161.アルタの部屋
僕はエーナと手を組むことになった。
騎士団長であるレミィルの判断を仰ぐことなく、これは僕の独断によるものだ。
できる限り情報は早く得られた方がいいし、元々エーナとは一度協力関係も結んでいる。
僕から見ても、彼女は信頼に足る人物であると思っていた。
むしろ、騎士団が尋問を続けている魔法教団の件が片付く可能性が高いのなら、協力した方がいいだろう。
ただし、エーナの口振りから察するに――僕には『ラウルを名乗る剣士』と戦って勝つという重要な役割ができてしまったわけだけれど。
「ここが講師寮の部屋か? 学園の規模に対して、随分と狭い部屋のようだな」
「あはは、これくらいあれば十分ですよ。ここを利用する講師は一人身ですし。……というか本来、生徒は立ち入り禁止ですよ?」
「仕方ないだろう? 私は別に女子寮で話してもよかったのだが」
部屋に入って早々、ソファで寛ぐ姿を見せるエーナが笑みを浮かべて言う。
……詳しい話をするために彼女を連れてくることになってしまった。女子寮の彼女の部屋に入るくらいならば、講師寮に来てもらった方がいいという判断をした。
見つかるようなヘマはしないが、さすがに女子寮にいつまでも男の僕がいるわけにもいかないだろう。――とはいえ、逆も決していいというわけではないが。
「今日のところは時間も遅いですし、手短に聞きたいことだけ聞かせてもらいたいんです」
「ふむ、お前が聞きたいのは《魔法教団》ブルファウスの件か? まあ、《聖鎧騎士団》が我々と協力関係にあった時点である程度は予測できることだと思うが、な。あるいは、すでに予測はしているだろう? いずれの組織も目的は、カシェル・ラーンベルクをこの国の王とするために動くことだったのだからな。本来は、《魔導協会》の代表であるカシェルが犯罪組織であるブルファウスを潰す――マッチポンプというやつだな」
「! 団長とその件については話していましたが、やはりそういう意図がありましたか」
エーナの口から改めて聞いたことで、仮説は確証へと変わる。
ブルファウスの存在自体が、そもそも消えるべくして作られた組織であったということ。いや、初めは別の目的で作られたのかもしれないが、カシェルを押し上げるために組織を解体する道を選んだのだろう。
そのために動いたのがファーレン・トーベルトであり、結果的に《紅蓮の魔女》を名乗るルーサ・プロミネートによってその算段は崩されてしまった。
「その事実は、スティレット騎士団長も把握していたんですか?」
「そこまでは把握していない。だが、ヘイロンとファーレンは旧知の仲のはず――知らないということはないだろう。ファーレン自身は初めから捕まる予定でやっていたが、《魔女》の裏切りによって全てが壊された……そんなところか」
「魔女――エーナさんは、ルーサのことを知っているんですか?」
「ああ、知っている。実のところ、私の目的には魔女を捕らえることも含まれていたのだが……まさか、すでに潜り込んでいたとは思わなかった。完全に後手に回ってしまったな」
「なるほど。そのルーサを捕らえる途中で、『ラウルを名乗る剣士』に出くわした、と」
「その通りだ。実力から言って、《剣聖》を名乗ってもなんら不思議のない相手ではあったが、私は本物ではないと思っている」
「! 何故です?」
「単純な話だ。ラウルはすでに高齢……それでも十分な実力はあると想定されるが、そもそもラウルが最後に戦場で確認されたのはもう数十年以上前のことだ――今更、姿を現す理由もない。ましてや、魔女共に協力するなど……」
「魔女共――それはつまり、ルーサ以外にも敵がいる、と?」
「そうだ。ブルファウスの話は先の通りで、次は我々の敵の話をすることにしよう。だが、その前に――飲み物の一つくらいでないのか? 実のところ、今朝から何も飲んでいなくてな」
話の途中だったが、エーナからそんな要望を受ける。
……校舎見学に夢中だったのか分からないが、この調子だと食事も摂っていないのではないだろうか――そう思っていると、『クゥ』という小さな音が部屋に響く。
「……」
「……」
「……どうした? 手が止まっているぞ」
「いえ、もしかしてですが、お腹空いています?」
「……ふはっ、さすが私が信頼に足ると思った男だ。普通はこういう時には『聞かなかったことにする』のだが、そうやって口にするのはメルシェくらいのものだぞ」
笑みを浮かべているが、エーナは帽子を深々と被り、顔を隠すような仕草を見せる。……普通に恥ずかしいらしい。
少しデリカシーのない問いになってしまったが、どうやら普段からメルシェと行動しているが、物事に熱中しがちなエーナのお目付け役になっているようだ。
そのメルシェの姿は見かけていない――故に、エーナは一人で行動してお腹を空かせてしまっているというわけだ。
帝国軍元帥の娘なのだから、この国で言うところの大貴族。『お嬢様』と言っても差し支えのない身分なのだから、確かに気遣いはするべきだったかもしれない。
まあ、それを口に出すと「私にそんなものは不要だ」と言われそうだけれど。
「では、軽い食事でも作りましょう。今日のところは、それを食べたら解散ということで」
「! お前、まさか料理ができるのか?」
「軽い物くらいなら。一応、ここで一人暮らしをしているわけですし」
「ふむ……やはり中々評価ポイントが高いな……。いや、騎士ならば軍人と同じく任務先で料理くらい作るか……?」
「? どうかしましたか?」
「――いや、なんでもない。一先ず、お前の手料理をいただくとしよう。楽しみにしているぞ」
なにやら随分と嬉しそうに言うエーナ。
そんな大層なものが作れるわけではないのだけれど。
一先ず、今日のところはエーナとの話はこれで終わった。
ブルファウスの件についてはレミィルに話せば、解決へと向かうことになるだろう。






