39,過去
「初めて会った時から、君がフェリシアではないと分かっていたよ」
二コラは、今さっき人を殺したばかりに見えない誠実そうな笑みを浮かべる。
そばには命潰えた老人が、だらりと椅子にもたれているのに、気にも留めない。
その横を回り、近づいてくる。
怖い。
怖いのに、動けなかった。
足が動かない。
「フェリシアは火の魔法が得意だったんだ。
魔力も多い。質量の違いから魂そのものが違うことはすぐわかった。
もう、性格も違うし。行動もまったくちがうのだもの」
ふふっとセイジは笑う。
「ラルフとの関係なんて、ほほえましいぐらいだった。
もとのフェリシアは、仏頂面のラルフを避けていたからね。
二人が一緒にいる姿なんて想像もできなかったよ」
「あなたは昔のフェリシアを知っているのですか」
「ええ、僕こそがセイジ。
セイジ・ボールドウィン。
フェリシアの兄です」
あの赤茶けた髪をすもつ兄の魂を宿す、二コラの姿をしたセイジ。
彼は目を伏して、それから天井を見上げた。
人一人の命を奪って、平然としている。
なぜだろう。なぜ、こんなにも静かな物腰でいられるのか。
「ここは聖女の部屋であり、かつ、僕が殺された場所でもある。
元聖女の女性と、僕を含めた数人の白い粉をかけられた肉塊を生贄にしてね。
二コラは次元を飛んだんだ」
「元聖女って……じゃあ、母さんも」
殺されてしまったのか。
そして、目の前にいるこの人も。
俺たちと同じように。
セイジがこちらを向く。
冷淡なまなざし。
「君は、あの元聖女の子かい」
「ええ」
「元の名は」
「レオン。
レオン・エルファーと言います」
「では、レオン。
今から昔話をしよう。
君がレオンだった時、
何に巻き込まれたかを……」
☆
セイジは前の次元での出来事をかいつまんで聞かせてくれた。
要約すると、前の次元では宰相家と大臣家の対立は深まるばかりだった。
宰相家と王は改革によって振り上げた斧を下せず、大臣家の迫害を推し進める。
彼らは大臣家のもつ市井との癒着までも断とうとした。
それが大臣家の逆鱗にふれる。
没落の憂き目にあった中堅の貴族や教会もまた王や宰相家を怨んでいた。
中堅の貴族の残党は教会と手を組んだ。さらに敵の敵は味方とばかりに大臣家も宰相家の没落と王の交代のため手を組んだ。
その政変に巻き込まれ、フェリシアには王太子との婚約破棄が行われた。
フェリシアを守ろうと、外れの村にある別荘へと彼女を隠した。
大臣家の後ろ盾を得た元貴族と教会は強く、王は倒され、宰相家は没落した。
「僕も捕まって、白い粉の実験を受け殺された。
使用人だったラルフもあの時は屋敷で殺されてしまったんだよ」
「そんな……」
ラルフも殺されていたなんて。
屋敷にいる人たちもか。
「あれは凄惨だったよ。
最後には焼き払われてしまい、おそらく誰の遺体も残っていなかったろう」
セイジはポンと俺の頭に手を乗せた。
「君は巻き込まれただけだ。
貴族の抗争に巻き込まれただけ。
すまない」
魔法を習っていた時と変わりない。大きな手。
よくできましたね、となでてくれる。
あっさりと人を殺しながら、なんと暖かい手をしているんだろう。
「それでも、君がフェリシアとして産まれたことで世界が変わった。
本当に、よく変えてきてくれた。ありがとう」
「私は何もしてませんよ」
セイジが首をふる。
「君が産まれた時点から、流れが変わったんだ。
僕や、二コラが覚醒したのも君の誕生と同時。
この次元のすべての起点は君なんだよ」
セイジがほほ笑む。
賢そうで、穏やかで、そして、はかなげ。
こんな瞳、覚えている。
血がつながらないのに似ている。
哀し気な目。
「今は、大臣家が中立を保っている。
王と宰相が君とアリアーナの関係を尊重している。
君が聖女であることが判明し、二コラのターゲットも変わった。
誘拐される人も減り、白い粉の実験回数が激減した。
彼らも、不確かな実験をさけ、本物の聖女を手に入れる方向へと転換したんだ」
「私には、私がとった行動が良かったのか、悪かったのかもわかりません。
時には、悪い方向へ向いているような気さえしてきました」
セイジが頭をふる。分かってないね、とつぶやく。
「奪われる命の数が減った。
僕が奪うはずだった命の数を減らしてくれた。
それだけでも、本当に、ありがたいんだよ」
伏し目がちに床へと視線を落とす。
柳眉をかすかに曲げる。
苦しかったのかな。
「例の実験を中断できて本当に良かった。
自分が味わった苦しみを誰かに平然と与え続けなくてはいけなかったのだから」
この人も白い粉をかけられている。
あの痛みが体から消え去っても、どこかに刻まれているのかもしれない。
痛みを思い出すしならが、その痛みを誰かに与え続ける。
心が壊れそうだ。
もし眉一つ動かさず、司祭たちの実験に付き合っていたとしたら。
その痛みはこの人のどこにたまっていくのだろうか。
司祭を手にかけたのも、
過去の次元にてたくさんの人の命が消えていくのを見て、
最小の手段を考えてきた結果なのかもしれない。
手慣れたように、老人を殺したように見えた。
痛みをこらえながら、
何度も、繰り返し、イメージしていたのかもしれない。
「僕は司祭二人に加担し従順なふりをしながら、彼らの命を消す機会を狙っていたんだ。
一人目は終わった。
後は、最後の司祭を始末するだけ」
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