23,王太子への違和感
「ラットレースになりますわね」
「なるな」
アリアーナと王太子が難しい顔をする。
「ラットレース?」
「ウィリーが婚約者を決めないまま、寮生活を始めてごらんなさい。
婚約者になりたい者は、けっして黙ってはいませんわ」
「それは王太子様にアプローチなさるということですか」
「どんぐりの背比べ。
けん制と足の引っ張り合い。
面倒ごとが起こるということですわ」
そんな仰々しく警戒することだろうか。浅い考えが顔にあらわれていたみたく。
すかさず「起こるのですよ」とアリアーナの厳しい一言が降ってきた。
「相手を落とせば自分も上がるような錯覚を持って生きている者がいるのです。
自分が選ばれないのは、誰かのせいだと思い込む者だってでるやもしれません」
「俺が、フェリシアでいいとしているのに、父上は何を考えているのか。
学園生活のもめ事や荒事を減らし、限られた時間を楽しみたかったものを」
学生たちの心や行動を乱さないよう。先んじて婚約者を決めた背景もあったのだろうか。
子どもだったフェリシアの目線では、計り知れないよな。
「まったく宰相家のご令嬢の一言を尊重されているように見えてしまうぞ」
俺の一言が動かしたのか。
10年ぶりに出会った愛娘。
母親に似て、美しく育っていた。
そんな娘からのお願いを聞き届けた。
そう解釈しても、矛盾はないかもしれない。
「おそらく、フェリシア。
君の風当たりが一番悪い。
本命が誰かなど皆が知っている」
「取り入ろうとするか、蹴落とそうとするか。どちらにしろ、それぞれの思惑が働きます」
女同士のいざこざに巻き込まれるのか。
それは嫌だ。嫌だが……殺されるよりはましというもの。
「そのぐらいどうと言うこともありませんわ。御心配には及びません」
俺は笑顔で返す。
「そのような些事、気にもなりませんわ」
婚約が先延ばしされたとて、殺される可能性は残っている。
だれがなんで命を狙ったのかまでは分かっていないのだ。
「気にならないのは君だけだ。
内定している令嬢が影で何をされるかわからないというのが気に入らない」
「お気になさらず。身に降りかかる火の粉ぐらい自分で払いますわ」
「そう言うな。
誰かが悪意ある行動をとれば、その行為を罰しなくてはならないのも俺だ。
立場上、行き過ぎれば、子どもの戯言では済まされない」
フェリシアだけでなく、そういう行為に走る令嬢まで気遣っているのか。
優しい、正義感のあるまっすぐな少年。
目の前にいるのはそんな純粋さを持っている。
この違和感はなんだ。
この王太子が、フェリシアを追放したのではないのか。
なのに今目の前にいる彼は、罰を与えたくない。そのような行為に走る者がいないように事前に手を打っておきたいと言っている。
おかしい。
フェリシアの主観からは、アリアーナの存在や人格、婚約者であったはずの王太子の内面までくみ取ることができなかった。
そもそも彼女は孤高であり、目に前の二人との接点も少なかったのかもしれない。
「そこで提案なんだ」
見つめていた王太子の視線が外れる。
俺の背後に向けられた。
振り向くと、ラルフが立っていた。
「従者君よ。試験を受け、学園に入るんだ」
「ラルフがですか」
大声と共に、椅子を背後に押し倒す勢いで、俺が跳ね上がった。
王太子の目線はラルフをとらえたまま微動だにしない。
「ラルフと言うのか。
今の話の意味が一番わかっているはずだ。
このお嬢様には、護衛が必要だ。
俺は誰か特定の人物を贔屓できる立場ではない」
ラルフと王太子の顔を交互に見比べる。
「俺だって、それを任せてもいい相手が誰かくらいわかるつもりだ」
ラルフが深く礼をした。
王太子が目を細める。
「宰相家には俺から申し伝えておく。
ラルフ、君は相当優秀だそうだね。
能力の高い者を重用するのに父上も宰相も異論はないんだよ」
口ぶりから、すでに根回しはおわっているのだろうか。
もしかしたら、ラルフの身辺も調査しているのかもしれない。
ただ者ではない。
なおさら、こんな人物が婚約破棄を宣言した理由が分からない。
手にぬくもりを感じた。
アリアーナの片手が俺の握りしめられたこぶしにそっと触れられていた。
「可愛らしい妖精は、守ってもらうのです」
アリアーナの深い闇色の髪や瞳も妖艶で十分に麗しい。
見つめられると、気恥ずかし。
将来美人になることを約束された風貌。
「アリアーナ様だって、十分お綺麗で美しいです」
私が?とつぶやき、アリアーナはほほ笑む。
「可愛らしいとは見た目だけではありません。
その表情、しぐさ、すべてが相成って、愛くるしい所作がうまれるのです」
可愛いという評価は、いつも容姿に向けられていると思っていた。
それではまるで、俺自身が可愛らしいと言われているようだ。
「こんな可愛らしい方とずっと一緒にいられるなんて、従者の方がうらやましいわ」
ラルフに聞こえているか、いないのか。
聞こえても、離れていることをいいことに、聞こえなかったふりをしているのだろう。
「あら」
アリアーナが身を起こす。
「おじい様だわ」
俺ははっとして、振り向いた。
ラルフの後ろ。ずっと遠くに、恰幅の良い初老の老人が立っていた。
「おじい様、いつから見ていたのかしら」
あれが大臣家の長。
こちらが気づいたからか、ふいっと横を向き、立ち去っていく。
屋敷の中へ戻っていった。
「お気になさらず。
きっと、珍しい組み合わせです。
興味本位でいらしたのでしょう」
最後まで、お読みいただきありがとうございます。
続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、
ブックマークや評価をぜひお願いいたします。




