40,取引
俺は大きく息を吸った。
セイジは共犯者を求めているのか。
すでに何をするか、どうするか、決めているのだろう。
俺が、それに乗るか、そるか。
嫌なことが脳裏をかすめる。
「ねえ、私が拒否したら、あなたはどうするの」
こんな試すようなセリフ。きっとすぐばれるのに。
セイジはほほ笑む。
「あなたは、素直で、可愛らしい少女だ。
そして、とても危なっかしい。
ラルフがほっておけないのもよくわかるよ」
セイジが右手の平をかえす。
水があふれて、平皿のような形が作られた。
「少し、外の様子を見てみようか」
俺はその水かがみを覗き込んだ。
「魔力が少なく、出せる水量に限界があっても。
器用に使えれば、色々できるんだよ」
宙に浮く平たい水の表面がぽうっと光る。
上空から塔のてっぺんが映る。
徐々に下に降りていく。
人影が二つ。
セイジとレオンが対峙していた。
「なんで、ここに」
待っててと言ったのに。
「彼は君の仲間だね。
二年前の夜に君を助けた子だ。
彼がレオンかな」
隠しても仕方ない。
俺は素直に頷いた。
「そうか、あれが君本来の姿なんだね。中にいるのは本物のフェリシアだね」
では、と、セイジはもう左手の平も返す。
「もう一人はどうしているだろう」
木の頂点が見えた。
視界の始まりは空。ゆっくりと地に降りていく。
今度は地面が盛り上がり、土壁ができていた。
そこに背を当て、座り込んでいるのはラルフだった。
土壁の向こうには、ドリューが剣を構えて立っている。
「ラルフは、まだ実践経験がない。
ドリュー相手はきついだろうね」
右腕を抑えている。
衣服がところどころ赤く染まっている。
額から、赤い雫が滴り落ちていく。
ラルフが殺される。俺が殺されたように。
今度は目の前で、ラルフがフィーのように殺されるのか。
「助けてあげようか」
セイジがささやく。
「僕なら彼を助けられる」
優しい笑み。
「僕に協力してくれるね」
断れない。
ラルフが死ぬのを黙って見ているかどうかなんて。
「ひどい」
涙があふれそうになる。
「ひどいよ」
セイジの手が伸びて、目じりをぬぐう。
「どうするの、泣いている暇はないよ」
選ぶも何もないじゃないか。
「見てごらん。壁が壊れるよ」
音はなかった。
ラルフが魔力で作った土壁はあっけなく崩れる。
その瓦解する土くれの中から伸びた剣が、ラルフの背を切り上げた。
倒れこんだラルフの背。
衣類がじんわりと赤く染まる。
「早くしないと、殺されてしまうよ」
ドリューがゆっくりとラルフの元へ歩んでいく。
脳裏に、フィーの首が刈られる光景がよぎる。
あの時と同じだ。
遠く、見ているしかない。
黙って、殺されるのを見ているしかないなんて。
「……って」
「聞こえないよ」
「助けて……」
「じゃあ、約束だよ」
突然、ドリューが吹き飛んだ。
「僕は水かがみの向こうに魔法を飛ばすことができるんだ。
柔らかい風は移動に使え、鋭い風は刃になる」
もう一度、ドリューが映し出される。
今度は、彼の頭部を水が包んだ。
俺は目をそらした。
溺れ行く声も、もがく人の顔も、もう見たくなかった。
「終わったよ」
再び水かがみを見ると、ドリューがあおむけに倒れていた。
すでにその顔には生気はない。
「ラルフは……」
水かがみの映像が切り替わる。
背から血を流すラルフが倒れていた。
「助けたいか」
うなづくしかない。
「いい子だ。
助けたいなら、水かがみに手を触れてごらん」
言われるまま、触れる。
「水かがみがラルフの背に近づく。
君はいつものように、癒しを与えるといい」
傷ついたラルフの背。
伝わってほしい。
どうか、治りますように。
「光と、
時の……加護を」
ラルフの背が光る。
びくっと体が動いた。
彼に癒しを与えるのは2度目。
あの時も、俺を守ろうとして。
今回も、また。
「ごめんね」
ごめんね、いつも。
大変なことばっかりで。
ラルフが身を起こそうとする。
何があったとばかりに頭をふる。
無事でよかった。
俺は水かがみから手をはなした。
「……私は何をしたらいいの」
涙がはらはらと流れてくる。
セイジは少し驚いた顔をする。
「……君は、すっかり女の子になっているんだねぇ」
しょうがないなあという苦笑いを浮かべる。
「幼少期から育ってきたからだろうかね。
僕のように、成人した肉体に宿った者とは違うんだね」
セイジの腕が伸びて、俺を抱きしめた。
「ごめんよ。
小さな子をいじめるような真似をして」
この人は、なんなんだろう。
優しくなったり、冷たい死神になったり。
「君には、ここで僕を殺してもらいたいんだよ。
最後の司祭を始末するために」
最後まで、お読みいただきありがとうございます。
続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、
ブックマークや評価をぜひお願いいたします。




