158.かつて聞いた言葉
午後――職員会議を終えた僕は校舎内の廊下を一人歩いていた。
僕のクラスの出し物が『メイド喫茶』に決まったことを報告した時、何名かの講師は動揺していたことを思い出す。
僕のクラスはイリスだけでなく、留学生の枠組みでエーナも来ることになっているのだ。
そんな二人がいるクラスでメイド喫茶を出し物にするというのは些か問題があるのでないか、という意見があった。
生徒達から反対意見があったわけではなく、話し合って決めた『結論』であるため、それを優先する旨は伝えた。……まあ、それを優先するということは、僕も『メイド服』を着る羽目になるかもしれないが、そのことについて今は考えないようにしよう。
学園祭の運営は生徒達が中心に動くことになる――講師はあくまで、そのサポートをする立場にあるのだ。
もちろん会場となる学園内の警備の仕事などはあるが、それは今も僕はしっかりやっている。
今、僕が考えるべきことは、学園祭とは別の件だ。
やってきたのは屋上。そこには、下校を始める生徒達を見下ろす軍服姿の少女がいた。
「ここはいい学園だな。私自身は学園生活など送ったことはないが、生徒達に活気がある。帝国の学園を見学したこともあるが、向こうではいかんせん『堅い雰囲気』があってな」
「それはあなたの立場があるからだと思いますよ。先ほどは勢いで乗り切った感じはありますが、生徒達から見ればあなたはイリスさんと同等――あるいは、それ以上に遠い存在に感じられるかもしれません。そういう意味では、先ほどのホームルームでの勢いは正解だったかもしれませんが」
「ふはっ、だろう? 見越したわけではないが、なにやら通りがかりに面白そうな話をしているのでな。思わず、参加させてもらった」
エーナは振り返ると、にやりと笑みを浮かべて言った。
相変わらず、と言ったところだろうか。学園内に彼女の護衛――特にメルシェくらいはいるのだろうと思っていたが、近くにそんな気配はない。
今、エーナほどの人物が一人でここに立っているのだ。
それだけ自信があるのかもしれないが、彼女の立場を考えれば不用心すぎるとも言える。
「護衛は一人も連れていないんですか?」
「学園に通うのに仰々しいだろう。まあ、イリスにはお前という護衛がいるかもしれないが、私には不要だ」
「あなたは本当に相変わらず、ですね」
「ふはっ、人はそう簡単に変わらぬものだ。ところで、ここではお前は『先生』なのだろう? 二人きりとはいえ、もう少し砕けた口調でも構わないぞ」
「僕は元々こういう話し方なもので。まあ、『君』がそういうならこれくらいにさせていただきますよ。それより、以前は伺うことはできませんでしたが、君がここに来た理由は聞かせてもらえるんですか?」
「ふむ、その話か。そうだな――私がここに来た理由については話そう。だが、当初の目的とはすでにズレ始めているからな……どこから話すべきか考えているところだ。それに、私の方もお前に聞きたいことがある」
「僕に、ですか?」
僕の言葉にエーナが頷き、その表情は真剣なものへと変わっていく。
それは先ほどまでとは違い、まるで『敵』に向けるかのような視線だ。
彼女は僕を警戒している――そこまで警戒されるような覚えはないのだけれど。
そう考えていると、不意にエーナが構えを取った。
腰に下げていたレイピアを抜き、僕に向かって刃先を向ける。
「……どういうことです?」
「言っただろう? 『聞きたいこと』がある、と。改めて確かめたいことがあってな。そのためには――私とここで本気で戦ってもらいたいんだ」
……冗談を言っているわけではないらしい。
かつてイリスが僕へ言い放った言葉を、エーナから聞くことになるとは思わなかった。
イリスの時とは違い、彼女はすでに抜刀し、臨戦態勢に入ってしまっている。僕に『断る』という選択肢を与えるつもりなど、全くないようだ。
「なにを確かめたいのか分かりませんが……遊びの類ではないようですね」
「当然だろう。私が剣を抜くときはいつだって本気だ……心配するな。この戦いでなにかあったとしてもお前に責はない。元より、私が怪我をすることもないがな」
「なるほど――大した自信ですね。戦うことが必要であるのなら構いませんが、ここは学園の敷地内です。大規模な魔法の使用は禁止とします。それと、僕は『真剣』は使いません。それでいいですね?」
「……まあ、いいだろう。私が確かめたいことは、お前の『剣術』にあるからな」
エーナが納得したように頷く。
彼女の話を聞くつもりが、どうしてか剣を交えることになってしまったのだった。






