王の末裔「冠を負う少女」⑥
━━緑祭の都「ウェルズニール」
中央に「メンデルハープの樹皮城」が聳える首都ウェルズニール。
元々、意図して〈大樹メイニール〉を包むように建造されていた城は長い年月を掛けて、一面を大樹のつたに覆われていた。
メイニールは成長の過程に置いて柔軟性に長けた伸びを見せる。根は人々の歩みに沿って伝い、つたは這うようにして人工物をなぞっていく。
枝も開放された空間を認識するまでは茂らず、城内の天井を伸び窓の外に這い出てから葉を広げていた。
またメイニールはつたの表面から薄く霧を散布する生態を備えており、結果ウェルズニールの街並は常に散漫とした霧中に内包されている。
街中は城の窓より突き出た枝葉に覆われ、つたが吐く霧を纏っているのだ。
ただし、それらの光景は必ず、月に一度だけ生りを潜める。
生い茂った葉を散らせ、霧の晴れた街中には惜しみなく太陽の恵みが注がれ、国民はその日を「還日祭」と崇め祝う。
その習慣は戦時中であろうと構いなく行われ、例え一時的なものだとしても……各々の不安を忘れさせてくれるのだ。
黎明の騎士団、第二部隊と第三部隊。ぞれぞれが帰還を果たした翌日。
大樹メイニールは街中に葉を散らせて「還日祭」を告げていた。
首都へ帰還した昨夜。
メルティに入城を勧められたが、丁寧に断って街の宿を利用していたメイジ。
翌朝、街道に積る葉山、すっかりと晴れた霧、そして、活気づく国民を目の当たりにし、彼は何事かと目を丸くしていた。
ふらふらと豹変した街中を散策していた所、やがて、慌てた様子のメルティが彼の元へ駆け付けてきた。
甲冑型宝星具━━洸片翼〈ガウェイン〉ではなく、祭事用の衣装に身を包むメルティ。
一国の姫としてではなく、黎明の騎士団としての深緑を基調とした司祭服を選ぶ辺り、彼女の強情さが覗かれた。
どうやら街中を聞き回って、メイジの居場所を探していたらしいメルティは息を整えながら「やっと見つかりました……メイジさんっ、おはようございます!!あの、もし良ければ私と一緒に街中を回りませんか?」となんとか微笑んでいた。
朝一番から付きっきりでメルティに連れ回され、メイジはただ流れるままに次々と声を掛けられる姫の姿を眺めていた。
「キャメロット様!!お元気そうで何よりです!!」
メルティを見かけると同時に駆け寄ってくる民の姿。
日頃から慕われており、彼女がほとんどの民より信望を集めているのが、やり取りから自然と理解できた。
「おやおや、もしかして、お隣の少年は姫様の伴侶となる方ですかな?」
「ち、違います!!」
「うわぁぁ俺達のキャメロット様がとうとう……ごぱぁ!!」
「だ、大丈夫か!?くそっ口に出す前に、自らの妄想によって自滅したか。お答えください姫様!!その少年のどんな所を好いているのですか?」
「もうからかわないでください!!」
頬を紅潮させ潤んだ瞳を見せるメルティの反則的な可愛さに、その男性もまた「悪くない人生だった……かはっ」と意味深な捨て台詞を吐いて倒れ込む。
和気あいあい?とした雰囲気の中、時折……離れて彼女へ敬慕とは異なる視線を向けている民達が居ることにもメイジは感付いていた。
「メイジさん、どうかしましたか?」
「ううん、なんでもないよ」
黙り込んでいたメイジの様子に気付き、不安そうに声を掛けるメルティ。
「ごめんなさい、あまり楽しくないでしょうか?」
「そんなことないよ。メルティと皆とのやり取りを見ているだけで充分楽しいから。メルティは慕われてるね」
「いえ、これも私が姫なる身分であるが故です」
「謙遜しなくてもいいのに」
「キャメロット様ぁぁぁ!!」
と、そこに例の如く側近のケヴェルが駆け寄ってくる。
「また貴様かぁぁぁ!!!メイジ、キャメロット様を連れ回すとはなんたる横暴!!そこに座れぇぇぇ!!今すぐ、その首を刎ねてくれるわっ!!」
「もう!!ケヴェル止めなさい。メイジさんを誘ったのは私です」
「なん……ですと……」
霞んでいくケヴェルの輪郭線。
「それよりもどうしました?何か用件があったのでしょう?」
「はっ!!まもなく出兵式を兼ねた儀礼が始まるので、各部隊の隊長は城前にて待機となります」
「もうそんな時間でしたか。メイジさん。ごめんなさい、一度、失礼致します」
「うん、いってらっしゃい」
「はいっ、また後で会いましょう」
ぎぎぎっとケヴェルの歯軋りがおぞましく鼓膜を揺さぶる中、メイジは軽く手を振った。
遠ざかる二人の姿を見送り、残されたメイジはそそくさと逃げる様に民の輪を抜けていく。
落ち葉の積もる街道を逸れ、薄暗い路地裏へ潜んでいく。
「やっ!メイジ」
彼の道先に立ち、メイジへ片手を上げている男の子。
それは〈朱猫の魔術師〉ことマオだった。
パーシバル砦跡地では表面上の受け答えしか見せなかったメイジが、二人っきりの状況下になって初めてマオへ問い掛ける。
「マオ、君達〈葬儀人〉は〈黎明の騎士団〉を利用して何を企んでいるの?」
「僕もよくわからないかな」
ぷいっと端的に答えるマオ。
「真面目に答えてよ」
「真面目だよ。だってブラムはほとんど意図を話してくれないからさ。僕とかアークはただ言われるがまま動いてるだけだもん」
「〈葬儀人〉はNew Ageの歪みを糺す存在なんだよね?」
「そだよ。んーたぶんだけど、ブラムはもう一度〈水瓶座の時代〉を探してるんじゃないかな」
「探してるって、どういうこと?」
「あれ、知らなかったんだ。〈変革〉の日、僕達〈葬儀人〉は〈水瓶座の時代〉で上界との繋がりを遮断した。けど、その規模が大き過ぎたのか、〈水瓶座の時代〉……アメリーは蒼い粒子となって消えちゃったんだ」
「アメリーが消えた……?」
「うん、消えちゃった」
━━唐突に、路地裏で蒼い粒子が吹き上がる。
蒼焔を纏うメイジの右腕と、同じく蒼焔を灯すマオの歪な十字鎌とがお互いに蒼い粒子を衝突させ、飛散させていた。
「メイジ、落ち着きなよ。たぶん、ブラムもフィズも予想外だったんだよ。だって、本当ならその後に〈障害の座〉も払う予定だったんだからね」
「君達の……その自分勝手な願望の為にアメリーは消えたんだ!!」
「自分勝手じゃないよ。これは君達〈意識混濁性消失障害〉にとっても由々しき問題だった筈。だって、君達が上界に戻る方法なんてなかったんだから。いずれは〈障害の座〉によって、僕等は生きていけなくなるんだよ」
「戻る方法がないなんて決め付けないでよ」
「でも見つからなかったんでしょ?あのね、君達〈意識混濁性消失障害〉はもうこの世界の住人なんだよ。〈変革〉以後、君達はこの世界に適応してる。それが本来在るべき〈上界の移人〉の姿なんじゃないかな」
「そんなのっ!!」
拳を解いて、蒼い焔を沈めるメイジ。
「いいよ。そんなに納得が必要なら、ブラムに会わせてあげよっか?」
その言葉に伏せられた真意が汲み取れずメイジは押し黙る。
マオは猫耳をぴょこぴょこと躍らせて続ける。
「ねぇ、メイジ。僕は思うんだけどさ。敵味方の区別ってそんなに意固地になる程のものなのかな?」
路地の奥からどっと歓声が沸いている。どうやら儀礼が始まったらしい。
「喧嘩をするほど仲が良いって言うらしいし……ねぇ、メイジはさ、あの日、裏切ってアメリーを連れ去った僕が今でも憎い?」
「……憎いよ」
「そっか、ちょっとだけ哀しいかも」
「けど、今更、君にその憎しみをぶつけた所で、アメリーもフォルテも戻ってこないんだって。それぐらいは分かってるつもりだよ」
「ふーん、相変わらず不器用で、笑っちゃうぐらい優しいね」
ネットゲーム「New Age」の世界に取り込まれてからの日々が走馬灯の様に脳裏を過っていく。
「もうこの世界はゲームじゃないんだよ」
葬儀人マオが声に出して、残酷な現実を突き付けてくる。
「古祈愛言理」
「エルミル・ビア・パナシェ」
「アメリー」
「フォルテ」
「ココナ」
「なおえかねつぐ」
「モーゼル」
「バルド」
「白黒」
他にも数々の出会いと別れを繰り返してきた。
「明日、僕とキャメロット姫は〈円卓の騎士団〉の拠点である透石箔の廃館〈クリアンレズム〉を目指して出兵する」
君はどうするの?と、マオは静かに問い掛けた。
「僕は……」
儀礼の最中。国の象徴となり冠を背負って民の前に立つ少女へ想いを馳せる少年。
その選択がかつての仲間達には受け入れられないものだと知りながら、メイジは決意を口にした。
━━黎明の騎士団に入団するよ。




