12,誓い
「その前に、見てほしいことがあるんだ」
フィーを突き放し、俺はラルフのそばへ駆け寄る。
追いつき、俺の横に来たフィー。
「どうしたの」と不思議そうに聞くので、「見てて」と告げた。
俺はラルフの体に手を当てる。
苦しそうな呼吸と、額ににじむ脂汗が痛々しい。
記憶の中にある母さんのおまじないを唱える。
「光と時の加護があらんことを」
俺の手がほんのりと光り、ラルフの体を包みこむ。彼の体全体を柔らかい光がつつむと、ラルフの表情はゆっくりと穏やかになっていった。
程なくして光は消え去った。
痛みが消えたのか、ラルフは寝てしまった。痛みが取れてほっとしたのかもしれない。
「これは、どういうこと」
ひどく震えた声で、フィーがつぶやいた。
「聖女の力だよ」
「どうして、そんな力」
「これはフィーの力だろ」
俺はフィーの方を見つめた。
フィーは首を振った。
「私に、聖女の力はなかったわ。
聖女の力を持つものは、いつの世も、常に一人だけなんだよ」
「一人?」
「聖女の魔法を持っているのは、レオン一人ってことだよ」
☆
「二人が戻るにはまだ時間がある。ゆっくり話をしよう」
そう言うと、フィーは別の木箱をあけはじめた。
中から薪とり出す。腕いっぱいに抱え、焚火のあとに並べはじめた。
俺は寝入るラルフの静かな寝息を確認し立ち上がった。
フィーのそばにかけ寄り、「薪を並べるのはできるよ」と言った。「じゃあ頼む」と、任された。
フィーは木箱をあけに戻っていった。
もう一枚大き目の布を木箱から取り出した。
焚火のそばに座れる石が三つあった。三人で座って、焚火を囲んでいるのかもしれない。
俺が薪を並べているうちに、フィーは離れていた二つの石を隣同士に並べていた。
できたよ、と言うと、こっちに座ってと、石を指さした。
俺は指示されるまま、腰かけた。
持ってきた大きな布を、フィーは俺の肩にかける。
フィーが薪に向かって手をかざす。小さな炎が現れて、薪の上にゆっくり落ちると、薪がバチバチと音を立てて燃え始めた。
「これはね、火の魔法だよ。
使えるのは、火の魔法と水の魔法と風の魔法。一番得意なのが、火。次が水。最後が風。あとは特性がなかったみたいで、あまり習わなかった」
燃え始めた炎を見つめてフィーは言う。
「すべて使える人はまれ。数種類ある属性の中で得意なの、不得意なものがあるのが普通」
「そうなんだ」
「まだ魔法を習わないよね。だいたい10歳を超えないと教えない。危ないからね。子供が火遊びして、家が燃えたらシャレにならない」
フィーは落ち着いている。静かな言葉でさらに続ける。
「レオンの家には、3冊の本があった。
どれも平民の家にはない本だった。
大人の記憶があったからかもしれない。生まれた頃から意識が割とはっきりして、記憶が残っている」
「俺もだ。俺も、フィーの赤ん坊の記憶がある」
「赤ちゃんだったから分からないと思って、色々話しているのを聞いてしまった。
レオンの母さんと父さんは平民じゃないって気づいたよ。
家に置いてある本を開けるようになってさらに確信した。
背表紙に見覚えがあったけど、まさか聖女の本とは。
聖女の本2冊に、魔法の本が1冊。
平民の家にある本じゃない」
フィーは大きく息を吸い込み、息を吐きながら重い口調で、言葉一つ丁寧に語る。
「レオンのお母さんが、聖女様だったんだよ」
☆
「行方不明になって消息不明の聖女様がこんな近くに平民として暮らしているとは思わなかった」
そう言うと、フィーは俺の横に置いている石に腰かけた。
「布3人分しかないんだ。一緒に入ってもいい」
と聞くので、「いいよ」と答えた。
「ありがとう」とフィーが布の端をつまんで、自分の肩にかける。
フィーは、炎の揺らぎをじっと見つめている。
俺は、そんなフィー、ことレオンの横顔から目を離せなかった。
「レオンの魂は、聖女様とつながりがある。
フェリシアの肉体を得た、レオンの魂だから、聖女の力を使えるんだ」
「俺は、生まれた時にお父様が聖女の力を隠さないといけないと言っていたのを覚えているよ」
「聖女の存在が教会にばれたら大変だからだろうね。
教会に力が戻ってしまう。
そうなれば、せっかく弱まった大臣家の力も増してしまう」
「どういうこと」
「大臣家と教会は癒着していた。そこに、中堅の貴族の取り巻きもいた。
彼らに平民や下級の貴族が虐げられていた。
その悪政と対立したのが、お父様と王様なんだ。
うまくいったのは、教会から聖女様がいなくなった影響が大きい」
「10年前のことだね」
兄から少し聞いている。
「フェリシアに聖女の力を目覚めさせないように。
フェリシアを目の届くところに生涯離さないように。
教会に、聖女の力を持つ者が生まれたことを悟らせないように。
お父様と王様は考える可能性があるね」
「大変な力みたいだから、今までは使わないできたよ」
「賢明な判断だ。
どこで教会の者が見ているとも知れない。
これからも不用意に使わない方がいい」
「わかった」
火にあたり、横に人のぬくもりがあるからか、体が暖かく感じる。
「少し先の話をするね」
フィーは「眠いなら、目をつぶって聞いていいよ」と、俺の頭をなでる。
フェリシアの体は、小さな指先の力でも簡単に押され、力がぬけていく。
「これから、フェリシアは10歳で婚約する。王太子殿下と。
16歳から学校に行く。
貴族の子弟が子女が通う、社交場と学びの場。
そこで、婚約者を探すものや、後の人脈を得る場合もある。本格的な魔法はそこで学ぶ。基礎は12歳くらいから家庭教師がつく。聖女の力を使わないようにして、学んでおくと役にたつよ。
17歳で婚約破棄される。冤罪をかけられ、追い払われるように地方に飛ばされる。
18歳を目前に、殺される。
これがおおまかな流れ」
俺の声で話すフィー。声音は静かで穏やか。
子守歌のよう。
「なるべくなら、婚約しないように向けれたら一番いい。
地方に飛ばされなければ、中央にいれば護衛もいるし、屋敷も守られている」
フィーが「横になって」と言う。
俺は猫のように丸まって、頭部をフィーの膝の上に載せた。
眠くて、眠くて、目をあけていられなくなってきた。
「婚約破棄と、殺された理由は同じかもしれないし、違うかもしれない。
もし狙われても、村にいるより、屋敷にいたほうがきっと安全だ」
フィーの手が俺の額に触れ、そっと瞼を包んだ。
「眠い?」
うん。
返事をしたつもりだが、声はもう出なかった。
「今のレオンは、フェリシアだ。ただの貴族の女の子だよ。
か弱い女の子の体で、山へ登ってくるのは大変だったはずだ。
迎えがくるまで、俺の膝で眠っておいで」
フィーの声は静かで、芯が通っている。
迷いとかそういうのが全然ない。
語る口調や姿から、昔の弱弱しさが消えている。
「フィー、強くなったね」
「レオンの父さんと母さんのおかげだよ。
初めて、こんなに愛されて、本気で怒られて、笑って、大事にしてもらった」
良い父さんと母さんだろ。フィーは、ここにいれば安全だよ。
「16歳になったら、街へ行くよ。
レオンが一人で戦う必要はない。
父さんと母さんのためにも、俺は君を守るよ」
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