旅路の教導
まぁ、一日で大小合わせたら数え切れないくらいの、空気がヤバくなるアレがありつつ。
どうにもこうにも、自分たちで解決してくれそうにないよな、この二人は、まったく。
とはいえ、俺はイライジャ老から色々と話を聞くことができた。
例えば、エルフのこと。
ここから隣国のスダー王国は人間以外、他の人型がいるって聞いてたが、そこにももちろんいる。
ボルテ王国にも、南部沿岸にもエルフたちが住んでるそうだ。
だいたい、住んでる場所で、山エルフとか海エルフとか言って区別することがあるそうな。
そういう意味では、ブルエモンのエルフたちは草原エルフになるわけだが。ボルテ王国ができる前には森があったとかで、森エルフと名乗って憚らないらしい。
触れたらだめな話題だな。もう草原エルフでいいだろと思うんだが、カーチさんとかレサンさんがようやく順化しはじめた世代っぽいよな。
揉めたらめんどくさそうだから、そもそもその呼称を使わないようにしておこう。
呼び名関係では、「純血エルフ」という揶揄があるらしい。
エルフ至上主義的なあれだな。ボルテ王国南部の海エルフたちは人間との交わりが進んでいるらしい。
イライジャ老の口ぶり、そしてこの町のエルフの数からすると、「森エルフ」たちは幻想の森に引きこもって人間たちと交わらずに滅びの道にあるようだ。
せめてレサンさんとカーチさんの子どもが、のびのびと育って自由に己の道を選べるといいな。
それで、長寿族だから、歳の取り方が気になるわけだよ。
どのくらい生きるのか、魔力に依存して変わるとか、二十代で成長止まってしまうとか、まぁ色々違うからな。
それも、そういう種なのか、なにかの祝福とか呪いだとか、まぁ、理由も色々ある。
イライジャ老がいる時点で若いままで時間が止まるわけじゃないけどな。
それが、特殊だった。
周りとの関わり、愛の量で歳をとる速度が違うらしい。
ただ、そこらへんはエルフ自身たちでも明確に分かっていないらしく、イライジャ老も明言できなかった。
事情を察するに、イライジャ老は若くして王城に仕官して、エルフたちから縁を切られた。だから、エルフたちからそこら辺を教わることができなかったのかもしれない。
ボルテ王国の建国時に住処の森を破壊されたエルフたち。
なおも、その土地に住まうことは許されたが、森の恵はもはやない。
飢えによってその数を減らしたのが、イライジャ老の先々代くらいのことなそうな。
しかし、加速度的な人口の減少によって、エルフたちのコミュニティーは壊滅的な被害を受けた。人口減少に応じて、一人当たりが関わるエルフの数も減る。
そして、何千年と生き永らえていた彼らは、次々と死を迎えることになる。
今まで疑っていなかった己の寿命。百年どころか千年だからな。
この急な老いに耐え切れず、その多くは自ら命を絶つという。
「だから、年老いたエルフは私以外はいないのだよ」
淡々とイライジャ老は言った。
そう言う事情があるので、世代というものを捉えるのが難しい彼らエルフ。
だいたいのところ、レサンさんとカーチさん世代と、ティモシーさん世代、さらにイライジャ老世代、という認識でいいと思う。そこらへんは見た目と一致してるな。
イライジャ老がだいたい千年に届くかどうか、ティモシーさんが700、レサンさんが300ちょっとだそうで。
そう聞くと、イライジャ老が見た目の歳を取りすぎている気もするが、王都で色々あったみたいだな。
あ、ちなみにレサンさん世代は、もうレサンさんとカーチさんしかいないらしいでーす。もう滅亡待った無しだな。
レサンさんがいくら頑張って子孫を残しても、無理だろ。
王都ネスマーで過ごしたイライジャ老や、冒険者として各地を転々としたティモシーさん。
彼らは同族以外との絆で、老化を押し止める前例となった。
しかし、かつてあった森を象徴としてなんとかまとまりを維持しているエルフたちは、新天地を求めることはなかった。
滅びて当然じゃないかそれ、と部外者としては思う。まぁ、部外者だから思うんだろうな。
「別に、悪いことばかりじゃないんだよ」
これは、話に割って入ってきたレサンさんの言。
レサンさんは、実は、ブルエモンのエルフの血は半分しか入ってないらしい。
まぁ、そうだよな。その髪がくねくねするのはこの土地のエルフの血じゃねぇよな。
レサンさんの父親は旅のエルフだったそうだ。まぁ、純血主義のエルフたちもなんとか自分たちの血を残そうと努力したんだろうな。
結局、レサンさんたちは親父さんがどこから来たかわからないんだそうだが、推定では王国南部の海エルフ。海エルフの集落行ったら、みんな髪の毛ぐにゃんぐにゃんしてるのか……シュールだな……。
でも、その親父さん、実は人間とのハーフだった。
ともかく、何が起こるかは明らかだよな。
両親は処断され、レサンさんは古城に預けられたという。
ただ、ここのエルフたちだから、町と仲がいいわけがない。
幼いレサンさんの面倒を見る人はあまりいなかったらしい。
「手足で這うより先に、髪で這ってたらしいからねぇ」
はい、俺の妖怪という評は正しかった。歳関係ないしなそれ。
「見てみたかったな、とっても可愛いと思う」
そのカーチさんの言葉に、イライジャ老が軽く舌打ちしたような気もしないでもないが、気にしないことにする。
レサンさんは、他人の愛がないおかげで急激に成長をとげ、なんとか生き延びたわけだな。
あと、多分に特殊な髪のおかげでもある。
事情を聞くと、カーチさんがその髪をお守りのように身につけてる理由もわからないではない。
わからないではないが、なんの効力もないんだったら、まだまだガチ引きだがな。
そこに言及する勇気は俺にはなかった。
で、レサンさんは、ブルエモンのエルフの中でも、変態するエルフだったから、さぁ大変。
何が起こるかは明らかだよな。
ただ、城に預けている以上、エルフたちはもはや返してくれと言うこともできず、レサンさんは町の中で育っていった。
カーチさんはレサンさんより数十年後に生まれたのだという。
「でも、そんなに変わらないですよね? 確かにレサンさん方が年上のように見えますが」
と、俺が聞く。
レサンさんとカーチさんは、顔を見合わせた。
「僕は、冒険者を始めてから、加齢のスピードが落ちたんだよ」
エルフたちの微妙な沈黙を破ったのはカーチさん本人だった。
「なんでだろうね、レサンと遊ぶために町に来ていたから、僕たちはゆっくり大きくなったんだ」
ちなみに、カーチさんの両親はティモシーさんより高齢に見えるという。ティモシーさんよりも後に生まれたはずなのに。
僕「たち」って部分には触れないでおいた。イバンさんだろ?
地雷は避けよう。怖い。
「でも、大人になるにつれて、だんだん町の人と話しづらくなっちゃった。それで、レサンと婚約した時は、僕の方が明らかに歳をとるのが早かったんだ」
「私は、その……他のギルドとやりとりもあるし……応援に行くこともないでもないし……旅の冒険者がわざわざ会いに来たりもするし……」
レサンさんが小さな早口で言い募る。
そんなレサンさんの手を握って、カーチさんは笑顔でいう。
「気にしなくていいよ。僕はその方がいいって思ってたんだ。年上に見えた方が、ちょっとでも頼りがいがあるように見えるかなって」
……ん?
カーチさん、レサンさんに頼って欲しいのか……!
でも、とカーチさんは言葉を続ける。
「でも、レサンと一緒に年老いていく方がいいって今は思ってるんだ」
なんだそれ……。
純粋すぎるな、このエルフ。
「私は、二、三年で少年になったんだ。それで、そのまま城の仕事を手伝ってみたり、時には汚れ仕事を押し付けられたりして。そのうち、魔術が使えるってことが分かってね」
カーチさんにはなんの反応も返さずに、レサンさんは早口で自分の経歴を教えてくれる。
それに相槌を返しながら、青白くなるまで握り締められるカーチさんの手が視界の端に見えていた。
悪循環だよな。純心をそのままぶつけるカーチさん。別居のきっかけを作って後ろめたいレサンさんが、それを素直に受け取れない。そして、カーチさんは自信を失っていく。
「城の厄介者でいてもよかったんだけど、私も魔術を使うのが好きな方だから。長生きだし、魔術使って何かってなると、せっかくならこの町を守りたいなぁと思って、冒険者になったんだよね」
「あの時は大変だったね」
「ね」
若いエルフは軽く話を終わらせてしまったが、イライジャ老のため息が全てを物語っていた。
迫り来る滅亡。唯一の希望の変態エルフ。わざわざ死地に赴く冒険者になると言うのだから。
「大変って、反対とかですか?」
「そう、結局、ギルド職員でって話は落ち着いてね」
それでもAランクなんだよな。建前上は職員だが、今みたいに積極的に依頼を受けてきたんだろう。
「カーチさんは?」
「僕も反対はしたよ」
でも、と小さく言葉が押し出された。
「レサンの決めることなら、なんだって応援したいとは思ってるよ」
いちいち破壊級の口説きを挟んでくるの、やめてほしい。




