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 「ねえ。今日は、わたしの誕生日よ。このパーティだって、主役はわたしなのに、なんで誰も来ないのよ」


 その頃。


 王族の席では、リュシアンの懸念通り、聖女が不満を募らせていた。


 自分の誕生日ということで、アイはいつにも増して念入りに着飾り、貴族達に囲まれちやほやされるのを待っているというのに、最初の挨拶以降、誰も王族の席に寄りつかない。


 「ここは王族の席だ。一段高くなっているこの場所に、呼ばれもしないのに挨拶以外で来る厚顔な貴族はいない」


 王太子ゴーチェの言葉に、聖女アイはあからさまな不満をその顔に浮かべた。


 「ええ?わたし、王太子妃殿下になるんだよ?そのうえ聖女でもあるんだから、もっと敬うべきでしょ。呼ばないと来ないとか、何それ偉そう。わたしは誰より価値のある存在なのに」


 「聞いていたか?敬っているから、この席には来ないんだ」


 殿下、と自分では付けないように、と幾度言われても直さない聖女に内心呆れながら、ゴーチェは真顔のまま言った。


 「違うでしょ。敬っているなら、傍にいて、わたしに特別扱いされたい、って思うものなんだから。わたしが呼んだら来るんじゃ駄目なのよ。自分から近寄って(へりくだ)って、もっと大事に特別扱いするべきなのよ」


 アイは聖女だ。


 この国が瘴気に見舞われた時、それを浄化できる唯一の人物・・・と言われている。


 この国の民にとって、聖女とは自分の生きている時代には現れないかもしれない稀有な存在であり、自分達に降りかかる難題を、その聖なる力で解決してくれる癒しの存在。


 故に聖女は、いつの時代も国民の憧れであり、実際に現れたとなれば、崇拝され大切にされる。


 尤も、現状この国どころか世界のどこにも、瘴気が出現するような気配は微塵も無いのだけれど。


 「幾度も言わせるな。敬っているから、来ないんだ。言っただろう。この高い位置は王族の席だ、と」


 言いつつ、王太子ゴーチェは内心焦りを覚えていた。


 確かに今アイと自分が座っている王族の席は、高位貴族といえど気軽に近寄れる場所ではない。


 しかしだからこそ、国王も王妃も挨拶以降は席を下りてダンスを踊り、貴族達との交流を図る。


 夜会とは、その重要な腹の探り合い、もとい、社交の場なのだ。


 それは、例え聖女であろうとも同じこと。


 やがて王太子妃となるのが確定した正式な婚約者であれば、その婚約時代から与えられる責務を果たさなければならない。


 しかしアイは、王太子の婚約者としての責務どころか聖女としての教育さえ拒絶していることが判明、そちらの方でもまったく役に立っていないどころか何の学びもしていないため、貴族から既にそっぽを向かれている。


 それなのに、自分の身を飾ることにはひどく熱心。


 そして、そんなアイを正妃に選び、彼女を優先することで政務にまで手が回らなくなった王太子である自分への評価は、急速に下落した。




 だから、エリアーヌを側妃にしようとしたのに。




 急激に落ちた聖女への評価。


 それが、国王と王妃の情報操作に依るものだということは、ゴーチェも理解している。


 そして、そのことについては何の反論も無い。


 事実、この二年でアイがどれほど奔放な性格なのか、身をもって知っているゴーチェは、アイの本質を貴族が知り、(まつりごと)に向かない性質だと知れることについては、むしろ賛成しているくらいなのだが、ただ一点。


 エリアーヌを自分の側妃と認められなかったことだけは、納得が出来ない。




 エリアーヌとなら、俺だって。




 聡明で美しく、貴族や国民の間でも人気の高いエリアーヌは、ゴーチェがアイにかかり切りになって政務に携われなくなってからも、立派に王太子の婚約者としての責務を果たし、家臣からも厚い信頼を得ている。


 そんなエリアーヌがこのまま自分の側妃となってくれれば、王太子の責務も彼女が果たしてくれ、自分の評価がそれほど落ちるも事も無かったに違いない、と、ゴーチェは歯噛みせずにはいられない。




 待ち望んだ初めての我儘が、俺の側妃となることを拒絶すること、だとはな。




 彼女が側妃となることを拒絶などしなければ、今日の貴族との挨拶も会話も、自分とエリアーヌ、ふたりで卒なく熟せたものを、と、王太子ゴーチェは、フロアでリュシアンと華麗に、しかも幸せそうに踊るエリアーヌを、暗い瞳で見つめた。


 


 それに、側妃となるなら、ファーストダンスだって、俺とエリアーヌで問題なかった。


 それなのに、貴族達との社交も出来ず、俺までこんな所に居続けなければならないとは。




 こんな筈ではなかった、大誤算だ、と、思う間にも、隣でアイが椅子から立ち上がろうとする。


 「もうっ、なに!来ないなら、こっちから行くしかないでしょ!」


 フロアで踊るエリアーヌから視線を外すことなく、ゴーチェは手だけでアイの動きを制し、表情険しく叫ぶ彼女に厳しい声を出した。


 「大人しく座っていろ」


 やがて曲が終わり、見事なファーストダンスを披露したエリアーヌとリュシアンを多くの貴族が笑顔で取り囲み、再び始まった曲と共に人々が次々に躍り出す。


 そしてそんななか、当然のように二曲目も共に踊るリュシアンとエリアーヌ。


 「みんな楽しそう。ねえ、ゴーチェ。わたしも行きたい。ね、いいでしょう?もう意地悪しないで」


 上目遣いで強請る聖女は、自分に問題があるせいでゴーチェまで動けないとは想像もしない様子で、この場から動けない事実を意地悪だと評した。


 事前に、今日は怪我で踊れないことにする、と、説明したにも関わらず。


  


 側妃になりたくない、などと。


 どうしてあんな我儘を言ったのだ、エリアーヌ。


 俺を、困らせたかったのか?




 そんな、エリアーヌが聞いたら驚愕を通り越して頬を引き攣らせそうなことを考えつつ、ゴーチェはアイの言葉を聞くことなく、その身体を押さえ続けていた。




 






 盛大に行われた聖女アイの誕生日の夜会も終わり、遠方の貴族が皆その家路につき、王都のお祭り気分も落ち着きを見せる頃。


 エリアーヌとリュシアンは、既に通常の公務を熟していた。


 「子ども達、とても熱心でしたね」


 「ああ。こちらも、制度をきちんと整えた甲斐があるというものだ」


 国の識字率をあげるため、幼年学校という制度を確立してから二年。


 初めのうちは怪訝な様子で受け入れがたい様子だった街の人々も、文字が読めることの大切さを知り、子どもが学ぶということに積極的になりつつある。


 子どもが文字や計算を学んで親に教える。


 そんな光景も見られるようになったとかで、今度は親が、自分達も学べる場所が欲しいと言い出したほど。


 「もっと工夫して、たくさんのひとが学べるようにしたいですね」


 「そうだな。うまく予算内で収められる方法を考えよう」


 視察を終え、手ごたえを感じつつ帰りの馬車のなかで、嬉しくも忙しくなる、と、そんな会話をしたリュシアンとエリアーヌは、王城へ着くと同時、出迎えた侍従長に焦りの色があることに気づき、緊張を走らせた。


 「国王陛下が、緊急事態につき至急、とのお呼びです」


 リュシアンの手を借り、エリアーヌが馬車から下りるのも待ちきれない様子で言うその態度に、いつもの余裕は微塵も無い。


 「ねえ、リュシー。随分、緊迫した様子だわ。もしかして、隣国に動きがあったのかしら?」


 兎に角お急ぎを、という侍従長の言葉に従い、最速で移動しながらエリアーヌはリュシアンに話しかけた。


 緊急の事態、と言われてまず浮かぶのは、この国への侵攻を虎視眈々と狙っている隣国のこと。


 「今すぐに事を起こすような状況では無かった筈だが・・・しかし今、これほど緊急の、といえば、確かに隣国絡みしか思いつかないな。とにかく、急ごう」


 「はい」


 言いつつ、リュシアンはエリアーヌが無理しない速度を保ってくれ、危なくないよう気遣ってもくれる。


 ゴーチェの時、必死で付いて行くしかなかったエリアーヌには、それが嬉しい。


 そして、ゴーチェの時に身に付けた、高位貴族令嬢では誰にも負けないほどの速足が、リュシアンとの移動に役立つ現実に、何事も無駄な経験は無い、とエリアーヌはひとり実感していた。





ブクマ、評価。

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