第152話 『地獄の拷問』
トバイアスとの愛の時間を終えたアメーリアは町娘の遺体を細かく解体して屋敷の庭に埋めた。
作業をする彼女は終始笑顔であり、鼻歌すら楽しむ有り様だ。
そして血で汚れた手を水場で洗い流した彼女は立ち上がると、誰に言うでもなく声を発した。
「覗きは楽しい?」
そう言うと彼女はいつの間にか手に持っていた小石をある方向へと投げつけた。
それは鋭く宙を飛び、庭の建材置き場に立てかけられた木材の隙間を縫って、その間からこちらを覗いていた者の額に直撃した。
「うぐっ!」
くぐもったその悲鳴は男性のものだった。
手の平に収まる小さな小石とはいえ、尋常ならざる速度で飛んで来たそれを額に受けた相手はたまらずに昏倒する。
アメーリアは素早く駆け出すと、建材置き場を回り込み、その男が立ち上がる前に彼の前に立ちはだかった。
「ふ~ん。あなただったの。昨夜も覗いていたでしょう? ワタクシとトバイアス様の戯れを。年の割に枯れてないのね」
そう言うとアメーリアはその男性の胸を足で踏みつけた。
「ぐうっ……」
踏みつけられた男は起き上がれずに呻き声を漏らす。
それはトバイアスの屋敷で二か月前から雇われていた馬丁の老人だった。
馬の扱いに長けていて、性格も穏やかであり、勤勉な勤務態度で信頼を得始めた男だ。
「ゆうべトバイアス様がどうやってワタクシを抱いたかも、誰かに報告するのかしら? 密偵さん」
そう言うとアメーリアは老人を強引に引き立たせてその腹に拳の一撃を食らわせる。
「うがっ……」
あまりの痛みに老人は気を失ってしまった。
そして次に彼が目を覚ますと、そこは屋敷の地下に造られている座敷牢の中だった。
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「起きなさい」
女の声が嫌に大きく聞こえて馬丁の老人はハッと目を開けた。
彼は両手両足を鎖で拘束され、牢の石壁に磔にされていた。
アメーリアは牢の内側にいて、牢の格子の外にはトバイアスが立っている。
アメーリアはその顔に満面の笑みを浮かべ、後方で見守るトバイアスはいつものように冷たく無表情だった。
「さて……楽しい拷問の時間よ。ご老人」
アメーリアはそれほど大きな口を開けず静かに喋っているはずなのに、老人の耳には妙に大きくその声が聞こえた。
そして薄暗い座敷牢の中だと言うのに、彼の視界はいやに明瞭だった。
壁際で煌々と燃えている松明の明かりが眩し過ぎるほどだ。
体全体を包み込む奇妙な感覚に老人はすぐに気付いた。
何か薬を盛られたと。
「うぅぅ……何を盛った?」
「へぇ。すぐ分かるんだ。密偵の経験が長いわね。あなた」
アメーリアはニヤリと笑う。
かつて砂漠島を統一したアメーリアは島内を探索中に偶然、遺跡を発見した。
そこは随分昔に以前の黒き魔女が祈祷に使っていた祭壇だった。
そしてそこには一巻きの書物が残されていたのだ。
中に記されていたのは薬と毒、そして人の神経に作用する麻薬など数々の薬物の精製方法とその効果だった。
これはアメーリアにとって授かりものだった。
その知識を得た彼女は麻薬で自分を信奉する狂信者たちを作り上げ、毒薬で邪魔者を消し去った。
彼女はこれによって真の黒き魔女となったのだ。
だが、その書物は不覚にも姉のアビゲイルに持ち去られて所在が分からなくなっていた。
その内容のほとんどはアメーリアの頭の中に記憶されていたので問題はなかったが。
「なら話が早いわ。あなたが眠っている間に、ある薬を飲ませたの。だから今あなたは全ての感覚が極限まで鋭敏になっている。ということは……」
そう言うとアメーリアは彼の手の甲を軽くつねる。
途端に耐え難い激痛を覚えて老人は叫び声を上げた。
「いぐあっ!」
ただ軽くつねられただけだというのに、手の甲を鋭い錐で串刺しにされたような痛みを覚えた。
それが盛られた薬の効果だと知ると、老人は恐怖に全身が硬直するのを感じる。
その様子を愉悦の表情で見つめながらアメーリアは言った。
「この状態で拷問されたらどうなるかしら。楽しみ。今日は色々と聞きたいことがあるんだけど、出来るだけ我慢してみせてね。すぐに喋られたら拷問の楽しみがなくなっちゃうから」
恍惚の表情でそう言うとアメーリアは拷問を始めた。
それから一時間、老人は声も枯れるほどに苦痛で叫び続けた。
「いぎゃああああっ!」
アメーリアによって両手の爪を次々と剥がされ、両膝の骨を拳で殴られ砕かれ、左右の鎖骨を握りつぶされた。
痛みのあまり顔は涙と涎でグシャグシャに汚れ、糞尿を漏らしたため座敷牢の中はひどい悪臭が漂うようになった。
トバイアスは思わず顔をしかめたが、アメーリアはそれすらも気にせずに老人を痛めつけていく。
「ひっ……ひっ……も、もう……許して」
老人はアメーリアが予想したよりも遥かに長く耐えた。
だが、いよいよ眼球にアメーリアの鋭い爪が突き刺されようかという瞬間に、ついに老人は音を上げて全てを話した。
自分を雇っているのは王国の第4王子であるコンラッドであること。
そして先日のトバイアス暗殺未遂事件で指示を与えたのが、コンラッドから要請を受けたダニア分家のクローディアだと言うこと。
そしてコンラッドが今、国境付近のある砦に駐留していることも。
それらを聞いたトバイアスは嘆息する。
「やれやれ。分家のクローディアか。また面倒な相手だな」
「殺しにいきましょうよ。トバイアス様」
嬉々としてそう言うアメーリアだが、トバイアスは首を横に振る。
「いや、まずはコンラッドだ。第4王子様に報いを受けていただこうじゃないか。俺の私兵を動かすぞ」
その言葉にアメーリアはわずかに不服そうに唇を尖らせるが、仕方なく頷く。
「分かりました。では……死兵を向かわせますわ。あれなら少ない数で砦を圧倒できますから」
死兵。
トバイアスは自分が発した私兵と同じ発音ながらまったく別の意味を持つ兵隊をアメーリアが使うことに気付き、その口の端をニヤリと歪めて笑うのだった。




