ギルド定例会議@ブルエモン2−①
一週間前に五人の冒険者ギルド職員が顔を合わせた部屋で、今日は一人減って四人がそれぞれの席についていた。
ヘルが、いない。
このギルドで我が家のように振る舞う彼がいないだけで、空気が湿る。
二週間前と同じ顔ぶれになっただけ。そして、彼が帰らぬ人となったわけではないのに。
「さて、それじゃぁ、今週の総括ミーティングを始めようか」
総代がそう切り出すまで、誰も言葉を作らなかった。
「今週も死傷者なし。ただし、Bランクのサリムが行方不明になって、今ヘルくんが救出に向かっている」
「あーあ、あの色ボケ、無茶するから」
ランドンがいつも通りに進めようとした。ヴェルツの悪態が、かろうじて保たれていた体裁にヒビを入れる。
ソレナがふっと表情を消す。ヴェルツ自身も失言に気づいて顔を顰めた。
「いーじゃん、別に悪いことじゃないじゃん。水揚げの遊女を買って、そのまま何もしないで帰ってくるっていうんだから」
空気を読むということをしないレサンのその言葉が、重ねて雰囲気を壊した。
「それで、恩を売って後から漬け込もうっていうんだろ?」
ヴェルツは腕を組みながら、レサンの言葉に乗っかっていく。
「遊女だって生きてんだから。多少の思い出は必要」
ボソッと呟いたソレナを、ギョッとした目でヴェルツがみる。
またやってしまったかと言葉に迷う彼に、ソレナは肩をすくめた。
サリムは四十になろうかという痩せぎすの男だった。
ブルエモンはいつでも冒険者不足で、人口の多い街に比べれば依頼報酬が高い。
そして、交易都市ビリターヴィンが近い。あの街は元から人が多く行き交うところにできた街だから、自然、旅の恥はかき捨てとばかりに酒場と色街ができる。
サリムは、この町である程度まとまった金を作って、ビリターヴィンに豪遊しに行く。金がなくなれば戻ってきて、また冒険者稼業に精を出す、そんな冒険者だった。
「……悪かった。実力としては申し分ないと思っていた」
ヴェルツが、頭を下げた。座ったままとはいえ、そのまましばらく動かない。
「まぁねぇ。私も何も言ってなかったしねぇ。彼は、焦りがある時はまずいんだよ」
レサンが頬に手を当てながら言う。
レサンが不在の間に、ヴェルツが処理した依頼だったのだ。
「まぁ、過ぎたことは仕方ない。それに、アタシも謝らなきゃぁならないことがある」
不意に割って入ったソレナの声を理解して、レサンとヴェルツが言葉を詰まらせた。
几帳面な彼女が、何か仕事を間違えた。
しかも、自分たちは思い当たる節がない。
一体何だと身構えるが、総代の苦笑で緊張は解けた。
何ということのない。彼女の責任感の強すぎて、気負いすぎている。その類の話のようだった。
「ヘルが途中からいなくなった関係で、受付業務に追われて、遂行率の計算が済んでない。それから、戦略見直しのレポートも書き忘れてた。そして、饅頭はケンゴのテイムドで片付いたけど、他の魔物はなんの手がかりもないまま」
一息に連なった言葉が吐き出された。
「それこそ、俺も休みをもらったから、すまん」
ヴェルツが目をそらしつつ言う。
「まぁ、そういう時もあるよ。昨日はケンゴのレポートを書いてくれてたんだからね」
総代も穏やかにソレナを慰める。
「レポート? ケンゴの?」
その言葉を拾ったのは、ヴェルツだ。
彼だけ、直接ケンゴに接していない。Fランクのなりたての冒険者に、どうしてレポートが必要なのか理解できなかった。
無論、一人一人に冒険者支援票を作成する業務はある。だが、それなら、ヘルの仕事だ。
軽く総代が頷いた。
「そうだね、ケンゴの話は後でしよう。先に、今週の振り返りと来週の方針を決めてしまおう」
含みのある言葉だ。
レサンが訳知りに大きく頷いている。これは、ロクなことじゃないぞとヴェルツは気を引き締めた。
本来ならば、初級担当から報告を始める。
ヘルがいない今日は、互いに視線で譲り合って沈黙が生まれた。
先に痺れを切らしたのはソレナだ。
「全体の遂行率は、推定で80から85%。饅頭の偵察は無くなったけど、北部の魔物討伐依頼を急遽増やしたから、通常依頼の消化率が悪い」
キッパリと言い切った彼女は、総代を睨む。
「まだ、通常依頼の余裕はあるんだね?」
総代が腕を組みながらいった。
何やら物々しい二人に、ヴェルツとレサンもつい前のめりになる。
「余裕はない。まだ調整の余地はかろうじてある」
「北部優先でなんとかならないかな」
「北部は、通常依頼との重ね合わせがし辛い。昨日の話通りなら、総力をあげてなんとかなる。でも、その後に通常の方にも総力をあげて挑まなきゃならない。どっちかを取るしかない」
どうやら、通常依頼を優先したいソレナと、緊急に北部に力を入れたい総代で、揉めているらしかった。
ヴェルツとレサンは軽く互いの目を見る。事情を把握していないのは自分だけではなさそうだと見とると、レサンが咳払いをする。
その大袈裟な咳払いに、二人はつい黙り込む。
「まぁまぁ、まずは事情を教えてよ」
レサンが腕を組みながらいう。総代の真似をしたのだろうが、髪がどんなトラブルかとワクワクしてるのだから、総代のような凄みは全くない。
頭に上っていた血が一旦下がった二人は、互いに目を見合わせる。ソレナが軽く肩をすくめた。
どうやら、彼女も事情は詳しく聞いてないらしい。
総代が口を開いた。
「昨日まで会議に行ってたんだけどね?」
そこで何かあったらしい。
「ゲイラードが……」
北部の取り纏め役の名前が苦々しく捻り出された。
ソレナを含め、三人の顔が急に険しくなった。
「またか……」
ソレナががくりと首を垂れる。
その肩を慰めるようにレサンが抱いた。
ブルエモンは、だいたい5勢力に分けられる。
おおよそ、町の部分と田畑の部分で住人たちは分かれている。特に、町壁に住んでいる側からの対立が強い。冒険者ギルドは、区別なく手助けしようとしているが、町壁農地側に住んでいる町人はそれも批判する。
町の部分。町壁のなかに住んでいる、一勢力目。次に、外のバラックが二勢力目。冒険者ギルドは町壁の外にある。町を魔物から守ると言うときに、壁の中にいてはどうしようもない。冒険者の多くはバラックに住んでいる側が多い。
町壁内では、城に勤めている人とそれ以外、そして最近住み始めたアタハル信徒。だいたいそこら辺が寄っている。
農村地帯は、北部と南部の二勢力に分かれている。どちらも、同じ農作物である、小麦を作っている。しかし、南部の方が都市部への搬出がしやすい。その権利を南部が握っている。治水も南部の方がうまくやっており、北部と南部が馴染むわけがない。
北部は平野が広がっており、農耕地自体は南部より広い。その収穫高が活かせない。安く売りたいが、輸出経路が確立していないのでなかなか安くならない。
当然北部は焦る。
そして、トラブルがあっても南部に隠したい。隠蔽体質になっているのだ。
ちなみに、最後の勢力はエルフたちだ。平原の一部に「昔はここは森だった」と言って、自分たちで木を植えて暮らしている。
彼らは、王国に不当に土地を奪われたと思っている。実際に、エルフの反乱を恐れて、かつてはブルエモンの地に城を建て、そこに王族が住んでいたらしい。
しかし、水路の発展により、王城はネスマーに移転した。それに対しても恨みつらみがある。
さて、北部の隠蔽体質は今に始まった事ではない。
理由は明確だった。冒険者ギルドと北部の関わりが、町の会議でしかないのだ。
南部は定期的に総代を会議だ視察だと言って呼び出して、トラブルは初期段階で全て押し付けてくる。「田畑が魔物に荒らされている」と言われたら、呼び出しに応じないわけにはいかない。
戦略担当係のソレナとしても、大事に育つ前に芽を摘むのは大歓迎だ。
ただ、そんな南部に変な意地から対抗して、北部は冒険者ギルドを頼らない。
それが大きな問題だった。
トラブルが育ってから、町の会議で北部が話を切り出す。当然、南部はそれを糾弾する。ますます、北部の口は硬くなる。
その繰り返しで、如何ともし難い。
耕作地が広い分、より綿密な連携をはかりたいが、冒険者ギルドから歩み寄って定期的に訪ねていっても「南部の手先が工作に来た」と言われる始末。
「で、今度は何?」
ソレナが腕を組んで、吐き捨てるもの無理もない。
「空エビの群れに苦戦しているらしいんだ」
総代が、手を組み合わせて、その上に顎を乗せながら言う。
「い゛っ……」
レサンが大きく身を引いた。椅子がガタリと音を立てる。
「やだ、やだよ、私は絶対にいかないからね」
レサンが自身の身体を髪で包み込みながら言う。
どうも、レサンは甲殻類、特に群れが苦手で仕方ない。
ランドンも曖昧に頷く。苦手とはいえなんとかなるだろうと頼み込んだ結果、レサンが失神した記憶はなくなることはない。
「それは、なんとかしなきゃならないけど」
それでも、通常の依頼をおざなりにすることもできない。思い悩むソレナを横目に、頬杖をついたヴェルツが提案する。
「イライジャの爺さんが体調いいみたいだから、高火力に据えて、なんとかならねーか?」
「うーん、彼は大概視力が悪いから、撃ち漏らしが怖いね」
「数回攻勢をかけて、一網打尽にするのがベスト。やっぱり頭数を揃えるしか……」
総代とソレナが堅実な意見を述べる。
まだ、鳥肌が治らない腕を撫でながら、レサンが言った。
「ケンゴに任せればいいんじゃないかなぁ」
レサンの言に、3人は黙り込んだ。
レサンはお構いなしに続ける。
「それなら、私が出張ってもいいよ。実際に戦わないんだったら、多分、大丈夫。それに、新顔のケンゴとエルフの私なら、北部もそんなに警戒しないだろうし。どうかな?」
一見、いい提案のように思えた。
しかし。
「ケンゴの実力が分からない以上、なんとも……」
ヴェルツが首を傾げながら言う。現実離れした雰囲気を持つレサンだが、無茶や無謀を押し通すタイプではない。
「いいかもしれない……」
ソレナが、目を見開きながら言う。頭の中で算盤を弾いているのだろう。レサンが大きく頷いた。
結局、ケンゴについて、話は巡ってそこに帰ってくるようだった。
一人、ケンゴに関わっていないヴェルツだけが会話から取り残される。
「おいおい、本当にセカンドだったのかよ?」
なんとか話について行こうとそう問いかければ、微妙な沈黙が返ってきた。
「ちょっと、あれはねぇ……」
レサンが適当な言葉を探しあぐねて、言葉を濁す。
「昨日丸一日使って、全世界のSSとS、近隣のAランクの冒険者を全部洗い出したんだけど、該当者はいなかった」
代わりに答えたのはソレナだった。
ヴェルツは「そんなことをしてたんじゃぁ他の仕事ができてなくて当たり前だぜ」と言う言葉をなんとか飲み込む。
「うーん、他国のAランクだった可能性は否めないけど……。剣を5つの多節棍に変えて見せたんだってね? そんな特徴的な冒険者がいたら、流石に僕たちの耳に入らないはずがないけどね……」
「そう言うのはヘルが詳しいんだけどね」
総代の言葉にソレナがそっけなく応える。
「それに、魔力がないのに魔術が使えるって? そんな特徴的な冒険者、絶対に支援票か活用計画書が作成されてるはず」
ソレナが手を強く握り締めながら言う。悔しさが滲んでいた。該当する冒険者が記録にないと言外にわかった。
「ケンゴの言葉遣いって独特だよねぇ」
しみじみとレサンが言った。またどうでもいいことに引っかかっているとソレナは無視しようとしたが、総代が詳しい説明を視線で求めた。
「だって、普通は魔術って言うでしょ? ケンゴは魔法と魔術がごっちゃになってるんだよねぇ。自分から言うときは大抵魔法だし。こっちに釣られて魔術っていう感じかな?」
「……どう違うんだ?」
ヴェルツが首を傾げながら尋ねる。
「んー。魔法っていうと、古代の神々が世界を作るのに使ったものかな。魔術は、個人がそれぞれ改良する余地があるというか、もっと強く、便利にするために色々いじるでしょ? でも、魔法は神の技だから、完成されていて変更ができない感じかな。まぁ、どちらも魔力を消費するんだけどね。魔法は世界の法で、魔術は術、技や手立てにすぎない……と言ったらいいかな」
ソレナとヴェルツはさらに首を傾げる。全く分からなかった。
「なら、ケンゴは古代の魔法を使うと?」
総代が身を乗り出して聞く。
「んー。ケンゴはその区別なく魔法と魔術って言葉を使ってるんだよね、多分。だから、この歴史を知らない? のかなぁ?」
「で、それがなんだっていうんだよ?」
いくつき先はそこだ。
「ヴェルツは、魔術って言葉を使うでしょ? 魔法って言う?」
「確かに、意識したこたないけど、言わねーな……」
「そういうことだよ。無意識に魔術って言葉を使う。魔法という言葉の背景を知らないでも、普通はそうなんだよね」
「別国から来たから?」
ソレナが目を細めながらいう。
「別国だって同じだと思うよ? ここら辺のことは。まぁ、アタハル教徒は唯一神が世界を作ったっていうんだろうけどねぇ」
逸れた話題を戻そうと、総代が言葉に悩んだ。
そのとき、表に置いている呼び出しベルが振られた。
4人が顔を見合わせる。
会議中はギルド職員が表にいない。だから、一応、呼び出しようにハンドベルを置いている。
まぁ、冒険者が少ない昼間に会議をしているので、滅多に使われることはないのだが。
それゆえに。
来訪者は一体誰なのか。
どんなトラブルが舞い込んできたのか。
ホームだというのに一瞬で緊張が高まる。




