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村人だけど、わけあって追放令嬢を破滅から救うにはどうしたらいいか真剣に奔走することになった  作者: 礼(ゆき)
10万字版

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35,しょうがないやつ

 逃げたって、逃げきれるものではない。


 ラルフと一緒に勢い談話室を飛び出しておきながら、

 不本意にも確信する。

 逃げても無駄だ。

 俺は逃げれない。


 ラルフの腕を振り払っていた。


 談話室の扉を出て十歩も進んでいないだろう。

 建物の壁際で、俺は立ち止まった。


 振り向きざまに足を止めるラルフ。


「ごめん」

 口をついて出たのは謝罪だった。

「たぶん、逃げれない」


 この状況で、どこに逃げおおせる。


 今日という日をセイジは待っていたのだ。

 俺が屋敷から出てくる日。

 閉塞された学園に閉じ込める。

 校舎という箱に人質をとって。

 あの白い粉を使うと脅す。


 俺を望むように操るには十分だろう。

 幼い頃から見られている。

 どうしたら俺が動くかとちゃんと分かっている。


 体が震える。

 宿の夜に見た光景を思う。

 泣くことも、叫ぶこともできないまま、肉塊となり、転がり呻く。 

 アリアーナが体験した痛みはどれほどのものだったろう。

 子どもたちの苦しみはいかほどのものだったろう。

 他人の体験を軽々と理解できると言えるほど聡くもない。

 でも想像できる惨状は、地獄絵図。


 そして、初日から仕掛けてきた。

 俺たちは、自分たちが殺された2年後に事が起こると信じ切っていた。

 

「彼らが、思いのほか、急いでいるということを知らなかったんだな」


 ラルフを直視できず、足元に視線を移す。

 

「準備されていたんだ」


 ラルフは無言で、俺のそばに歩いてくる。

 その足の動きだけぼんやりとみていた。


「俺は、セイジの言うとおりにするよ」

 思わず、『俺』と使ってしまった。

 日常は『私』で通しているのに。

 事情を知るラルフだ。今更、おかしいと思うこともないだろう。

「いつも、守ってくれてありがとう」

  

 そう。いつも、そばにいてくれて。困った時も、寂しい時も、助けてくれて。


 ラルフにとっては、俺は出会った時から、フェリシアという女の子で。

 今もきっと、彼にとって、唯一無二の女の子だ。

 男が一人の女の子に尽くす理由は容易に想像がつく。

 それが分からないとしたら、元は男だったなんて言えないだろう。

 ずっと一緒にいて、分からないなんて言うほど鈍くも本当はないのだけど。

 賢く未来を見通しあきらめている相手に、報いるすべはない。

 気づいていながら気づいていないふりをし、鈍く知らないふりをするのがせめてもの応えのように思っていた。


 俺がセイジの望む通りにすると言えば、ラルフはひどく傷つく。


 自惚れのようであるが、それくらいにはラルフの想いは強い。

 だからこそ、

「責めないでほしい」

 誰を、

「自分を、責めないでね。ラルフ」


 あの舌打ちだって、逃げることしかできない自分に苛立っているんだろう。


 ラルフの両手が肩に触れた。

 そのままなぞるように背中に回る。

 身をかがめたラルフの肩に頬が触れた。


 知っている。

 ずっとそうしたかったんだろ。


 ラルフはかわいい。

 ラルフは良い子だ。

 掛け値なして、いい男だよ。


 俺も少しだけ手を伸ばして、ラルフの腰の後ろで自分の手を握った。

 レオンだったら身長差なんてないのに、フェリシアの体では、ラルフの大きさに包まれるようだ。


「2年前から、優しくなったのってさ。

 俺が元に戻れるってわかったからだろ」


「俺?」


「ああ、そこ反応するの」今の状況で一人称気にしてどうするのさ。「心の中ではいつも『俺』だよ。『私』って言うのは、表むきなんだ」


「無理してたんだな」


「まあねえ」


 この期に及んでも何も言わない。

 抱き合っても何も返さない。

 臆病者め。

  

 お仕えするお嬢様だから。

 貴族のご令嬢だから。

 王太子の婚約者候補だから。

 聖女だから。

 理由なんて上げたらきりがない。

 そのすべてに敗北を選択し、しっぽを巻いて逃げている臆病者。


 なのに、フェリシアのお願いには絶対に逆らえない。

 振り回されるのを、仕方ないとか、呆れた風を装っているだけ。

 その自分だけの立ち位置に満悦して終わる。

 

 心根では、フェリシアの手を取る以上を望んでいるくせに。

 双眸の奥に光る、瞳に宿す思惑。

 隠そうとしても、ちゃんと分かるんだよ。

 

 知っていて無視していた俺も俺か。

 

 本当にままならないやつ。

 レオンに戻っても、フェリシアのままでも。

 自分には望みがないってしっかりと理解している。


 結んでいた手を解く。

 ラルフの腕の中を少しもがけば、きつめだった腕の力が少しひるむ。

 

 その隙間をたどり腕を引き上げる。

 馬鹿なやつの頬を両手で包んだ。

 

 しょうがないやつ。

 

「猫になめられたんだって思えよ」


 真一文字に結ばれた唇をなめる。

 うっすらと目を閉じつつ、唇を触れ合わせた。


 一瞬だよ。ちょっとだけ触れただけ。

 

 唇を離しながら、目をあける。


 見開かれたラルフの瞳。耳まで真っ赤になって。

 

 今まで見たこともない間抜けな顔をしていた。


 そのらしからぬ年相応の表情が愛おしくて。

 思わず、ほほ笑んでしまった。

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