10,山へ
山道を歩くのは体力より、慣れなのかもしれない。
俺の後ろを、ラルフが肩を上下に動かしながらついてくる。苦しそうだ。
「大丈夫、ラルフ」
ぜーぜー息を切らし、「大丈夫です」と眉間にしわを寄せる。
木々を縫うように急斜面を登っていく。柔らかい土の斜面に足が食い込む。
足に力を入れるだけでは、体力を消耗する。周囲に生えた木々に手をかけ、体全体で登っていく。
「ラルフ、枝を上手に使おう」
はっと顔を上げ、俺の様子をじっと見る。
俺はするすると登り、太い枝をつかんで立つ。
ラルフは起用だ。俺の真似をして、同じように登る。
俺の横にすぐ並んだ。
斜面のてっぺんまで来ると、実は大きくくぼんでいる。
くぼんだ向こうの斜面がさらに上に伸びている。
ここは水辺だ。
くぼみの底にはそろそろと水が流れている。周囲は岩場になっている。土が少なく、斜面を登る時の絶え間ない土臭さがない。高い木も少なく、日光が差し込んでいる。
「ここは?」
ラルフは不思議そうだ。
なぜこんなところを知っていると、言いたいのかもしれない。
目の前の川に通じる斜面は大小の石が転がりゴツゴツしている。
大きい岩がいくつも斜めにそびえている。
「子どもの遊び場だよ」
そう、日々の仕事をさぼる時の秘密基地。俺たちの遊び場だ。
こんな天気の良い日に、仕事なんてしてられない。水遊び。魚釣り。焚火。昼寝。太陽が木々にかすむまで遊ぶ。大人たちに邪魔さずに気ままに過ごせる天国。
迷わず、ここに来た。今日ならレオンはここで遊んでいるんじゃないか。
「行こう」
もう少し先だ。
前だけ見たせいかもしれない。
意気込んで踏み出した一歩が滑った。
靴底に残った土がぬめり、丸みを帯びた石に片足を乗せた瞬間、靴底が飛んだ。
真正面に、真上の空。視界中央に、抜けた靴底が回っている。
川が流れる底まで数メートル。ゴツゴツした石が無数に転がっている。
「フェリシア!」
「ラルフ?」
両腕が横から伸びてきた。
ラルフがフェリシアの体を、背後から抱きよせる。
転ばずにすみ、ほっとする。
「ありがとう、ラルフ」
ラルフの腕に力がこもる。
「もう、大丈夫だよ」
ラルフが、俺の肩に額をあてる。
「無茶はやめてください。心臓に悪いです」
苦しそうにつぶやく。
「……ごめん」
こんな山までつれてきた上、心配かけてごめんよ。
大事なお嬢様の体なんだから、ちゃんと大事にしないとな。
がくんと足場が崩れる。同じ石に子供二人乗ったのが悪かったのか。足場の石がくずれ落ちた。
とっさに、ラルフが俺の頭を抱く。
そのまま、態勢を崩し、石が転がる斜面をガラガラと二人落ちていった。
山あいに転げる音が響く。驚いた鳥が、枝葉の間から逃げるように飛んで行った。
川が流れるそばへ転がり落ちて、勢いは止まった。
水のせせらぎ。小鳥のさえずり。ラルフの小さなうめき声がして、俺ははっとした。
「ラルフ」
ラルフの腕の力がない。俺は体を起こし、ラルフの頬を撫でた。
呻くラルフの腕が折れていた。
どうしよう。
助けを呼ぶにも、靴も壊れてしまった。
けが人を置いていけない。
ラルフの衣服に血がにじんでいく。
けがもしている。
どうする。誰か、誰かいないか。
俺は周囲を見渡した。風に揺れる木々、流れる水、鳥のさえずり。
岩の影から人の声がした。子供の声。
まさか。
岩の向こうから子供が二人顔を出した。
見慣れた村の子供。懐かしい古い遊び友達だ。
名を呼びそうになって、口をつぐむ。今の俺は彼らとは初対面だ。
助けて、と言う前に彼らが俺たちに気付く。
「女の子だ」
「誰か倒れているぞ」
「大丈夫かい」
「けがは」
などと言いながら、駆け寄ってくる。
「私は大丈夫。でも、ラルフが大けがをしてしまったみたいなの」
二人は、ラルフの様子を見る。
俺もラルフを見つめる。
「腕おれてないか」
一人が言った。
「山、下りれないかもな」
ちらっと俺も見る。
「誰か呼びに行くか、大人」
「えー、この秘密の場所で遊んでたのばれるよ」
二人が話している時だった。
背後から声がした。
「大きな音だったけど、何かあったか」
聞いたことのない声が響いた。
二人が一斉に立ち上がる。俺の後ろに向かって、手を振った。
「ここだよ、レオン」
「けが人がいるんだ、どうする」
レオン!
名前に思わず振り向いた。
ゆっくりと歩いてくる。見慣れた群青の髪。深いこげ茶の瞳。
息をのんだ。いた、レオンがいた。
俺はじっと彼を見つめた。
彼も俺を見て、息をのんだ。
時が一瞬止まったかと思った。
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