154.騎士団の事情
王都に魔物が召喚されるという事件から一週間――まだ、平穏を取り戻したというにはあまりに短い時間だ。
学園の方でも少なからず影響があり、現場の近くには近寄らないように、と生徒達には釘を刺している。……だが、何よりも大きな問題があったのは、騎士団の方だ。
「ヘイロンはかろうじて一命を取り留めたが……意識はまだ戻っていない。仮に戻ったとしても、騎士として復帰できるかは怪しいところだな」
「そうですか。ですが、まずは助かったことを喜ぶとしましょうか」
《黒狼騎士団》の団長室にて、僕はレミィルと話していた。
捕らえた《魔法教団》――《ブルファウス》の魔導師達と、頭目とされるカシェル・ラーンベルクに対する尋問は先日、始まったということだ。
現場にいた僕の言葉もあり、カシェルについては事情聴取、というレベルに留まっている。『彼』ではなく『彼女』だったという事実は、まだ騎士団側でのみ把握していることだが、いずれ王国内でも知られることになるだろう。
カシェルは、憔悴し切った様子を見せているらしい。ルーサを含めた部下達による裏切りがあったのだから当然だろう――そう思われたが、レミィルから聞いた話によると、少し事情が違うようだ。
「カシェル様の件ですが……ファーレン・トーベルトは裏切りを否定しているんですよね?」
「ああ。奴はカシェル様への裏切りを否定している。ブルファウスの頭目だとファーレンは名乗っていたが、ルーサの方はカシェル様が頭目だと言っていたらしいじゃないか。奴にルーサの件を話したらひどく動揺をしていた。あれは演技ではないだろう。『全ては自分の独断だった』と、カシェル様を擁護していたくらいだ。今更、彼女を擁護するメリットは奴にはないはずなんだが」
「ブルファウス――というより、ファーレンは『魔法技術の発展のため』にイリスさんを人質に取ろうとした……そう言っていたそうですが、あまりに現実的な方法ではないですね」
「それが真意だとしても、イリス嬢を人質に取って実現できるかどうかは別の話だ。むしろ、そんなことをすれば『魔法は危険』だと――いや、あるいは……それが狙いか?」
「……? それが狙い、とは?」
「ファーレンはそもそも、カシェル様のためにこの舞台を用意した――そう考えれば、カシェル様が彼らの裏切りを知らなかったことにも納得がいく。《王国魔導協会》を率いるのはラーンベルク家……騎士団と協力してカシェル様が魔法教団を鎮圧すれば、彼女の地位は確立されるだろう。魔法協会と魔法教団は共倒れとなるが、組織はなくなったとしても、カシェル・ラーンベルクにはクリーンなイメージが付くのは間違いない」
「つまり、ファーレンはラーンベルク家のために裏切りを強行して、その中でルーサの裏切りが発生した――そういうことですか?」
「あくまで仮定の話だが……ルーサ自身が聖鎧騎士団を含めて片付けるつもりだったのなら、絶好の機会になるからな」
今後の尋問で明らかになることだろう。……だが、今の話ならば僕も納得する。
ルーサという少女はたった一人で、聖鎧騎士団と魔法教団――二つの組織を無力化したことになるのだ。
それがルーサの狙いだったのかもしれない。彼女は、『アタシ達』と言っていた。
どこか、別の組織に属していることは間違いないだろう。『王国』の戦力を削れた、という旨の発言も僕は耳にしている。
その発言の意図から察するに、ルーサはガルデア王国の外の人間であり、この国の戦力の弱体化を図っていたことは明確だろう。
聖鎧騎士団の弱体化によって得をするのは『ファルメア帝国』ということになるが……そんな分かりやすく敵意を示すとも思えない。
ましてや、丁度帝国元帥の娘であるエーナがこの国を訪れている時だ。
この状況で帝国側が仕掛けてくるわけもないだろう。エーナには、話を聞いてみる必要はあるかもしれないが。
「一先ずは、当事者達の話を聞いて判断することになるだろう。イリス嬢やアリアちゃんの協力もあって、被害は最小限に食い止められた――それは間違いないだろう。労ってやってくれ」
「はい、彼女達のおかげで助かったのは事実です。それと、そのお話で聞きたいことがあるんですが」
「ん、何かな?」
「団長、義姉さんのことは『知らない』って言っていましたよね? でも、義姉さんが持っていた武器は《剣客衆》の剣だったそうじゃないですか。イリスさんから聞きましたよ」
「! その話か……嘘を吐いたことは認めよう。マリエル嬢からは話は聞いていた」
「義姉さんの実力については団長も知っているでしょう。一時期は話題になったそうじゃないですか」
「……まあ、彼女が騎士になれば、『歴代最強の騎士』となることは間違いない――そう、言われていた時期もあったな。ただ、彼女自身が騎士になることを拒否したために、その話は空論になってしまったが」
「義姉さんが頼んだことですから、あまり強くは言えませんが……僕には一応、話を通しておいてください。僕はイリスさんの護衛なのに、僕の義姉がイリスさんと決闘するだなんて、普通に考えたらおかしいでしょう」
「それはそうだが、教えたら今みたいに止めただろう。マリエル嬢はシュヴァイツ家の代表としてここにやってきていた――君が護衛を続けられるかどうかも、シュヴァイツ家の意志は当然含まれるんだ。結果として、イリス嬢は認められたようだし良かったじゃないか」
「まあ、イリスさんなら大丈夫だとは思っていましたが」
「ほう、随分と彼女を信頼しているようだな。やはり、君は護衛という立場より彼女の『剣の師匠』としての立場の方が性に合っているか?」
茶化すように言うレミィルに、僕は嘆息して答える。
「シュヴァイツ家の意志なんて、僕には関係ないですよ。僕は僕の意志でここにいます――イリスさんを守るのも、剣を教えるのも僕の意志です。こうして騎士の仕事をしているのも僕の意志なんですから、周りの意見なんて気にしなくていいんですよ」
「だが、それでは君のシュヴァイツ家での立場が……」
「ですから、そんなことは気にしないと言っているんです。義妹には《碧甲剣》も折ってしまって結構怒られたりしましたが、立場を気にするなら、お金稼ぎのことばかり言ったりしませんって」
「そう言われると、確かにその通りだな。まあ、そこまで面倒なことにならなかったから、この話はこれで終わりにしよう!」
レミィルが無理やり話を終わらせようとする。彼女としては、剣客衆の剣まで貸し出したという事実を突かれるのが痛いところなのだろう。
実際、それでイリスの身に何かあれば、責任問題になるのは確実だ。
それが分かっていてレミィルもマリエルに剣を貸し出したのだから、彼女は彼女でイリスのことを信じていた、ということか。
「あ、話は終わりにしようと思ったんだが……その当事者であるマリエル嬢はどうした?」
「義姉さんなら今日、帰る予定みたいですよ、僕にこの話を蒸し返されるのが嫌みたいで、会って話すつもりはないみたいですが」
「そうなのか。久しぶりに家族と再会したというのにな」
「また会う機会なんて、いくらでもありますから」
久しぶりに会った姉妹と、ゆっくり話をする機会は多くはなかった。
けれど、すっかり嫌われていたと思っていたクロエとは、きちんと話せた気がした。
マリエルの目的は、そもそも『イリスに会う』ことだったのだろう。
だから、僕と家族の関係はきっとこれでいい――僕のすることは、彼女達もきっと認めてくれたのだから。
次の話で四章は終わりとなります。






