒモである彼女は、なぜ店長の膝の上に座っているのですか? アイドルなら、もっとこう……謙虚に、床に座るべきでは?」
「あらキャルル、それは嫉妬ですの? でも、プロデューサーの膝の上はアイドルの特等席。譲るわけにはいきませんわ」
二人の間で火花が散る。テーブルに置かれたサラダのレタスが、緊張のあまり萎縮して茶色くなるレベルだ。
トーヤは胃薬を流し込みながら、必死に中立を保とうとする。
「おいおい、店内で争うな。お前たち、いい加減に……」
「……分かりました」
キャルルが、ふっと冷ややかな笑みを浮かべた。
「では、私も店長に『最高の時間』を提供します。私の歌で、店長の心を癒してみせますわ」
「え、歌?」
トーヤが嫌な予感に顔を歪めるより早く、キャルルは「とぉっ!」と跳躍し、空いたリーザの隣のスペース(みかん箱の上)に舞い降りた。
彼女の歌唱力は、第一章の激戦ですら、その威力を目の当たりにしていない——というか、本編では意図的に封印されていた。
「私の本気のステージ、ご覧ください!」
キャルルが大きく息を吸い込み、堂々と歌い始めた。
『♪〜〜〜〜っ!!』
「……っ!?」
トーヤの脳内に、衝撃が走った。
それは歌声というよりは、物理的な『音の塊(衝撃波)』だった。
音程は宇宙の彼方へ吹き飛び、リズムはカオスを極め、その声量は防弾仕様の壁を振動させるほど。
店内のグラスが次々とひび割れ、ルナキンの備品がガタガタと悲鳴を上げる。
「ちょっ、キャルル! 声が大きい! 備品がッ!!」
「いいえ! もっと歌いますわ! 店長に私の魂を届けるためにッ!!」
『♪~~~~~~~~~~っ!!』
「ギェェェェェェェェッ!!」
「耳がッ! 俺の耳がぁぁッ!!」
周囲の客たちが次々とテーブルの下に潜り込み、フェイトに至っては「俺の耳を……俺の唯一の聴覚を返せ……!」と泡を吹いて気絶した。
まさに『絶対殺傷音痴』。彼女の歌は、聞く者を物理的に破壊する兵器と化していた。
「(……まずい、このままじゃルナキンの営業許可が取り消される!)」
トーヤは咄嗟にタローマン製の工業用イヤーマフ(遮音性100dB)を自身の耳に装着し、さらに予備の耳栓を店内全員に投げ込む、という高度なクレーム対応(防衛戦)を開始した。
「おいキャルル! ステージは終了だ! お前は広報じゃなくて……いや、破壊工作員だったのか!?」
「ひどいですわ店長! 私、店長のために練習したのに!」
キャルルが歌を止めると、店内は瓦礫の山と化していた。
放心状態の店長(ルナミスキングの責任者)が、震える手で伝票を書き込んでいるのが見える。弁償代だけで、タローマンの在庫を半分売る羽目になりそうだ。
キャルルは、自分がトーヤの期待に応えられなかったと思い込み、みるみるうちに瞳を潤ませた。
「……ごめんなさい、店長。私、アイドルとして……いえ、相棒として失格ですわよね……っ」
彼女のウサギの耳がしゅんとしぼみ、今にも泣き出しそうな表情で俯く。
トーヤは、崩れ落ちたテーブルの破片を片付けながら、キャルルの元へ歩み寄った。
「……失格なわけがあるか」
トーヤは、キャルルの前に立ち、彼女の華奢な頭をゆっくりと撫でた。
「お前は、この村の警備チーフだ。お前が歌ったのは『魔物の侵入を防ぐための戦い』の最中だったし、今お前が歌ったのは……まあ、その、俺に対する『愛の形』だったんだろ?」
「……え?」
「お前は歌わなくていい。お前はお前のままで、俺の背中(防弾チョッキの裏)を守ってくれればそれでいいんだ。……一番の相棒は、お前だ」
トーヤの温かい手と、不器用で真っ直ぐな言葉。
キャルルの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。それは嫉妬の炎が溶け出し、愛おしさへと変わっていく清らかな涙だった。
「……店長……っ!」
キャルルがトーヤに抱きつき、その胸に顔を埋める。
トーヤは「やれやれ、今日はもう踏んだり蹴ったりだ」と苦笑しつつ、キャルルの背中を優しく撫で続けた。
その時、店内の壁に設置されていた『村の防衛システム』が、けたたましい警報音を鳴らした。
『警報! 警報! 村の北側、防壁に異常な魔力反応を感知! 複数の死蟲機、および……不明な巨大反応を検知しました!』
「……またか」
トーヤの瞳から、安らぎの光が消える。
抱きしめていたキャルルを離し、再びタローマン製のメガホンを手に取る。
「キャルル、フェイト、リーザ。……業務終了だ。ここから先は、俺のシフトだ」
トーヤの顔は、もう「社畜店長」ではなかった。
村の住人たちを、そして何よりも自分を信じてくれる仲間たちを、理不尽なトラブルから絶対に守り抜くと決めた——『防衛チーフ』のそれだった。
「行くぞ。俺の店に、勝手に乗り込んできた悪徳クレーマーを、完璧な形で排除(お帰り)させる!」
静かな決意を胸に、トーヤたちはルナキンを飛び出した。
第二章のクライマックスを告げる、新たな戦いの鐘が鳴り響いていた。




