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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第三章 《剣客少女》編
108/189

108.信じているから

 崖から飛び降りるとすぐに、ミネイの姿が視界に入った。

 距離はあるが、イリスは落下の勢いに任せて壁を走るようにして駆ける。

 長くは持続しないが、わずかでもミネイとの距離が縮まればいい。


(少しでも、距離を近く……!)


 落下するミネイの叫び声が耳に届く。

 高さはあるが、海の中に落下すれば、怪我をすることはないだろう。

 だが、ここの付近の海には《魔物》が出る。

 イリスが危惧したのはそこだ。

 数歩、壁を走るように移動したイリスは、強く絶壁を蹴りあげる。

 加速するように斜めに落ちるイリスは、丁度ミネイが落下する付近へと飛び降りた。高く水飛沫を上げながら、イリスは海中で周囲の状況を確認する。

 ミネイはバランスが取れずに数メートル、海の底で藻掻いていた。


(泳ぎはまだ下手だけど……っ)


 アルタに教わったことを思い出す。

 潜水の技術はないが――今はそんなことを考えている場合ではない。

 イリスもまた、藻掻くようにしながら海の底へと進んでいく。

《紫電》が重りとなって、深く沈むのにはそれほど負担はかからなかった。


(っ!)


 イリスはすぐに、異変に気付く。

 海の中で藻掻くミネイに反応して、魔物達がやってきたのだ。

 イリスの呼吸は長く持つわけではない。

 それでも、慣れない水の中で――イリスは剣を振るう。

 いつも以上に鈍くなる動きの中でも、イリスは確実にやってきた魔物を打ち倒す。

 サイズはそこまで大きくないが、鋭い牙を持った魚類の魔物が数匹。それらをイリスは打ち倒し、ミネイの身体を支えた。

 だが、パニックを起こしているミネイは、イリスが身体に触れても暴れるような動きをする。


(くっ、何とか落ち着かせないと――!)


 その時、すぐ近くに何者かが落下してくるのが見えた。

 それが、アリアであることに気付くのには、時間はかからない。

 アリアの飛び込みに反応して、再び魔物がやってくるが――それらをアリアが難なく処理しながら、イリスとミネイの下へとやってくる。

 水の中でも自在な動きを見せるアリアが、ミネイの首の後ろに強い一撃を加える。

 ビクリ、と大きな動きのあと、ミネイが意識を失ったのが分かった。

 アリアがミネイを抱えて泳ぎ、イリスはその後に続く。

 海岸沿いの方まで泳ぐように移動して、何とか海から出ることができた。


「はっ、はぁ……」


 ――呼吸もギリギリ。

 それこそ、泳ぎが得意ではないどころか、昨日アルタから習ったばかりのイリスは、本当に命がけだったと言えるだろう。

 他方、アリアの方は一切呼吸を乱すことはなく、イリスの方へと近寄ってくる。


「まだほとんど泳げないのに、無茶しないで」

「……仕方ないでしょう。アリアだって、ロットーさんにあんな無茶を……」

「それは仕方ない。この子、イリスの跡をつけてたみたいだったから」

「私を……?」

「アルタ先生とイリス――それにわたしも、かな。一緒にいることが多いから、何か気になってたみたいだよ」


 ちらりと、アリアがミネイに視線を送る。

 ミネイは気絶したままだが、どうやらイリス達とアルタの関係について、探ろうとしていたようだ。……おそらく、彼女からすれば、学園の講師と大貴族の娘の『スキャンダル』のようなものでも期待していたのかもしれない。

 当然、そのようなことなど起こるはずもなく――イリスとアルタの近くでは、いつも戦いばかりだ。

 だが、ミネイに怪我がなかったことに、イリスは心底安堵する。


「……起きたら色々説明しないといけないかもしれないけれど……無事で良かったわ」

「この子は大丈夫。それより、早く上に戻らないと」


 アリアが崖の上を見据えて言う。

 おそらく、すでに崖の上では死闘が始まっていることだろう。

《剣客衆》のゼナス・ラーデイと、ルイノ・トムラ。いずれも実力者であることには違いない。

 ただ、ルイノはすでに圧倒的な強さを以て、剣客衆の二人を打ち倒している。

 ゼナスに対しても、遅れを取るようなことはないかもしれない。

 それでも、イリスはあらゆる可能性に備えて、上に向かうつもりだった。


「……そうね。すぐに戻るわ」

「うん。早く行こう――」

「アリア、あなたはロット―さんをお願い」

「! イリス……?」


 イリスの言葉に、怪訝そうな表情を浮かべるアリア。

 おそらく、アリアにとっては想定外の言葉だったのだろう。


「まだロットーさんの意識が戻っていないわ。それに、敵もこれで全員とは限らない。あなたは、他のクラスの子のこともお願いしたいの」

「……イリスは、一人で戦いに行くの?」

「ええ。……心配をかけて、いつもごめんなさい。でも、私が決めたことだから」


 イリスはアリアにそう言うと、アリアが小さくため息を吐きながら答える。


「いいよ。イリスはそういう子だから。……だから、心配なんだけど。それでも、灯台のところには先生もいるだろうし。何かあれば、きっと先生が助けてくれると思う」

「……そう、ね。でも、今回は――違うの。私が、先生を守りたいと思っているわ。そんなこと、言える立場にはないのかもしれない。けれど、先生は私のこと、信じてくれていると思うから」


 イリスが危機に陥れば、きっとアルタは助けてくれる。

 その考えは、きっとイリスの中にある甘えだった。

 アルタはイリスに『頼ってもいい』と言ってくれる。

 本当に困った時は……イリスもアルタに頼るつもりだ。

 けれど、イリスにも夢がある。

『最強の騎士』になるという、誰にも譲れない大きな夢が。イリスにはそれを叶えるだけの力があると――アルタは認めてくれている。

 だからこそ、イリスのやるべきことは、すでに決まっているのだ。


「アリアも私のこと、信じてくれる?」

「……その聞き方はずるいよ。でも、イリスが決めたのなら、わたしはイリスのこと――信じる。だから、絶対に負けないでね」

「ええ、もちろんよ」


 イリスは微笑みを浮かべて、アリアの頭にそっと手を置く。撫でるようにすると、アリアは安堵したような表情を浮かべた。

 そんな二人の時間はすぐに終わり、イリスは真っすぐ崖の上を見据える。すでに始まっているだろう頂上の戦いに、イリスも足を踏み入れるのだ。

 これより始まるのは――信念をかけた、『三つ巴』の戦いだ。

本日続刊が決まりまして、2巻も出ることが決定致しました!

1巻も引き続き発売しておりますので、これを機会に書籍版もお手に取っていただけると幸いです!

三章も佳境に向けて頑張っていきますので、評価いただけますと励みになります!

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書籍3巻と漫画1巻が9/25に発売です! 宜しくお願い致します!
表紙
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― 新着の感想 ―
[良い点] この感じだとルイノちゃんも章が終わってもレギュラーになりそうでさらに面白くなりそうですね! イリスちゃん、アルタを守る(ルイノと戦う?)ならわざわざ三つ巴にならなくてもいい気がするけど、騎…
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