第49話 フィリー、見蕩れる
「おはよう、リーリャ」
「うん……」
あれから数日が経って、休暇の件はあっという間に進んでいった。そして、フィリーが抵抗する中2人は強制休暇に突入した。期間は今日から3日間。その休暇の内容もフィリー、リーリャ両名の使用人の手により綿密に組まれている。そして、彼女たちはその内容を知らない。
いつものようにゆっくりと目を覚ましたリーリャは、フィリーがまだパジャマなことに疑問を感じるが、すぐに今日が休暇であることを思いだし、上半身だけ起こしていたフィリーに抱きつくようにまたベッドに沈む。
胸の上にリーリャの体重を感じるフィリーは、幸せそうに彼女のおでこにキスをすると、ゆっくりと背中に手をまわし、彼女のすーすーという静かな呼吸音に耳を傾ける。
愛おしい彼女の背中をさすりながら時計を見ると、時刻はすでに8時を回っていて、どこからともなく朝食のおいしそうな香りが漂ってきていた。
フィリーは今すぐにリーリャをもみくちゃにして24時間朝までコースに突入したいという願望を抑え、ゆっくりと起き上がった。
敷き布団が起き上がってしまったリーリャは、しょぼしょぼの目でフィリーを見ると声を出さずに静かにはにかみ、大あくびをかきながらゆっくり立ち上がった。
フィリーは胸を押さえて再度ベッドに沈んでしまった。
王宮にいたときよりかなり静かだなあと思う。2ヶ月近く経過してさすがに慣れてきたが、どうしてこんなに広くしてしまったのだろう、と思いながらスプーンでオニオンスープをすくう。
そんなフィリーの前には開ききっていない目で必死にソーセージのありかを探すリーリャがいて、そのアホ面に思わず笑みがこぼれる。そんなアホ面の後ろに見えるのは太陽を反射してキラキラと輝く湖面。
「あとのことはお任せくださいね」
「ええ、押しつけて申し訳ないわ」
せっかく広いのだからと、フィリーの指示で同じテーブルで食事を取っている使用人から声を掛けられ、スクランブルエッグを口に運ぶ手を止める。
「こんなのが聖女様なんて、熱烈な信者が見たらショックで寝込んじゃうかもね」
「リーリャ様は、教会にいるときは本当にお美しいのですよ」
「知ってるわ。でも今はこんなじゃない」
「みんな、失礼ニャね。悪口はウチがいないときにしてニャ」
「リーリャがいないときにリーリャの悪口を言うようなヤツに、この屋敷にいる資格はないわ」
そう笑顔で話すフィリーの目は笑っておらず、こういうところが少しやっかいだと思う使用人一同であった。
朝食を取り終え、フィリーの手で身だしなみを整えられたリーリャは教会へ向かうこととした。今日は珍しくフィリーも同行している。
恭しく頭を下げる使用人たちに手を振りながら館を出ると、彼女らの頬を撫でる風には秋の便りが混じっているような気がした。少し先にある山並みの山頂はまだ青々としており、冬の訪れはまだ先だろうが。
丁寧に整えられた庭にはオレンジ色の美しい花が咲いていて、木々の剪定をしていた庭師がフィリー達に気がつくと帽子を取って小さく一礼をした。
白い聖女服に身を包んだリーリャは、慣れた足取りで林の中を進んでいく。ウッドチップの敷かれた小道から少し林に入ると、木の根元でブナの実を抱えるリスが一匹。
目線を上げると小枝に黄緑色の小さな鳥が留まっていて、チュンチュンと鳴きながら横にステップ。フィリーと目を合わせると小さく首をかしげ、どこかに飛んで行ってしまう。
そんな野生あふれる小さな林を、リーリャは無言で周りを見ることなく進んでいく。フィリーとは対照的だ。
「王都じゃこんな光景みられないわ」
「そうニャね。動物がいっぱいで、こういうところは生気に満ちていて素晴らしいニャ」
フィリーに声を掛けられてようやく林の中を見回したリーリャは、しゃがんで林の奥の方を眺めるフィリーに優しく微笑みかける。
普段は朝食前に無理矢理目を覚まして通っている小道も、愛おしい人と来るとこんなにも色づいて見えるものなのか。改めて林を見渡したリーリャはぼぅっと風に揺すられる木の葉を眺めていた。
「フェリシア王女殿下、よくいらっしゃいました」
「ええ、今日は執務を休ませてもらったの。少し見学させていただいても?」
「もちろんでございます。是非、こちらの席にお掛けください」
シスターに促されるように教会の最前列に腰を掛ける。
ステンドグラスを通じて複数の色が注ぐ教会の内部は、リーリャにとって当たり前なものでもフィリーにとっては珍しいものであり、その前方中央に跪いて祈りを捧げるリーリャを見るのは、ずいぶんと久しぶりなことであった。
獣人とは元来森で生きる種族であるとされている。今はそれが偏見で差別的だと受け取られることもあるだろう。それでも、このような自然あふれる土地との親和性は高いのかもしれない。
王都でみた彼女の祈りはここまでではなかったはずだ。こんなにも光の粒子で満ちている教会を見たことがない。
どこから来ているかわからない。彼女の体から出てきているのか、空から降ってきているのか、それとも無から生み出されているものなのか、その原理は一切わからない。
それでも気がついたときには、初めからそこにあったかのように黄金に光り輝く粒子が教会内をひらひらと舞っているのだ。
これが初の獣人にして、自然に愛された聖女なのだと再認識させられる。彼女はやはり聖女であるべきなのだろう。




