交わされていなかった盟約
家に着いた。
新しい、とは言いがたい。年季を感じる木造の一軒家が俺の家らしい。
ちなみに土地、というか、庭を含めた面積は割と広い。
「ここが俺の家か」
呟くと、隣で日向が「そうよ」と相槌を打つ。
「で、隣のあれが私の家」
面積でこそ俺の家よりは小さいものの、少なくとも築十年は経っていないであろうと思えるような真新しい家。そこが稲美家。
「鳥原さんは昔からここに住んでて、紅夜達を引き取る前から、稲美家とは交流があったの」
その説明に、少し違和感を覚える。
「でも、俺と虹色は小学校の途中で引っ越してきたんだったよな?」
聞くと、日向は苦虫を噛んだかのような表情を浮かべて頭を掻いた。そういや説明省いちゃったんだっけ、とひとりごちった後、ためらいがちに答えた。
「紅夜と虹色ちゃんは鳥原さんに引き取られたのよ。詳しい事は私も人づてにしか聞いてないけど、複雑な事情があったみたいね。だから、紅夜がお世話になってる鳥原さん、えっと、鳥原香苗さんは紅夜にとって、義理の母、っていうか里親ってことになるわね」
成る程、つまり迷惑をかけてしまっている、ってことか。
おい、なんか混乱してきたぞ。俺の立ち位置ってかなり特殊なんじゃないか? どこのミステリーの設定だっての。
「とにかく、虹色ちゃんが居るはずだから、入りましょ」
そう言って、日向が俺の家の玄関を開けようとする。しかし扉には鍵が掛かっていたらしく、開かなかった。
「まだ寝てるのね……こりゃお説教かな」
昼過ぎまで寝ているらしい妹に呆れた様子の日向は、スウェットパンツのポケットから鍵を取り出し、それで玄関を開けた。
待って、ここって俺んちじゃないの?
「なんで日向が俺んちの鍵を持ってるんだ?」
「幼馴染だからに決まってるじゃない」
当たり前のように言われた。そうか、そうかもしれない。確かに、幼馴染の家の鍵を持っている、というのは、少しおかしいというだけでそこまで執拗にツッコムところでもないだろう。
そうこうして家に上がる。内装は殆ど外装から想像していた通りだが、
「結構片付いてる、のか?」
「疑問系にしなくてもいいわよ。掃除してたのは紅夜だから、マメなとこは胸を張って」
そう言われるとむず痒い。なにせ俺には記憶が無いのだから、覚えの無い事で褒められるのは、少しだけバツが悪かった。
部屋の奥に進むと、居間らしき部屋に当たる。廊下が別世界のようだ、と思う程に、居間は散らかっていた。テーブルの上には食べ残し。床にはゲーム。
「香苗さんの食べ散らかしはいつも通りとして……虹色ちゃん、紅夜が居ないのをいいことに、夜更かししてゲームやったわね。お説教かましてあげなくちゃ」
呆れた口調で日向は言う。鳥原家の散らかり事情を把握しているのは幼馴染だからか?
「玄関のとこを右手に進めば虹色ちゃんの部屋があるから、ちょっと起してきて。私はその間に、罰がてらゲームを隠すから」
「ああ、解った」
口調からしていつもの事なのだろうと察し、余計な詮索はせずに言われた通りにする。
玄関を右手に進んだ先には、扉はふたつあった。しかし最奥の扉は小ささからして物置か何かだろうとはっきり解った。つまり部屋はひとつしかない。
廊下と部屋を遮っているのは襖だ。俺はその襖に手をかけようとして、襖に貼り付けられている注意書きに気付いた。
『結界発動中。この先に脚を踏み入れるなら、時空の狭間へと誘われる覚悟を持て。※我と血の盟約を交わしていない紅夜は進入禁止』
ふむ、ここが虹色の部屋で間違い無さそうだ。昨日の言動と一致するからな。つうか前世の恋人なのに盟約は結んでねぇのかよ。
「虹色。入るぞ」
襖を開ける。そして開けた瞬間、鼻をつまみそうになった。
途端に鼻へ触れたアロマの香り。しかも、おそらく色んなアロマを混ぜたのだろう雑多な匂いだ。暗い部屋を見回すと確かに、何箇所かにアロマらしきものを見つけた。
らしき、という不確定文を付け足したのは、たんに虹色の部屋が異様なまでに汚くなにがどれなのか、曖昧になっていたからだ。脚の踏み場が無い。
部屋の奥にある黒いベットの上に、虹色の姿を見つけた。寝相が悪いらしい、布団はベットから落ちて、パジャマも殆ど半脱ぎ状態だった。ヘソが出てるヘソが。黒蓮・カタストロフ・カオスカラー・暁は就寝時は無防備らしい。
「虹色。もう昼前だぞ。起きろ」
なんとか脚の踏み場を探しながらベットに近付き、ついでに部屋の明りを着ける。
「む……んん」
光がきつかったのか、虹色は小さなうめき声を上げて寝返りを打つ。パジャマはさらにめくれ、肩甲骨まで見えている状態。おい、それが乙女の寝姿か。我が妹よ。
妹と思えば興奮も出来ない。美少女とは思うよ? でもさ、記憶取り戻してから一回しか会って無いし、その昨日のことすらも、アレでしたから、妹じゃなくても、興奮は、出来ないだろう。うん。そうだろ? 俺。そのはずだ。
「起きろ、虹色」
「ん……今、輪廻転生中……」
「すごいなお前、生まれ変わろうとしてるのか」
寝言でも中二かい。
なんとか虹色のベットまで辿り着くと、脚の踏み場が無さ過ぎてバランスを崩した。倒れないため、虹色のベットに腰かける。
そのままパジャマを引っ張って直してやり、もう一度声をかける。
「虹色。敵襲だ」
「天界の者が姑息な真似を!」
「がふっ!」
急に起き上がった虹色。顎に頭突きを喰らった俺はベットから離され、数秒後、背中にいくつもの異物感を覚えた。荷物の山の中に倒れたようだ。つーか痛い。
「ここまで効果抜群とは……起きたか、虹色」
顎をさすりながら視線をベットの上に戻すと、虹色も虹色で頭を押させて蹲っていた。そりゃ痛いわな、寝起き早々頭に顎をぶつけられりゃそうなるわ。でもな、絶対に俺のほうが痛かったぜ? 顎、急所だもの。
「姑息な不意打ちなどに、我は、負けないぃぃいい……」
「消え入りそうな声でよくまぁその演技を続けられるな」
しかも泣きそうじゃねぇか。
瞳を潤ませた虹色は頭を抱えたまま、弱々しい瞳で俺を睨む。
「油断してた。盟友たるぬしが我の寝込みを襲うとは……なかなかやる」
「俺は盟友なの盟友じゃないのどっちなの」
部屋の入り口には盟友じゃないから入るな、って書いてあったぞ。
まぁしかし、虹色から聞いた昨日の話では、こいつはなかなかに懲りすぎなくらいに凝った設定を作り込んでいる。寝起きでその設定を把握しきれないのは仕方ないことだろう。
「もう昼前だから起きろってさ。日向が居間に居るぞ」
そう告げると、虹色の顔が一気に青ざめた。
「……やつが、来ている、というのか……?」
心なしか声が震えている。
「ん? ああ、つーか、日向に家まで送ってもらったんだ。記憶が無いせいで自分の家の場所すら解らなかったからな」
言うと、さっきまで深刻なダメージを受けていたはずの虹色は急いで立ち上がる。
「ゲームが隠されちゃう!」
そしてさっきまで寝ぼけていたとは思えない速さで部屋から出て行く。
「……なるほど、あいつはゲーム大好きっ子なわけか」
呆れ半分、納得半分だ。あいつのキャラ作りはきっと、ゲームの世界観から来ているのだろうという納得と、どんだけハマれば自分の性格に影響をもたらすほどやり込めるんだ、という呆れだ。
ドタバタした足音が居間のほうへ向かっていくのを聞き届けてから、なんとなくもう一度部屋を見回す。
大小様々なガスガン。床には私服にするには歪すぎる手袋やら、硬そうな装甲らしきもの達が転がり、壁にはモノクロトーン基調の二次元のポスターが貼られている。
確かに、散らかっている道具達は現実味が無い。中二病、というやつなのだろう。
ふと、一箇所だけ片付いている空間があることに気付いた。勉強机の上だ。
勉強道具らしきものは見当たらないが、ガスガンを改造するためなのか、工具が整頓して置いてある。その横には随分と古い写真が飾られた写真立てがあった。
家族の写真だ。父親らしき人物が幼稚園に上がっているかも定かでは無い年齢の女の子を抱っこし、小学校に上がっているかどうか程度の見た目をした少年が真ん中でピースし、笑っている。それを見守るような優しい笑みを浮かべた女性が、父親の隣で凛と立っていた。
昔の、俺達の写真だろう。
そう察した。
皆、楽しそうだ。理性が形成されたばかりであろう、父親に抱かれた少女、おそらく虹色だけは不安そうな表情を浮かべてカメラから目を逸らしている。しかしそれさえも幸せの一部なのだろう、父親に至っては大口を開けての爆笑だ。
鳥原ではない、過去の遺物と化した家族の写真。
胸が痛んだ。
訳あってこの家族が無くなって、俺と虹色はここの家主、鳥原に預けられたという。
その訳というのが、俺が無くした記憶と無関係とは思えなかった。
立ち上がり、急ぎ足で虹色の後を追うように居間へ向かったのは、ゴールデンウィークの終わりに記憶を取り戻すのが、少しだけ怖くなったからだ。
どうせ思い出す事なんだ。逃げたって仕方が無い。
そう言い聞かせて、俺は居間へ戻った。




