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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第五章 《騎士殺し》編
159/189

159.剣士の名

 僕はエーナと向かい合い、模擬剣を構えた。

 エーナもまた、手に握るのは模擬剣――彼女自身は真剣での勝負を望んだが、生憎と僕は剣を持っていない。

 彼女は僕に合わせて模擬剣を握った形だ。だが、それでも目の前に立つエーナから感じられる気迫は相当なものだ。

 まだ構えてすらいないというのに、すでに戦いが始まっているかのように錯覚する。

 実際に、エーナと向き合って戦ったことはない。

 だが、彼女の強さは、少なくともイリスに匹敵することは間違いないだろう。


「本来ならば、このような『玩具』ではなく『本物』で斬り合いたいところなのだが……まあいい。これでも、私の確かめたいことは分かる」


 そう言うと、エーナは模擬剣を構えた。

 作り出した模擬剣は、彼女が腰に下げるレイピアと同じだ。剣先が細いため、『斬る』よりも『突く』ことに向いている。

 腰をわずかに落とし、後方へと下げた右足に力を込めている――地面を蹴って、すぐにでも距離を詰めるつもりだろう。

 僕はそれに対し、剣を構えたまま動かない。エーナが近づいてくるのを待つ形だ。


「いつでもいいですよ」

「さすがに余裕だな。お前からは斬りかかってこないか」

「僕は割と慎重なもので。それでも、『本気で』という言葉には応えるつもりです。だから、『いつでもいいですよ』」

「なるほど――ならば、いくぞ」


 言葉と共に、エーナは床を蹴る。

 僕との距離を瞬時に詰めると、迷いなく『突き』を繰り出した。

 僕はそれを、模擬剣で逸らすようにして受ける。エーナもまた、すぐに反応してわずかに後方へと下がった。

 だが、すぐに一歩を踏み出して連撃を繰り出してくる。

 レイピアは特に刺突に優れた剣であるが斬ることもできる。突きの合間に斬撃を挟みながら、素早い動きで僕の防御を崩そうとしているのが分かった。

 ――剣速だけで言えば、イリスよりもエーナの方が上をいくだろう。

 一撃が重いイリスに対し、彼女は一撃の威力は高くないが、素早い動きで確実にダメージを与えようとするアリアと同じタイプだ。

 だが、戦いにおいては――刺突も斬撃も、受ければ致命傷になることだってある。

 僕はエーナの攻撃を受けることはなく、全て捌いて見せた。

 すると、エーナは先ほどよりも大きく後方へと下がり、小さく息を吐き出す。


「……ふぅ。確実に『当てる』つもりだったが、まさか掠めもしないとは、な。防御に徹したお前に攻撃を当てるのは難しい……そういうことか」

「何度か受けそうにはなりましたよ。さすが、エーナさんは――」

「世辞はいい。言ったはずだ、『本気で』とな。次はお前が来い」


 エーナがそう言って、構えを変えた。今度は僕の攻撃を受け切るつもりらしい。

 本当の戦いであれば、当然のように命の奪い合いになる。

 このように、お互いに攻めて受けるということはしないのだろう。

 実際、エーナが望んでいるのもそういった戦いのように思えた。

 確かに、僕は彼女の『本気』に応えるつもりだった。

 様子見をしようとしてしまうのは、少なからず僕が『講師』の気分でここに立っているからかもしれない。

 だが、エーナから感じられるのは『剣士』としての気迫だ。――ならば、その気持ちには応えなければならないだろう。


「分かりました。では今度は僕から――『本気』でいきますよ」


 言葉と同時に、床を蹴って動き出す。

 今度は僕の方から、連撃を繰り出した。

 エーナは完全に受け切るつもりで、体勢を低くすることで防御を固める。

 けれど、それで受け切れるほど――僕の剣は甘くはない。

 五撃目までは確実に受けていたが、六撃目に彼女のレイピアを弾き飛ばす。

 エーナの表情がわずかに曇る。もっと受け切れるつもりだったのかもしれないが、僕は彼女の喉元に剣先を当たるようにして、静かに言い放つ。


「これが僕の本気です。これでよかったですか?」

「……ああ。改めて向き合って、お前の強さはよく分かった。私より『強い』と思える人間は、少なくともお前くらいだと、私も思っていたからな」

「……? 僕以外にも、エーナさんより強い相手に会った、ということですか?」


 僕は模擬剣を懐に納めて、問いかける。

 エーナは僕の問いかけに頷くと、真剣な面持ちで答えた。


「そうだ。そして、私からもお前に聞きたいことがある」

「なんでしょう?」

「お前は……何者だ? お前と全く同じ剣術を使う『剣士』に会った。その男の名前は――ラウル・イザルフだ」

「――」


 エーナの口から出てきたのは、僕の予想もしない男の名前だった。

 なにせ、それは『僕本人』のことなのだから――

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書籍3巻と漫画1巻が9/25に発売です! 宜しくお願い致します!
表紙
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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 件の人物との邂逅情報が漸くアルタに・・・・ エーナから齎された衝撃の情報に『本人』は? 次回も楽しみにしています。
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