〜啓志〜 act3
3.
公園沿いの通りに一台の車が停まっていた。
「ごめんね、啓志。待った?」
その車に慌てて駆け寄る。
「いや、さっき着いたところ。」
時計を見ると6時50分。
待ち合わせの時間には十分間に合っていた。
「穂澄、お疲れ。」
そう言うと、助手席に乗り込んだ私にキスをくれる。
軽いキス。
そして少しの間体を重ねる。
「おなかすいてる?」
「ううん、まだ大丈夫だよ。」
抱き合った後、啓志の言葉で次の行動が決まる。
今日は食事だな。
啓志とは車で待ち合わせるのが大半。
車の中で、啓志がたくさん喋り始めた時はそのままドライブ。
映画の話をしたら映画館。
たくさんキスをされた時はホテル。
どこ行きたいかと聞かれた時は私の行きたいお店や場所でデートする。
そんな啓志との付き合いはもう一年半になる。
「じゃ、穂澄んちの方行ってから食べるか。」
「うん、いいよ。」
仕事が終わり、疲れた体で啓志と会うのはなんだか恥ずかしい。
前まではお互いの休みが土日中心だったから合わせて会っていた。
前日から来ていく洋服を悩んだり、服に合わせてバックやアクセサリー、髪型までも時間をかけていた。
そうすることも楽しい時間だったのかもしれないね。
でも、四月からは勤務シフトがバラバラになった。
お互いの休みが合うのは月に二回か三回、あるかないか。
だからどちらかの休みにあわせると、どちらかは仕事終わりとなる。
さすがに仕事終わりは化粧も崩れているし髪形も仕事用だ。
服もバックもアクセサリーも合わせることも難しい。
「それ、この間買ったピアス?」
啓志の手が耳たぶに触れる。
「そうだよ。啓志に選んでもらったよね。」
「穂澄に良く似合ってる。」
啓志は私のことを良く見てくれている。
いい意味で言えば、可愛がってくれ、大事にしてくれる。
ただ、捉え方を変えればよく見られているから緊張もするし失敗もできない。
啓志好みのメイクや洋服、髪型、アクセサリーまで・・・。
啓志は全てを見ているから、気が抜けない。
「穂澄、こっち向いて。」
「ん?」
信号で停まった時、渋滞で停まった時、啓志はキスをする。
恥ずかしくていつも下を向いてしまう私。
それを見ている啓志の視線が痛いくらいに突き刺さる。
「可愛いな。」
「えっ?!」
「キスの一つで照れてるところ。」
「う、うるさいなぁ〜。」
精一杯の強がりも、啓志は見抜いて笑っている。
可愛いと言葉にしてくれ、本当に可愛がってくれる啓志に大人の余裕を感じる。
「佐岐さんは可愛いです」その言葉を急に思い出す。
可愛い・・・か。加藤くんにも言われたのだよね。
はぁ。
結局今週も挨拶できずに木曜日。
月曜、加藤くんに話しかけようとした時、啓志と会った。
加藤くんよりも啓志をとってしまった私。
火曜、水曜と接触に失敗した。
そして今日は休みで会えなかったし。
どうしようかな・・・
このまま気まずいままなのかな・・・
そんなの嫌。
これからも仕事仲間として、やらなきゃいけないこともたくさんある。
加藤くんからしたら私とは話したくないかもしれない、顔も見たくないかもしれない。
でも、たくさんの勇気を出してくれた加藤くん。
今度は私が頑張る番・・・なのに。
「食べないの?」
「えっ?」
「スープ、冷めるよ。」
啓志の声にハッと我に返った。
食事中だった。
啓志と会っているのに、食事中なのに、考え事してしまうなんて・・・
今日はどうかしてるな。
「考え事?」
「えっ?!」
「そんな顔してる。」
スープを飲み終えた啓志がナプキンで口を拭きながら言った。
さすがだな・・・この人は。
表情読まれたか・・・。
「仕事?」
「う、ううん。」
「違うんだ。」
「あ、いや・・その・・」
まさか他の男に告白されて後が気まずくなっているなんて言えない。
しかも相手は後輩の加藤くんだなんて口が裂けても言えない。
言えるわけがない。
「何?言えない事?」
「えっと・・その・・・」
啓志は隠し事を嫌う。
いや、正確に言うと、隠せない隠し事を嫌う。
隠せないなら隠すな。
隠せるなら隠し通せ。
そんなしっかりとした考えの持ち主。
自分の意思をはっきり持っている人。
自分に厳しく、他人にも厳しい。
だめな事はだめと、良い事は良いと指摘してくれる人。
そこが啓志の尊敬するところでもある。
「言える事?言えない事?」
「あ・・あのね、あの・・・」
啓志だったらこんな悩み、すぐに解決しちゃうんだろうな。
自分の意思を強く持っている人だから、人に流されることなんてないんだろうな。
例え告白されても、揺らいだりしない、きっぱり言える人なんだろうな。
そしてアフターケア、フォローも完璧にするんだろうな・・・
そうだ!
そうだよ!
ここにいるじゃない!
完璧な答えを持つ人が目の前に!
「あのね、啓志、と、友達のことなんだけどね・・・」
「悩み?」
「そう、悩み。友達の悩みを相談されてて・・・」
とっさに思いついた案。
友達からの相談事ということにして啓志にアドバイスをもらっちゃおう。
きっと、適格なアドバイスをくれるはず。
隠し事の苦手な私。
何でもないよって言っても啓志は信じてくれないだろう。
余計に怪しまれるだけ。
だったらこの場で相談してしまうことにした。
「私まで考えちゃってさ。自分だったらどうするかな・・・って。」
「ふーん。」
「啓志だったらどうする?」
メインのパスタが運ばれてきた。
続けて話を進める。
「どんな話?」
「あのね、告白を断ったら気まずくなって挨拶も出来なくなっちゃったの。どうしたらいいと思う?」
啓志はフォークにパスタを巻きながら話を聞いてくれていた。
「一つ、気まずいままでは何か問題があるのか。二つ、彼女はこれからどうしたいのか。」
「え?」
短い即答に、思わず啓志の顔を見てしまった。
「つまり、告白を断っておきながらこれからどうするつもりなのか。気まずいままが嫌ならじゃあどこまで話せる仲に戻したいのか。挨拶程度?世間話程度?これからもお互いの恋愛を相談し合う仲?」
「えっと・・・」
「告白断っておきながら友達に戻りたいだなんていうのは図々しい話。振られた相手がそれを望むなら、そうしてあげるのが最もだと思うけど。」
フォークに巻いたパスタがするすると力抜けて解け落ちていく。
「それから、告った奴も。振られた時の事考えてあったのか。相手と気まずくなるのわかってて告ったならいいけど、相手がこうなって悩むの知ってて告ったならそいつにも非はある。」
「結果、どっちにも責任はあるってこと。人が人に告るってことは。責任がとれないなら告らない。受ける奴もそう。」
「告られるのなんて前兆でわかるんだから、責任とれないならほいほい出て行って受けないこと。以上。」
ばっさり切られた・・・
思考回路切断。
無心に返る・・・
それからパスタを食べてデザートを食べたかどうかも覚えていない。
覚えているのは・・・
帰り際、家の近くのコンビニに停めた車内でいつものようにキスをした。
「穂澄、土日の休みは?」
いつものように予定を聞かれた。
「土曜日は会社の皆とバーベキューする。」
「ふーん。日曜は?」
「予定ないけどお姉ちゃんと買出しかな。」
「わかった。また電話する。」
そう言って別れた。
初めから、わかっていたこと。
啓志と討論すること自体間違っていた。
啓志と意見を言い合うなんて無理なこと。
啓志と話し合うなんて無理なこと。
啓志に相談するなんて・・・無理なこと。
啓志がアドバイスをくれるはずがない。
啓志にとってのアドバイス・・・それはアドバイスではなく“方法”でしかないのだから。
起こってしまったことを悔やむより、起こさない努力をすること。
起こしてしまったことを悩むより、次の解決策にとりかかること。
解決策はこれとこれだからあとは自分で処理するように。
啓志の言った事は間違っていないだろう。
啓志の言った事は正しいのかもしれない。
でも、私には何が正しくて何が間違っているのか・・・それさえもわからないのだから。
自分の意見がなくて、人に流されやすい自分。
自分には物事を計る基準がなければ、方法も知らない。道具だって持ってない。
丸腰で戦っているようなもの。
でも、でもね。
誰にも・・・きっと、誰にも・・・
人の気持ちを量ることはできない。
そう思うよ。




