第15話 リーリャとユートリヒ伯爵
王都周辺は夏は乾燥し、冬に湿度が高くなる。そのため夏は日差しが強く乾燥する厳しい環境になることもあるが、雨が降らないため観光はしやすい。
そんな王都から内陸に入ると、年間を通してある程度雨が降るような地域に入る。こうした地域を通る川は王都の方まで流れ下るため、王都で水が涸れることはない。すでに旅は3分の1をすぎていて、特にすることのないリーリャとフィリーはぼーっと窓の外を眺めていた。
「雨脚が強まってきましたね」
「そうニャね。地面もぬかるんでいるみたいニャし……」
現在周囲を山で囲まれた盆地を走っている。至る所にブドウの垣が見られ、そろそろ収穫の時期ということもあり木にはところどころで実りが確認できる。
この地域ではワインの生産が盛んだ。夏は暑くなり、冬は気温が下がる。リーリャはアルコールがあまり得意ではないためほとんど飲むことはないが、この地域で生産される白ワインは絶品らしい。
「そろそろヴェライセンかしら」
「そうニャね。今日は町に泊まるみたいニャね」
ヴェライセンは王国屈指のワイン産地。盆地の縁に作られた都市は色鮮やかな町並みとおいしいワインで有名であり、王国第二の都市と王都をつなぐ中継地点でもある。そして、リーリャ達の向かうオストリアへはこの町で街道が分岐する。
このヴェライセンはユートリヒ伯爵領の領都であり、本日はユートリヒ伯爵の屋敷に泊まることになっている。ユートリヒ伯爵はワイン好きで知られ、策略より、権力より、財産より何よりワインの変人だ。ワインに掛かる税金を軒並み廃止若しくは減額し、代わりに領内で生産されるほぼすべてのワインを一括で購入、王国内外に輸出し廃止した税金分を補うというたいそうモノカルチャーなやり手貴族だ。
麦は東側の各領で作っているのだから、我々はワインだ。とワインを作りまくる。謀があまり好きではないフィリーは王女領に行くときに毎回視察の予定を組み込んで観光をするほどお気に入りの領地であり、お気に入りの貴族である。リーリャは毎回ワインを勧められるからと苦手な様子だ。
「毎回おいしいワインを出してくださりますから本当にいい領主ですよ」
「ウチは苦手ニャ。お酒はあまり好きじゃニャい……」
この領で作られるワインは幅が広く、それでいて品質が高い。ワイン好きの貴族や民衆は多く、だからこそユートリヒ伯爵は東側及び王国第二の都市と王都をつなぐ重要中継地点の領主でありながら中立を保っていられるのだ。野心はなく、ただワインを愛する領主。
「暑苦しいんニャよね、ユートリヒ伯爵」
「いい方よ。各地の貴族と顔が利くから、仲良くしておいた方がいいわ」
泥でぬかるんだ地面は、乾燥した地面よりも震動が少なく感じる。しかし速度は少し遅く、御者が雨に濡れながら馬車を動かしているとあまりいい気はしない。湿度が高い車内では居心地も悪く暑苦しい。早いところ町に到着してしまいたいと思う。
徐々に町が見えてくる。ヴェライセンの中央には白い壁と赤レンガの三角屋根を持つ美しい屋敷が建っていて、そこがユートリヒ伯爵家の屋敷である。周辺の家は皆赤レンガの屋根を持っているが、壁は白や黄色など、多種多様である。
なんとなく甘い香りのするおとぎ話に出てきそうな町を馬車はゆっくりと進んでいく。地面は石畳で丁寧に舗装され、町に生える木々は剪定され、芝生は美しく生えそろっていた。
雨が降ってはいるものの、この町の美しさが衰えることはない。
この町はワインの町でありながら音楽の町でもある。町の中心部には劇場やコンサートホールがあり、オペラやオーケストラの上映が盛んである。そして、王国一の音楽学校はここ、ヴェライセンにある。
カーテンを開けて町並みを見ると、所々に高い塔のようなものが見られる。それは教会や劇場の塔で、正午になると一斉に鐘が鳴り響く。すでに正午がすぎており、また明日も午前中に出立予定のため鐘の音を聞くことはできないが、いずれこちらを訪れる機会はあるだろう。
中央の大通りをゆっくりと進むと、しばらくして坂道にさしかかった。屋敷は小高い丘の上にあるため、坂を上る必要があるのだ。この地域は歴史的に紛争が少ない地域であったため、他の城塞都市と比べて道が直線的に整備されている。
そのため坂道の下にある門をくぐってから屋敷に到着するまではほぼ直線の一本道で、数分足らずで屋敷の玄関前へと到着した。兵士達は町に宿を取っているみたいで、いつの間にか馬車は王女の乗る馬車を含めた数台になっていた。
リーリャのエスコートで馬車を降りると、伯爵家一同とその使用人達がフィリー達を待ち構えていた。
「お久しぶりです、王女殿下」
「ユートリヒ伯爵もお元気そうで何よりです」
白いひげを生やした身長の高いおじいさんはフィリーと固く握手をすると、続いて向きを変えてリーリャの方へと目線をやった。フィリーの元へは伯爵夫人がやってきて、何やら会話を始める。
「リーリャもお元気そうで何よりだ。以前は大変世話になった。こうして陛下の騎士としての再開できることを光栄に思う」
「伯爵様もお元気そうで。あれから畑はどうかニャ?」
「絶好調だ。あなたのお陰で今年もおいしいワインが作れる。もし何か困ったことがあれば我が家を頼りなさい。聖女でないとしても貴女への尊敬の念は変わらない」
「とても光栄なことですニャ。我々はしばらく東に滞在するニャから、是非とも互いに」
「ええ、もちろんだ」
リーリャは以前、伯爵領で日照不足により生育不順となったブドウ畑を聖魔法で回復させたことがある。2年前の夏は王国全土で日照時間が不足することが多く、伯爵領をはじめとする多くの領地に出向いて作物と土地の回復に回った。
聖女は本来多くの領主に恩恵をもたらすものであるから、貴族との顔が利くことが多い。リーリャは特に農業を主産業とする領地を持つ貴族と関係性が強いため、その代表格樽ユートリヒ伯爵とはある程度親交がある。
リーリャ自身は伯爵のことを苦手に感じているが、対する伯爵は命の恩人化のように厚遇するため、リーリャは困り果てているのだ。




