36,正体
力抜け、腑抜けたラルフの体を押しのける。
横をすり抜けるように前へ踏み出した。
「セイジ。
いるんでしょ」
建物の角から、兄と呼んでいいのかわからなくなった男が姿をあらわす。
「最後のお別れはすみましたか」
「そんなんじゃないわよ。
でも、あなたが私を連れていきたいところへは行くわ」
「お一人で」
「そう、一人で」
どういう理由で呼ばれてもかまわない。
知ったところで変化があるなんて思えない。
「フェリシア」とラルフに背後から呼ばれても、決めたのだ。
振り向くことはしない。
「だから、みんなにふりかけようとしている白い粉を取り払って。
誰も犠牲にならないと約束してくれないならば行かないわ。
レオンにも無駄な戦いはやめさせて。
あなたが私に何をさせたいのかはわからなくても、
私はあなたの言うとおりにするのだから」
「もの分かりが良すぎて拍子抜けしてしまいました。
もっと逃げて、追いかけっこでも始まるかと思ってましたから」
「逃げれるわけないじゃない。
こんな隔離された学園で。
人質もいる。
私に選択肢があるとは思えないだけよ」
☆
レオンもラルフも納得してはいなかった。
彼らの足を止めるため、ドリューが監視をする。
白い粉は誰にもふりかけない口約束はむすんだものの、学生はそのまま校舎に寝かされている。
俺が心変わりを確認すれば、すぐさま約束は反故にされるだろう。
セイジが「案内します」と先んじて歩く。
談話室へつながる校舎の裏門を抜け表門を出た。
学園の門へと続くまっすぐな道が広がる。
道の真ん中に、直角に伸びる一本道が伸びる。
セイジはそこで立ち止まった。ゆっくりと向きを変える。
「大聖堂へ向かうのね」
「ええ、塔の下に案内人がいます。
彼と共に上へ行ってもらいます」
「あなたも一緒」
「私は引き返します。
あの二人がおとなしく捕まっているとも思えません」
「それもそうね」
何やら今頃頭をひねって画策しているとも知れない。
2年も嘘をつき通していたわけだし。
本当に何を考えているか知れたものではない。
そして、どうしてか俺にとって都合の悪いとところで妙に息が合うのだ。
「具体的には私は何をしたらいいの。
塔へ登ればいいとはわかったけど」
「聖女の力の本質をご存じですか」
質問で質問に返される。
こちらが従順になっているからか、言葉遣いも丁寧になった。ぞんざいな態度も消えた。
それほどに聖女とは特別なのだろう。
喉から手が出るほど求めている存在らしいし。
「聖女は癒しをあたえるのでしょう」
俺もろくなことを知らない。
本をなぞっても、呪文一つ覚えていない。
いつも唱えているのは、母さんの「いたいのいたいの飛んでいけー」みたいなもの。
光と時の加護があらんことを。
そう言って、手をかざしてくれる母さんの姿を真似ているだけだ。
「聖女の癒しの本質は、時を操る魔法です」
「ときって、時間のこと?」
セイジが頷く。
「聖女の癒しは、時間を戻すことにあります。
時折、平民にその癒しをもって畏怖を示し。
中堅の貴族には、金をもって若さと美を与える。
しかし、本来教会が保有する聖女の力は、
教会における経典、理想を体現するために、
悠久の時を生きる司祭のものです。
時をまき戻し、ケガや病気を癒す。
もう少し戻せば、若返りになり。
それをさらに繰り返していきますと、不死、の領域へといきつくのです」
「フシって」
「死なないということです」
「じゃあ、長い年月を死なずに生きているの。
あなたも……」
セイジは穏やかな笑みを浮かべ、肯定する。
「16年前に聖女を失いました。
最後の不死の施しを受けたのが私でした。
正確には私の前世の話です。
私はあなたと同じ次元を生き、
聖女の力が完全に消えたことを元聖女よりききおよび、
もう一度やり直すために、この次元へと戻ってきたのです」
「あなたも……」
同じ未来を知っている人。
「私の魂。
いえ、前世の名はニコラ・シャルトラン。
覚えておいでですか、
お屋敷であなたに魔法を教えた講師を」
二コラの魂が宿ったセイジ。速足の彼を追う。
私たちは大聖堂へ向かって着々と歩いている。
「歩きながらでいいので」
沈黙も嫌で、話しかけてしまう。
「そろそろきちんと教えてください。私のすることを」
「塔の上で、不死の施しを恵んでいただきたいのです。
塔には、二コラがいます。
彼と共に上まで行き、儀式を行っていただきたい。
今はそれだけですよ」
「あなたは来ないの」
「ええ、
お誘いはうれしいですが、
どうしても邪魔を入れたくないのです」
「レオンとラルフを警戒しているなら不思議だわ。
あなたのような人なら。
印象でしかないのだけど、自分で儀式を見届けたそうなのに」
そうですね、とセイジは肯定する。
「望むなら、十数年ぶりの尊い儀式を拝見したいところです。
しかし、だからこそ、けっして邪魔もいれたくないのですよ。
二コラに宿る魂は別人ですが、前世の記憶はないのです。
いくばくかの命を犠牲にし、こちらへやってきましたものの、やはり完全なる聖女不在の儀式でした故、中途半端なものだったのでしょう。
私が、記憶を残して転生できただけで良しとしておくべきなのです
二コラは私の過去の記憶も見知っているがために、私の分身のようによく働いてくれています。
我々の協力者も、過去よりずっと少なく、この機会を逃しますと、本来4人いた司祭も私一人となってしまいます。
こちらの都合で、急ぎ申し訳ありません」
「私の役目は、塔の上に行き、不死の施しを老いた司祭に与えること。
詳細は、そこにいる二コラが教えてくれるのね。
わかったわ。
だから誰も傷つけないで、それだけはお願い」
セイジが満足そうに微笑んだ。
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