第20話 新しい画廊で春を待つ
春先、北辺新画廊の開館日。高窓から差し込むやわらかな光の中で、母クララの婚礼肖像は本来の名と本来の額縁で壁へ戻された。
隣にはノルトハイム公妃の肖像。二枚の絵のあいだには、母たちが交わした手紙の複写が静かに置かれている。表ではなく裏面を信じた二人の女性が、ようやく同じ壁へ並んだ。
「綺麗ですね」
私が呟くと、ルーファスが隣に立つ。
「ああ。ようやく、正しい場所に戻った」
新画廊の最後の空き壁には、まだ一枚だけ絵がない。そこへ置かれていたのは、あの肖像椅子だった。
「約束しただろう」
ルーファスが言う。
「今度は私自身のために座ると」
彼は椅子へ腰掛け、真っ直ぐ私を見る。その視線に、以前のような閉ざした冷たさはない。
「だが、ただ肖像を描かせるだけでは足りないと思っている」
私は息を止めた。
「エルマ。北辺の画廊も、私の隣の席も、君に守ってほしい」
差し出されたのは豪華な宝石ではなく、修復したばかりの小さな額縁型の指輪箱だった。中には、母の百合紋とノルトハイムの狼紋を合わせた銀の指輪が一つ。
「はい」
答えた瞬間、胸の奥で長く張り詰めていた糸が静かに解けた。
壁から剥がされた記憶も、塗り潰された名前も、もう失われない。私は新しい画廊の真ん中で、春の匂いが混じる光を見上げる。今度こそ、自分の名で、自分の場所を飾っていけるのだ。




