【チェスター】悩ましい朝と、障害
王城から、手紙がきていた。
ため息が漏れる。
さて。どうしようか。
また、来月から一方的に配当が減らされる。
金がない、そして交渉手段もない。はてさて。
私が悪い、と思うとき。
実は、相手の方が悪いと思っている。
その浅ましい自分が嫌になる時がある。
私は、決して上等な人間というわけではない。
生まれはネスタビ。上澄みが華々しいだけの、実際に住むとつくづく人の浅ましさがわかる海町。
いや、このブルエモンの街には、人が浅ましくなる、それだけの余裕さえないのかもしれない。それでも、私はこの町の方が好きだった。
女の生きる道は、力のある男に媚びるだけ。
男の生きる道は、できるだけ上に行くこと。ただ、まぁ、どれだけ上がれるかは生まれによった。
私は、行きたいところまで行けなかったから。その海街を後にした。
王城で暮らし始めてつくづく身に染みた。故郷でやっていたことは、どこをどう切り取っても、そのまね遊びくらいにすぎないと。
複雑怪奇な政治陰謀も。
貴族の派手な女遊びも。
何もかも。
ある意味、私は逃げるようにブルエモンにきた。
一城の管理をしたい、若い時からの夢を叶えたいというよりも。
王城の忙しさに疲れ果てて。
それでも故郷に帰ることはできず。
故郷よりも平穏そうな田舎町へやってきた。
平穏と退屈は隣り合わせだ。
でも、私は退屈を求めた。
いつも通り。
日々がいつも通りであることを。
この城にアルビン様がいらっしゃって、その平穏は破壊された。
国王陛下のご寵愛を得る、それがどういうことか。
私がこの城に来た当初は、この城をどう維持していくか頭を悩ます金額しか与えられなかった。
それが、倍どころじゃない。何十倍のお金と共にアルビン様は転がり込んできた。
とはいえ、彼には爵位がない。だから、補修工事は行えない。
だが、外見を取り繕うのなら、いくらでもできる。
ただ、いくらでもやろうとすると、流石に金額が足りなかった。
アルビン様を「国王陛下がいらっしゃるとこの内装では……」と説得して、理想の城に近づける。
その嘘が、今、首を絞めている。こんな辺鄙な田舎に国王陛下がいらっしゃるわけがない。
私の罪は。
まだ、ある。
純粋に彼は、国王陛下のご寵愛を疑っていない。本当に彼がいつか来るものと思っている。
思っているから、余念はない。服も、髪も、何もかも整えて置こうとする。
私が嘘で染めたのが、悪い。国王陛下がいらっしゃるわけがない。
オグタドラとビリターヴィンを経由して、田舎道を旅する。警護だのなんだので何か月の旅になるだろう。酔狂な王子殿下という立場ならともかく、国王陛下が一年を潰すような旅ができるわけがない。
出費が嵩む理由。
私の決断が絡んでいる。つまり、私が悪い。
前は、「城で奉仕できるなら、嫁の行く手に困らない」と女をタダで、「家具を壊した借金を返せ」と男をタダで働かせていた。
まぁ、どこの城も、あるいはどこも貴族も大抵そうだろう。
私は、これが嫌で嫌で仕方なかった。
だから、やめた。
金銭的な余裕が完全なる後押しとなって、正反対の方向へ舵をきった。
孤児を引き取り、一流に育て上げる。本当に「どこへ嫁に行っても」恥ずかしくない女子になって、実際にビリターヴィンの方へ行った娘もいる。
月々の確実な出費。
これが、響いてくる。
やらねばならないことは明らかだった。
固定費は如何ともし難い。こちらを減らす前にやるべきことがある。
すでに、城の改築は諦めていた。
それでも、まだ、王城側がその金額を減らしてくるというのなら。
アルビン様に、出費を控えるように言う他ない。
そう朝から頭を抱えてきたところに、別の問題がきた。
最近、このブルエモンに来たという冒険者。彼がテイムドを連れていて、それも王城から来たという、その情報がアルビン様に火をつけてしまった。
「現役の冒険者に勝てるわけがない」と柔らかく諭す言葉を私は持たない。
それで、決闘を持ち込んだアルビン様が実質、負けてしまったのだというから厄介だ。
そして、その対価にこの城に住まわせろという約束を勝手に交わしていたのだから、なおさら厄介だ。
年齢不詳のケンゴという冒険者は、なんというか、ひょうきんなところがあって、誰もが心を許してしまう。
かつて幽霊が住んでいたという使用人用の部屋。彼は嫌がることなくそこに居座るという流れになってしまった。
もともと警戒心が強いはずの、ブルエモン生まれの使用人たちも、それには同意しているらしい。なんでも、丁寧に挨拶をしてきたのだとか。
どうして私のところには来ないんだろうか。
まぁ、いい。
そのケンゴとやらは昨日、冒険者として数週間留守にするといって出かけた。それが、どうしてここにいるのか。
留守のうちにアルビン様と話をつけようという算段は崩れた。
お金の話を後回しにしてもろくなことはないが、そうしなければならないようだった。手紙をおく。中身が見られないように、さりげなく伏せた。
眼鏡を外す。伏せた紙の重しにしたかった。が、意志の力で止める。手紙へ注意を引くことは避けたい。
それだけの動作にアルビン様は、ケンゴの後ろへ一歩下がる。
漏れそうになったため息を押し殺した。会ってすぐの男と冗談を言い合うほど、仲良くなるというのに。
アルビン様は私には心を許さない。
ともかく。
こちらから、話を切り出さねばいけないようだった。
「冒険者の御用でお留守に為されると聞いておりましたが」
そういった、自分の表情は分からなかった。
どうやら、ケンゴのテイムドの空間転移で戻ってきたという。この城から、日勤したいと。
つまり、勝手に出入りしたいという話だ。
「勝手に出入りするって言うんだけど、チェスターさんに言わないとまずいと思って」
そう言うアルビン様は、肝心のとことが何もわかっていらっしゃらない。どうやって諭そうか、と思う前に、ケンゴの拳骨がアルビン様の頭に落ちた。
一瞬、私の思考が止まる。
このケンゴという冒険者の力量は未知数だ。「どうせフェンリルが勝つだろう」と思ったから、私は例の決闘に立ち会わなかった。そこで、フェンリルが魔術を使わなかったとはいえ、勝ったというのだから、どう考えても私が対抗し切れるわけがない。
ここは、いち早くアルビン様だけでも逃すしかない。
そして。
何を勝手にアルビン様に説教しているのか。
そして、そこまで分かっているのなら、押しかけて居候になろうとするな。
などと、言えるはずがない。Sランク冒険者とは名だけのアルビン様も彼に勝てるわけがない。いざとなったらフェンリルが来て、アルビン様だけでも助けるだろうが。
とはいえ。
思考が袋小路に入る。
かたん、と自分の立てた音で我に帰った。眼鏡を手紙の上に置いてしまった。
アルビン様がその音に異様に怯える。
その男と私の何が違うというのか。
喉まで出かかった疑問をなんとか飲み込む。
「アルビン様、まずは身支度をされた方がよろしいかと。朝食の準備をいたしますので」
男が一瞬、気怠そうな顔を見せた。
アルビン様を騙すような方法で居つこうとしている以上、私と直接やりとりすることを厭うているのだろう。
それでも、アルビン様に馴れ馴れしいケンゴという男に腹が立つ。
私は、無意識に左手で喉に触った。指の腹が喉仏に触れる感触で、自分の行動を知る。はっと、アルビン様に視線をやった時にはもう遅かった。
彼も私のその行動に気づく。
さっと身を翻して、逃げるようにアルビン様は部屋を出ていった。
まぁ、いい。
アルビン様をこの男からひとまず遠ざけることができれば。それでいい。
今のところは。
さて、できるだけ早くこの男を追い払ってしまわなければならない。
ところで。
「スライムというのでしたか。どこへ?」
男が言葉に詰まる。追い討ちをかけようとする前に、その物体が上から落ちてきた。




