ギルド定例会議@ブルエモン2−②
一瞬で沈黙と緊張に支配された4人の中で、最初に動いたのはヴェルツだった。
立ち上がると、軽く手をあげて「俺が行く」と示すと表を確認しにいった。
「それにしても、アタシはまだ新種二種の位置が確認できていないのが気になる……」
ソレナが唸るように続けた。
「北部は優先せざるを得ない。空エビが町を襲ったりすると最悪だからね……」
空から来るものに、壁なんて意味をなさない。
だから、最優先事項はもう決定したようなものだった。
しかし、考えるべきはその先。
「通常依頼も総力を上げなきゃいけなくなる。そしたら、偵察に回している余裕はない」
最悪のシナリオとしては。
「空エビの撃ち漏らすのが一番まずい。とはいえ、その後、通常依頼の消化不全で南部が脅かされているときに、町の防御と新種の脅威をかかえる事になる」
淡々とソレナが言葉を作る。
言葉を濁すことはしない。
「新種が不意にどこかを襲い始めれば対処不能。通常依頼の消化不全の段階で、綱渡りだけれどもね」
「つまり、我々にできることは何かな?」
ランドンが落ち着いた口調で言う。
「早急に空エビを駆逐。第一に優先すべきは撃ち漏らしをしないこと。そして、なるべく人員を割かずに、通常依頼の遂行率を最低……最低70%を維持。65%くらいまではなんとかギルドとしての体裁は保てるけど、それも厳しいね。不測の事態に対応できなくなる」
ソレナが少しつっかえつつも応える。
「空エビに当てられる期間は?」
「通常依頼70%なら、できれば二ヶ月。三ヶ月以上は無理だね」
「もし、長期になる場合にできる対策は? 人員の分配をうまくやれば、半年くらいなんとか捻出できないかな」
「人員配分は必須。偵察主体の段階では、攻撃主力は通常依頼をしてもらう形だよね? 半年は無理。ギルドもだけど、農作物の被害が無視し難くなる。長くても四ヶ月」
「そうだね。じゃぁ、二ヶ月を目処に戦略を練るつもりでいようか。まずは偵察だね。その報告次第で、二ヶ月じゃぁどうも無理なときは三ヶ月かけてどうにかできないか考えよう。それでいいかな?」
「そうなるかな……」
ぽんぽんと話が進む。レサンは髪を漂わせつつ、虚空を睨んでいた。
「新種へのマークが完全になくなるのが気になるけど……」
ソレナの最大の懸念点はそこらしい。レサンが「そんなに気にしなくてもいいのに」とばかりに肩をすくめた。
「出現エリアを絞り込む偵察をしてたんだよね? それで、引っかからないってことはもういないんじゃないかなぁ。一週間じゃぁ確かに頼りないけど、私はソレナの仕事だから間違いないって思うよ? もし、また出現しても、冒険者たちが情報提供してくれるだろうし、私たちが気をつけていればそれでいいんじゃない?」
「うーん……」
また考え込むソレナ。ランドンは同意を示すべく、レサンと目を合わせて小さく肩をすくめた。
「それより、ヘルはやけに手間取ってるね……」
珍しく、レサンが低い声で呟いた。はっとその声に、ソレナは顔をあげる。
だが、レサンはいつもの能天気な顔に戻っていた。
それでも、彼女の心に、その言葉が反響してわだかまった。
確かに、帰りが遅い。とはいえ、とはいえ。
彼だって久々にブルエモンに帰ってきたのだ。すぐに完全復帰というわけにもいかないだろう。多少は気にしても仕方ない。
ソレナの不吉を消し飛ばしたのは、ノックだった。
どんどん、と半ば叩くようなそれ。
誰のノックかは明確だった。ヴェルツだ。
しかし、ノックをするということは誰かを連れているということ。
一度、話を止めて欲しい、その合図だ。
レサンが楽しそうに片目を細める。このエルフは、いつだって楽しいことは大歓迎なのだ。
不吉を上書きされたソレナは軽く舌打ちをした。
「入っていいよ」
会議の進行役を兼ねる彼女が声をかける。
開けられたドアの向こうには、ケンゴとそのテイムドがいた。
ペコリ、と律儀に彼は頭を下げる。
この町にそぐわない、礼儀。ただそれだけの、ただの余所者だとわかるだけのその仕草にどうしてか胸が騒つく。ソレナは握り拳を隠すように腿の上においた。ランドンも首を傾ぐのをなんとか押し留めた。
ニコッと笑って小さく手を振るレサンばかりが、その不安を感じていないかのように見える。
「なんつーか……」
禿頭の後部をペチペチと叩きながら言い淀むヴェルツ。会議に入れるなんて非常識は重々わかっている。それでも、そうせざるを得なかった。その理由をうまく説明できないらしい。
もう一度小さく会釈をしたケンゴ自身がわけを話し始めた。
「会議中のところ、失礼いたします。私たちのことについて、多少お話しておいた方が良いと思いまして。皆さんが集まっていらっしゃる会議を狙って、押しかけた次第です」
丁寧な口上を聞いてますます、ソレナが力む。
どうしたものかと、皆が総代ランドンの出方を伺った。
スカーフで口元が隠されていて、やはりその表情は推し量れない。おそらく、にこりと笑みを浮かべながら彼は言った。
「そうだね。一度君には話を聞かなくてはならないと思ってたんだ。どうぞ、座って」
たまたま空いているヘルの席を進める総代に、ヴェルツも流石に不吉さを感じる。そんな彼がソレナをみやれば、彼女は目を閉じて口に手をあてている。見ていけないものを見てしまったような気がして、視線をそらせばレサンは呑気にあくびをしていた。
一言断って席につくケンゴを横目に、レサンが彼のテイムドに手を伸ばした。
「キー、おいで」
いつの間にか仲良くなったらしい。しかし、不思議な生物はその呼びかけに答えなかった。
ヴェルツは口を押さえて俯き、肩を震わせる。レサンが口をとがらして、それでも諦めつかなかったらしく、スライムを掬い上げようと立ち上がった。
「レサンさん、今そいつ、重いのでちょっと無理が……」
「いいのいいの。ほら、おいで?」
ケンゴの静止を聞かず、レサンはスライムを抱き上げようとした。
「ほら、重いでしょ? ちょっと無理ですよ」
「……だいぶん、大きくなってない?」
「まぁまぁ。ちょっと俺が食事を用意し過ぎてしまったみたいで。難しいものですねぇ」
あはは、と軽快に笑うケンゴ。
レサンとはだいぶん打ち解けたみたいだ。
ソレナとランドンは視線をかわした。誰かとまるまる3日過ごして、多少でも素がでなければ、過去に何か抱えていると想像できる。
あるいは、攻撃的な性格であれば、何かトラブルを起こすはずだ。
彼にはそういう問題はなかった。なかったからこそ、気がかりだ。戦いや旅の経験はある。ただし、セカンドでもない。ただ、その正体が掴めなかった。
「また、こんど」
「いつ軽くなるの? いつ?」
当のスライムに言われて、ともかく抱え上げるのは諦めたらしい。ただ、諦め難そうにその表面を突きながら、レサンが尋ねる。
ソレナはまたチラリとランドンと視線を交わした。
一昨日の決闘の顛末、そしてキングと称されたテイムドがどこまでも大きくなるらしいという情報は共有していた。そして、ケンゴが出した精巧な土細工を食べていたということも。
どのくらいの物をどのくらいの期間で処理できるのか。把握しておきたかった。魔物の死体の処理を頼むことができるのか。どのくらい当てにしていいのか。
そんな思惑を知ってか知らずか、無邪気に尋ねるレサンに抵抗なく彼らは答えてくれる。
「とおかくらい?」
「まぁ、どのくらいキーやんが動くのかにもよりますが」
ケンゴの声に応じたかのように、スライムは彼の足元へ這っていった。
残念そうにレサンは自分の席に戻る。
スライムからケンゴに視線を移した総代が口を開いた。
「それで?」
ケンゴが言い淀む。
「さて、どこから話したらいいものか」
「最初から、頼むよ」
ピクリ、と彼のこめかみが動いたのを誰もが見逃さなかった。どうやら、全てを話すつもりはないらしい。
「忘れないうちに本題から伝えておきますね。まず、新種ですが俺たちです」
実際に追及を交わすように話し始めた。
「饅頭でしょ?」
レサンがニコニコしながら問う。その様子に、ヴェルツは怖いと身をすくめ、ソレナはまた始まったと呆れた。
ケンゴがまた誤魔化すように笑い、それでも言葉を続ける。
「轍の跡と、白い魔物の話ですよ。あれは、俺の乗り物なんです」
「乗り物?」
「えぇ、四輪で機動力が高い、ね」
4人は顔を見合わせる。ほら話か、信じていいものか、はかりあぐねた。
冒険者は正直言って逸れ者が選ぶ生業だ。一部、圧倒的な力を持っている者を除いて、世間から相手にされることはほとんどない。だからか、自然、気がふれて大言を嘯くものも出てくる。
ただし、どうも彼に関しては例外の力を持っている者らしかった。その真価が計り知れず、疑いが先行する。
ただし、問題がある。信じるにしても。
「それはどこにあるんだい?」
総代のにこやかな問いに、ケンゴはちょっと困った顔をした。
「そこなんです。そこを今から順に話しますから、話が逸れるようですけども、ちょっと聞いてください」
ここまできて、聞かないという手もない。
一同はただただ頷いた。レサンの髪が興味を隠しきれず、空中をのたうちまわる。
彼によると。
魔法の空間を持っていて、そこから自由に物の出し入れができる。一昨日、武器の出し入れも誤魔化しながらもやって、ソレナは目の当たりにしているという。
実のところ、行商人として登録したのも、それを当てにしてのこと。
知っての通り、例の乗り物は大きいのでこんなところで出すわけにはいかない。人目がないと思って使ったのでまさか目撃されているとは思っていなかった。日誌に書いた移動法というのがそれで、試しに使ってなおしたから、跡が途切れていた。
そして、実際に物を空から消したり出したりするところを見せられて、疑いようがなくなった。
「へぇ……すごいことができるもんだねぇ……」
そう関心し通しなのはレサンだ。人間たちはそれどころではない。目を白黒させて聞いていたものの、次第に無表情になる。
「それで」
そう重い口を開いたのは総代だった。
「何を持っているんだい?」
率直だった。
レサンが茶化して聞いてもよかった。彼が単刀直入に切り込んだのは善意と言ってもよかった。
「まぁ、いろいろですね」
ケンゴはその善意を受け取ったものの、応えない。
「まぁ、危ないものは人前で出したりはしないですよ」
ただ、かろうじてその善意を幾ばくか返そうとはした。
「……あの多節棍は?」
危ないものじゃないか、という言外の批判をこめてソレナが口にした。
ヴェルツは一昨日、決闘の立ち合いから帰ってきた彼女に聞かれたことを思い出していた。
「あの、棍棒が三つ二つ連なった、振り回す武器ってなんていうんだっけ」
「多節棍か?」
「多節……棍……。そのままだね。なるほど」
それだけの会話だった。別に意味を追求するまでもない、ふとした日常の会話だと思った。
確かに、多節棍を使ってフェンリルに一撃を入れたとなると相当の技量の持ち主だ。
ただ、ヴェルツは多節棍を警戒する理由が分からない。
「あー……」
ケンゴが言葉を濁す。
「じゅっぽんあるやつ?」
代わりに答えたのは彼のテイムドだった。総代とソレナの顔がひきつる。
「十本? 見たのは五本だったけど」
「じどうでくるくるうごくやつ? たかはしは、たしかにそれくらいしかつかえない」
「うん……」
ソレナの肯定に、スライムが言葉を重ねた。ケンゴが慌てて、言葉を封じ込めるかのよようにそれを抱きしめようとして、椅子から転げ落ちかける。
「あれは、もちぬしがしんで、みんなでわけようってなったのに、いったんあずかるといってよこからかっさらったんだよね」
その場にいた人型全員の頭が真っ白になった。
「誤解を生むような言い方をするなよ、お前は。違うんです。元の使い手が十手の仏と言われるほどの使い手だったものですから。その人を恐れて、死後、あの武器を壊そうとしたんですよ。壊すくらいだったら、俺が使った方がいいってもんでしょう?」
白々しい言い訳が淀みなく出てくる。
ヴェルツはまだ「自動でくるくる動く」というのがどういうことか考えていた。
「ふーん、じゃぁ、他の武器も色々あるんだ?」
ランドンではなくレサンが追求することにしたらしい。そう、聞かれたケンゴの顔がしまったとばかりに歪んだ。
「いっぱい、ある」
またもや代わりに答えたのは彼のテイムドだった。耐えかねてケンゴが蹴りを入れる。
なるほどとヴェルツは思った。アルビンが怒るのも納得だ。喧嘩仲間ではあり得ても、そこにアルビンとフェンリルのような絆を見出すことは難しい。しかし、そうであっても確かに何か関係性が出来上がっていた。
少なくとも、出会って一週間はあり得ない。ヴェルツは、自分とヘルの間にある、微妙な距離を思ってため息をついた。
だから、とその不思議な生き物は言った。
「たかはしを、Sランクにして」
「は? 何言ってんだ、お前は」
ケンゴが礼儀をかなぐり捨てて、小声で囁く。
レサンがにこりと笑った。どうやら、レサンの想像通り、この饅頭には、高等な知性というのがあるらしかった。
しかも、主の期待や願いを振り切って、本当に彼のことを考えての行動ができる、その類の知性が。




