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【ヴェルツ】ヘルの帰還

 ソレナがイライラしている。

 まぁ、聞くところによると、レサンが「ケンゴがいないと私たちのご飯ないよ!?」と例の通信手段で騒いでいるらしく。

 ヘルもまだ帰ってこないとなると、気分が荒れるのはわからないでもない。

 分からないでもないんだが。


 そもそも、レサンが元から生活能力のないエルフだ。

 ブルエモンの冒険者ギルド職員、詰まるところ俺たちは、ギルドの建物で共同生活を送っている。

 料理や掃除、洗濯、買い出し、ゆるーく当番制だ。まぁ、やりたい人がやるがベース。とはいえ、やらせたくないからやる、っていうのが実情。

 レサンの料理とか食えたもんじゃねーからな……。

 基本的に俺かソレナ。夜に出ている方がチャっと起きてくるやつの分と、昼に軽くつまめるものを作って寝る。昼に起きてきた方が、軽くつまみながら晩飯と夜食を作って表へ出る。

 まぁ、そういうサイクルだ。


 洗濯や掃除、買い出しは俺が鍛錬に取り入れて週に数度行くのが常。

 常なんだが、ちょっとヘルが帰ってきた関係でこのリズムが崩れている。

 俺としては買い出しの行き帰りに走るのがいいんだが、ヘルは矢尻がどうのと言って寄り道目当てに行きたがる。

 取り合いしてもしゃーないんで譲るんだが、ソレナは俺に買ってきて欲しいものを言付けてきたりして、いやまー、そこそこに面倒なんだよな。


 洗濯とか掃除とか、意外と体力を使うんで、またやり方を考え直しつつ、走り込みは別にやるかなーと。

 じゃぁ、何が面倒だって、ソレナなんだよ。

 ヘルとできてんの?

 いや、できてたらこう気まずくなるわけがねーか。

 なんだよ。昔できてて別れて、ヘルが素知らぬ顔で戻ってきたとかか?

 んー……。違う気がする。

 ソレナが一方的にって感じ。向こうはこれなんも思ってねぇやつ。

 いやー……。レサンがただでさえ面倒なのに、コレまた面倒な……。


 総代とレサンが、こそこそと話し合ってたのもこの件だろうなー……。

 とはいえ、レサンは論外で、総代もこういう話には口出ししにくい。

 なんとかするってなると俺だが、ヘルとの距離が分からない。

 いや、ヘルはいいんだよな。普通に男同士話せるし。

 ソレナとも普通に同僚兼同居人として関係はできてる。

 ただ、三人になるとかなり気まずい。

 どうすっかなー……。


 若い男女となるとどうしても発生する問題だよなぁ、と自分事を棚に上げて思う。

 なるようにしかならないが、なるようになっても面倒というか。

 まー、ヘルが気づいていないのはいいとしよう。レサンに育てられたんだろ。なんか納得だよな。鈍すぎるだろ。

 で、ソレナが自覚あるのかってのが気になるが、そこ突いても藪蛇。放置がいいだろ。

 何かするなら、ヘルに「気づけよー」という方向になる気がするが、それもなー……。

 レサンがなー……。下手に刺激して面倒になったら大変だもんな……。


 基本、放置かー……。

 で、放置してもレサンに合わせてエルフ時間で生きるわけにはいかなんだよな、俺たち。

 ソレナも、身の振り方を考える事になる歳だろ。焦りが多少あるんだろうな。

 こうして毎日、徹夜徹夜ってわけにはいかないだろうよ。

 もう一人二人、職員が増えてくれたらいいんだが、また人が増えるとなるとこの手の面倒が……。

 俺は割に適当でなんでもいいから馴染めたが、逃げ出す奴が出るってのも納得の忙しさだもんな。

 それに、ついてすぐからエルフと同居しろって嫌なやつは嫌だろ。寝相が悪いっていうか、台所で寝落ちしたレサンの髪の毛がわしゃわしゃ蠢いてたり日常茶飯事で、肝の細いやつには勤まらんのはよくよく分かる。

 あー。肝が据わってて、多少のことは目を瞑って、なおかつ真面目なやつはいないのかね。そう、都合のいいやつはいないか……。


 朝からレサンに振り回されたソレナは、ちょい仮眠と言って奥に引っ込んでしまった。

 ので、俺がこうして雑用しながら番をしているわけだ。

 とはいえ、昼下がり、この田舎のギルドにくるやつはそうそういない。

 担当分の支援計画票の更新や、未処理依頼の有無の確認、依頼作成の不備確認、そこら辺をローテして永遠やっていく。

 集中切れる前に、ちょい腹筋やら腿上げやら挟む。ヘルも夜中に弓構え始めたあたり、同じ気配は感じる。


 で、6ローテ目あたりにバタバタとドアの向こうが急に騒がしくなった。

 手を止める。

 ヘルたちが帰ってきた。


 ケンゴはいない。

 ヘルを窺うと、軽く肩をすくめられた。おう、なんだ。

 彼はサリムに日誌を書いていくように指示してから、俺の方にくる。

「あー、すまん、迷惑かけて」

 俺が依頼処理したからな。謝るのが礼儀だろう。まー、ヘルが軽く流してくれるとわかっている分、気が楽だ。

 よそなら責任追求とか面倒にきまってるからなー。

 そういうとこ、ここは楽なんだが、職員が居付かないってんだから不思議なもんだ。


「いや気にするな。俺も暴れられて楽しかったしこうして生きてるしな。とはいえ、あいつ、説明は任せるとか言ってさっさとレサンのところに戻りやがった」

 「あいつ」が誰か一瞬わからなかったが、ケンゴのことだろう。

 なんというか、俺はあんまり彼と関わってないので、その凄さがよく分からない。レサンが騒いで、ソレナが愕然としていて、その実力は確かだと思うのだが。

 思うのだが、何がすごいかイマイチ……。理屈でわかって他でわかっていない、とでもいえばいいか。

 話に聞いているだけじゃ、分からない。目の当たりにしてみなきゃな。


 そうか、ヘルは、まだレサンやソレナの話を聞いてないのか。

 俺が説明してた方がいいよなぁ。レサンはいないし、総代は北部の件で偉い方を宥めにいっちまったもんな。

 サリムがいなくなったらか。すぐの方がいいよなー。

「瞬間移動だっけか? 便利じゃねぇか」

 ともかく、状況確認をしたいが、ヘルも相当消耗してるらしい。ちょっと軽く横道から話題を始めてみるかね。

「サリムが言うには空間転移っていう高等魔術らしい。まぁ、こうも簡単に使われちゃぁ、その実感もないが、世には一回につき白金貨一枚で商売してる輩もいるんだと」

「はぁ……なんだな。総代が特殊商人の申請をするように奨めるって言ってたらしいが、そう言うことだな。俺たちが独占しただのなんだの言われたら面倒だ」

「あー……。そういう、面倒もあるか」

 ほら、頭が働いてない。


「まぁ、ともかく、座ったらどうだ?」

 俺はカウンターから離れるわけにはいかないから、内側に来て椅子を引っ張ってくるか、ないしはカウンターに腰掛けてしまうか。

「いや、いい。寝てしまう」

「あぁ、そうか」

 かなり大変だったようだ。そりゃそうか。

 それでも、中腰になっってカウンターに肘をつく。こういう自由なところ、似合わねぇなと思ってたら、レサンの影響か。なるほどねぇ。

 それ、もう座っても同じだろうと思うんだが。


「蜘蛛、どうだった?」

「推定40だってのに、70はいてな。ちょっと偵察増やしてもらわにゃ」

「はは、ソレナがまた荒れるな」

「まったく……。まぁ、とりあえずあのスライムが倒してくれたんで、サリムにゃ全額やるが、撃ち漏らしがどれだけいるか分からん」

 冒険者には甘いんだよな、こいつ。報酬払うのかよ。

 まぁ、そこがこのギルドのいいところでもあると思うが、ブヴォーニュでこいつがどう仕事してたのか、まったく想像がつかん。

 何かしようとするたびに同僚と怒鳴り合いの喧嘩になってたのでは……ブルエモンで同僚になってよかった。


「……厄介だな。群れが育ってたってことは、繁殖もしてるだろうし」

「あぁ、ともかく偵察だ。で、北部に空エビだって?」

 偵察ねぇ、と思う。まぁ、偵察プランがどうこうと言ってたから、それと被せられるといいだろうが、そうじゃなきゃまた厄介だ。

 どこのギルドでも同じだが、予想外例外ってのがバンバンくる。

 ただ、北部に関しては。

「いつものパターンってやつだ。レサンが交渉と指揮兼ねて出張ってる。あれだろ、ケンゴっていうかキーやんか。それが空間転移? できるってんで、お前の助けに言っただろ?」

「あぁ」

「で、レサンがケンゴ頼りで飯持たずに行ったってんで、ともかく一回戻ってきてくれってうるさかったらしいんだな」

「あー……あのクソババァ、ほっんとになんも考えてねぇからな。カーチのことだっていつまで逃げてんだか」

 ブルエモンに来て短い俺としては、その話題には触れられない。

 だから、ここは相手が喋るまでは無言だ。


「で、だ、あれは、なんだ? あの、何もないところからものが出てくるのは」

「あー……。俺もよくわかってないんだがそう言うものらしい」

「そういう、もの」

「魔術じゃねぇのか? 知らないけどよ」

「魔術か……。ケンゴ、ああ見えてあいつも高等魔術が使えるのか?」

 ヘルは弓に剣にとなんでも使うが、魔術は使えない。とはいえ、レサンが細工した矢を持っていて、これが強い。

 俺は多少、自分の身体を上手に動かすようにする程度で、まったくもって攻撃だのなんだのができねぇときてる。しかも、完全に自己流で、人に教えられない、人から教えられてもさっぱり分からないって具合だ。

 そんな俺たちが魔術の話をしても、言葉が上滑りするだけで、なんの内容もない。


「じゃねぇの? なんか、ソレナの話だと精巧な塔をバンっと出してフェンリルに一撃入れたんだとよ?」

「……ん? フェンリル?」

「あー……まぁ、ちょっと順を追って話さなにゃらんなぁ。レサンとの旅から」

「だな。俺は聞いとかなきゃならんし。ただ、身体を拭かせてくれ」

「あぁ、あー……んーとな。ケンゴ、ともかくブルエモンから諸々共有するタイミングで、Sランク推薦だけは出しておこうって話になったんだわ。総代判断でな」

「……」

 ヘルの首が真上を向く。怖い怖い。

 そしてまた、ぐわんっと顔が正面をむいた。

「おう、どした」

「まぁ、テイムドはSでいいだろうけどな。ケンゴ自身が戦っているところをまだ目にしてないから、なんともいえんが」


 あー……。

「フェンリルと決闘したんだな、これが」

「は?」

「レサンと帰ってきた日によ、アルビン様が来てな。一方的に決闘だって約束していったんだと。で、ケンゴもケンゴで、一撃入れられたら一部屋貸してくれって条件つけて、勇足で決まっちまったわけ」

「おぉ……」

 冒険者への優しさとは反対に、鋭い眼光で険しさを増している彼の顔が、驚愕に満ちる。

「驚くのはこれからでな。テイムド同士の戦いだと思うだろ? そしたらよ、ケンゴとだってあれが言い張ったそうでな」

「立ち会いはソレナか? そこで日を改めたらよかっただろうに」

「ケンゴが乗り気で、実際に一撃とっちまったって言うんだからな。だから、ケンゴ、今後しばらく古城にいるはずだぜ」

「連絡先そこでいいのか?」

「んー、そりゃ確認しなきゃならんけど、候補としてはそこだろうな」

「なるほどねぇ」


 ぷつりと会話が切れる。

「それでS ランク推薦はともかくとしてよ、それでどうなるってんだ?」

 確信に触れてきたのはあちらからだった。ソレナが異様に鬱々としていた。だから、彼にとって担当の無断変更が頭にくるだろうと察してはいる。

 だから、どうやって話を持って行こうかと悩んでいたんだが、率直でいいだろう。下手に話をややこしくする必要もない。

「総代の判断だから詳しい戦略は分からん。ともかく、ケンゴはレサンの担当にしまおうてんだと」

「……まぁ妥当か」

「高等魔術は、どうもできんよなぁ」

 俺とて魔術は自己流で、魔術というのはその程度、とっつきにくいものじゃない。まったく覚えのないヘルでも多少のアドバイスはできる。

 それが高等魔術となると別問題で。

「あぁ、そうだな」

 差し障りのない返事をする。

 彼の言葉が暗く沈んでいた。それが、極度の疲れか他の理由によるものかわからなかった。

 うーむ。まぁ、即怒ったりしないあたり、それでいいんだろう。


「まぁ、支援票とかレサン適当するだろ。そこらへん、よろしく頼む」

「あんのババァ……。すまんな、迷惑をかけて」

「いやいや、お互い様だから……」

 欲を言えば、せめてレサンの寝起きがもう少しだけでもよかったら嬉しいんだが。

「あのー」

 その言葉の切れた隙にサリムが声をかけてくる。応えて軽く手を上げたヘルは、そのまま立ち上がった。

「あーサリム。俺、着替えてくるわ。ヴェルツ」

「わかった。俺が確認しておく」

 サリムがおずおずと日誌を差し出してくる。冒険者がこういう迷いを見せるときは、ちょい厄介な時。

 まー今回はヘルがその場にいたから、チェックも適当でいいだろう、と思いつつ、ひとまず日誌に目だけは通す。


 某日。出立。

 某日。キメラの群れを迂回せず、上空を抜ける。

 某日。目的地点到着。一晩待機。

 某日。魔力回復が遅い。偵察のみ。討伐対象・毒蜘蛛は確認できず

 某日。ハリーと遭遇。情報交換。指定場所より西にいると確認。西へ移動。

 某日。討伐対象・毒蜘蛛は未確認。魔力回復のため野営。

 か こ   まれた ???

 4日経過。ヘルと合流。

 2日経過。討伐対象・毒蜘蛛と再度接敵

 今日。ケンゴとテイムドに救出される。蜘蛛の死骸は焼いて処理。

 討伐対象・毒蜘蛛:70匹以上の群れ。


 最低限だよな。ていうか、お前「今日」ってなんだ。日付を勝手に書き込んでおく。

 最低限すぎて、ケンゴたちが何をしたか不明瞭すぎる。

 というか、

「ショトカしようとして魔力を消費、その回復が間に合わずに囲まれたってお前」

「はは、ご迷惑をおかけして……」

「まぁな、しかしなんだ、だいぶん依頼内容とずれがあった?」

「ですね……。数がそもそも二倍ですし、場所もかなりズレてましたし。別の群れにあたったのかも」

「そうだな……ちょっと偵察しなきゃ分からねーが」

「毒蜘蛛の大繁殖は厄介すよね」

「だよなぁ……」


 特に対応できる奴が限られるのが厳しい。職員だとレサンだが、留守だしな。

 こいつも対応できる一人なんだが。

「お前は、もうビリターヴィンに行くんだろ?」

「今日準備して明日出ますかねえ。ケンゴくんのテイムドに送ってもらえて助かりました。これで間に合いますからね」

「悪運だけは強い奴だな……。ハリーはなんか言ってたか? 帰ってくるとか」

「あの様子じゃ、もう少しフラフラしそうですね」

「なんだな……」

「ケンゴの話聞きつけたらすぐにでも帰ってきそうですけど」

「それはそうだ」

「それに、いつもはなんだかんだ言って助けてくれますから、今回はどこかで隠れてみてたのかも。なら、すぐにでも帰ってきますよ」

「そうなら嬉しいが……期待はしないでおくよ」


 さて。

「端数は支払いで後は取り置きでいいんだよな?」

「銀貨2枚だけもらえます?」

「わかった。じゃ、銀貨2枚と銅貨32枚。取り置きは327枚」

 よくこんなに貯めれるよな。


 サリムはちゃんと数える派。それを待つ。

「はい、確かに。これ、銀貨1枚ケンゴくんに渡してもらっていいです?」

「おうわかった。あ、銀貨、銅貨に崩しとくか?」

「いいんすか? お願いします」

「おうよ」

 銀貨より銅貨支払いの方がありがたいんだよな……。ギルドの取引としては銀貨払いが多いし。

 とはいえ、ブルエモンで買い物となると銅貨。俺たちも買い物は銅貨でする。で、月給が銀貨3枚ときてるもんだから、面倒だ。

 とりあえず薬草依頼で銅貨稼ぐか、とかも俺は割とする。走り込みのついでならそんなに手間じゃないしな。

「ほい、これで10枚だな」

「どうも。では銀貨を」

 確かに銀貨2枚を確認する。一つは仕舞い込む。もう一つには「ケンゴ:サリム支援」とメモに挟んでおいておく。まぁ、誰かが渡すだろ。


 まー、基本、両替はトラブルのもとだから、やらないのが普通。

 ただ、こういう田舎になるとどうも銅貨しか使えない場合があるので、仕方ない。

 個別には受け付けないが、報酬支払いでのやりとりはアリにしている。

 それに、こうやってマメにしてると、ちょい無理めな依頼でも頼みやすいからな……。

「それじゃ、どうも」

「おう。気をつけてな」

 サリムが出ていくと一気に暇になる。

 やらなきゃいけないことはある。が、ちょっと気が抜けた。

 ヘルも戻ってこないしな。寝てる疑惑もある。

 まー仕方ないか。

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