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村人だけど、わけあって追放令嬢を破滅から救うにはどうしたらいいか真剣に奔走することになった  作者: 礼(ゆき)
10万字版

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38,理想と死と

 塔のてっぺんは明るかった。

 四方に窓があり、そこから太陽の光があふれている。


 色彩豊かな模様が天井や壁、床にも描かれていた。


「すごい、きれい」


「ここは、聖女の部屋です。

 大切な儀式を行うために、聖女の力を増幅する魔法陣が描かれているんですよ」


 二コラが中央を指さす。


 一人の老人が椅子に座っていた。


 一目でわかる。


 俺はその老人に、不死を与えるために呼ばれたんだ。


「私は何も知らないのに、できるのかしら」


「呪文はこちらで存じております」


 二コラに導かれて、老人の前まで行く。


 二コラは老人の後ろへ回った。


 初めましてって言えばいいのかな。


 言葉に窮していると、老人の方が顔をあげた。

 しわだらけの顔をゆがめ、見開かれた目に涙があふれてきた。


 呻くように、「おおおぅぅ」と唸る。

 すがるように手を伸ばす。


 俺がそっと手をのばすと、その手をつかみ、額に俺の手を寄せ、さらに老人は唸った。


 不死というのは、それほどまでに大切なことなのだろうか。


「生きて、あなたに会えるとは思いませんでした」

 そう言い、さらに老人は俺の手にすがる。

「白い粉というまがい物にすがるしかない心細さは……」

 老人が子どものようにすがり泣く。


 迫りくる死とは、そんなにも恐ろしいものだろうか。


 殺された時の恐怖。死の恐怖とは、死そのものより、向けられた刃の切先や、助けたい人を助けられなかった悔恨、そういうものが俺には勝る気がした。

  

「どうして、そんなにも不死を求めるのでしょう」

 

 枯れた老人の手を撫でていたら、問いが口を滑り落ちた。


 あふれた涙を蓄えた老人の双眸が見開かる。


「不死を得ることで、あなたには何があるの」


 おおおぉぉ、おおおぉぉ。

 かすれた声で老人は唸った。

「おいたわしや、おいたわしや」

 俺の手を強く握る。握力はない。振りほどこうと思えば、すぐさまできるだろう。

「在野に下り、失われてしまったのですね」


 哀れな老人にしか見えない骨ばった手をそのまま俺の手の上で遊ばせる。


「俺は何も失っていないよ」


「この世界を正しい理想をもって導びこうという、古からの紡いできた命に、終止符を打たれ、このような赤子に変わり果てるなんて」


「赤子?」


「理想を失ったあなたは赤子同然。おいたわしや」


「理想とはなんなの」


 老人はさらに嘆く。

「信仰も消え失せ、理想も失う。

 悠久の時を連綿と紡いできたすべてと決別したような目。

 死は。

 すべてを絶つ死は。

 なんと、なんと、嘆かわしく、恐ろしいことか」


 理想も、信仰も、分からない。

 ただこの老人が、そんな凝り固まった何かと同化しているようだった。


 おもちゃを取り上げられそうになって、泣きじゃくっている子どもにしか俺には見えない。


「その理想や信仰は、何をもたらすの」


「幸福を」


「誰が」


「信仰と理想は、我々の、最上の幸福へと導く道しるべですぞ」


「幸福ねえ……」

 俺は天を仰ぐ。

 天井をめぐる流麗な文様を視線でたどる。


「信仰や理想なんてなくても十分幸せだからなあ」

 

 思い返せば、幸せって隣にある。


「俺がフェリシアに宿り、

 右も左もわからない世界にきて、

 村人だった記憶なんてまったく役に立たないし、


 女の子のふりするのも最初は結構大変だったよ」


 過去からの記憶はあっても、今を生きるすべは産まれてから学んだ。

 

「最初はお屋敷しか知らなかったけど、時期に友達もできたし。

 心配だった人も元気だって分かったし。


 それだけで十分うれしかった。


 自分が自分を想うより、ずっと強く想ってくれる人がいるのも……」


 大切な人たちと楽しく過ごせる中に感じる深い幸せに思いをはせる。


「白い粉をかけられると痛いんだよ。

 激痛で体がゆがむんだ。

 あれをされた子たちってすごくつらかったと思う。


 アリアーナはその激痛を思い出すと、今も苦しいかもしれない。


 子どもたちをうしなった家族は哀しんでいるだろう。

 家に帰せてあげれた子だって全員じゃないかもしれない。


 幸せに導くのに、どうしてこんな苦痛が必要かわからないよ。


 本当は不死なんか与えたくない。

 こんなに誰かを不幸にしたり、

 誰かを不幸だって見たりすることに俺はちっとも理解ができない。


 たとえそこに崇高な何かがあっても」


 天井から目を離す。

 老人の手を振りほどく。


 不死を与えない。

 人質がいなければ、そう断言しそうだった。


 老人は涙を流し、おいたわしやと繰り返している。


 老人の背後に立つ二コラがほほ笑んだ。


 両手の端でハンカチの角を持っていた。

 正方形の平面がこちらを向いていいる。

 白いハンカチが、二コラの指先からゆっくりと濡れていく。


 ハンカチを見つめていたら、

 指先をそっと立てて、

 静かにと示すように、しっと口元に立てた。


 俺は唾をのんだ。


 二コラは何をする気なのか。


 ぐっしょりと濡れたハンカチを老人の顔にかけた。


 老人が苦しみだす。もがき、顔に張り付いた布地を取り除こうと、指先をうごめかせ空をかく。


 布地からさらに水があふる。

 水の塊が老人の顔を包む。

 布地が水槽のなかで泳ぐ。

 もう遅い。

 両眼を剥いた老人は、空気を求めて口を魚のように動かしている。


 もがく老人が、目の前で水死した。


「水差し程度の水でもね、要は使いようなんだよ」


 微笑む二コラ。

 優し気な声。


 俺は数歩後ずさった。


「大丈夫。

 君を殺したりはしない。


 私の方が、裏切者なんだから。


 裏切るこの時を待っていたんだ」

最後まで、お読みいただきありがとうございます。


続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、


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