【キング】もとのせかいのこと②
植物の神の願いは、即座に問題になることはなかった。
ただ、神々が倒れる中で、その強固な意志はどの勢力にとっても目障りとなってきた。
神々はもはや関与を放棄する。一見、なんの害もない。
私と同様、神以外の者の目的は自種の繁栄だった。神の存在を知って、その加護を失うなど考えられなかった。
とはいえ、植物なしで世界は回らない。それが分からぬ者もいなかった。
植物の神のとった戦略は、アポトーシス。もし、私が彼への反意を明らかにしたとしよう。彼は、私の配下の人間の街、その人々の作物を死滅させる。
誰が対抗しえようか?
強い魔物こそ抵抗できなかった。彼らが食べる獣は、草を食んで生きている。
ただ、我々にだけは効かなかった。
我々は海水も砂も取り込める。ただ、私にだけは、全てを食い尽くして、我々自身が食い合う地獄が見えた。
植物には明確な意思がないと思われる。確かに生きて、成長する。
精霊と違って目に見えるが、とはいえ、動くことはない。
エルフの一部の輩は声が聞こえるなどと言っていたが、私には聞こえない。
我々の貪欲さ同様に、植物は細胞を積み重ねて成長し子孫を残すことだけに注力している。
植物の神は、我々の創造神と違って、植物に手を入れることはなかった。
魔力を持って、近づくものを薙ぎ払う木こそ、何かの接近を察知して地に潜る草こそあれど、動物を直接害する植物はなかった。
攻撃力を持っていなかった。
植物の神は、自身の願いの成就を敢行しようとした。
植物では他の神々を従えきれない。だから、建前上は全ての神々が平等に権利を持っている人間を使った。とはいえ、彼は最初に利権を主張しなかったから、支配下の人間はいない。
そこで、異世界からタカハシが召喚された。
タカハシを植物の神がなんと言って騙したのか知れない。
外から来たタカハシはこの世界の歴史を知らなかった。
虫の神と、海洋生物の神との戦いの最中だった。植物の神の最後の抵抗に気を払う暇はなかった。
どの種を、誰を優遇すべきか。表向きはそういう相談を重ねていた。だが、結局は、内部の誰を切り捨てるかだ。魔物の神が求めるは闘争。一つの勢力に見せかけて、内部は分裂していた。
我々の生き残りのために考えるべきことは山ほどあった。
虫の神と海洋生物の神は敗れ去った。
魔物の神が言った。互いに戦え、と。彼の加護を受け入れられる者を絞る。加護が欲しければ、勝て、と。
魔物の神の勢力は、完全に分裂した。それだけではなく、種の中でも分裂が起こり始めた。
我々は分裂のしようがない。私以外に思考能力のあるものがいないのだから。
我々は、魔物の神に祝福され続けた。私のいる限り、もはや、最弱の魔物ではなかった。
その間に、タカハシが予見の女神と同盟を結んだ。
予見の女神は、それまでどの勢力にも加担しなかった。ただ、協力を請われた時、彼女の利になるならば、未来の宣託を行った。
私も彼女に幾度となく取引を持ちかけていた。そして、そのうちいくつかは要望を受け入れられた。
私も含めて、誰もが女神は誰にも加担しないと思っていた。彼女は、植物の神以外に神託を授けることを拒んだ。
タカハシが一躍、要注意人物になった。
とはいえ、人間を特別、問題視しようという動きはなかった。人間は神の配下で、魔物はその間にいた。
いくばくかの人間の強者は、自分たちの所属する国家の生き残りのために、私たちと肩を並べて戦う存在であった。
しかし、大多数は後方支援の立場に甘んじていた。数と協力性が強さであって、直接的な戦闘は魔物の得意とするところであった。
人間の亜種、例えばエルフは魔術の才に秀でていたが、人間にはそんな力はなかった。
だから、その段階ではタカハシよりも優先すべき課題があった。内部闘争だ。
しかし、タカハシへの警戒はさらに強まる。内部闘争に敗れた者たちが、タカハシに敗れたのだ。
私たちは思った。魔物の神の加護なしに、もはや生き延びることはできないのだと。
なおさら、内部闘争に負けられなくなった。
いや、信じたかったのかも知れない。加護さえあれば、タカハシに敗れることはないと。
植物の神の加護が彼に集中していることに気づく者は、本当に、その時点ではいなかった。
ここまで残った7神のうち、次に葬られたのは記録者だった。
それも、予見の女神がわざわざ手を下したのだ。
予見の女神は、今後は私が記録をすると言った。そんなことはどうでもよかった。
これまでの記録が、植物の神の元へ渡ったのが問題だった。
余すことなく、これまでの戦いがそこにはあるはずだった。
タカハシは、我々の手の内を全て知ったのだ。
そんな中、亜種勢力が山海の神を倒した。
魔物たちにとっては海山の神は、予見の女神のような緩やかな協力関係にあった。人間を滅ぼすことが目的の彼は、魔物には力を貸してくれた。
有利な地勢へ変えてもらうことで、私たちは多大なる恩恵を受けていた。だから、海山の神への敵対は視野になかった。
しかし、亜種勢力は人間と形が近い。ドワーフなどは類稀なる知性と技術力を誇りとしているが、直接的な戦闘はできない。その点、人間と近しい。彼らは人間のために海山の神と敵対するに至った。
そして、人間の数の力を味方として、海山の神をついに破ったのだ。
人間たちは亜種の神に降ることを望み始めた。
私たち魔物の治世が悪かったとも思えない。人間は協調と共感の物語を好む。そこに辛く厳しい道のりが待っていようと、それさえあればなんとかなるらしい。
残り5神。
魔術の神は依然、傍観者だった。
予見の女神と同盟を結ぶ植物の神。そして、魔物の神。人間を配下に収めつつある亜種の神。
その三つ巴になっていた。
配下の人間の流出や反乱を抑え込もうとする、私たち魔物の神の勢力。魔物の神の求めるところは闘争で、私たちは武力を振るわざるを得ない。
そして、人間たちはますます離れていく。
大きくなりすぎた勢力が、本格的に破綻していく。
そんな私たちを一人、また一人とタカハシが攻略し始めた。
互いに争うあまりに、もはや共闘ができない私たちをタカハシが崩していく。
未来と記録を得た彼はあまりにも強かった。私たちの中にも、植物の神に寝返るものが出始めた。
私は、あまりにも魔物の神の勢力の中枢になってしまっていた。植物の神へ交渉する隙を、私の周りのものは与えなかった。
私には使者を送るなどという選択肢はない。私以外の我々は喋れもしないのだから。
それでも、タカハシは私から逃げ続けていた。
まだ、大丈夫だった。
そのうちに、私は、我々の安全を確立させる必要があった。
私は、我々のいくつかに魔術を教え込むことになんとか成功しつつあった。
私がそうしたように、大きさや形を変え、地形をものとせずに進む。あるいは、空中に浮かび上がって少し飛べば。瞬間移動ができれば。そうすれば、更なる餌へ辿り着ける。
走り回る動物に、少し体を分離させて叩き込めば、彼らは動けなくなって安全に取り込める。
個体差はあるものの、我々はそれを学びつつあった。かつて、人間を避けることを知ったように。
私は、魔術の神に会った。
我々は、魔術を覚えた。人間のように言葉を持たない。思考もなければ群生もしない。
けれど、我々は貪欲である。
周りのものを飲み込むことしかしない。だが、そのために海を泳ぎ、嵐にのり、地中深くに潜り、ありとあらゆるところで生きていた。
だから、魔術もそのために進化させていくだろう。
人間たちとは違う方向で。
この先をあなたが見たいと思うのならば、どうか、どうか、我々を。
我々には、ものを飲み込む貪欲さしかない。
だから、私のしたことは彼らには何も分からない。
タカハシが、逃げずに私の前に立った。
私は、我々の中で、最期を悟った最初のものになった。
タカハシは私を殺せなかった。
魔物の神を攻略する上で、その中枢とする私を排除したいだけだった。
私は、時の止まった不思議な空間に閉じ込められた。
そこでは、物がたくさん、確かに、そこに、あった。
そこでは、私は確かにものを考え、行動することができた。
それでも、物に何かすることはできず、私が取り入れることはできなかった。
私がすり減ることはなかった。それで、時が止まっていることを知った。
タカハシが私を封じる時、私は言った。
いずれ、全てを溶かすと。
昔、人間が私を封じようとして失敗したように。
そこには時がなかった。
時間は有限ではなくなり、無限であった。
私は考えていた。
タカハシはあの世界の何を知って、何を知らなかったのだろうと。
タカハシは、あの世界の言葉を得ていたのかと。
私がいなくなった後の、我々の行く末や、魔物の神の勢力下のものたちのことを考えた。
私が他の世界に召喚されたらどうするのか考えた。
人間の効率的な都市と治世について考えた。
魔物と人間の共生を考えた。
人間のいう、愛とか友情とかそのほかの感情について考えた。
気が狂わないために、ありとあらゆることを考えた。




