第38話 リーリャ、秘書が付く
「ああ、ウチってほんとダメなヤツだにゃぁ……」
時計を確認すると、すでに時刻は13時を回っている。とっくに昼ご飯まで食べ終えたリーリャであったが、執務室に足を踏み入れたのはほんの数分前だ。
「本当に、ウチの流される性格、どうにかしないとだ」
そうぼそりと呟いてしばらくすると、書類ばかりが置かれていた机の上に、紅茶の入ったカップがゆっくりと置かれた。それがやってきた右手側に目をやると、そこにはお盆を持って静かに側に使える女性の姿があった。
その服装はメイドではあるが、ショルダーバッグを身につけていて、ただのメイドではない見た目をしている。
「ありがとうニャ」
「いえいえ」
リーリャが声を掛けると、彼女は優しく微笑んで、またじっとリーリャの斜め後ろで直立する。
「えっと、座るかニャ?」
「いえ、大丈夫です。リーリャ様、主人というものはもっと堂々としているべきですよ」
「ニャははぁ……、慣れてなくて……」
「小汚いおじさんに高圧的な態度で来られるよりかは百億倍マシですが、慣れていただかなければ。リーリャ様は私を伝書鳩を飛ばすかのごとくこき使ってください」
「善処しますニャ……」
彼女の名前はティターニャ。元々はフィリーのメイドだったのだが、こちらの屋敷にやってくるということになり秘書教育を受け、秘書メイドとして進化した若いメイドさんだ。
「ティターニャさんは何歳なのかニャ?」
「ティターニャさんなんて言う呼び方は辞めてください。はい」
はい。そう促されるリーリャは、少し困惑したように首をかしげる。
「えっと、ウチは何を促されているのでしょう」
「私への呼び方です。ティニーとお呼びください」
「わかったニャ。ティニーさんは何歳なのかニャ?」
「ティニーでいいですが……、私は現在22歳です」
「若いニャね! その年で秘書メイドはすごいニャ」
話を聞くと、彼女は王都の学院でマナーや秘書関係と全く関係のない一般的な学問をひたすらに学んだ後、やってみたかったからというなんとなくな理由で王宮使用人登用試験を受け、たまたま受かったらしい。
そのため根っからのマナーオタクというわけではない。それでいて学院でしっかりと学問をやってきた頭脳を持つ。マナーがあまり身についていないリーリャにつけるにはちょうどいいとフィリーからの指示で本日よりリーリャ付きの秘書となった、というわけだ。
肩くらいまでしかない真っ黒な髪をポニーテールにしているので、おしとやかというよりは活発な見た目をしているティニー。しゃべり方から想像するのは難しいが、これでも伯爵家の生まれらしい。
「今後はリーリャ様のお仕事のサポートをさせていただきますので、どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそニャ。じゃあいくつか質問があるんだけど、ティニーさんは子供に秘書の仕事を教えられるかニャ?」
「教える、ですか……、まあできないことはないかと思いますが、如何せんやったことがないものですから、探り探りにはなりますね」
「全然いいニャ。ウチも探り探りでやっているニャから。一人秘書志望というか、そういう仕事に就きたいと思っている子がいて、ウチに秘書とかメイドの仕事を教えることは難しいニャから、教えてほしいんだニャ」
「承知しました。可能な限りやってみましょう」
「助かるニャ」
押さえているのか、素なのかわからないが、あまり感情を読み取れない彼女の姿に少しやりにくさを感じるリーリャである。それでもこの人は頼りになる。リーリャの聖女時代に培ったカンは、彼女をそう評価している。
「ティニーさんは魔法は使える?」
「あまり得意ではありませんが、一応水魔法の適性があります」
「なるほど、それは便利ニャね」
「はい。メイドは何かと水を使いますからね」
火の適性があれば……、とは思っていたが、そんなに物事が上手く進むわけはない。彼女の本職はメイドであり、秘書であるからして、水の適性は彼女に一番あっているものだ。
子供にものを教えることの方が異常事態で、火魔法の適性がないことは、彼女のマイナスポイントにはならない。
「ティニーさんの仕事机も用意しないとニャね……」
「いえ、私は空いているスペースで作業をしますので」
「いやいや、個人用の机があるのは便利ニャよ? それに、屋敷内に会議室みたいなものもあるから、この執務室はいくらでも改造し放題ニャ」
「承知しました」
書類仕事があまり得意でないリーリャにとって、ティニーというのは書類仕事を丸投げできる最高の使用人である。そんな彼女のスペックをフルで活用するには、彼女専用の机が必要だ。
その机の上には彼女の私物をどんどん置いてもらって、どんどん書類を片付けていってもらおう。
今後教育のために多くの物品を手配する必要が出てくるだろう。そのときに彼女がそれを揃えてくれるのであれば、リーリャの仕事は大きく減る。
その分フィリーの機嫌を取れるし、もし聖女の仕事でしばらく屋敷を空けないと行けないということになったとき、彼女の作業スペースがあれば、彼女に教育関係の仕事をすべて引き継いで、あまり気にすることなく聖女としての仕事に取り組める。
リーリャはティニーを秘書としてだけでなく、仕事の相棒として使っていこうと思っている。




