162.手料理
普段から食材を備蓄しているわけではないので、僕に作れるのは本当に簡単なものだ。
それこそ、肉と野菜を切った炒め物というレベルなのだが、僕の隣にエーナが立って、興味深そうに頷いている。
「ふむ、いい包丁捌きだ。さすがは剣術に精通しているだけはあるな」
「料理と剣術はあまり関係ないと思いますよ」
「そんなことはない。空中に投げた食材も、優れた剣術があれば綺麗に切り刻むことができるだろう」
「あはは、確かにできますけれど……しませんよ?」
大道芸でやっていそうな技を、わざわざ自室でやったりはしない。
きちんとまな板の上で野菜をカットし、適当なサイズに切った肉を炒めていく。味付けも目分量でいつも決めている。
他人に手料理を振る舞う機会は、正直言ってしまえばなかった。
仕事も単独で行動することが多かったし、多人数であれば炊事の担当をしてくれる者が他にいる。――僕の前世で言えば、他人と料理を食べる機会などほとんどなかったと言ってもいい。
「味は濃い方がお好きですか?」
「任せる。お前の作った料理を楽しませてくれ」
「では、いつも通りに作らせてもらいますね」
調味料を混ぜて、少し強火で炒めていく。
肉野菜炒めは手軽にできるため、大体これを作って食事を済ませていた。
もちろん、他にも料理は作れるが、ある程度の栄養と腹を満たすことができれば充分……それが、僕の考えだ。
そんなことを知ってか知らずか、エーナは感心するように言う。
「手際がいいな。さすが、私の見込んだ男だ」
「これくらいなら誰でもできると思いますよ」
「いや……私の部下が料理を作っているところを見たことがあるが、もっと雑に野菜を切っていた。正直、食べられればそれでいいとは思っているが、お前の料理には期待が持てる」
エーナの考えは、どうやら僕と同じタイプらしい。
彼女は軍人である以上――戦地に赴く機会もあったのかもしれない。
僕も昔は、よく『戦争』に参加していた。
いつ敵が襲ってくるかも分からない状況では、ゆっくり食事をしている暇もない。
けれど、戦い続けるために食事は必要になる。だから、自然と早くで楽にできる料理をするようになる。
いや、料理と言うにはあまりに粗末な……それこそ、捕らえた獲物を下処理だけして丸焼きにするような、そんなレベルだ。
おそらく、エーナの部下が作る料理とはそういうものなのだろう。
よく言えばワイルドで、悪く言えば大雑把――まあ、それが想像できる時点で、僕もほとんど彼らと変わらないのだけれど。
騎士になってから、少し余裕ができたというところだろうか。
僕は肉野菜炒めを皿に盛りつけると、それをテーブルの方へと運んでいく。
「さ、エーナさん、こちらにどうぞ」
「ああ、早速いただくとしよう」
笑みを浮かべて、エーナは席に着く。
僕は彼女の対面に座る。
エーナは、そんな僕の方をじっと見据えていた。
「? どうしました?」
「……いや、一つ気になっていたことがあってな」
「なんでしょう。もしかして、先ほどの件でなにか――」
「その話はまた今度だ。気になっているのは別件になるが……その、なんだ。イリスは、この部屋によく来るのか?」
「え、イリスさんですか?」
エーナの問いは、僕が全く予想もしていないものであった。
どうしてイリスの話題が出てくるのか分からないが、僕は素直に答える。
「イリスさんはこの部屋に来たことはないですよ。彼女はここの生徒ですし――あ、稽古のために一度ここまで来たことはあったかもしれませんね」
「稽古――お前がイリスにつけているという話か。それは毎日やっているのか?」
「休みの日は時々ですね。放課後はよくやっていますよ。最近、イリスさんの成長も目を見張るものがありますからね。以前にエーナさんと戦った時より、さらに成長していると思いますよ」
僕はそう答えながら、料理を口に頬張る。
うん、いつも通りの味付けだ。
「そうか。イリスの実力は私も認めるところだ。本気でやれば、私が勝つだろうが」
「どうでしょうね。エーナさんの実力も本物だとは思いますが」
「む、この私が後れを取ると言うのか? お前はイリスともよく手合わせをしているのだろう? そのお前から見て、私の方が劣る、と?」
エーナの目付きが少しだけ鋭くなる。
僕は別に、贔屓をするつもりはない。エーナの方が実力は上であれば、はっきりとそう答えるつもりだ。
けれど、今のイリスとエーナの実力は……僕から見てかなり近いレベルにある。真剣での勝負となれば、どちらが勝つかは僕にも分からないくらいだ。
「君の方が劣るわけではなく、実力は拮抗していると言えますね。二人とも、実力者です」
「ふはっ、なるほどな。ならば、いずれは私の方が上であると証明するとしよう。だが、戦いの実力は拮抗していても、今の状況は私の方がリードしているな?」
「今の状況、ですか?」
「こちらの話だ。さて、料理が冷める前にいただく――んっ、美味いな。シンプルだが、だからこそ素材の味がよく分かる」
「お褒めにいただき光栄です。これで満足していただけるのなら、いつでもお作りしますよ」
「……!? ごほっ」
エーナは突然、動揺したように咳き込み、コップの飲み物を一気に飲み干した。
僕は呆気に取られながらも、エーナに問いかける。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ、なんでもない。なんでもないが――言葉に気を付けろ」
エーナは涙目になりながら、言い放った。
……何かまずいことを言っただろうか。思い返してみても、特に変なところは思い当たらない。
微妙な空気の中――僕とエーナは食事を続けるのであった。
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