第14話 リーリャと馬車の旅
目が覚めた頃には整備された王都の道を抜け、土を固めて作られた街道へと出ていた。王都から北側と南側にそれぞれ延びる街道は航路と合わせて他国との貿易路ということもあり整備されている箇所が多い。それに対して東側に延びる街道は王都と国内の地方都市とを結ぶ道であり、整備されていない箇所が多い。
その整備されていない東側の街道をしばらく進んで、途中分岐してさらに脇街道へと入っていくのが今回のルートだ。第一王女領に大都市はない。領都のオストリアも王都に比べたらかなりこぢんまりとした町で、農業以外に主要産業はほとんどない。高い山脈に阻まれる東側は、他国との貿易路としては使いにくい。隣国のヘンテルク王国との貿易は大抵地中海を使った船便だ。南側にある地中海諸国用の貿易港から輸入、輸出していて山脈越えはほとんどない。
辺境の町なのだ。オストリアは。
目が覚めてしばらく、フィリーの寝息に耳を傾けながらゴロゴロとしていると、ふと馬車が止まった。今まであった揺れが突然止まったことによる違和感でフィリーが目を覚ますと、馬車の扉が3回叩かれた。
フィリーに変わってリーリャが扉を開けると、これから朝食の用意をするからしばらく待っていてほしいとのことだった。時計を確認すると現在の時刻は9時を回ったあたり。 ゆっくり4時間程度の旅だっただろうか。後方に付いているカーテンを開けて外を確認すると、もうすでに王都は見えない。でこぼこした地形の多い王国は、少し行くだけで町は見えなくなる。後ろにも前にもずらずらと続いている車列から楽しそうな声が聞こえてくる。この車列はすべてフェリシア王女殿下一行の馬車である。
「もう少し眠るニャか?」
「いや、もう起きるわ。よく眠れたわ」
そう言いながら目をこするフィリー。椅子に座らせて馬車にストックしてある水を小さな桶に注ぐと、タオルをそれにつけて優しくフィリーの顔を拭う。
「水飲みたいなぁ」
「わかったニャ」
揺れで割れるのを防ぐために木で作られたコップに水を注いで渡すと、フィリーは一気にその水を飲み干した。
「かなり長い旅になりそうね。退屈しそうだわ」
「そうニャね……。景色を見ながらゆっくりするかニャあ……」
2人で向かい合うように座ると、取り付けられている窓から外を眺める。今いる場所は木漏れ日の多く注ぐ森の中で、目をよくこらすと小川が流れているのが確認できる。王都の周辺は森が多くて、オストリアに近づけば草原が増えてくることだろう。
動物がいるかなと探して見るも、見つけることはできない。百人以上での移動で、動物は皆驚いて逃げてしまったのだろう。王女が5年以上も暮らすためには、それほどまでに多くの人が伴う必要があるのだ。盗賊だって王国の旗のある馬車を襲ったりはしない。魔物が来ても、近衛兵が追い払う。
「食事ができました」
「ありがとうございますニャ」
お盆にのせられた2人分の食事を受け取り机にのせる。メニューはスープとパンに、魚のソテー。旅の朝食にしては豪華なものだ。
リーリャはフィリー用のスープを一口飲んで、パンと魚を少しとって口に入れる。
「大丈夫ニャね」
「わかったわ。ありがとう」
毒味である。
鼻や舌の良いリーリャは、毒が入っていればすぐにわかるもので、毒味としても優秀だ。それに聖女教育の一環で毒には慣らされていて、大抵の毒なら死ぬことはない。教育が始まって間もない頃には毒を飲んで倒れることはしょっちゅうあった。聖女の魔法は必ずしも万能というわけではなくて、解毒をすることができない。風邪も治すことができず、風邪を引いたら薬を飲んで寝るのみ。それでよく薬師にお世話になったものだった。
「魔法で解毒もできればいいのニャけど……」
「そんなに万能だったら薬師やお医者さんの仕事を奪ってしまうわ」
「でもそうしたらフィリーを守れるニャ」
「そばにいてくれるだけで十分だわ」
いつもの冷めている食事とは違って、できたてのご飯は温かい。パンは王都から運んできたものだと思われるが、スープとソテーは外で作っているのだろう。
普段の食事が提供されるまで、多くの人を経由する。だから毎回冷めてしまっているのだ。今回は作られた食事が運ばれて、リーリャが毒味をすればすぐに食べられる。通常の毒味役は遅効性の毒の可能性もあるので少し前に1人、提供されてから口に運ぶ直前に1人、最低2人の毒味役がいる。リーリャは遅効性の毒でも入っていればすぐにわかるので、暖かいものを食べられるのだ。
「私リーリャと出会えて良かったよ」
「ウチもニャよ。今とても幸せニャ」
木製のカトラリーは、狭い空間でいつものように食べることができず多少所作が崩れてしまっても、カチャカチャと音を立てることはない。静かな馬車の中に木々のざわめきと小鳥のさえずりが聞こえてくる。まだ旅は始まったばかり。到着はしばらく先だ。




