おまけ2
「殿下! 殿下、どうかご無事で……ぎゃあああっ!?」
悲鳴をあげて執務室から転がり出ていく侍従の背中を見送りながら、僕は深く、本当に深く天を仰いだ。
机の上、またしても国境警備の最重要書類の真上である。
そこに誇らしげに鎮座する白灰色の毛玉――ミリアの足元には、今まさに庭園から仕留めてきたばかりの、泥まみれでピチピチと跳ねる丸々とした蛙が転がっていた。
「……みゃあ」
満足げに短く鳴いたミリアが、前足で器用にその獲物を僕のほうへチョイと押しやる。
そして、ふわりとした小さな頭をぐっと突き出してきた。
「捕まえてきてあげたわよ、褒めて撫でなさい」と言わんばかりに。
昨日はけたたましく暴れるセミだった。
一昨日は僕の執務机を羽毛だらけにした丸々としたハトだった。
そして今日は、威勢のいい蛙である。
「ミリア……君という子は、本当に……」
思わず頭を抱えてしまう。
猫の「獲物を飼い主に献上する」という習性くらいは知識として知っている。けれど、なぜわざわざ僕が一番困るタイミングを見計らって、これほど多彩な生き物を生け捕りにしてくるのか。
どれだけ言い聞かせても、お説教しても、修正などこれっぽっちも効きやしない。
「悪かったわね」と反省するどころか、僕が引きつった顔をしていると「狩りもできない情けない下僕ね」とでも言いたげな冷ややかな目でジトッと見つめ返してくる始末だ。
まったく、わけが分からない。
王宮にいる貴族令嬢たちのように、計算高く微笑みかけてくるわけでもない。
1を足せば2になるような、理路整然とした駆け引きなど爪の先ほども通用しない。
もちろん礼儀作法も、優雅なお辞儀も、将来の王妃に求められるような教育なんて何一つ持ち合わせていないのだ。
それなのに。
「……はあ。わかった、ありがとう。よく頑張ったね」
覚悟を決めて蛙をそっと布で包んで外へ逃がし、手を洗って戻ってくると、ミリアはまだ机の上で待ちくたびれたように頭を突き出していた。
その白灰色の柔らかな耳の後ろに指を滑り込ませ、優しく掻いてやる。
とくん、と喉を鳴らして目を細めるその顔があまりにも愛らしくて、さっきまでの困惑も疲労も、全部どこかへ吹き飛んでしまうのだ。
理屈じゃない。
打算でもない。
気まぐれで、凶暴で、理不尽で、僕の手の届かない野生をその小さな体に宿したまま、それでも僕にだけ「とっておき」を誇らしげに差し出してくる。
星空を閉じ込めたようなその青い瞳にじっと見つめられるたび、僕はどうしようもなく痛感させられるのだ。
どんなに常識外れで振り回されようと、僕はもう、君から一秒たりとも目が離せないのだと。




