155.見送り
「あーっ、もう! 姉様が遅いから馬車が行っちゃったわよ! 隣の町に行く馬車をまた探さなきゃ……!」
「そんなに焦らないでも大丈夫よ、クロエちゃん。アルタちゃんは今日、騎士団の方でお仕事をしているみたいだし、見送りも断っているんだから」
クロエの言葉を聞いて、マリエルはゆっくりとした口調で答えた。
すると、クロエは少し顔を赤くして言い返す。
「べ、別にあいつが来るとか来ないとか、そういうのは気にしてないのっ! 姉様だって、あの後あいつと話さなかったじゃない」
「ダメよ、クロエちゃん。アルタちゃんのことを『あいつ』だなんて。ちゃんと『お兄ちゃん』と呼びなさい」
「呼び方なんてどうでもいいでしょ! ちょっと他の馬車を探してくるから、ここから動かないでよ!? いいわね!」
ビシッと指差しまでされて念を押され、マリエルは小さく嘆息しながら頷いた。
クロエが代わりの馬車を探しに行く姿に手を振って見送ると、マリエルは振り返る。
「見送りに来てくれたのね、イリスちゃん」
「……その呼び方は固定、なんですね」
そこに立っていたのはイリスだ。
前に会った時とは違い、学生服姿の彼女の姿を見るのは新鮮だ。同時に、イリスがまだ『学生』の身分であることを、マリエルにも改めて理解させる。
「あら、もしかしてあなた一人? 前にも思ったのだけれど、アルタちゃんは常に一緒にいるわけじゃないのね。護衛という立場なのに」
「そんな毎日狙われているわけではありませんから。それに、仮に狙われたとしても――私は自分の身を守るくらいのことはできます」
「そうね。あなたには、それくらいの力があることはわたくしも分かっているわ。アルタちゃんも常に一緒にいるわけではないのでしょうけれど……それで、一人でここに来たのは、わたくしに何か大事な話があるから?」
「大事な話ってわけじゃないんですけど……今日ここを立たれると聞いていたので、見送りたいと思ったので。先生は仕事で来られないとのことでしたし」
「アルタちゃんは忙しいものね。騎士になってから一度も帰ってこないし……イリスちゃんからも言っておいてくれる? たまには顔を出しなさいって――あ、それだと護衛の仕事ができないわよねぇ」
マリエルが悩むような仕草を見せると、イリスが少し慌てる表情を見せて答える。
「わ、私なら平気ですからっ」
「でも、アルタちゃんはきっと数日間も離れることはよしとしないわ。意外と、仕事に対してはストイックなところあるし」
「そう、ですね。それなら、私も一緒に行けば、先生も帰ってくれるかもしれません」
「あら、あらあら? それはもしかして……アルタちゃんのお嫁さんに来てくれるってこと?」
「――っ! だ、だから、どうしてそういう話になるんですかっ! 全然、違いますっ!」
「うふふっ、冗談よぉ」
顔を真っ赤にして怒るイリスに、マリエルはそう言って誤魔化すが――以前の反応も踏まえて、『察する』ところはあった。
確かに冗談のつもりで言っていたが、イリスはどうやら嘘が下手らしい。
ここまで露骨に反応していては、『全然違う』という言葉が嘘であることは、マリエルにもよく伝わってくる。……イリスがアルタのことを意識していることは、明白であった。
(アルタちゃんがイリスちゃんの護衛になってからまだ数か月ほど……けれど、その間に随分と『濃い出来事』が多かったみたいだし、そういう想いを抱くのも不思議ではないのかもしれないわね。なら――)
「イリスちゃんは、アルタちゃんの昔話に興味がある?」
「昔話、ですか?」
「そう。――と言っても、すごく簡単な話。わたくしが知っているアルタちゃんは……シュヴァイツ家にやってきた頃からだから。子供の見た目で誰よりも冷静で、まるで大人の話しているかのように思わせる彼は、紛れもなく『普通』ではなかったわ。その上、剣術においてはわたくしよりも数段上のレベル――はっきり言ってしまえば、『異常』としか思えないの」
「異常、ですか」
「だって、そうでしょう? イリスちゃんはもう知っているかと思うけれど、子供でありながらあれほど完成した強さを持っているんだもの。けれど、あの子は過去のことは話したがらないのよ。それに、完成した強さを持つからかしら……向上心もないの」
「……」
イリスは神妙な面持ちでマリエルの話に耳を傾けていた。様子を見る限りでは、イリスもアルタの過去の話については聞いていないのだろう。
だからこそ、イリスに話す価値がある。
「でもね、ここ最近は少し変わったのよ。護衛もただの仕事でしかない――シュヴァイツ家への報告は淡々としたものになるはずだった。わたくしでも、そう思っていたの。けれど、あの子……よく学園での話を手紙に書くわ」
「学園のこと、ですか」
「そう。ふふっ、騎士の仕事をしているはずなのに、おかしいでしょう? でも、学園のことなら、むしろ騎士として隠しておかなければならないことが少ないから。だから、『講師として苦労』していることはよく書かれているわ。その中で、よく触れられるのはあなたのこと」
「っ! わ、私のことですか……? えっと、変なことは……?」
動揺した様子を見せるイリス。その姿を見て、マリエルはくすりと笑みを浮かべて答える。
「ふふっ、内緒」
「え、ええ……!? そこまで話したのに……?」
「それはそうよ。だってこれは、アルタちゃんの秘密だもの。けれど、これだけは教えてあげる。アルタちゃんは――あなたのことを大切に考えているわ。だから、イリスちゃんにもお願い。あの子のこと、これからもよろしくお願いね」
「……もちろんです。これから私はもっと強くなって、アルタ先生よりも強い騎士になってみせます。それが、マリエルさんにも誓ったことですから」
「ふふっ、その時になったらわたくし――いえ、わたくし達も、あなたのために力を尽くすわ。それが、わたくしがあなたに誓ったことですものね。だから、これから気を付けてね、イリスちゃん」
「はい、マリエルさんも」
イリスとの話を終え、マリエルは「クロエが戻ってくるとまた話が長くなる」と理由を付け、彼女を見送った。
先日に起こった事件――あれもまた、王国内における権力争いによるものであることは、マリエルも理解していることだ。
そんな闘争の中で、シュヴァイツ家はこれから、明確に『ラインフェル家の味方』であることを主張する。
それが正しいことなのか、間違っていることなのかは――今のマリエルには分からない。ただ、
「イリスちゃんと一緒にいた時のアルタちゃん、楽しそうだったものね。本当は、あの時から『一緒にいること』は許しちゃっていたのよね。わたくしとしては」
シュヴァイツ家の代表として『試す』ことにしたが、心の底では久しぶりに再会したアルタの姿を見て、すでに心は決まっていた。
家族が心配していても心のうちを見せることのないアルタが、イリスと共にいて徐々に打ち解けるようになったのなら――それはきっと、彼にとっていい傾向だからだ。
「姉様ーっ! 代わりの馬車が見つかった――って、どうしたの? そんなに嬉しそうな顔して……」
「ふふっ、ちょっとアルタちゃんのことを思い出したのよ」
「また『バカ兄貴』の話……? 《碧甲剣》も折ったあんな奴のことなんてどうでもいいわよ」
「そんなこと言って……本当は『お兄ちゃんともっと仲良くしたい』のに騎士になるなんて言うから、ツンツンしてるってことアルタちゃんに教えちゃうわよ」
「――っ! そ、そんなわけないでしょ! もう、知らないっ! 姉様なんて王都で迷子になっちゃえ!」
「あ、待って、クロエちゃん。そんなに急いだら迷子になっちゃうわ」
「なるのは姉様の方でしょ!」
怒るクロエの後を追って、マリエルは歩き出す。シュヴァイツ家の面々は、こうしていつもの日常へと戻っていった。
これにて第四章は完結となります。
第五章については準備ができましたら連載を始める予定なので、少々お待ち下さい!
予定としては、次回は学園物らしく『学園祭』とかテーマにしようかな……って思ってます。
ここまでお読みいただいてありがとうございました!
引き続き、よろしくお願い致します。






