穏やかな朝
なんにせよ飯を作らなきゃならないので、早く起きた。
昨夜は結局、カーチさん、キーやん、イライジャ老、俺、レサンさんの順に並んで寝たみたいだ。
先に横になったイライジャ老は結構な策士だな。言葉少なに会話を続けたものの、次第にカーチさんとレサンさんは無言になり、めちゃくちゃ揉める気配を察した。
ので、「鉄板片して俺も寝ますね、流石に疲れました」って言って先に寝てやった。
どういう会話が二人の間で行われたかは知らない。
みたいだ、というのは、俺が起きた時にはイライジャ老とキーやんがすでに起きてたんだなこれが。
俺の意識がはっきりするにつれ、辿々しい発話のキーやんと柔らかな声のイライジャ老の会話が聞こえてきた。
んー。何話してるんだ?
俺も身を起こす。のそのそと天幕から出ようとして、端と端に別れたエルフたちが視界に入った。
ふと思いつく。
カーチさんを両手で押して転がす。レサンさんの髪が、近づいてきたものを探って確かめ、抱きこんでいった。
よし。一日一善ってやつだな。
「おはようございますー」
もごもごと口の中で呟きながら天幕を出る。
「おはよう」
「おはよー」
二つ分返ってくる挨拶。
イライジャ老は俺の出した椅子に座り、その足元にキーやんがいるという、昨日と同じ位置にいる。
そして、すでにイライジャ老が火を起こしてくれてるみたいだ。
意外と暖かいんだよなこの平原。夏の夜くらいの温度だよなー。だから、火がなくてもなんとかなるとは思うんだが。
まぁ、ともかく、イライジャ老は「本当に寝た?」って感じ。昨夜からずっとそこにいるんじゃないかっていう馴染みよう。
あー眠い眠い。仕方ないよなー新米だから飯の用意しないとなー。
まぁ、無難に肉焼いて卵をとろっとろにしてパンに挟もう。
うんうん。楽にできるし。
レサンさんにはちょっと足りないかなーと思うので、デザートとしてミニホットケーキも作るか……。
ハム焼いた後でホットケーキ……。まぁいいだろ。油代わりに脂。旨みが出て。
一ヶ月くらいの旅になるみたいだからなコレ。
今から気を張ってても仕方ない。偵察終わって作戦開始とかいう日に特別なメニューとかの方がいいだろ。気合い的に。
ただ、若いエルフたちのことを思って、ちょっと時間をかけることにした。
鉄板は仕舞い込む。代わりにフライパンをセットオン。
そして、長箸を使おう。ヘラとか小細工はいらないだよ、日本人なら箸で全て済ますべきなんだな。
とかくだないことを考えつつ、サンドイッチ用に切られた食パンを一枚敷いて、水を適当に魔法でかけてと。
蓋をして蒸す。
パンも暖かい方が美味しいからなー。
料理の待ち時間。頭が起きてくるのを待つ時間。
片面だけでいいや。面倒だもん。
一旦、食パンを取り出す場所が……。昨夜、使わなかった机が役に立つ時が来た。
面倒なので昨夜の鉄板をそこに出して、パンを置いておく。まぁ冷めて適当な温度になるだろ。
それを8枚分繰り返す。
イライジャ老とキーやんは、なんか難しい魔法の話をしている。
いいんじゃねぇの。俺そういう話できないし。キーやんの話し相手が見つかったってことで。
意味わからないんだよなー。方向がどうのこうのとかそういうの。
と、思っていたら、ふと二人の視線を感じた。
俺も、顔を上げて彼らを見る。
「ケンゴ、何か瓶を持っていないか?」
「あー……ありますけど、何に使うんですか?」
「彼の身体を一部切り取って、入れて置けるように魔術を仕込む」
イライジャ老が滔々と言う。
なんのために、というのが欠落した情報がきた。
んー?
キーやんの身体を切断する? んでもって、瓶に隔離?
魔術を瓶にかけるっていう時点で、あれだよな。キーやんの特性は知ってる。
「なんのためにです?」
こういう技術系の人には率直に聞くのがいいよなー。
「彼が長距離の瞬間移動を使うためだ。それを使えるのならば、我々全員で旅をする必要はない。町に戻って依頼をこなすことができる」
「……! そうですね!?」
気づかなかった。そうだよ。
そうだよな!?
瞬間移動が使えるから、別に俺らゾロゾロ旅をする必要がない。飯当番からも解放される。
でも、キーやんは一度行ったことのある場所にしか瞬間移動をしたがらない。
だから、キーやんの一部を持ち運び可能にするという発想か。
イライジャ老たちが辿った思考の道筋を俺が追いかける。
あー、それって。
「キーやんに一回俺らが町へ送ってもらって、誰か一人と旅をしたらいいんじゃないです?」
「たかはし、ひとりにできない」
過保護か。
「でも、お前、なんでも突き抜けて戻っていくじゃん……危なくない?」
「瓶の片面に彼の身体が張り付くだろう? 所有者はその側と常に身体を離しておけばいい」
「……そういう問題じゃなくてですね?」
イライジャ老の返答に、俺は疑問を返す。
「仮に、瓶への隔離が一時的に成功したとしましょう。ただ、耐久性には疑問が残るわけです。いつ壊れるか、という」
「あぁ」
前提の同意を得る。
イライジャ老は、ビンの所有者の心配をしていた。だが、それだけが懸念じゃない。
「まぁ、これくらいの位置で持ってて壊れたとしましょう」
俺は立った姿勢のまま、胸に手を当てた。
「で、ここから、キーやん本体へ何もかも突き抜けて進むわけですね」
キーやんに向かって手を振る。
「俺の身体が貫通しなくとも、その間にあるものは貫通しますよね。確率的にどうかわかりませんが、人がいたらまずいですよね」
「たしかに、ギルドにもどるなら、わたしもいらい? まちをはさんでたら、たてものがやばい?」
「ということになります」
「……ふむ。それも計算しておけばいいじゃろ?」
ちょっと意味がわからなくて2回くらい生唾を飲んだ。
「自分の身体の一部の場所くらい分かろう?」
なんの問題はない、というような口調だった。
「……やってみたことないから」
「分からないよなー……」
キーやんと俺が口籠る。
なんというか。
なんというか、だ。
イライジャ老、人間関係で破綻して王城のポスト追われてるなコレ。
長寿族を抱え込んだ時点で、王国側も長期雇用? の覚悟と準備はしてたと思うんだよな。
イライジャ老と同期、そしてその後三世代くらいまでは抑えが効いたんだろうが……。
イライジャ老も高ポストにつくわけよな。で、部下というか弟子というのか知らないが、できるわけだ。直に面倒見てもらった一世代目、そしてそこから話を聞く二世代目まではいいよ。次の世代くらいになってくると反感も出てくる。
どういう仕事をしてたか知らないが、ズバッと割り切って必要なことをこなしていくタイプ。少数を犠牲に多数を助けることも厭わない。
三世代目くらいはいいよ。それでも逆らえないって自覚はあるだろうし。
ただ、四世代目くらいになってくるとダメだ。ずっと君臨してる権威だからな。直々の上司たちが頭下げたり言いなりになったりしてるのを見るわけで不満はたまる。
で、徐々に準備して次とか次の次が失脚させたとかそんなのだろきっと。
うわぁ。
いや、憶測だが。
そういうのが、一気に想像できた。
……よし、一旦忘れよう。
「まぁ、それなら、とりあえず、隔離してみます? そうじゃないとキーやんも実際、把握できるかどうか分からないしな?」
「うん、そのうち、ぶんしんとか、してみたいから、そのヒントになるとおもう」
「並行作業できるようになったら強いよな……」
「こっちのたいりくだけでも、すぐにいけるようにしてたら、べんりだし」
相変わらず規模がデカいことをおっしゃる。
ともかく、パンを温める作業を続行しつつ。
「大きい方がいいですね。小さすぎるとどっちに寄っているか分からないので」
「……あぁ。ただ、万が一の被害を考えると、分離はなるべく小さくした方がいいが」
「あまり小さい瓶だと、持っていることを忘れそうですし……」
「あぁ、レサンに持たせるつもりだから心配するな」
「……どういうことです?」
「レーのかみー」
「……?」
「ぜんぶみえるー」
「え、髪で視界取れるの? マジ妖怪じゃん?」
マジ妖怪じゃん。
ていうか、キーやんいつの間にそんなレサンさん情報を。
「レサンさんがどういうふうに持つのをイメージされてます?」
「髪で上下を挟んでだろうな。それで、身体のどの方向にでも持っていけるように」
「となると、可動域分の余裕が必要というわけですか。確かに小さい方がいいですね」
「……うむ」
あとはなんだ?
「細工をされるということは、なるべく、ガラスの厚さが均一のもの」
「できれば底も含めてな。あまりにも薄いのは話にならんが、厚すぎるのも扱いにくい」
「……なるほど、底もですか。いくつか出してみますので、選んでもらえますか?」
「……いいだろ」
うわーこのちょい高圧な感じな。なるほどなー。
とりあえず、これでパンは温め終わったかな?
フライパンを一度避難させておく。
ふくろから条件にあいそうなものを選ぶ。
「キーやん、投げるから受け取って」
「わかったー」
イライジャ老が息を呑む音を咳払いで誤魔化した。うん、手元が狂って頭に当たったら悲劇だよな。
ぽんぽん、五つくらい投げる。
高めの香辛料や、回復薬などが詰まっていたものの空だ。容量の制限とか感じたことがないから、捨てることなく置いてるんだよなー。こうして役に立つこともないではないし。
「これー」
キーやんがイライジャ老の手元に、一つ目の瓶を差し出す。
俺は、再びフライパンをセットオン。肉塊を取り出して、厚めに切り出してフライパンにおいていく。
おおーうまそうな音、そして匂いが広がる。
じゅっと油が弾ける音がたまんないんだよな〜。
イライジャ老は真剣に瓶を選んでいる。なんだろうな。悪い人じゃないし、絶対に手を抜いたりしない人だと思うんだがな。
大きい組織にいたら嫌われることもあるよな。
朝の清々しさと、胸の奥からじわりと湧く苦さを感じながら、朝飯を作る。




