107.決意を以て
イリスとアリアは別行動を取っていた。
すでに、アルタが姿を消している――灯台の方に向かっていることは分かっているが、クラスのことは『任された』と認識している。
だから、それぞれがカバーできる範囲で守るために行動をしていた。
アルタが単独で行動しているのは、自分だけが狙われていると分かっているからだろう。
故に、イリスとアリアの方に危険が及ぶ可能性は少ない。
周囲には王国の騎士達も潜んでいる……故に、イリスは安全な場所からアルタの帰りを待つことがきっと、正しい道だ。
(本当に、そうなの……?)
イリスの中に生まれたのは、そんな疑問だった。
アルタに全てを任せて、自分は何もしない――アルタはそれを望んでいるのだろう。
アルタにとっては、イリスは護衛の対象であり、剣の弟子でもある。けれど、実際には『護衛の対象』という存在としての方が、アルタの中では大きいのかもしれない。
イリスよりも……先にアリアには状況を話していた、という事実については、すでにイリスの知るところでもあった。
それに嫉妬しているわけではない――状況として、アリアに話す必要があったから、アルタが狙われている状況についても、説明したのだろう。
だが、アルタはきっと、イリスにその事実を話すつもりはなかったはずだ。
(……私は、まだ守られるだけの身だから)
イリスには力が足りない――そう思った。けれど、違う。
アルタがイリスに言ったのだ。
『もしも君ができると思ったのなら――僕は君に任せますよ』、と。
「……なら、私のやるべきことは決まっているわよね」
イリスが向かったのは、崖の上に立つ灯台。山道のようになっている坂道を、イリスは進んでいた。
視界は開けているため、灯台までの道のりははっきり見える。
アルタと『敵』は、きっとそこにいる。
イリスは迷うことなく、突き進んだ。腰に下げるのは《紫電》。
紫色の刀身を持つ剣は太陽の輝きを浴びると、時折強く輝きを見せる。
すでに臨戦態勢に入ったイリスの視界には――一人の少女の姿があった。
「にひっ、こんなところまで何しに来たの?」
笑顔を浮かべるのは、着物姿の少女……ルイノ。両手を頭の後ろに組んで、楽しげな笑みを浮かべている。
まるで、これからお祭りにでも行くような雰囲気だ。
……ルイノにとっては、お祭りで間違っていないのかもしれないが。
「あなたこそ、ここで何をしているの?」
「決まってるじゃん。あたしの『狙い』が目立つところにいるからさぁ。手っ取り早く乱入しようと思って!」
「乱入……《剣客衆》を全て倒してから、だったはずでしょう?」
「それもそうだけど……だってあいつら、隠れてばっかりなんだもん。正直、拍子抜けしちゃうよね。こっちは夜通し探して眠いってのに……。そしたら、あんな目立つ場所に一人いるんだよ? それも、アルタと一緒に! 二人の戦いが始まったらさ……にひっ、自然な形で混ざっちゃおうかなって」
灯台の方を見据えて、ルイノが言う。やはり、彼女には一切の仲間意識など存在していない。
明確にルイノは――アルタにとって敵にしかならない存在だ。
イリスはそっと、腰に下げた剣に触れる。
「……それを抜くってことは、あたしと戦うつもりがあるってこと?」
「ええ、そのつもりできたわ」
「! へえ……」
ルイノが感心するように、視線をイリスの方に向けた。
イリスがルイノと戦う――そう答えるとは思っていなかったのだろう。
「それは、あたしを殺す覚悟ができたってこと?」
「……最初に言ったはずよ。私は、『必要があればそうする』」
「はあ……? ここにきて、拍子抜けするようなこと言わないでよ。あたしと戦うために来たんでしょ? それなのに、答えは同じなの?」
ルイノの表情から笑顔が消える。
初めから、イリスの気持ちも覚悟も変わらない。
「ええ、そうよ。私の目指す道は――あくまで『騎士』だもの。ルイノ・トムラ……あなたがシュヴァイツ先生を狙うと言うのなら、私はそれを止めるだけ」
「それをするなら、あたしを殺す以外にはないと思うけど?」
「いえ、方法はあるわ」
「……その方法っていうのは?」
ルイノの表情が鋭くなる。
イリスがどう答えるか――きっと、それによってルイノの態度は大きく変わるだろう。
嘲笑するかもしれないし、楽しそうな笑みを浮かべるかもしれない。
けれど、どっちだっていい……相手の態度なんて、気にする必要もないのだから。
「私は――っ!」
ルイノに対し宣言をしようとした時、イリスは後方から感じた気配に振り返る。
尋常ではないほどの殺意。距離があっても、すぐに理解できた。
ルイノもまたそれに気付き、嘆息する。
「……また、いいところで邪魔が入った」
この殺意は、イリスに対して向けられたものではない。
何故、ルイノに対してそこまでの殺意を向けているのか分からない――それでも、明確に敵がいることは分かっている。
そして、イリスもある事実に気が付く。
「アリアと……ロットーさん……!?」
遠くからでも、そこにいる少女二人の姿は分かる。
親友であるアリアと、クラスメートのミネイ・ロットー。
その前に立つのは、赤色の剣を持つ人影。聞いている情報と合致するのは、剣客衆のゼナス・ラーデイだ。
「……っ!」
イリスは理解し、すぐに駆け出した。
ルイノと戦う決意をして、ここまでやってきた。けれど、それ以前に――アリアとクラスメートが危機に瀕しているのならば、そちらを優先して助けようとするのがイリスだ。
「にひっ、お先に!」
「! あなた……」
イリスよりもさらに素早く動いたのは、ルイノの方であった。
身を低くして駆け出し、圧倒的な速さでルイノがゼナスとの距離を詰める。
ゼナスもまた、アリアやミネイから視線を逸らすと、呼応するのにルイノの方へと向かう。
次の瞬間、赤色の大きな刃が坂道を覆った。
イリスの視界に入ったのは、刃をかわしながらも、ミネイを助けるために崖から突き落とすアリアの姿。
崖の下は海になっている――アリアの判断は正しい。このまま戦闘にミネイを巻き込むくらいならば、海に投げ出した方が安全だと考えたのだろう。
イリスもまた、すぐに状況に応じた最適解に辿り着く。――勢いのままに、イリスは崖から飛び降りた。






