【キング】タカハシとなかまになる
時間が戻った。
私は、時間のないそこから取り出された。
解放された。
タカハシを感じた。
熱と魔力の形がそうだった。
私は咄嗟に大きくなった。
魔力が消費される感覚を得た。
空気を感じた。
知覚が広がる。
タカハシはどうして私を解放したのか。
戦いが佳境になって、私の力を必要としたのか。
タカハシは身構えている。
戦うつもりなのだ。
私は、なるべく独りで戦いたくない。独りよがりとして、我々の力を借りたい。
だから、いつもそうしていたように、私を我々に広げようとした。
そして、そこに我々がいないことを知った。
気がついたら、タカハシは座って私を見ていた。
私は、知覚を広げて、知った。
ここは私の知る世界ではない。
精霊の息吹のない世界を初めて知った。いるのかいないのか分からないはずだった、その存在を初めて強く知った。
タカハシが動かない。人間が動かずにいるとき。暇なとき、何かを待っているとき。
タカハシは、何かを待っている。
何を?
何を、と聞くには?
私は、言葉の存在を思い出した。
私は、声を出した。
「たかはしー」
身体を振るわせる。
我々のいない世界で、私は多くの言葉を作れない。
精霊のいない世界で、風はその言葉を祝福しない。
伝わる言葉は、私の身体の震えをそのまま伝える。
「なかま、いない」
その言葉に、タカハシが目を瞬かせる。その動きを空気を通じて感じる。
「あーうん、いないなー、別の世界だしなー」
空気を揺らすその振動を私は解読する。
別の世界。やはり、そうなのだ。
ここは知らない世界なのだ。
もし、そうなったらどうするか。
考えていたのではなかったか。
もはや、時は有限になり、私の思考も時間に従う。そして、記憶を思い出すことがただちにできない。
「アホになったー」
私はいう。
「ん?」
タカハシの疑問を、声ではなく、首を傾げる熱の動きで感じる。
「アホになったー」
理解をしていないのならば、再び同じ言葉を作ろう。
今の私の、限界。
「……俺が?」
ちょっとその言葉の解読に時間がかかる。
タカハシがアホになったと私が言ったとタカハシは思っている。
ちょっとタカハシの、熱の形をマジマジと上から下まで詳細にみた。ちょっと筋肉量が減ってる気がする。弱くなってるかもしれないけど、アホになっているかは分からない。
だが、私の言葉を解さなかった。つまり、
「ばかはし」
そう、久々に言葉をつくる。
タカハシは敵を挑発するときに「ばか」という。その言葉を誰も知らなかった。だが、それを挑発しているのならば、私は「バカハシ」とその名前を捩って返す。
逃げていく彼にそういえば、決まって、
「黙れ、コンニャク」
コンニャクという詳細が不明な罵り言葉を返される。
タカハシは、大きくなって取り込んでも死なないらしい。この前の戦いでそうだった。
だから、大きくなってのしかかる。
挑発してきたのだから、やる気ってこと。問題ない。
言葉を作る。難しい。
思考の速さが一人分で、身体の制御も一人分でして、難しい。
タカハシとうまく意思の疎通ができない。
タカハシが焚き木をするといった。
焚き木。
人型が熱を求めて、植物を燃やすもの。
タカハシは熱を求めている。
「あっため、する?」
私は、温めを提案した。
「いや、今から火を付けるからよ」
タカハシはその意味を理解していないようだ。
「ばかはし」
実行するのが早い。私は温度を上げた。
タカハシは喋らなくなった。
そのまま、腕を伸ばしてくる。
私は抱き上げられた。
胸の部分に押しつけられる。タカハシが足を縮めて、私の下部に彼の足が当たる。上部に彼の顔が押しつけられる。
どうすればいいか分からなくなった。
周りの温度が急激に下がっていくのを感じた。日が沈んだのだ。
人間の胸は、身体の向こう側に抜ければ、人間は死ぬ。
身体の一部を失っても、彼らはそのうち死ぬ。
どのくらいの力加減で動けばいいか、その繊細なラインを私は知らない。私は、どうすればいいか分からなくなった。
タカハシは規則正しく胸を上下させる。
動物は寝るということをする。
これは、それらしい。
タカハシは寝ている。
私は、寝ることを知らない。
私は身の振り方を考えようとした。
タカハシがなぜ私を喚び出したのか考えようとした。
そのはずが、私の世界で、我々がどうなったかを考えていた。
タカハシの孤独をなんとなく知った。
次第に周りの温度が上がっていくのを感じた。私は、熱を生み出すのをやめた。
タカハシが寝るのをやめた。
私は彼の動きを警戒する。彼は空気を大きく動かした。息を吐いた。
あの吐き方は、ため息という。他の吐き方の見分けは、吸って吐くのを数回繰り返すのが深呼吸で、一度だけ吐くのがため息だ。
疲れたり嫌なことがあるとするらしい。私には疲れや嫌なことが分からない。それが何か言葉でしか知らない。
タカハシは、植物の死骸を加工したものを取り出した。あれは、人間が記録をする媒体だ。タカハシはそれに何か数行、思案に思案を重ねた上で書いた。
人間は、寝るのをやめたとき、知り合いとその日初めて会ったときに何か言葉を交わしていたはずだ。
なんというのか、忘れた。
私は、それを思い出そうとする。
タカハシは記録をやめて、何か食べ始めた。
何を思ったのかそれを少しちぎって、私に投げてきた。
それの勢いで動く空気を感じる。表面にそれがつくタイミングを図って、それを体内に取り込む。
何かの動物の死骸だ。空気に晒して干からびさせたものだ。人間にこればかり食わしていると、なんの問題もないはずなのに、苦情を行ってくる。まずいのだという。
タカハシは、わざわざまずいものを食べている。つまり、美味しいものが手に入らない状況にいる。
食し終わったタカハシが言った。
「テイムしていい?」
テイムが何か分からない。でも、していいかと許可を私に求めている。
とりあえず、何か分からない以上は、許可は出せない。
だから、作るべき言葉は否定だ。
「やだ」
「だよなー」
返ってきたのは同意だった。つまり、タカハシの要請を私が否定する、それが当然だとタカハシがみなしているということ。
テイムは私の利益にならないこと? 一体何?
必死に考えながら、タカハシの言葉にも答えていたら、タカハシが侮辱してきた。
なんて言ってるのか、詳細に解読できなかった。
でも、声色が侮辱だった。
私が必死に考えて喋っているのにタカハシは協力しようとしない。ちょっと黙らす。
大きくなれる時間は決まっている。
その間に、私の考えはまとまらなかった。
最終的に、タカハシについていくか、いかないかを考える。
ここは私がいたのとは別の世界だ。この世界には私の同胞はいない。タカハシと私は異邦人。
タカハシは「まずい」食べ物を食べている苦境だ。周りに人もいないようだし、独りだ。
そして、タカハシは私をよんだ。タカハシは私の力を求めている。
しばらくはついていってもいいか、とそちらに傾いた。
「勝った! テイム、俺に従え!」
元の大きさに戻ったら、タカハシがそう言った。
テイムというのはタカハシに従うという意味らしい。タカハシに従う。
ついていくと従うは同意義だ。
考えは同じ。
なら、肯定の返事をする。
「いいよー」
肯定の返事をした。その後に、身体が勝手に震えた。
私の何かが変わった。
周りのものが、分かる。
熱の形を見たら、それが何か分かる。
タカハシとの同盟が成立した。タカハシの力を簡易的に私も使えるようになった。おそらく。
私が従う側で、タカハシの下につく形ではある。
こういうときに、人間は何か特別なことを言うはずだ。
確か、こんな感じのはずだ。
「いっしょうめんどうみてね」
「やだ……」
否定が返ってきた。
こっちが歩み寄っているのに、助力を願う態度ではない。そういう時は、分からせる必要がある。
大きくなって押しつぶした。
何度か会話を試みるも、タカハシの態度が直らないので、何度ものしかかるのを繰り返した。
ともかく、呼び方がキングで決まった以外は進捗がない。
多分、タカハシは、一度寝たら全部忘れるんだ。
4回寝たから、今までのこと4回忘れてるんだ。
でも、私がいることは忘れていないっぽい。毎日、干し肉を食べるところを見ると、その習慣もある。
だから、えーと。
少なくとも記憶がないわけではない。人間のことをこうも知らないとは自分でも思わなかった。
タカハシが頼りないなら、この精霊のいない世界に早く私が慣れて、彼を助けるしかない。けれど、タカハシはゆっくり二本足で移動している。
これに合わせていたら、力の使い方を調整できない。
悩んでいたら、タカハシが軽トラというものを取り出して、使った。
人間の道具はすごい。
大きな魔物が勢いよく走る時くらいのスピードを何時間も出し続けた。
ただ、燃料とかいうのが手に入らないのと、この世界にないものなので人に見られたら困るのが問題らしい。
私は軽トラが気に入った。荷台という部分に大きくなって乗ると、上部を風が撫でていく。多分、気持ち良いというのはこういうことをいうのだと思う。
タカハシの懸念は妥当だと思ったので、肯定した。そしたら、また二本足で歩き始めた。
だから、私は自分で力の調整をしてくることに決めた。
ちょっといなくなることを、人間は「散歩にいってくる」という。
タカハシにそう伝えると、「わかった」というので散歩に行った。
散歩から戻ったら怒られた。
どうやら、散歩というのは短い、数時間程度で終わるものことを言うらしい。
初めて知った。私に言葉を授けた、我々の創造主は、人間の担当じゃないので、どうもその辺りが雑だった。
他の魔物と話す時も、人間の言葉を一応土台にして話していたが、それぞれが割と別々のことを思っているようで、なかなかうまくいかなかった。
どうやったらうまくいくのか。なぜか私がそれを考えて、調整していた。
同胞とどうやれば話せるのか。そんなことを考えた経験があるのは、私だけだったせいだと思う。
だから、タカハシともうまくやれるはずだ。
この世界の事情もようやく聞き出せた。
うまくいってる。
タカハシは軽トラで移動しながら言っていた。
二本足での歩行には限界があり、もっと早く移動したいと。
瞬間移動が一番早い。でも、私はこの世界を知らない。危なすぎる。
だから、代案を考えた。
瞬間移動で、知覚できる場所の一番遠くへ行く。それを繰り返す。
実際に瞬間移動をして見せながら、なんとか、タカハシにそれを説明する。
タカハシが私の体を鷲掴みにした。
そのまま、加速と瞬間移動を繰り返した。
タカハシは口から何か出していた以外は問題がなかった。はずだ。
また、タカハシに怒られた。
「吐く」、口からものを出す状態は、人間にとってかなりよくないらしい。
人間はスライムと違って複雑で繊細なので、無理をさせないでくれと言い聞かせられる。
それでもタカハシは暖かくなった私を抱きしめて寝た。
人間はよくわからない。




