目覚め
「…っ」
頭が割れるように痛い。ポカポカとしていて柔らかいものに包まれているのは分かる。恐らくベッドの上だろう。
けど、うちのベッドってこんなに柔らかくて寝心地のいい素材だったっけ?もっと安物のだった気がするけど。
それよりも本当に頭が痛い…何で…やだ、二日酔い?
何てことを考えつつゆっくり目を開けていくと見たことのない景色が広がっていた。
眼前に広がるのは美しく豪華なシャンデリアと淡いピンク色の天井。
横を向くとレースが見え、その奥に大きな窓。カーテンがかかっていて外を見ることは叶わなかった。
「な、何ここ…どこ、これ…私、どうなっちゃったの!?」
もしかして囚われの身となってしまったんじゃ…などとメルヘンチック(?)な事を考えつつ体を起こすと先程よりも激しい頭痛に襲われた。今まで感じたことのないような激しい痛み、そして頭に何かが大量に流れ込んでくるかのような感覚。
「う…誰、か…」
私は無意識のうちに助けを呼んでいた。殆ど声は出ていないから誰も聞こえてはいないと思うけれど。
「おさ…まった…?」
頭痛が治ると頭の中にある女性の記憶がインプットされていた。
その女性の名はハイデマリー・ローズ。17歳の公爵令嬢で世間一般では悪役令嬢と言われるくらいの悪徳娘。
容姿は青目で軽くウェーブのかかった長い金髪。
可愛いものを好み、自身の趣味と合わない者や気に入らない人を次々と牢屋に放り込んでいく。
両親は共にローズに溺愛しており、ローズのやる事に何一つ口出しをしない。兄弟は居らず、一人っ子だ。
何でこんな人の記憶が私の頭の中に…?そう考えた私は直ぐにある結論に至った。
自分がローズに転生したんだと。
先程の頭痛、二人分の記憶が頭にあるところ、そして何よりも手元の鏡で自分の顔を映すと、ローズにそっくりだというところ。この三つから私はそういう結論に至ったのだ。
それまで、転生などは信じていなかったのでにわかには信じがたかったが自分がローズになった、という事実は変わらなくて。仕方なく信じる事にした。
幸い、ローズの記憶はあるからこのままローズとしてこれからを生きていくことも可能だろうし。勿論、私は嫌われたくないから悪役令嬢ではなく善良令嬢として生きていく事にするけどね。本当は嫌われたくないからと言うよりも今まで贅沢三昧で市民の反感を買いすぎちゃってるから暴動を起こされないようにって言う気持ちの方が大きいけどね。
大丈夫、前世で鍛えた世渡りスキルがある。そのお陰で元彼とも上司とも同僚とも上手くやってきたじゃないか。
そう考えていたところで部屋にノックの音が響いた。
「失礼致します。…おや、起きてらしたのですか?」
入ってきたのは若くて黒い短髪の髪のメイド。この子は新人のメイドだ。私が転生する前のローズはこの子をよくいびっていたらしい。気弱でオドオドしてるからいびりやすかったのだろう。
実際、私が起きているのを知って目が怯えているし。よし、これからが私の新しい人生のスタートね。絶対に善良令嬢になってやる!
「ええ。さっき目が覚めたところなの。態々起こしに来てくれたの?ありがとう」
そう言って私は相手に微笑みかけた。
相手はとても驚いた顔で先程とは別の意味でオドオドしている。
「あ…い、いえ。とんでもございません。私にお礼など…。それより、ローズ様、お熱などお測りになってはどうでしょうか…?」
熱?成程ね。私が普段こんな丁寧な態度を取らないから熱でもあるのかと思ったのかしら。
「大丈夫よ。それよりもお腹が空いてしまったの。用意は出来ているかしら?」
私が尋ねると相手は何度も頷いて
「直ぐにご用意致します!お待ちくださいませ。用意が出来次第お呼びいたします」
と言って部屋を出て行った。
ちょっと急に優しくしすぎたかも。違和感を感じて病院に連れて行かれたり、転生を疑われたらどうしようなど考えたが結局、そんな事よりお腹が空いたなと思い、朝食のメニューを考える事にした。
んー、貴族だしカリカリのベーコンに半熟卵とトースト、それにクルトンとか。スープも出るかしら。フレンチトーストもあり得そうね。コックが腕によりをかけて作ったフレンチトースト。食べてみたいわ。
考えれば考える程お腹が減っていき早く用意出来ないかしらという感情が巻き起こる。
10分程考えていたのだろうか。先程とは違うメイドが呼びに来た。
さっきのメイドはどうしたのかしら?
もしかして私が怖くて逃げた...?ま、まさかね...さすがにそこまでではないでしょ...
「お待たせいたしました。お食事の用意が出来ましたので食堂にいらしてください。」
それだけ言って一礼をし、出て行ってしまった。
私は身支度を整え、食堂へと小走りで向かった。