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内乱記異聞  作者: 奪胎院
第七部:ムンダの戦い

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最終章:一日執政官

紀元前四十五年十二月三十一日、ローマ。


ムンダの戦いから、約九ヶ月の時が流れた。


レビルスの日常は、血と鉄の匂いが染みついた戦場から、ローマの中心、フォルム・ロマヌムへと完全に移っていた。


彼の前には、もはや敵軍の配置図はない。代わりに、ローマ世界の未来を描き出す、膨大な設計図が無限に広がっていた。


退役兵への土地の分配は、彼の計算通り、着実に進んでいる。


ヒスパニアとガリアには、新たな植民市を建設するための測量技師団が派遣された。


そして、彼がローマで最も心血を注いでいるのが、来年から施行される新しい暦、ユリウス暦の導入に伴う、国家財政の全面的な再計算だった。


それは、ローマという巨大な国家の会計システムを、根底から作り変えるに等しい、途方もない作業だった。


戦争の計算は終わった。


だが、彼には国家再建という、より複雑で、より終わりなき計算が待っていたのだ。


その知的な挑戦に、彼は不思議な満足感を感じていた。


その年の最後の日、計算に没頭するレビルスの元に、カエサルからの緊急の召喚状が届いた。


何事だろうか。レビルスが慌てて彼の私室へ向かうと、カエサルは、まるで面白い悪戯でも思いついた子供のような顔で、彼を待ち構えていた。


「友よ、君に仕事を頼みたい。ほんの数時間で終わる仕事だ」


その軽やかな口調に、レビルスは逆に戸惑った。


この男が、これほど気楽に口にする仕事など、ろくなものであるはずがない。


「…どのようなご用件でしょうか、閣下」


訝しむレビルスに、カエサルは悪戯っぽく笑いながら、とんでもないことを告げた。


「執政官の仕事だが」


「……は?」


レビルスは、自らの耳を疑った。


執政官コンスル。共和政ローマにおける、最高の栄誉職。


元老院を率い、軍団を指揮する、国家の頂点。


それを、この自分が?一介の騎士階級出身で、軍務経験しかない、この自分が?


「何を驚いている。ほんの数時間だと言っただろう。今年の執政官だったファビウスが、先日急死してな。年の最後の一日だけ、その席が空いているのだ」


仰天し、滅相もございませんと固辞するレビルスに、カエサルは、それまでの柔和な表情を消し、真剣な目で言った。


「これは命令であり、俺から君への感謝の印だ」


その声には、有無を言わさぬ響きがあった。


「君がいなければ、今の私はいなかった。ガリアで、ギリシャで、そしてアフリカで、私の無謀な賭けを、常に君の計算が支えてくれた。君の名を、ローマの歴史に、最高の形で刻ませてくれ。それに、」

とカエサルは続けた。


「君の役職も、そろそろ軍人ではなく、国家の建設者として、それにふさわしいものが必要だろう?」


レビルスは、もはや何も言えなかった。


主君からの、あまりに破格で、あまりにも過分な、そしてどこまでも戦略的な「褒賞」。


それは、彼が断ることなど、到底できないものだった。


その日、レビルスは、ほんの数時間だけ、ローマ最高の栄誉職である執政官がまとうことを許される、紫の縁取りが施されたトガをその身につけた。


元老院の議事堂に彼の席が設けられ、周囲からは、キケロあたりが飛ばしたであろう、「夜明け前に現れ、日没と共に消える、実に慌ただしい執政官閣下だ」という、皮肉めいた冗談が聞こえてきた。


日没と共に、彼の短い任期は終わった。


その夜、レビルスはカエサルと共に、パラティヌスの丘の上から、眼下に広がるローマの夜景を見下ろしていた。


無数の灯りが、まるで地上の星々のように瞬いている。


「…とんでもない褒賞でしたな、閣下」


レビルスが、ようやくそれだけを言うと、カエサルは静かに頷き、そして、未来を見つめる目で、こう答えた。


「ああ、ご苦労だった、友よ。…これで、ようやく始められる」


その言葉に、レビルスは、全身を貫くような、静かな興奮を覚えていた。


始められる。その言葉が何を意味するのか、彼には痛いほど分かっていた。


これまで行ってきた元老院の改革も、退役兵への土地分配も、新しい暦の制定も、全ては準備に過ぎなかったのだ。


戦争で傷つき、内乱で引き裂かれた、古いローマという名の身体を治療するための、応急処置だった。


これから始まるのは、全く新しいローマを、ゼロから創造するという、神にも等しい事業。


国家の再建、そして、その先に見据える、東方世界への大遠征。カエサルの構想の壮大さに、レビルスは武者震いにも似た感覚を覚えた。


ふと、彼は少し離れた場所で、同じようにローマの夜景を見つめている若者たちの姿に気づいた。


カエサルの後継者たるオクタウィアヌスと、その友人たち。


彼らは、自分たちがこれから創り上げる、新しい時代の、最初の住人となるのだ。


レビルスは、隣に立つ主君の横顔を見上げた。


その顔には、もはや戦場の将軍の厳しさも、独裁官の孤独もない。


ただ、これから始まる壮大な仕事への、純粋な喜びに満ち-た、一人の建築家の顔があった。


内乱の時代は、終わった。


そして、創造の時代が、今、始まろうとしていた。


レビルスは、その確かな実感と共に、眼下に広がるローマの無数の灯りを、いつまでも見つめていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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