移人狩「集う参加者」①
━━舞台は変わり、時間軸は遡ること幾数晩。
現実世界にて〈創造の魔女〉と称される人形師エルミル・ビア・パナシェ。
彼女は唯一人、円錐階層都市バンブリオの第四階層を散策していた。
別称〈底辺層〉と蔑まれる第四層は景観にまとまりもなく、歩けば様々な設定背景を彼女の瞳に映した。
〈変革〉前からの付き合いとなるお転婆菓子職人雨頃仔百の推薦により、仲間の古祈愛言理と一緒にギルド〈ハンプティ・ダンプティ〉の創設者であるメリーベル・アン・ラズベリーとの面会に望み、その時、彼女はある質問を投げ掛けていた。
「理想郷の先駆者とは、一体何を課せられた存在なの?」
対してお姫様は端的に〈希望の象徴〉とだけ答えた。
口振りから察するに、どうやら彼女自身もなぜ理想郷の先駆者なる概念が存在しているのか曖昧な様子だった。
ただ現時点で強制書換なる別世界の権限を行使できるのは葬儀人を除いた場合、理想郷の先駆者に限定される。
つまり、言い換えれば葬儀人以外で強制書換を操れる存在が理想郷の先駆者━━New Ager (ニューエイジャー)と一括りにできるのだ。
エルは言理と共にこの世界〈New Age〉へ降り立った。
目的は意識混濁性消失障害の原因と意図の解明、そして解決だ。
現在、最も真相に近い位置に立っていると思われるのがギルド〈ゾディアーク教団〉所属〈滅竜士〉のバルドだ。
従ってエルと言理、それに仔百の三人は〈ゾディアーク教団〉の拠点を目指し、円錐階層都市バンブリオへ足を運んでいた。
到着して真っ先に届いた噂は、ウェルズニールを矛先に見据える有数ギルド混合の先遣隊が旧ナノケリア領土を迂回してウェルズニール領土へ迫りつつあるとの事だった。
仔百が話すに、先遣隊には〈ハンプティ・ダンプティ〉の片翼、最強の矛と名高いギルフォート・シュヴァリエも参戦しているらしい。
バンブリオへ到着した時にはもう日は沈みかけており、茜色の雲群が彼方を染めていた。
〈ゾディアーク教団〉は第二層の端に拠点を構えており、訪ねるのは日を跨ぐ事となった。
第四層の中でも比較的……小奇麗で清潔な印象を見せている宿屋を選び、部屋に案内されるや否やシャワーへ飛び込んでいった仔百の事は言理に任せ、エルは散らばる思考をまとめようと独りで散歩へ出たのだ。
もう意識混濁性消失障害になって半年以上が経つというのに、未だに手掛かりらしき手掛かりが何一つ得られていない。
エルは現実世界でも〈原書(初)の魔女〉ルミエルド・ワイズ・エンドの組織に属している頃や、その後……言理と二人で世界を巡る間など様々な異常と向き合ってきた。
それらの過去と比べてみても、今回の異常は規模が違い過ぎる。
想像以上に複雑で一向に解決の糸口も見つけられない。
焦ってみても仕方がないとわかっているつもりだ。
それに━━この世界には、この世界の問題が溢れている。
エルは出来ることなら、この世界の異常も……この世界に生きる人々が直面する問題も解決できればと、心の隅で考え始めていた。
箱庭の小人なるこの世界の住人は上界の移人なる自分達からすれば実在する人間とは中々認め難い。
それでも目の前で困ってる人が居るなら助けたいと思うし、言理なら迷わずに助けるだろう。
だからエルはたとえ解決に繋がらなくても、過程として人助けはすべきだと思っている。
今までだって彼女達は当然の如くそうやって生きて来たのだから。
夜闇に包まれた街中を奥へ奥へふらふら進むと、敷き詰められた建造物による圧迫感は徐々に薄れていき、代わりに首都の領域境界線を示す防壁が眼前にうっすらと浮かび上がってきた。
点滅を繰り返す街灯が、昔、日本の東北で垣間見た深夜の信号を思い起こさせる。
羽虫が街灯の表面で蠢いており、不気味な影を足元に落としていた。
魔術と科学が混在している〈New Age〉の世界だが、どうやら魔術を原動力とする物体の方が高価、もしくは稀少らしく目にする機会は余り多くない。
しかしながら〈ハンプティ・ダンプティ〉が拠点を構える彩花の園〈ラフレンティア〉では花園の維持や管理に魔術が組み込まれてあったりとネットゲーム〈New Age〉の設定に準拠している為か、やや合理性に欠けている部分も見受けられた。
ふと、彼女が〈付術師〉として取得していた気配探知スキルが反応を示した。
〈シグナルアラーム〉━━自身のみを対象とするスキルが発動した場合、脳内にアラームが鳴り響く。アラームの間隔により数、威力の度合判別が可能。
「……」
いつの間に立っていたのだろうか。
アラームが告げし人物が堂々とエルの前に姿を晒していた。
全身を黒衣に包んでおり、深くフードを被っている為、表情も窺えない。
見覚えのある身形だ。
「……葬儀人なの?」
黒衣の人物はエルの問い掛けには応じず、ただ一言。
「ジョウカイノイジンダナ?」と声を上げた。
━━合成された声。
不自然に甲高い声が人為的なものだとすぐに理解する。
「えぇ、いかにも。私は移人よ」
エルの頷きを受けて、黒衣の人物は続ける。
「ニューエイジャーカ?」
今度は首を横に振った。
「残念だけど、違うわ」
「マタハズレ……」
唐突だった。
エルは眼鏡の奥に覗く透き通った蒼い瞳を細めた。
彼女の眼前まで緩やかな弧を描いて迫っていた漆黒の鞭。
しかし鞭は黄金に煌く粒子の糸に縛られ停止している。
エルは右手の甲を相手に向ける。
指先から黄金の粒糸が伸びている。
「どういうつもりかしら?」
「……」
沈黙を通す黒衣の人物。
エルは左手も持ち上げて、黄金の糸を煌かせた。
「次は貴方を縛るわ」
威嚇目的で軽やかに指を躍らせる。
数多の黄金の糸が粒子を散らせながら黒衣の人物を囲んでいく。
黄金に満ちる幻想的な光景。
微動だにしない黒衣の人物。
「ハズレハコロス」
「……っ!?」
エルは咄嗟に相手を縛るのではなく、自身を離す魔術を選んだ。
彼女は断定的にだが、瞬間転移を可能とする。
黒衣の人物の鞭を握っていた右手とは異なる腕から凄まじい勢いで蒼い粒子が吹き出した。
蒼い粒子は水流の如く流動し、エルの黄金の粒糸を瞬く間に飲み込んでしまう。
そして、その勢いのままエルへ襲い掛かった。
「……」
しかし、水流に飲まれたエルの全身は黄金の粒子となって飛散し、その場には黒衣の人物だけが取り残されていた。
仔百が寝静まるのを見届けていた言理は、良く知る気配が乱れているのを察知して視線を扉に向けた。
やや乱暴に扉が押し開く。
珍しく神妙な面持ちを見せているエル。
「エル?どうしたんだ?」
言理は不審そうに眉をしかめながら彼女に訊ねかけた。
「……」
思考がまとまらず、どう説明すべきか戸惑う。
あれは葬儀人だったの?それとも……。
運が良かった。
エルの瞬間転移は座標指定が必要だが、割り出す余裕もなかった彼女は半ば直感で転移へ移行していた。
もし座標の結び付きが不完全であれば転移は発動せず、あの黒衣の人物が放った蒼い粒子に飲み込まれていただろう。
「誰かに襲われたのか?」
言理の声色も深刻さを増していく。
「危なかったわ。強制書換所有者だったの」
「葬儀人か?」
「わからない……姿は葬儀人に似ていたけど、何処か違う気もしたわ」
「けど、葬儀人以外で強制書換を扱えるのはバルドとベリルと……メイジだけだろ?」
「わかってる。えぇ、わかってるわ」
その時の二人はまだ知らなかった。
円錐階層都市バンブリオに潜む〈移人狩〉なる異常の存在を━━。




