14,魔法の先生と会う
村へ行ってから二年が過ぎた。あっという間に10歳になっていた。
日々の生活は、ほとんどを屋敷内で過ごす。
貴族の子女は毎日学ぶことばかりだ。
日替わりの家庭教師がついている。作法から、趣味、教養。
鶏の世話や山菜やキノコの採り方という実用的な知識はない。
これから貴族社会や社交界で必要なことらしい。
図書室と自室と庭を回遊する。
そんな日常の繰り返しだった。
最近、ラルフが俺の部屋に直接訪ねてくることが減った。
新たなメイドが紹介される。ミラ・クワホーだった。
自室で過ごすための、こまごました手伝いはミラが担当になった。
長く伸びた髪の手入れ。結い上げた髪にそえる髪飾りも選んでくれる。
俺一人では難しいことをしてくれるのは、昔と変わらなく懐かしい。
あのフェリシアが心を許していたメイド。
ミラとはこんな風に出会い関係を深めていったのかと、感慨深い。
フェリシアにはミラがいたんだ。けっして、一人ではなかったろうに。
あの時のしっかりした振る舞いと比べると今のミラは初々しく、一つ一つの所作がまだつたない。
ミラにも半人前の時期があったんだ。
できる人だったから、最初から何事もそつなく上手にできる人だと勝手に思っていた。
そんな部屋を出れば、ラルフがついてくる。
一緒に家庭教師と勉強する。
ラルフの方が呑み込みが良い。
かみ砕いて教えてもらい、理解することも多い。
教師も教えがいがあるようだった。
兄のもとに、ドリューが剣術の教師としてやってきた。
ドリューと兄の稽古を見ていたら、いてもたってもいられなくなった。
「私もやりたい」と言い出すと、二人顔を合わせ、とんでもないという顔をした。
何とか押し切って、運動がてらという名目で剣を握らせてもらうことになる。
そんな俺の行動に、巻き込まれるように、ラルフも剣を握ることになった。
そんなこんなでラルフはいつも俺に巻き込まれる。
どんどんお目付け役としての立場ばかり確立していく。
気持ちとしては、頼れる親友なんだけど。
今日もいい汗をかいて、庭の芝生の上に横になる。
空は青く、白い雲がゆっくりとながれていく。
風が額の汗をなでる。熱を飛ばし、ひんやりと涼しい。
「今日も気持ちよかったね。ラルフ」
ラルフは胡坐をかき、こうべをたれる。
肩でゼーゼー息を吐いている。
「気持ちいいものですか。
ドリュー様は、男には厳しいんですよ」
確かに。
レオンだった頃は、今のラルフより厳しく稽古された。
あれでも、きっと10歳のラルフには手加減している。
方やフェリシアには、できる程度の素振りと、打ち込みの練習ぐらい。
剣の稽古をしているというより、遊んでいるだけのようである。
それでも女の子の体力では十分な汗が流れる。
「お兄様は続くわね」
真剣を使って、撃ち合う音が響く。動きも早くて、目で追うだけでも大変だ。
「さすがですよ」
ラルフの呼吸が落ち着いてくる。
「ねえ、ラルフ」
「なんですか」
「こんどね、兄さまの教えてらしゃる魔法使いの先生が、私にも教えてくださるんですって」
「はい。父よりきいておりますよ」
「ラルフも一緒だからね」
「はっ!」
ものすごい嫌そうな顔をする。
この頃、ラルフはあからさまに感情を顔に出すようになった。
「なんでそんなに嫌そうなのよ」
「嫌ですよ。俺には俺の仕事があるんですよ」
「困るわ」
「もう、十歳になられるんです。お一人で何とかしてください」
「どうしましょう。私一人だったら、きっと屋敷から逃げ出してしまいそうだわ」
「やめてください。そうやって脅すのは」
うんざりした顔でラルフは俺をにらむ。
「脅しじゃないわよ。きっとそうなるって話」
「冗談ではすみません」
「魔法の勉強なんて、難しくてもたないわ。
ラルフが一緒でなくては、一人でなんて続けられないわ」
「そうやって、剣術から、ダンスから、魔法まで俺を巻き込むのやめてくださいよ」
「それに、私に教えるより、先生方はみんなラルフの呑み込みの良さに感心しているでしょ。
教えがいがあるのよ。
先生も教えがいがある生徒に巡り合う。
私もラルフに教えてもらえる。
すごく、いいでしょ」
俺はラルフと一緒に学べる方が楽しい。
一人でいるより、友達といる方がいい。
「本当に困りますよ」
ラルフはいつもこう。
困った顔をするし、にらむし、恨み言も言うけど、最後には付き合ってくれる。
こんなに近くに、友達ができたんだよ。
ちょっと手を伸ばして、声をかければ、寂しくなんてなかったんだよ。
ミラも優しい。
先生たちも、頑張った君をきっと認めていたと思うんだよ。
ねえ、フェリシア。
☆
魔法の先生の名は、ニコラ・シャルトラン。
柔らかくカールした若草色の短髪の男性。
見上げるほど背は高く、細身。
ドリューより若く、ミラよりは年上だろうか。
最初に目についたのは、服だった。
裾が長い。歩くと踏みそうな気がする。
クリーム色の薄いローブには、フードがあり、これもまた床につきそうなほど長い。
「どうしんたのですか」
二コラは、笑顔でくびをかしげる。
「なんか、見慣れない服装で」
目を丸くする俺に、二コラはくすっと笑った。
「これは、神に仕える者の服です。
神官、司祭など、宗教における役職を持つ者の制服ですよ」
「初めて見た」
「今日は、初めてご挨拶させていただきますので、正装でまいりました。
次回からは、普通の服装で参りますよ」
村に教会はあっても、司祭や神官などを生業とする人はいなかった。
「魔法の先生が、どうして司祭や神官みたいな恰好をするのですか」
「魔法を使える者の代表的な職業が神職です。
魔法そのものが、宗教の下に管理されています。
武官が、武器の使用を許されているように、
神職の者が、魔法の使用を許されている。
このようにお考え下さい」
「どうして、武器にしろ、魔法にしろ使える者が限られているのですか」
「人を傷つけることができる力です。
誰でも自由に使うわけにはまいりません。
魔法を学べるのは、10歳を超えてからという決まりがあります。
幼い者が学び、事故を起こしてはならないという、古くからの知恵です」
そうだ、フィーもそのようなことを言っていた。
「子どもが間違って、火の魔法を使って、家を燃やしてしまったら大変ですよね」
「さようでございます。
子どもだから分別がないとは言いません。
子どもゆえに、好奇心からおこなってしまう過ちはありましょう。
子どもに与えるには、魔法は危険なおもちゃなのですよ」
「10歳ぐらいになれば、注意を守れるし、その危険性を考えられると思われているのね」
「フェリシア様はよい質問をなされます。
魔法について、大切な注意点をお伝えしようと本日は思っておりました。
大切な心構えをすでに自覚されていらっしゃるだけで、十分に魔法をお使いになるにふさわしい方です。
これからお教えするのが楽しみでございます」
ラルフと顔を見合わせる。
褒められてうれしくて、顔がほころんだ。
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